第3話:故郷への長い道(2)
「遮蔽装置、解除!」
ゼロワンがそう言うと、空間にひずみが起こり、少しボヤッとした感じで「わが青春のアルカディア号」が姿を表した。
そしてゼロワンは続けて「アルカディア号、スペースモード!」と、二つめの命令を下した。
すると「トランスフォーマー」のようにアルカディア号がギゴガゴゴと音をたてて変形し、二本のワープナセルが横に飛び出し、トランクの上部に、ミニサイズの円筒形ワープ・コア収納部分がせり上がってきた。
せせこましくなったので、ゼロワンは自分より背の低いリンに「トランクから紫色の水晶を取り出しくれ」と頼んだ。
リンはトランクから、じぶんの手のひらサイズの水晶を見つけた。
「これでいいの?」とリンが尋ねると、ゼロワンは「こっちに渡してくれ」と言って水晶を受け取った。
「綺麗な宝石だけど、それは何の役に立つの?」と疑問を口にした。
「これは単なる水晶じゃない。『ダイリチウム結晶』と言ってな、宇宙を飛ぶのに必要なものだ」
「…うちゅう? 宇宙ってなに?」
「行けばわかる」とゼロワンをそう言って、ワープ・コアをアルカディア号の中に押し込んだ。
「乗れ」
リンはいつものように、サイドカーの座席にちょこんと座った。
「アルカディア号、発進!」
ゼロワンは重たいサイドカーにまたがり、ほんの一瞬だけ深呼吸した。
キーをひねると、大型マシン特有の低い鼓動がドン、と腹の底に響く。
右手のスロットルを軽くひねると、排気音が「ゴゴッ」と力強く応える。
クラッチレバーを握り込み、左足で一速に落とす――コツン、と金属が噛み合う確かな手応えがあった。
エンジンの振動が、リンの腰から背骨にまでじわりと伝わった。
「うっ…」リンは少しうめいた。
ゼロワンはゆっくりとクラッチを戻し始める。
同時に、右手をほんの数ミリだけ動かし、スロットルを開く。
その“ほんの少し”が、このマシンではとてつもない力になる。
クラッチが完全につながった瞬間、背中を押されるような加速が襲いかかる。
ゼロワンはスロットルをもう少し開けた。
機械の力と自分の意思がかみ合った瞬間、アルカディア号は矢のように路面を駆け抜けていった。
「地面から飛び立つには、俺の魔力だけでは無理だからな。ここからは別世界の技術を使わせてもらう」
「ええっ、どういう技術?」
リンの質問には答えず、ゼロワンは充分に滑走したアルカディア号を離陸させた。
「ゼロワン!空飛んでるよ空!こんなこともできるの?」
リンは興奮していた。
「これくらいで驚いてたら、後が持たんぞ」
ゼロワンはアルカディア号がニュートラルに入っていることを確認し、右手でフロントブレーキレバーを握りつつ、親指でセルボタンを押した。
「上昇!」
轟音とともに、アルカディア号は「重力の底」から大気圏外へ抜け出そうとしていた。
次の瞬間、リンはシートに押しつけられ、声にならない悲鳴をあげた。
「はぐうぅぅ!」
強力な「G」がリンの身体に襲ってきたからだ。
「体が押しつぶされる~! ゼロワン、わたし平たくなっちゃう!」
「それが『G』だ。単に地上の重力がかかっているだけだ」
「重いっ!鎧より重い!これってなんかの呪い!?」
「うーーむ。エルフは人間より耐久力があるはずなんだが…」
「耐久力があるですって? めちゃくちゃキツいわよ!!」
ゼロワンは余裕の笑みで、手元のスイッチを軽く弾いた。
ワープナセルがオンになり、アルカディア号はさらに加速した。
リンは涙目で彼をにらみつける。
「そんな余裕そうに笑って…ゼロワンだって、ほっぺたの皮、伸びてるじゃない!」
「…これは、笑ってるんじゃなくて、引っ張られてるだけだ」
やっと世界の重力圏から離脱し、二人は「ふぅ」と息をついた。
もちろんシールドを張っているので、二人は真空の宇宙から守られている。
「もしかして、ここが……天界?」
「天界じゃない、宇宙だ」
「じゃあ、雲の上に天使の国があるという言い伝えは嘘だったの?」
「おとぎ話だな」
「あ~ん、信じてたのにぃ。夢を壊さないでよ!」
ゼロワンは少しリンを落ち着かせようとこう言った。
「振り返ってみな」
そう言われるまま、リンが後ろを見ると、青い惑星が浮かんでいた。
「う~ん。とっても綺麗だけど、あれはなに?」
「これが世界だ」
「うっそー!」
リンが反論した。
「なんかでっかいボールみたいだよ。私たちこんなところに住んでたの? 世界は平らで、その果てには大きな崖があるって教わったよ。これじゃ足をすべらせたら落っこちちゃうじゃない!」
「俺たちが世界よりずっと小さいから、平らに思うだけだ」
リンは今までの常識がガラガラと音を立てて崩壊し、なんとも言えない顔になった。
その間、ゼロワンは冷静にポケットからスマートフォンを取り出し、計算を始めた。
「それは何?」
「スマートフォンだ。これで速度を算出する」
「『スマートフォン』って何よ?」
「小型のコンピューターだな」
「『コンピューター』って何よ?」
「物を考えることができる機械だ」
ゼロワンはなるべく簡単に説明したが、リンはもう理解を諦めた表情になっていた。
「おい、リン。お前体重は何キロだ?」
「…お、女の子に体重なんて聞かないでよ!」
「計算にはどうしても重量データがいるんだよ」
渋々とした表情でリンは「…38キロ」と答えた。
「ふむ、やっぱりエルフは軽いんだな。助かったよ」
「そうなの?」
「重量は少ないに越したことはない」
「では行くぞ」
「どこに?」
「太陽だ」
ゼロワンは前方の赤く燃える星を指さした。
「あれって『お日さま』?」
「地上からはそう言うな」
「太陽の重力を利用して、スイングバイ方式でタイムワープするのだ」
「ほへー」
リンはさらに理解を諦めた表情になっていた。
ゼロワンはリンに聞こえないように小さな声で「この愚行に幸いあれ」とつぶやくと、アルカディア号をワープモードに切り替え、宇宙飛行に入った。
「ワープ2、ワープ3、ワープ4…」
「なんかガタガタ揺れてるよ!」リンは不安に思った。
「本番はまだまだこれからだ」
「えーーっ?」
「ワープ5、ワープ7、ワープ8、ワープ9」
リンは「あの星ヤバいよ。焼け死ぬよ!」と抗議したが、ゼロワンは耳を貸さず、
「ワープ9ポイント2……ワープ9ポイント3……」
「ワープ9ポイント7……ワープ9ポイント8……時空間離脱速度!」
「もう何がなんだかわからないわよ!」リンは絶叫した。
アルカディア号は太陽を周回し、別の時空へと向かった。
その前方には、さっきの青い惑星ではなく、緑の惑星が現れた。
「……ゼロワン。なんかアルカディア号が燃えてない?」
「大気圏突入だ。空気の圧縮で熱が出る。エルフは人間より耐久力があるはずだが?」
「同じ話で二回も言わないでよっ!」
ゼロワンは落ち着いて計器を見ながら、のんびりと答える。
「あと三分で着陸だ。我慢しろ」
「ふえーー」
しかし近づいてみると、緑の惑星はどこも密林が生い茂っており、着陸ポイントは無かった。
「弱ったな…」
「ゼロワン、あそこ見て! ちょっとだけ空き地がある」
「よしっ!」
ゼロワンはなんとかその狭い空き地に、アルカディア号を着陸させた。
「生きてる……?」
「当然だ」
「こんなに命のありがたみを感じたのは、初めてだわ」
「何を言ってる。帰りもこれなんだぞ?」
「そーかあぁぁ!」リンは少し絶望した。
そんなリンをよそに、ゼロワンはトランクから「クロノスキャナー」を取り出し、計測を始めた。
「ふむ、6000万年前か。一応成功だな」
しかし次にワープ・コアをチェックすると、表情を曇らせた。
「どうしたの?」
「ダイリチウム結晶が劣化している」
「ホントだ。前は宝石みたいに光ってたのに」
「これでは元の時代に戻れんな」ゼロワンは渋い顔になった。
「直す方法は無いの?」
「無いことはないんだが、ここは6000万年前の世界だからなぁ」
ゼロワンは深くため息をついた。
その時、森の中をのっしのっしと歩く、一人の男がいた。
そして、ゼロワンたちのいる空き地に姿を表した。
その男は身長約2メートル。爬虫類的な顔立ちで、赤と黒のチェックパターンの服を着ていた。
「リザードマン!?」リンは警戒した。
ゼロワンはその男を観察し(…リザードマンではないな。あの服は手縫いでなく、工場生産された物だ。すると、ここには文明があるのか?)と素早く分析した。
そして彼は、どことなく愛嬌のある顔で、こう話しかけてきた。
「キエテ・コシ・キレキレテ」
更新が遅れて申し訳ございません。
プロットは第5話まで出来てるので、最後まで書くつもりです。
そんなわけで、時々見に来てください。




