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短編

適材適所におさまったお話

作者: 猫宮蒼



「ブラック、お前とはここでお別れだ」


 パーティメンバーのリーダーをしていたロックスにそう告げられた時、ブラックはいよいよきたか、という内心と共にその言葉を聞いていた。


「そうか。わかったよ」


 だからこそとてもあっさりとそれを受け入れる。


「……それだけか?」

「それだけ、って?」

「もっとこう、縋り付くとかあるだろ」

「なんで?」


 冗談でも何でもなく本気のきょとん顔でブラックは困惑した。


 や、だって、リーダーがそう決定したんだから、今更何言ったってなぁ……というのが隠すこともない正真正銘の本音である。


 そもそもの話。

 少し前からロックスやその仲間でもある自分以外の全員が、自分を疎んでいるのは知っていた。お前は空気を読まないな、と幼いころから言われてきたが、それでもまったく理解しないというわけではない。好かれてるかどうかはさておき、嫌われてるなっていうのは肌で感じる。好意を向けられてもそれが友情からくるものかはたまた恋愛感情かまではわからなくても、こいつ気に食わねぇ……っていう空気はハッキリわかる。


 パーティメンバーを今更ではあるが述べておこう。


 まずリーダーのロックス。片手剣を武器として扱う、冒険者としては正統派なタイプ。少しだけ攻撃魔法も使えるので、時として遠距離からの援護も可能。


 次にサブリーダーのリミュア。弓を使う。援護が得意なのでロックスと二人だけでも充分な実力を発揮できるタイプ。虫が嫌いで宿に害虫が出た時はほぼ高確率で絶叫する。虫型の魔物は秒殺するタイプ。

 ブラックからみていずれこの二人はくっつくと予想している。


 魔法使いのジョゼ。多彩な攻撃魔法を使いこなす。まだ若いのにその実力は冒険者たちの中でも一目置かれ、天才と称される程。

 ロックスにもしかしたら片思いしてるかもしれないけど、どちらかと言えば今のところは彼を兄のように慕っている。


 これだけ見てると一体これから何のラブコメが始まるんです? といった具合だが、恐ろしい事に彼らはまだ恋愛感情を認識していない節があった。自覚したらさぞじれったい恋物語に発展するだろうな、とは蚊帳の外であるブラックだけの感想である。


 ちなみにブラックはプリーストであり、このパーティの回復役……ではあるのだが。


「縋り付いたところで意味があるとも思えない。そもそも俺最初に言ったと思うんだけどさ。パーティ組む時に。回復魔法は使えるけど、初級しか使えないし、それ以外のサポート系魔法だって全部初級しか使えないって」


 それでもそれでいいからと誘ったのはロックスだ。

 魔法にはいくつかの段階があって、初級中級上級とクラスが分かれている。


 人間得手不得手があるので能力の偏りはあって当然なのだが、成長するのもまた人だ。

 誰しも最初は初心者だが、経験を積むことで成長する。苦手を克服する事だってある。


 そうして最初に初級しか使えなかった者がある日中級と称される魔法を覚えたりする。それがこの世界での常識だった。

 魔法以外もそうだ。

 武術における技というのは鍛錬と経験を重ねていった結果覚えるものだった。


 そういう意味では武術も魔法もそう変わりはない。

 経験を重ね新たな魔法や技を修得する。そういったものを覚えて、強くなったと実感できる。


 ブラックは、最初からある程度の回復魔法だとか補助魔法が使えたけれど、いずれも初級のものばかり。そして彼は自らの成長性を把握していた。回復魔法も補助魔法も、初級からどれだけ研鑽したところで成長はしない。そう確信していたし、だからこそ最初にそれを話した。


 仲間になった後で話が違う、なんて言われて拗れるのは面倒だったからだ。


 人間というのは不完全さゆえに成長し、完璧に近づこうとしている。けれど、単体で完璧になる事は決してない。人という個が集まり、そうして足りない部分を補い合って完璧へと近づく――それが、この世界の創世神話から語り継がれているものだ。


 人の能力にはいずれ必ず限界がやってくる。成長したところで、いずれはどこかで壁にぶつかる。

 これ以上の成長は無い、といずれ知る事があるのだ。


 ブラックは、そのいずれ、がとても早い段階でやってきただけに過ぎない。


 ブラックが冒険者となったのは、単純に田舎で仕事がなさすぎての事だ。とりあえず田舎で仕事探すよりは冒険者やってそこそこの依頼こなした方がまだ稼げる、そんな気高い志といったものとは遥か遠い考えでの事だった。都会で冒険者以外の仕事を探すにしても、色々と複雑なのだ。

 何のスキルがなくてもいいならともかく、都会での仕事で高給なものは大体〇〇のスキル必須、とか最低でも中級クラスの補助魔法が必要、だとかの条件が細かいのだ。


 まぁその分もあって給料はお高いのだと言われてしまえばそれまでだ。


 回復魔法も補助魔法も初級しか使えないブラックにはそれらの仕事はエントリーしたところですぐさまお断りされるだけだった。


 だからこそ、近隣のそこまで強くないけど数だけは多い魔物退治だとか、戦えないけどこれこれこういった場所にある薬草が欲しい、代わりに採ってきて、とかいう依頼を引き受けて小銭を稼いでいくつもりだったのだ。報酬金は安くともこれらの依頼は日々大量に出る。数をこなせばそこそこ稼げるものでもあった。



 ロックスがブラックを誘ったのは、そんな小さな依頼をせっせとこなしていたある日の事である。今から大体二年ほど前だったか。

 彼らは最初、回復魔法を使える相手を探していた。冒険者協会には仲間を探して集まる冒険者もそれなりにいるし、条件に合う相手を仲介する事だってある。当時、回復魔法が使えて特に仲間と行動していない冒険者はブラックくらいだったから、それで紹介されてやってきたのだろう。


 とはいえ、ブラックは既に自分の限界がわかりきっていたので、最初にそこら辺は念を押すように説明した。自分は初級の回復魔法と補助魔法しか使えないし、恐らくそれは今後一切成長する事はない、と。


 それでもロックスは他に回復魔法が使える仲間がすぐにできるアテがあったわけでもないからか、それでいいと頷いた。ブラックもまた、それでいいなら、と仲間に入る事を了承した。



 とはいえ、彼らとともに行動をして二年ほど。

 最近はそんな最初のころの話もすっかり忘れ去られたのか、こいつ使えねぇな……の空気が漂うようになってきたのだ。ブラックからすれば知らんがなとしか言いようがない。そもそも最初に説明してるし。



「俺たちだってさ、そりゃあ最初は初級魔法しか使えないって言われた時はさ、それでいいとは言ったよ。言ったさ。けど誰だって最初は初心者なんだし、そういうものだろ!? けどお前一切成長しないじゃん!

 俺たち一緒に活動して二年経つけど、その二年でマッジで何にも成長しないってどういう事だよ!?」

「だから最初にそれも言ったじゃないか。成長しないぞって。俺の能力は最初の時点で全部振り分け終了してんだよ」

「全振り分けして全部初級ってどうなんだよ。口では何だかんだ言いながらもそれでも成長するだろうとか思ってたのに!」

「そっちの思い込みだろう」

「そうかもしれないけどな! でもマジでホント成長しないってどういう事だよ、俺たちだって二年の間で多少はスキルも覚えたしそれなりに強くなってきたってのに、お前だけだぞ全く変わらないの!」

「最初にそれも言ったぞ」

「あああああもう! そうなんだけどおおおおおお!!」


 バァン!! とロックスは苛立ったようにテーブルに両手を叩きつける。


 冒険者協会の中での出来事である。

 他にも人がちらほらいる中で発狂するロックスは、周囲からちょっと可哀そうなものを見る目を向けられているのだが、本人はきっと気付いていないだろう。


「そもそもお前の能力の中で一番凄いのって浄化らしいけど、その浄化だってさぁ、別に使い道ないじゃん! 浄化だけ上級通り越して最上級ってなってるけど、全然使い道ないじゃん!」

「それがあるから他が初級しか覚えられなかったとも言うな」


 そう、人が覚えられるものには限りがある。

 魔法で言うなら攻撃魔法と回復魔法を同時に覚えられる者が少ないというのと似たような話だ。

 勿論中には両方扱える者もいるが、そういうのは大抵どちらも中途半端になりがちなのである。両方を極められるのは、世界でも限られた数。それこそ選ばれし者と呼ばれるような存在であった。


 ブラックは最上級の浄化魔法を扱えるが、それ故に他の魔法の成長性は全く伸びないのである。

 そも、上級通り越して最上級だ。正直そこだけ見れば彼もまた選ばれし者ではあるのだが、いかんせん浄化魔法というのはあまり使い道がない。

 いや、もしかしたら使い道がある場所もあるのかもしれないが、少なくともロックスやブラックが活動範囲としているこの辺りでは全く使い道がないのである。


 無用の長物。


 ブラックの最上級浄化魔法はまさしくそれであった。


「確かに成長しないって言われたけどさぁ! でもあれだろ、ペットショップでこれ以上大きくなりませんよって言われて購入して飼育したウサギだってなんだかんだ倍以上に成長するだろ!? だからさぁ、お前のそれもフリだと思ってたわけ。何だかんだ一年後には中級くらいにはなってるんじゃないかって思ってたわけ! そりゃこっちの目論見が外れただけってのはあるけどもさぁ! 正直最近お前の魔法じゃ全然回復追い付かないし、俺たちもそこそこ強くなってきたからもうちょっとこう、実入りのいい依頼とか引き受けて稼ぎたいわけ。でもお前が足引っ張るんだよ。お前の回復魔法じゃちっとも回復追い付かないし、じゃあ怪我をしないように立ち回れって話かもしれないけど、そうするとお前見捨てることになるの。魔物の攻撃から身体張って守る事もしなきゃそりゃあ回復とか必要ないよ? でもそれはさ、意図的に仲間を見捨てる行為になるから冒険者としては失格じゃん?

 あとお前の補助魔法も正直効果薄すぎて全然実感ないわけ。なのにお前がたまに魔物に狙われたりするのを庇うのってとってもこう、意味が分からなくなってくるわけ。そりゃあさ、術者が死ねば魔法も解けるのが大半だからさ、そりゃ守るよ!? でも、こっちが身体張って守る価値があるか? ってなったらもう全然ないんだわ。

 だからお前とはここでお別れつってんのに、お前何でそこで全然動じてないんだよもっとこう、縋り付いたりしろよ薄情者!」


「お前の情緒がわからないよロックス」


「だって今の俺たちお前が使えないから切り捨てるって言ってる完全な薄情者じゃん!」

「そうか? 命かかってるんだから、足手まといは切り捨てる、リーダーとしては適切な判断だろう。別れを告げるにしても、こうして安全な場所で話をしてるわけだし。どっかのダンジョンの最奥で言い出さないだけ全然善良」


 彼らと組んだ当初はまだ、みんな冒険者としては初心者もいいところだった。けれども月日が経ちそれぞれが成長していく中で、一人だけ何の成長もしていないブラックが疎まれるのは仕方がないと思えるのだ。成長していく中で価値観だって変わってくるし、勿論中には変わらないものだってあるけれど。


 自分たちは強くなった。もっと上を目指したい。

 そう思い始めているロックスたちを、ブラックは素直に応援している。上にいくのに邪魔になる自分という存在を切り捨てるのは、そういう意味では当たり前の事だとブラックは思っているので別れを告げられたからといって、恨むつもりは一切無いのだ。

 ブラックとしてはむしろいずれ彼らが大活躍してそれこそ有名になった時に、昔あいつらのパーティにいた事あるぜ、とか思い出話がちょっとしたネタになりそうだなとか思っている。


 ところで冒険者協会は一応酒場も兼ねてるのか、頼めば酒が出てくる。

 だからこそブラックはぐだぐだとのたまってるロックスの言葉にうんうんと相槌を打ちながら、そっと一番きつい酒を注文した。運ばれてきたジョッキをドンとロックスの前に置き、

「まぁ、ほら、飲めよ。な?」

 なんて勧める。

 えぐえぐと涙ぐみつつもロックスは言われるままにジョッキを手に取り、ぐいっと呷る。


「うぇっ、キッツ……!」


 なんて言いながらも一気にいったその飲みっぷりは見事としか言いようがない。

 けれどもあまりに強いアルコールが一気に駆け巡ったせいか、ロックスの涙腺はあっという間に崩壊した。


「う、ぅええええええ、なんでだよ、なんでだよぉブラック……俺たち一緒に成長してこうって言ったじゃんかよぉおおおおおお……!!」

 ダァン、とジョッキをテーブルに叩きつけるようにして、ロックスはテーブルに突っ伏した。


「お前の事足手まといにしかできない俺たちの力不足がさぁ! なんで、なんでこんな……!! 俺たちがもっと強くなったらお前の事も守り切って戦えるのかもしれないけどさぁ……!!」


 おいおいと泣き始めてどことなく怪しい呂律でぐだぐだな事を話し始めるロックスは突っ伏していて気づかない。



 最初はおっと仲間割れからのパーティ追放か!? とか思われていた周囲の視線が、とても生温かいものであることを。老魔法使いの一人が「青春じゃな」なんて呟いたことでロックスに向けられた生温かさはより一層増したのである。



 ――とはいえ、友情だなんだで成長してそう簡単に強くなれるのなら苦労はしないわけで。


 ロックスたちはブラックとお別れし、新たな仲間を求めて別の町へと行く事になった。

 ギッ、と音がしそうなほど強く睨んでいたリミュアとジョゼの眼差しから、ブラックって実は二人の親の仇なのか? と思われそうだったが、二人の目元は赤い。ちょっと油断したらぼろぼろと涙が出てくるのを必死に堪えてる状態だったのがロックスとブラックの冒険者協会の一幕で判明したために、周囲で見送っていた冒険者たちの眼差しはとても温かく、また、頑張れよ! なんて声援まで起きる始末。

 それに対してブラックはといえば。


「皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げております!」


 なんて言って、おい馬鹿やめろそれは面接落ちた時の言い方だと他の冒険者に窘められていた。



 一人になったブラックの生活は、別段大きな変化を迎えたわけではない。ロックスたちと出会う前に戻っただけだ。そう強くはないけれど数だけは多い魔物の退治、ちょっと遠出しないと手に入らない薬草調達、ついでにそっち方面にある町や村に届けてほしい手紙があるとの事で郵便配達、といった感じで依頼をこなし、気付けばあっという間に三年の月日が流れた。


 冒険者協会からの風の噂によると、ロックスたちは新たなプリーストを仲間にし、目覚ましい活躍をしているのだとか。聞けば隣の大陸に行ったらしいが、隣の大陸での出来事だというのにここまで噂が届くなんて、ロックスたちは凄いな、とブラックは尊敬の眼差しを多分こっちが隣の大陸がある方向だな、といった感じで向けたものの、まぁその視線がロックスたちに届く事はない。ついでに向けた方向は全然違う方向だった。いきなりキラキラしい尊敬の眼差しが向いた先にいた冒険者が「えっ、なに!?」とキョドっただけに終わった。



 ブラックはといえば、ある程度稼いだしボチボチ田舎にでも引っ込もうかなぁ、と考えていた。

 ロックスたちと出会う前から冒険者やってた年数考えれば、引退を考え始めても別におかしくはない。年をとっても冒険者やってる者はそれなりにいるが、ブラックとしてはそれならいっそ田舎で田畑耕して自給自足の暮らしをした方がいいかなぁと思っただけだ。


 ところが、そんなブラックを引き留めるように仲間にしたいとのたまった冒険者たちが現れたのである。


 彼らは、それなりに有名な冒険者であった。

 だからこそ、回復魔法も補助魔法も初級のままで成長性もないブラックを仲間に、と言うとは思えなかったのだ。冒険者協会で誘われたブラックは、ロックスの時同様同じ説明をしたし、彼らはそれをわかっているとばかりに頷いてみせた。


 動揺したのはむしろ他の――それを見ていた冒険者たちだ。


 有名な冒険者ではある。


 リーダーのホンロンと名乗った男は終始にこやかな笑みを浮かべていて、よく言えば人当たりがよさそうではあるけれど、同時に何か裏がありそうで胡散臭い。


 ホンロンの両隣に立っていた仲間もまた、どうにも得体が知れない感じがした。


 スイランと名乗った美女は魔法使いらしいが、魔法使いというよりは魔女という言葉がしっくりきたし、妖艶な姿は周囲の男性冒険者たちの視線を根こそぎ奪っている。深いスリットの入ったスカートから覗く足やら零れ落ちそうな胸やら、彼女を見ている冒険者たちの視線はとても忙しない。


 もう一人はランイェンと言う無口な男だった。寡黙でその視線は鋭く、まるで一本の鋭い槍を想像させられる。細身でありながら、明らかに鍛えられているとわかる身体。ホンロンの隣にいるだけで、まるで彼のボディガードのように錯覚させられる。


 というか、実際そうなのかもしれない。

 ボスに侍る美女とボディーガード。そういうのがピッタリだった。


 対するブラックはといえば、どこかぽやんとした雰囲気が否めない。


 どう考えてもこれからケツの毛までむしり取られるカモとしか見えなかった。


 とはいえ、仲間に勧誘されているだけで、違法性はどこにもない。けれども、なんていうか絵面が凄く……やめておけ、こいつらと関わらない方がいい、そう言いたくなるものであった。


 ブラックはホンロンに勧誘された際、やはりロックス同様に回復魔法も補助魔法も初級しか使えない事を説明した。ついでに、一番得意だと思える浄化魔法があるけれど、正直これは何の役にも立っていないという事も。

 更にロックスの時の事を考えて、成長性もない、という事をしっかりと伝えたのだ。


 ロックスの時はなんだかんだ一緒に成長していきたかった、とか向こうがいい人だったからまだしも、ブラックから見てもホンロンは正直ちょっとな……と思えたので。ブラックの勘は悪い人ではない、と告げている。しかし見た目――視覚情報から入るととんでもなく胡散臭いのである。


 正直ホンロンが「これからお前を人身売買組織に売り払う」とか言い出したら何かの間違いを疑うどころか「あぁやっぱりな」と思いそうな印象がとても強い。

 多分この人見た目で損してるんだろうなぁ、なんて思いながらも、相変わらず胡散臭さ全開な笑みを浮かべるホンロンの話に耳を傾ける。


 成長を期待されてるようでもないし、むしろその浄化魔法を求めているらしいので、それならまぁ、問題ないかなぁ……でも正直この浄化魔法って役に立ったこと今までの人生で一度もないんだよなぁ、なんてちょっと煮え切らない態度ではあったが、ホンロンがあまりにも熱心に勧誘してくるので。

 そこまで言われてるなら、まぁ、いいかなぁ……となってブラックはホンロンたちのパーティに加入する事になったのだ。


 周囲の冒険者たちからは困ったことがあったら遠慮なく相談しろよと言われた。ホンロンはその言葉に苦笑を浮かべていたが、別に文句を言うでもなかったし、ホンロンの仲間も機嫌を損ねたような態度をとるでもない。きっと、慣れっこなのだろう。


 なんだかんだ皆優しいなぁなんて思いながら、ブラックはホンロンたちと行動することになったのである。



 ――さて、所変わってロックスたちはというと。


 新しい仲間のプリーストは、回復魔法は上級、補助魔法は中級とブラックと比べれば圧倒的に何もかもがハイスペックであった。冒険者協会で引き受けた依頼もほとんどをこなし、以前と比べると大分有名になってきていた。

 新たに仲間になったプリースト――セインは彼が仲間になる前にいたプリーストであったブラックの事をよく知っていた。

 というか、ロックスたちが語って聞かせたので会った事はないけど凄く知ってる、という状態になってしまっていた。能力的にはプリーストとしてほとんど駆け出しもいいところだが、しかしセインはブラックという人は本当に彼らにとって大切な仲間だったのだな、と聞いてるだけで心が温かくなるのを感じていた。


 もしここで、彼らが有名人となったついでに以前の仲間を役立たずだと扱き下ろすような人物であったなら、きっとセインは早々に見切りをつけてパーティを抜けていただろう。

 だからこそセインは、うんうん自分はいい人たちと巡り会えたな、なんて思いながらも、彼らが今までブラックという男と共に乗り越えてきた冒険譚に耳を傾けるのだ。


 あいつはな、そりゃあ回復魔法も補助魔法も初級しか使えなかったけど、でも凄い奴なんだよ。


 そんな風に始まるブラックの話は、まだまだロックスの中では引きだしがあるようだ。


 能力的には低いけれど、だがそれだけではないのだと。

 何度冒険者をやめようかと思っていたロックスの心を立ち直らせてくれたか。

 リミュアが落ち込んだ時には真っ先に気付いて励ましてくれた。

 ジョゼが己の魔法の才に疑問を持った時だって、穏やかに彼は彼女の気付きもしなかった部分を褒めてくれて、そうして自信をつけて今では天才魔法使い、なんて言われるようになったのだ。


 きっとブラックと出会わなければ、自分たちはどこかで挫折して成功者を羨み妬んで他者の失敗を酒の肴にするような、そんな嫌な人間になっていたに違いないのだと。

 ブラックは、確かに成長性も何もない弱いプリーストであったけれど。

 けれども、まぎれもなく彼らにとっては道を照らす一等星のような存在だったのである。


 パーティメンバーではなくなってしまったけれど、彼らは今日もブラックがどこかで元気でやっていることを祈っている。



 ――で、肝心のブラックだが。



 なんとかつて魔王領と呼ばれていた死の大地へとやってきていた。

 正直ここは並大抵の冒険者が足を運ぶような場所ではない。

 他の大陸と比べて魔物はどえらいレベルで強すぎるし、人が暮らせるような場所ですらない。船だってこの大陸の近くを通る時は万全の状態をもって臨んでなお無事で通れるかどうかは運次第というようなところだ。


 かつて、勇者によって魔王は倒されたものの全ての魔物が討伐されたわけでもない。

 魔王が消えたからといって全ての魔物が消滅するわけでもなかったのだ。

 幸いにして魔王が死んだことでこの大陸の魔物は他の大陸に進出できなくなった。水の中を移動する魔物であっても、この大陸近海が行動範囲の限界らしく、他の大陸へやってくるという事もない。

 空を飛ぶ魔物もどうしてだか、大陸から一定距離を離れることはできないらしい。


 並大抵の人類では太刀打ちできないような魔物たちではあるが、外に解き放たれていないからこそ人類は今なお生き延びているといってもいい。



 ホンロンの私財を投じて造られた船でもってやってきたブラックは、ここがあの噂の、うわぁ、なんて完全に田舎から都会に来たばかり、みたいなリアクションでもって周囲を見回していた。

 離れたところに城っぽいものが見える。


「あれが、かつての魔王城だ」

「へぇ、あれが」

「この大陸の魔物は滅法強いけれど、ま、そこら辺はこっちでどうにかする。ブラック、お前に頼みたいのは、あの魔王城のとある魔物の討伐だ」

「討伐。え、それ本気で言ってる?」

「お前ならできる。むしろお前にしかできないと思っている」


 仲間の信頼が厚い。


 それなりに共に行動してきたので、いくら胡散臭く見えるとはいえホンロンが冗談でそんなことを言う人間ではないというのはとっくにわかっている。


「魔王城にはね、まだまだすごぉいお宝が眠ってるって言われているの。以前ここに来たとある冒険者が命懸けで持ち帰った宝石、知ってる? 星空の銀聖石って言われてるやつなんだけど」

「あ、聞いたことあります。すごく魔力を含んだ魔石で、確か北の方の国の神殿に納められて、その国の周辺だけ冬でも暖かくなったとか」

「えぇ、それ。そういったやつがね、まだ他にもゴロゴロしてるって言われてるの」


 売って良し、研究に使って良し、加工して装飾品にしてもいいわね。夢が広がるわ。


 なんて言ってるスイランは、魔物がとんでもなく狂暴であるという事実など知ったこっちゃないと言わんばかりだ。とはいえ、ブラックからすれば彼女の実力は確かなので、余裕をかましていても別に何とも思わなかった。同時に複数の魔法を詠唱なしで発動させることができるのだから、それこそ魔法が通用しない相手ならともかくそうでなければ彼女の独壇場。

 視界に魔物の姿を捉えた時点で魔法を発動させれば次の瞬間にはとっくにその魔物は事切れている。


 魔法が通用しないようなのが出たとしても、そういうのはランイェンが瞬時に倒しているのでスイランが余裕を崩す事になる時は、誰も手も足も出なくなるような、圧倒的な実力差がある相手が出た時だけだろう。


 現にそんな話をしている間に出てきた魔物は、あっという間にランイェンが倒してしまったのだから。



 なるほど、冒険者協会で出された依頼の中でも高額なやつをこなせば確かにかなりの稼ぎにはなるけれど、しかしここで何か金になりそうな物を持ち帰る事ができればその時点で一攫千金も夢ではない。

 危険だとわかっていながらもここへ来ようとする冒険者がそれなりにいるとは聞いていたが……ブラックはようやく納得した。運が良ければ一生働かなくても生きていけるだけの稼ぎになるとなれば、老後の心配をしなくてもよさそうだし。


 とはいえ、危険な場所であることに変わりはない。

 実際過去にここに来ただろう冒険者の中で帰らぬ者となったという話だってそれなりに聞く。



「それで、魔王城のとある魔物っていうのは?」


 移動しながらではあったが、ブラックは噂でしかこの大陸の事は知らなかったのもあって、今のうちにと質問することにした。何の事前情報もなくさぁ戦え、と言われてもこっちだって心の準備する時間くらいは欲しい。


 それに対して、ホンロンは「あぁ、それなぁ」なんてここが危険地帯であるという事を忘れさせるくらいのんびりした口調で話し始めた。


「俺のご先祖様にな、昔魔王を倒した勇者ってのがいるんだけども。

 とはいえだ、実際のところ封印するのがやっとだったって話らしいんだわ。

 痛めつけて弱った所を魔王城に封印。完全消滅には至らなかった。まぁ半分くらい死んでたっぽいとはいえ、半死半生でも元気に動けるらしかったし、この時点でご先祖様も正直ギリギリだったみたいでな。


 仲間たちと力を合わせて封印して、その封印の中で弱って死んでくれりゃあ万々歳。

 もし死んでなかったらいつかは封印が解けて魔王が再び出てくることになるわけだが……ま、そこら辺は後の人間に託したってわけだな」


「へぇ……」


 まさかの勇者の子孫。

 ははぁ、どうりで強いと思ったし、何かすっごい冒険者たちがいるって噂にもなってたんだな。


「ただまぁ、そうやって後世に魔王に関する情報を残してくれたご先祖様なんだけども。

 ご先祖様は恐らく封印した魔王はいずれ死に絶えるも、その魂は完全に消滅しないだろうと予測していた。

 生きてるならいくらでも殺せるが、相手がとっくに死んで、その上で行動できるってなると俺らには打つ手がない。

 そこで、万が一を考えてそれらをどうにかできる相手を探していた。そう、お前だブラック」


「なんと」


 こんな実力的にポンコツなプリーストだというのに!? と驚きしかない。


「浄化魔法ってのはな、確かに使いどころが限られる。例えば死霊相手とかならそれなりに効果がでるけども、まぁ、魔物でも死霊だとか動く死体だとか滅多に出る事もないし、肉体があるタイプのやつなら燃やして終いだ。わざわざ浄化魔法にこだわる意味もない。

 他に使い道がありそうなのは、動く死体なんかがうっかり水場に入り込んで汚染された水の浄化とかか。

 どっちにしても初級で事足りる」


 あ、そういや聞いたことあるな。何か汚れた水に浄化魔法かけると綺麗になるっていうの。

 なんてブラックが思っているうちに、いよいよ彼らは魔王城の中に足を踏み入れていたし、その中にいた魔物たちの洗礼を受けることとなったのだが、それらはホンロンが一瞬で倒してしまった。まさに瞬殺。ブラックは彼が何をしたのか、さっぱりわからなかった。

 わぁ、ここでもし俺がホンロンと敵対するようなことになったら、きっと一瞬で殺されちゃうな。

 なんて事を考えながらも進んでいく。


「けど、今回の相手は初級だとか中級じゃ意味がない。上級でどうにか渡り合えるか……といったところだが、何とそれよりも更に上の使い手がいるじゃないか。これはもう運命だと思ったね」


 なるほど、確かにホンロンの言い分からすれば、最上級の浄化魔法の使い手であるブラックは、彼にとってまさしくといったものなのだろう。

 回復魔法も補助魔法も初級しか使えない自分を本当に何で仲間にしたんだろうと思っていたが、謎はすべて解けた。


 あの時、仲間の勧誘に来た時にそれを言わなかったのは、ブラックが他に引き抜かれないため、というよりは安全を考慮しての事だろう。

 この大陸の魔物は明らかに他の大陸の魔物と比べて強い。切り札的役割のブラックを連れていったとしても、他の冒険者じゃこうも安全に魔王城の中に足を踏み入れるなどできそうにない。

 そうなれば、肝心の役割を果たせる場所に到着する前にブラック共々全滅なんて事も有り得たわけだ。


 この大陸には魔王城以外にもお宝がありそうな場所がいくつかあるというし、もしかしたら他の場所にも死霊のようなものはいるかもしれない。そういった相手に対抗するなら、確かにブラックは最強と言えるだろう。とはいえ、通常の魔物相手であれば最強どころか最弱にもなりかねないのだが。



 そんな話をしながら進んでいけば、何とあっという間に最深部である。


 そこに、確かにそいつはいた。


 魔力で編まれた鎖のようなものに雁字搦めにされた禍々しい姿のそれは、言われてみればかつて世界を恐怖と混沌に叩き落した魔王……なのだろう。


 とはいえ、鎖の隙間からは腐り落ちた肉体だったはずのものが滴り落ちて鎖で拘束されている部分は半透明に揺らめいている。肉なのか血なのかもわからないそれらが落ちるたび、何とも言えない嫌なにおいがする。こんなところに何の準備もなく足を踏み入れたならば、すぐさま吐いていただろう。


 ランイェンが事前に清めの香とやらを焚いて周囲の空気を清浄なものにしていなければ、果たしてどうなっていた事やら……



「あー、やっぱりな。多分肉体がすべて消失したら魂だけになって、死霊の状態で復活するわこりゃ。そうなれば倒せる奴は限られてくるし、そういった奴らは部下に任せて率先して殺してしまえば向かうところ敵ナシ。前回は勇者がかろうじて勝ったけど、次は下手すりゃ魔王側の完全勝利、ってか」

「ブラック、お願いするわ。あいつを倒してちょうだい」

「お前だけが頼りだ」


 仲間たちに言われ、半信半疑ながらもブラックは頷いた。

 いや、そりゃ浄化魔法は最上級だけども。本当にこれ通用する? という思いが強い。

 あと、ここまでくる間の魔物なんてブラックからすれば手も足も出ないような強敵ばかりだったのに、それらを瞬殺する相手に「お前だけが頼りだ」なんて言われるのも、何というか疑わしさに拍車をかけた。


 とはいえ、ここまで来た以上はやるしかない。


「では、参ります」


 ここに来る前にホンロンのポケットマネーから新調してもらった杖を構える。


 魔物相手に浄化魔法を使おう、なんて場面が今までほぼなかったのでこの段階でも正直自信はないけれど。


 死霊だろうとゾンビだろうと、生ける屍と呼ばれるそれらを瞬時にあの世に強制送迎する魔法。

 即ち――


「ターンアンデッド!」





 ――ロックスたちは少しばかり大口の依頼を無事解決させて、久々に街へと戻ってきた。

 何やら騒がしくもあったが、まずは依頼を解決させたことを冒険者協会に伝えなければならない。それを終えたらようやくゆっくり休めるぞ、なんて思いながらも冒険者協会へと足を踏み入れれば。


「なぁ! なぁおいロックス! お前そういや以前組んでたプリーストがいたよな! 確かブラックとかいう」

「え、あ、あぁ。頼りになる仲間だったよ」

「そんな頼りになる奴と組んでおきながらお別れするとか実はたいしたことないんじゃないかとか思ってたけどよぅ! やりやがった! やりやがったぜあいつら!!」

「え……?」


 建物の中に入った途端、中にいた冒険者たちに囲まれてそんな風に言われても、正直何があったかわからない。他の仲間たちも何がなんだかわかっていない顔をしながらも、とりあえず周囲を見回す。


 盛り上がり方からして悪いニュースではないようだ。


「あの、一体何があったんですか?」


 ジョゼが問いかければ、冒険者たちはこれ見ろよこれ! と大陸情報誌を突きつける。


 そこには魔王領にて、魔王城に眠っていた魔王の魂を消滅させた冒険者たちの名が記されていた。

 魔王城に巣食っていた魔物を倒し、魔王城に眠っていた数々の財宝を持ち帰った冒険者たちの名前。


 ホンロン。スイラン。ランイェン。

 そして――


「ブラック……!」


 他にも魔王領に存在していた死霊などもブラックによって倒されたらしく、今、実力に自信のある冒険者たちはホンロンたちのおこぼれに与ろうとでも言うように魔王領へ向かおうとしているらしい。とはいえ、行くには船が必要であるし、そう簡単にすぐ行けるものでもないのだが。

 しかし、死霊といった物理攻撃が通用しない挙句、攻撃魔法も一部のものがかろうじて通用するが決定打には至らないような倒すのも面倒な相手がかなりの数討伐されたようなのだ。ブラックによって。

 他の魔物の脅威がなくなったわけではないが、それでも今が狙い目だというのは明らかだった。


 危険ではある。危険ではあるが、同時にそれは一獲千金のチャンスでもあった。多くの冒険者が浮つくのも無理はない。


 そんな千載一遇のチャンスをもたらした相手がかつての仲間だった男とくれば。


「凄い……」

「えぇ、本当に」


 リミュアとジョゼが情報誌を見ながら目を輝かせる。自分たちでは彼を活かす事などできなかったけれど。

 情報誌から目を上げて、ロックスもまた周囲を見た。冒険者たちの盛り上がりっぷりに、口々にブラックを讃える声に。


「凄いでしょう! あいつと一時期俺らパーティ組んでたんですよ!!」


 ロックスはまるで自分の事のように喜んだのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 追放もので追放されたとたん成りあがるのがアレだと思ってましたがこういうのなら納得w
[一言] うわぁ、すっごい気持ちいいラストだ!
[気になる点] これ逆に、朽ちかけてた魔王が受肉して聖女みたいな美少女になってたり…? [一言] 一本満足バーみたいな、しっかり短編で満足できる作品でした。 ありがとうございました。
感想一覧
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