受付嬢はパーティー名をつけるのが趣味です
「……『タンク役求む! 体力に自信のある方、囮になってモンスターをあなた一人で引き付けてみませんか?』。これは向いてなさそうだな……」
それからメンバー募集掲示板を見てみたけれど、俺が入れそうなパーティーはなかった。
こういうところでもしっかり需要と供給の関係は成立し、目につくのは誰もがやりたくなさそうなものばかり。
「当方、ダンジョン攻略専門トレハンパーティー『とんずら』です。戦闘は少なめ! 風水師急募。ダウジングスキルのある方優遇……これもダメ」
お金を特に稼げそうなパーティーは、かなり具体的に職業を限定して募集していることも多い。
職業と言うか、その職業の持つ固有スキルを必要としている。
戦闘が少ないのは楽そうだけど、これも死霊術師の俺向きではない。
そもそも死霊術師を求めているパーティーが皆無だ。
あったとしても、どことなくきな臭いものばかり。
「新規パーティ『ラック・ブラック』、ジョブ不問、ランク不問でパーティーメンバー募集。慣れたら荷物持ちや料理番、見張り番も兼任していただきます。レベルは問いませんが、性格は真面目で文句を言わない人を求めます……これはなんかヤダな」
ものすごくこき使われる未来が見えるような、地雷臭のするメン募だった。
その後も少し見てみたけれど、やっぱり俺が自分の力を活かせそうなパーティーは見つからない。
仕方がないから、俺自身がパーティーを組むことにした。
メンバー募集掲示板を穴が開くほど見たのでだいたいの書き方は理解した。
俺は受付のシャノアさんに募集用紙を貰い、ギルドのフロア片隅の机を借りて頭を捻ることにした。
そうして苦労すること小一時間。
自分でも満足な仕上がりのメン募を書くことができたので、受付に持って行ってみた。
「シャノアさん、できました」
「なかなか時間をかけて書いていたようですね。それでは確認後、張り出させていただきます」
「どうぞ。ぜひ確認してみてください」
「それでは……『初めまして。このたびアプルルの村から王都にやってきました、ネク・ゾフィーナフィーです! 王都はとても賑やかで、俺の育った辺境とは大違い。サーカス小屋や芝居小屋、立派な店が立ち並ぶメインストリートは圧巻です』……あの、ネクさん」
「何ですか?」
「あなたの日記になっています。メンバー募集にこういうくだりは要りません」
「俺の人柄とか、そういうものを見てもらいたくって」
「その考え方は良いと思いますが、もっと端的にお願いします」
「分かりました」
苦労して書いたのにいきなりダメだしをもらってしまった。
だけど、不要なら削除すれば良いだけで済むし、別にいいか。
「パーティー名は……『死霊のはらわた』!?」
「何ですか?」
「パーティー名は名刺代わりです。普通はもっと勇ましい名前や、パーティーの特性を表す言葉を選ぶものです」
「俺は死霊術師ですから。特性は現わしていると思います」
「……死霊術師というのは聞いていますけど。はらわたという単語があまり響きが良くない気がします」
「でも、パーティーは仲がいいのが一番じゃないですか」
「それがはらわたと何の関係が?」
「腹を割った話ができる関係を作ろうと思いまして。それで、はらわたです」
「うまいこと言ったつもりですか?」
自信をもってつけたパーティー名なのに、シャノアさんは渋い顔をした。
俺は気に入っているのだが、彼女には受けがいまいちだった。
「なら、『ベーコンエッグが止まらない』というのはどうですか?」
「どういう意味ですか?」
「今朝食べたら美味しかったから」
「それはただのあなたの好物です。ベーコンエッグが嫌いな人は入ってくれませんよ」
「うーん、じゃあ……」
「もう少し熟考してみましょう。もちろん、あなたが決めた名前を私にどうこうする権利はありませんが……」
「はぁ」
すごくどうこう言ってくるくせに。
しかしまぁ、良いパーティー名をつけてもらいたいがための助言と、好意的に解釈することにした
「その他の部分は良いと思います。レベル不問、ジョブ不問、ランク不問なのも現状致し方ないでしょう。きっとネクさんと同じような状況の人が見てくれます」
「じゃ、パーティー名だけもう少し考えます」
「ちなみにですが、ネクさん。私はパーティーに名前を付けるのが趣味なんです」
「あ、そうなんですか」
「実際にギルドには私が名付けたパーティーがいくつも存在し、それぞれ活躍しています。私としてはそれが何よりも嬉しいことなんです」
「あ、そうですか。じゃ、また向こうで考えてきます」
「待ちなさい。私の話はまだ終わっていませんよっ!」
シャノアさんは俺を逃がしてくれなかった。
何だか嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
さっきまでの落ち着いた話しぶりと打って変わって、ずいぶんと熱が入っている。
「実はさっきまでネクさんのパーティー名も考えてました。意外でしょう?」
「いえ、そんなこったろうと思いましたが……」
「まあ、私の案を聞いてください。あなたが死霊術師なら、ネクロマンスというのはどうでしょう」
「はぁ。ネクロマンス」
「ネクさんの名前と、不思議で冒険的な伝記という意味の言葉をかけあわせてみました。ロマンスには慕情、という意味もあります」
「ふ、ふーん。すごいっすね……」
勢いづいたシャノアさんが喋りだして止まらない。
パーティー名をつけるのが趣味と言っている彼女は、確実に自分の案を通したくてウズウズしている。
物静かで事務的な彼女の意外な一面を早速覗き見てしまった気分だ。
でも、俺が作るパーティーの名前くらい俺がつけたいんですけど。
「我ながら素敵な名前だと思います。点数をつけるなら83点はあげたい気分ですね」
「は、はぁ……じゃ良い名前が決められなかったらソレにします」
「そうしていただけると、私が記念すべき100組目のパーティー名付け親になるまで、あとふたつになります」
相手がここまで親切にしてくれたシャノアさんじゃなかったら「そんな恥ずかしい名前付けられるか」と言いたかった。
しかしシャノアさん自体は自信満々だし、お断りしたら角が立ちそうだ。
彼女の自信作を超えるようなパーティー名を考えないと、この難局は乗り越えられない(究極のところ、別に名前なんて何でもいいんだけど……)。
俺は用紙を前にして再び机にかじりつく羽目になった。
本当はこんなことに時間を費やしてる場合じゃないんだけどな。
俺がこうして考えている間にも、次々に冒険者が依頼をを受注していく。
そのすべてにシャノアさんは一人で対応し、クエスト毎の注意事項を伝えたりしている。
時にはクエストを終えた冒険者が来て、仕事の終了証明書を貰っていく。
名前を考えることに飽きた俺は、しばしぼんやりとその光景を眺め続けた。
早く俺もあの中に混じって仕事がしたいものだった。
そうしてしばらく時間が過ぎた後、少し様子がおかしいことに気付いた。
数人の冒険者たちが受付付近に入りびたり、何事か知らないがシャノアさんに絡んでいた。
「……だからよう、シャノア。1日くらい俺に付き合ってくれてもいいんじゃねーのか?」
「ジャコに誘われるなんて名誉な事だぜ? 意地を張らないで付き合ってやれよ」
「……現在、仕事中です。仕事に関わらない話はお断りします」
「じゃ、仕事が終わったら良いんだな? それまでここで待たしてもらうからよ」
「こんなところにたむろされては他の冒険者たちの邪魔になります」
「邪魔だ? 誰が俺たちを邪魔って言ってるんだ?」
「おい、文句があるなら言ってみろ! 俺たちが邪魔だって言ったのは何処のどいつだ!」
「ジャコさん、大きな声を出さないでください!」
……何だかすごくガラの悪い冒険者パーティーだな。
明らかに色々と邪魔になっているのだが、他の冒険者たちは恫喝されて小さくなって俯いている。
腕っぷしに自信のある連中だろうから、我の強い人間も多いんだろうけど、これはちょっと逸脱している気がする。
その中心人物っぽい男、ジャコという人間が執拗にシャノアさんに絡む。
要は、ナンパしているんだと思われた。
「じゃ、静かに待ってるからよ。今日は俺と一緒の夕食と行こうぜ」
「申し訳ありませんが、お断りします。私の代わりに総務のエリーを誘ったらどうですか? ジャコさんとずいぶん仲良しでしょう?」
「あの女はもう飽きたんだ。なんでもハイハイ言うことを聞くだけで、面白くもなんともねぇ」
「夜の方も何でも言うこと聞くんだろお? うらやましいなぁ」
「フレドにやるよ。俺に抱かれたきゃ、フレドとも仲良くしろって言っておく」
「っしゃ、さすが俺たちのリーダー!」
「ジャコ、俺ともヤるように言ってくれよ……な? な?」
「わーったよチェブキー。今後エリーは俺たちの共用って事にすっか」
「へへへ……助かるぅ」
「……呆れましたね。女性をそのようにモノ扱いするだなんて」
「向こうがそれでいいって言ってるんだ。そうまでしても、俺と関係を続けたいんだよ」
「私は関係を持ちたいとは思いません。女性が要るなら他をあたってください」
「シャノアに対しては真剣なんだ! お前を落とせない俺は、仕方なく他の女で慰めてるって訳」
「勝手な事を……いくらあなたたちがSランク冒険者だからと言って、いつまでも許される振る舞いではありませんよ」
ジャコ、フレド、チェブキー。
この3人は冒険者パーティーで、リーダー格のジャコはシャノアさんがお気に入り。
それはここまでの悠長な観察で分かった。
その後も嫌がるシャノアさんのいる受付から離れようとせず、ああだこうだと口説き文句を並べている。
フロアには幾人も冒険者がいるが、みんなその状況を改善しようとせず突っ立っているだけだ。
……昨日の今日で、あんまり目立つような真似はしたいとは思えない。
だけど、仕事とはいえ丁寧にギルドの説明をしてくれたシャノアさん。
一生懸命俺のパーティー名を考えてくれたシャノアさん。
彼女の困っている顔を見るのはすごく嫌な気分だった。
よせばいいのに、俺の足は受付に向かっていた。
「……あの〜」
「あ?」
「ネクさん?」
「ちょっと分からないことがあって。シャノアさん、教えてもらってもいいですか?」
個人的にはベーコンエッグが止まらないがイチ押しなのですが。