冒険者ランクとクエスト
その日、俺に用意された豪華な客室のこととか、大理石の風呂のこととか、ふかふかのベッドの寝心地のこととか、貴族というものは朝からこんな立派なものを食うのかと思ったことについては、いずれ別の機会に説明しようと思う。
とにもかくにも想像以上に親切にしてもらった俺は、伯爵の紹介状を手に冒険者ギルドへと舞い戻った。
昨日俺をすげなく追い出したギルドの試験官のオジサンが、再び現れた俺を見て怪訝な顔をした。
しかしピエージュ・ロルスロイ伯爵からの紹介状を預かっていると伝えたところ、瞬時に顔色が変わった。
そして、中身を確認するから少し待てと言われた数分後──。
「ネク・ゾフィーナフィー。貴様の冒険者ギルド入りを認めよう」
「早っっっ!!!!!!!!」
効果てきめんにも程がある。
俺の昨日の苦労は何だったのかという勢いでギルド入りが決まってしまった。
「ピエージュ伯爵の肝いりであれば仕方があるまい。あのお方はこの冒険者ギルドの名誉顧問を務めていらっしゃった方だ。実務に関わっていたわけではないが、今でもその発言力は無視できない」
「伯爵ってそんなに偉い人だったんですか」
「今では王都の治安維持統括副長官。冒険者ギルドはその管轄下にある。予算の配分から何から、ピエージュ伯爵の機嫌を損ねては何かと不利になる」
「じゃあ、本当に俺が入ってもいいんですね?」
「仕方あるまい。もともと貴様の実力に関しては試験で充分に認められているのだ。正直なところ、私も少し気がかりではあった」
「またまた」
「誰にも言うんじゃないぞ。そもそも実技試験官のクラウスが貴様にこてんぱんにやられたことが問題だったのだ」
「試験官の……あぁ」
「ヤツの強硬な反対で落とされたといっても過言ではない。死霊術師だからどうと言うのは、ただの後付けだ」
「そうだったんですか」
クラウスという試験官にはずいぶんと恨まれてしまったらしい。
今後ギルドで顔をあわせる機会があるかどうか分からないが、できるだけ会わないようにしておこうと思う。
対するこの試験官のオジサンは、別に俺に対して何か含みがある訳じゃなく、ただ俺に失格を伝える役目を遂行しただけだったようだ。
「むろん、死霊術師と言うものの評判や不気味さ、イメージの悪さはそれとは関係ない。かつて王国の歴史上、類を見ない事件を過去に起こしたのは事実だからな」
「それは充分、心得ています。仕方のないことだと思います」
「せいぜい頑張ると良い、ネク・ゾフィーナフィー。……貴様の活躍を期待している」
「ありがとうございます! オジサン、思ったよりいい人っすね」
「余計な事を言わず、さっさと向こうの『冒険者ギルド本館』に行け!! 仕事の受け方やその他詳しいことは、受付のシャノアにでも聞くがいい」
「はい!」
「あとな! 俺はまだ20代なんだ! オジサンではない!」
「分かりました。お兄さん」
試験官のオジサンを残し、俺は通路を抜けてギルド本館へと向かった。
何となくだけど、冒険者ギルドでうまくやっていけそうな気がした。
だけどそれはただの気のせいだったと、その時の俺は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド本館は、思いのほか空いていた。
昨日まで俺が足を運んでいたのは『冒険者ギルド別館』。
別館には模擬試合や鍛錬が行える闘技場があり、その他食堂や簡易な宿泊施設のようなものも見かけた。
対する本館はやや狭く、受付を見つけるのに苦労はしなかった。
「あの〜」
「はい?」
「受付のシャノアって人に会えと言われたんですが」
「シャノアは私です。何か用ですか?」
てっきりまたいかついオジサンが出てくるかと思ったのに、シャノアと言うのは非常に容姿端麗な女性だった。
年は20代半ばと推測。
美人受付嬢として冒険者に人気があると容易に想像できる。
いや、余計な事は考えずにさっさと用事を済ませよう。
「今日からギルドに雇ってもらうことになりました。ネク・ゾフィーナフィーです」
「あぁ、ネクさんですね。伝達が来ています。それではもろもろの説明をいたしますのでそちらにかけて少々お待ちください」
「あ、はい」
てきぱきと事務的な口ぶりでもろもろの書類を取り出すシャノアさん。
あまり表情に変化がないので機嫌が悪いのかと思ったが、彼女はもともとこういう性格なのかもしれない。
ギルドに通って親しくなれば、いずれ分かるだろう。
「最初にネクさんの冒険者ギルド会員証をお渡しします。再発行には手数料が必要となりますので、紛失しないよう気を付けてください」
「はい」
「会員証があればギルドの宿泊施設や稽古場、食堂を無料で使えます。また、提携している街馬車や宿屋、武器屋やアイテムショップなどで割引が適用となります。詳しい提携先は資料をご覧ください」
「マジすか!?」
「冒険者ギルドは王国直営の組織であり、いわば公職ですから。むろん、ギルドの名に恥じない働きと振る舞いを心がけてください」
「分かりました!」
これなら居心地が良すぎる伯爵の家に居候をしなくて済む。
それに持っているだけで割引がきくなんて、やはり王都での冒険者の地位は高い。
渡された会員証は準備の良いことで、すでに俺の名前が記されている。
会員証番号は666。
なくしたり汚したりしないよう、気をつけなくちゃ。
「次に、ギルドでの仕事の受注の仕方の説明をさせて頂いても宜しいですか?」
「ぜひお願いします」
「後ろをご覧ください。この掲示板の隅から隅まで、全て冒険者ギルドへの依頼です」
「……すごいな。これが全部、仕事の依頼ですか」
「はい。ギルドではこうした依頼をクエストと呼んでいます」
掲示板自体が壁一面の大きさであり、そこに張られている依頼の数は尋常じゃなく、その内容も様々だ。
貴族の護衛や街道に現れるモンスター掃討、ダンジョン探索(要:地図作成スキル)クエスト。
錬金術ギルドからの素材採集クエスト。
農業ギルドからは作物を荒らすゴブリンの退治クエスト。
漁師ギルドからは漁場を荒らす海竜の討伐クエスト。
王国から懸賞金を掛けられた罪人の捕縛クエスト、などなど。
パッと見ただけでもこれだけのものがあり、探せば俺にもできそうなクエストがあるはずだ。
「早速、この中からクエストを選んで受けても構いませんか?」
「ネクさんは結構せっかちですね。焦らずに私の説明を最後まで聞いてください」
「まだ他に何か……」
「クエストを受ける際は、必ず要求されている冒険者ランクを確認してください。現在のネクさんの冒険者ランクはF。最初はだれでも必ずここからスタートします」
「つまり、一番下のランクってことですか」
「そうなります。冒険者ランクFの人が受けられるクエストはそれほど多くはありません。少しずつ地道に実力をつけてランクを上げることで、徐々に高ランクのクエストを受注することができます」
「なるほど……」
確かに、難易度が高そうで報酬の高いクエストはみんな必要ランクがAやBと記されている。
Fでも良い、というクエストは見たところあまり数が多くなかった。
数は少ないが、それでも俺にとっては十分な報酬額が用意されているものばかりで、モチベーションが下がることはなかった。
「色々と不満はあるでしょうが、ギルドの信用を保つためにこういう決まりがあるのです。どうか、ネクさんにもご理解願います」
「いや、俺は別に不満なんかないです。頑張って早く良い仕事を得られるようにするだけです」
「そう言っていただけると助かりますね」
「じゃあ、冒険者ランクFのクエストの中から選ばせてもらいます」
「待ってください。まさかネクさんはパーティーを組まないのですか?」
「一人だとなんかまずいですか?」
「通常、クエストは数人のパーティーでこなすものです。推奨人数というものが記されているでしょう」
「はぁ……推奨人数」
シャノアさんの言う通り、クエストの発注書にはランクの他に推奨人数というものが記されている。
クエストって色々とややこしいな。
「もちろん1人で行えるクエストも存在します。ですが、そうなるとかなり数が限られてしまうことでしょう」
「でも推奨人数ってことは、あくまで推奨なんですよね」
「……その通りですが、経験あるギルド員がクエスト内容を考慮して推奨人数を予測し、記しているのです。無理を押しきってクエスト失敗ということになると、ネクさんの今後の信用に関わってきます」
「でも、俺には一緒にクエストを行う仲間がいません。王都にも来たばかりだし」
「向こうの掲示板をご覧ください。あちらがパーティーメンバー募集の掲示板になります。もしネクさんが入れそうなパーティーがあれば応募すると良いでしょうし、ネクさんが主体となってパーティーを結成することもできます」
「パーティーかぁ……」
人見知りって訳じゃないけど、いきなり知らない人と仲間になんてなれるだろうか?
俺にはボーンズやハウンドたち死霊がいるから今までパーティーを組む必要性を感じなかった。
でも、シャノアさんが心配してるみたいだしな……。
ここは素直に従った方が良いのかもしれない。
それに情報交換できる仲間がいたら、実際この先助かるだろう。
どうせ王都で暮らすなら、仲間を作って楽しく暮らしたい気もした。
「どうしますか? パーティーメンバーを募集するのであれば、ネクさんに募集用紙をお渡ししますよ」
「……分かりました。少し見てみて、入れそうなパーティーがなければ募集してみようと思います」
「それが良いと思います。報酬は山分けとなってしまいますが、そのぶん難しくて実入りの良いクエストを受けることができますから」
色々と親切な助言をくれるシャノアさんに従って、パーティー募集掲示板を覗いてみることにした。