レアアイテム『冒険者ギルドへの紹介状』を手に入れた!
コーネリアとその母の二度目の再会について詳しく話す必要はないだろう。
彼女は先ほど伝え忘れた言葉を今度はしっかりと伝えることができた。
もちろんブローチに宿るのは生きている時に残された記憶であり、眠りについたリシュフィーノ夫人そのものではない。
変な子ねぇ、と首をかしげるリシュフィーノ夫人だったけど、コーネリアは満足して泣き笑いの表情を浮かべていた。
コーネリアはともかくとして、だ。
夫であるピエージュ伯爵の驚きと喜びはそれはそれは凄まじかった。
なんせ彼は死んだ妻の姿が具現化すると同時に即座に泣き崩れてしまい、まともに立つことすらできなかった。
夫人はそんな夫を心配し、コーネリアとともに優しく声を掛け、励まし──最後はみんなで笑い合っていた。
できるだけ長い再会になれば良いと思ったけれど、物体に残留するエネルギーは少ない。
どれだけ宿っている記憶の力が強くても半刻も術はもたず、やがて消えてしまう。
死霊術にできるのはそれが限界であり、ほんの一時的な心の慰めでしかない。
だけど、そんなささやかな慰めが役立つこともあると俺は信じている。
リシュフィーノ夫人の姿が消え去った後、まだ涙の痕が残るピエージュ伯爵は、とても清々しい笑顔を浮かべていた。
「……ありがとう、ネク君。まさか生きながらにしてもう一度妻に会えるとは……私は本当に不思議な体験をさせてもらった」
「お父様、言ったでしょう! ネクの力は本物なのよ」
「うむ……正直に言うと、死霊術と言うと何か汚らわしい呪法のように思っていたよ。だが、それはとんでもない誤りであった!」
「よく言われますから気にしてません」
「私の考えによると、きっと名前が悪いと思うわ」
「しかし、死と霊魂を取り扱う術であることに違いはないし……うむむむ。他に何か良い名前はないだろうか?」
「あの、別にそこを真剣に考えてくれなくてもいいですから……」
生真面目な人なのか、真剣に考えているようだった。
そこは今更別に気にしてないから、お構いしてくれなくても大丈夫だ。
堅物そうに見えるが、案外良い人なのかもしれない。
「お父様。それよりもネクの事を考えてあげて。今ネクはとっても困ってるのよ」
「困っている? 一体どうして」
「冒険者ギルドで働こうと思って王都に来たのに、死霊術師っていう理由だけで追い出されちゃったんですって!」
「冒険者ギルドを? 死霊術師がダメとはどういう事だ?」
「死霊術が邪法であるから、と言われました」
「ふぅーむ。私は以前、ギルドに関わっていたこともあったが……特にそういう決まりはなかったと思うのだが」
「ないんですか?」
「無い。冒険者ギルドの門戸は才あるものすべてに開かれている。失礼だが、登録試験には合格したのかね?」
「自分ではよくできたと自負しています。試験官にもそう言っていただきました」
「失礼ながら、それを裏付ける証拠は?」
「証拠になるか分かりませんが、最後に一枚の紙を貰いました」
「ふむこれは……ステータス表?」
伯爵は、一枚の紙きれをまじまじと覗き込んだ。
そしてすぐさま驚きの声をあげた。
「何と! ネク君はすでに『レベル10』に到達しているではないか!」
「レベルって何ですか?」
「どうしてネクが知らないのよ!」
「俺の育った村じゃそんなもの無かったから。コーネリアは知ってるのか?」
「そう言われると、私だって知らないけど……」
「何のことはない、レベルと言うのはひとつの目安だよ。ただ、登録段階でレベル10というのは非常に稀有な例といって良いだろう」
「そうなんですか?」
「うむ。私は今の仕事の都合上、ギルドに依頼を発注することも多々ある。王宮からの依頼は冒険者ランクD以上の人間しか受けることができない。ランクDは中堅以上の信頼のおける冒険者と言って良い」
「冒険者ランクって何ですか?」
「そこから話さねばならんのか……」
「ネク、その辺はあとで自分で調べなさい」
「はいはい」
「いずれにせよだ。そのランクD冒険者たちの大方のレベルが10から12。つまりネク君はこの若さにも関わらず、すでにある程度ベテランの冒険者と肩を並べる実力を持っているということになる」
「そうなんですか」
Dがあるということは、とりあえずA・B・Cのランクもあるんだろうな。
その下にもいくつかありそうだけど、下よりも上のレベルが気になった。
「……だとしたら、それほどの人材を死霊術師だからって理由で落としちゃうのは良くないと思うわ」
「うむ。合否は試験官に一任されているとはいえ、そのような差別的な理由で拒むというのは確かに宜しくない。王国にとっても大きな損失となるだろう」
「なら……ネクが冒険者ギルドに入れないということは、治安維持部門統括のお父様にとっても、ひいては損失となりそうね?」
「ふふふ……はっはっは! コーネリアは、私にネク君の便宜を図れと言っているのかな?」
「そうは言わないけど。でも、優秀なんでしょう?」
「うむ……。ただギルドに入りたいだけの少年なら、手を貸すこともないと思った。しかし、捨て置くのは惜しい逸材だ」
「じゃあ……!」
「冒険者ギルドの会長宛てに紹介状を書いておこう。私からの親書であれば、まさか無下にもできまい」
「お父様……! やったわよ、ネク!」
「あ、ありがとうございます!!」
「明日、それを持ってもう一度ギルドに向かうといい。きっと悪いようにはならないはずだ」
諦めかけていた道がつながった。
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
明日俺は再び冒険者ギルドに行って、そして……。
と、そこまで思い至った時に、今日あった出来事を思い出した。
「どうしたのネク。何だか浮かない顔をしてる」
「死霊術師が嫌われているのが気がかりなんだ。ギルドに登録できても、それからうまくやっていけるのかどうか……」
「そこは自分の力で覆していく他ない。すぐには無理でも、君ならきっと変えられる。君に考えを改めさせてもらった一人として私はそう願っている」
「きっと大丈夫よ。とにかく、後のことは後で考えましょう」
「……そうだな。そうする」
コーネリアの言う通り、先の心配を今していても仕方がない。
とりあえず当たってみて、砕けたら砕けた時に考えよう。
『エラい人の紹介状』と言うレアアイテムをもってしても砕けたら、さすがの俺も諦めてしまいそうだけれど。
「さて……これで私はネク君へのささやかなお礼ができただろうか?」
「はい。ありがとうございます」
「お父様、もう一つ。ネクは全くお金がないんですって。それに、泊るところも」
「お金がない?」
「お、おいコーネリア。止せよ」
「だって、本当にないんでしょう? 王都に来てから丸二日何も食べなかったって言うから呆れたわ!」
「どういうことかね? まさか君こそひったくりにあったのか?」
「いえ、旅費と宿賃が思ったより高くて……」
「詳しく話しなさい。そもそも君という人間は一体どこから来たのだ?」
「はぁ、実は……」
初めて会う人間に金がないことを話すのはなかなか恥ずかしい苦行だった。
辺境のアプルルから馬車を乗り継いできたこと。
宿に泊まったらチップを要求され、渋々と払ったこと。
すぐにでもギルドで働くつもりでいたので、余分な金は持ってないこと。
故郷のばーちゃんは病気で伏せており、頼れないこと。
いずれは薬代を仕送りをしたいこと。
この際だからすべてを正直に話した。
伯爵は俺の見通しの甘さにあきれ顔をした。
「……年長者として忠告させてもらうよ、ネク君。新しいことを始めるときは、よく考えてから慎重に行動することだ」
「はい。次からはそうします……」
「泊まる場所がないなら、見つかるまでこの屋敷にいると良い。部屋はいくつも空いているから気にすることはない」
「えっ」
「そうね。私もそれがいいと思うわ」
意外過ぎる伯爵の親切な言葉に、俺はすぐに反応することができなかった。
しかし、伯爵の親切な提案はそれだけにとどまらない。
「金はこの王都でいくらあっても足りないものだ。40万ディールを君に渡す。これで当座の間は凌げるだろう」
「えっ、いやいや。そんな金なんて、俺には本当にいいです!」
「これはさきほど妻に会わせてくれた礼だ。私からすれば、受けた恩には安すぎるくらいの謝礼だ」
「お父様。ネクは、あの術ではお金を貰いたくないそうよ。値段をつけられるものじゃないからって」
「ならば貸付としよう。無一文では何もできん。荒事の多い冒険者ギルドの仕事を侮ってはならん」
「貸付……ですか」
俺が持ってきた金は、何か月も苦労して貯めた5000ディールのみ。
40万ディールという金があれば、アプルルの村なら半年は暮らせる。
王都でだって、ふた月は楽に遊んで暮らせるだろう。
それだけあれば、ギルドで仕事をするための装備も整えられる。
ばーちゃんにすぐにでも薬を買ってやれる。
俺にとっては目もくらむ金額であり、喉から手が出るほど欲しい金だった。
「ギルドの仕事であれば、十分に返済可能な額だ。私は君ならすぐだと信じているよ」
「……ありがとうございます。本当に、何て言ったらいいか」
「気に病むことはない。その代わり、時々でいい。いつか再び妻に会わせてくれないかね……?」
「それは……思い出の品さえあれば、いつでもできます」
「明日から、家じゅうをひっくり返して探さなくっちゃいけないわね、お父様!」
「はっはっは、本当だな……」
……なんだか今日は、色々とあった日だった。
冒険者ギルドで邪魔者扱いされ、追い出され。
そのあとひったくりを捕まえて、コーネリアと知り合って。
その父であるピエージュ伯爵と知り合って、宿を借り、金を借り。
マイナスもプラスもあったけど、最終的には有り余るほどのプラスで終わった日になった。