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伯爵家に呼ばれてみました


 食事を終えた俺はボーンズたちをカケラに戻し、コーネリアの家へと向かった。


 何の気なしに歩いていたが、街は途中から明らかに景色が変わり、堂々たる外観の館が立ち並ぶ富裕層が住まうエリアへと入って行った。


 当然、コーネリアの住む屋敷も豪華絢爛。


 玄関の扉を抜けたホールは広く、床には美しいじゅうたんが敷かれ、ものすごく大きな階段もこれまた美しいじゅうたんで覆われている。


 マホガニー製のテーブルにマホガニー製のコート掛け。


 金箔の枠にはまった大きな鏡。


 貧乏な村で生まれ育った俺は、その圧倒的な富のオーラに気圧されてしまった。


 「どうしたのよ。早くいらっしゃい」


 「俺の靴じゃ入りにくい」


 「意味が分からないわ」


 「この高そうなじゅうたんを汚しそうだから。悪いけど、うわばきを貸してくれないか」


 「ネクって面白いのね。汚れても誰かが掃除して勝手にきれいにしてくれるわ」


 「はぁ……」


 「お帰りなさいませ、お嬢様。……お客様ですか?」


 「えぇ、ただいま。お父様はいるわよね」


 執事と思しき人間が出迎えてくれ、小さくなっている俺をさらに委縮させた。


 コーネリアはそんな俺に構わず簡単に事情を説明し、中に通してもらうことになった。

 廊下を歩くだけでも上等な調度品の数々に圧倒されたのは言うまでもない。


 歩きながら、彼女は自身の父親について俺にかいつまんで話してくれた。


 父の名はピエージュ・ロルスロイ伯爵。


 彼は王宮に勤める貴族であり、そこで政治経済や治安維持など、このマールバニアの国政に携わっている。


 もとのロルスロイ家は辺境伯であったが、今でも広大な領地を有しており、そこからの収入でかくも優雅な暮らしを保っている。


 今現在のピエージュ伯爵の地位は、王都の治安維持統括部門副官。


 俺にはコーネリアの話が半分くらいしか分からなかったが、つまりはとっても偉い人だと頭に入れておけば間違いないと思われる。


 そんな人に会うとなると、さすがに緊張した。


 せめて心の準備が整うまで待ってほしかったが、コーネリアはさっさと重厚な館主の部屋のドアをノックしてしまった。


 「お父様、おられますか? 突然ですが、コーネリアがお客様をお連れしました」


 「帰ったのか、コーネリア。……はて、客とは?」


 「入りましょう。きっとお父様もお喜びになられるに違いないわ」


 「う、うん……」


 部屋の真ん中に置かれた立派な机の前に背の高い紳士の姿があった。


 彼がコーネリアの父、ピエージュ伯爵だろう。


 伯爵は初めて見る俺と言う人間を、当然ながら怪訝そうな目で見つめた。


 「コーネリア、この方は……?」


 「彼はネク・ゾフィーナフィー。王都を訪れた死霊術師です!」


 「ほう、死霊術師とは。……君はその若さで、死霊術を生業にしているのかね」


 「生業にはなっていません。今のところ、仕事を貰えていませんのでいわば無職です」


 「は?」


 「余計な事は言わなくていいの。お父様、彼はさきほど物取りに遭った私を救ってくれたのです」


 「何っ!? 大丈夫だったのか?」


 「幸いにもけがはありませんでしたし、盗まれたものもネクが奪い返してくれました。お母様から譲られた大切な銀細工でしたので、とても助かりました」


 「何、リシュフィーノの……! 持ち歩くべきではないと、いつも私がいっておるだろう!」


 「でも、いつも身につけておきたいのです! そうしてお母様を傍に感じていたいのです」


 「しかしだな、今日のようなことも今の王都では十分に起こり得て……と、申し訳ありません。客人の前でする話ではありませんでしたな」


 「いえ。気にしないでください」


 大事なものをいつでも身に着けておきたいという気持ちもわかるし、大事なものなら大切にしまっておくべきという気持ちもわかる。


 持ち歩くか歩かないかは個人の判断で、俺ごときが口をはさむ立場にはない。


 「ともあれ、そういう訳で私はこのネクに大変お世話になったのです」


 「ふむ。そういう事なら、私からも御礼を申し上げねばなりますまい」


 「いえ、たまたま通りすがっただけですから」


 「コーネリアは気をつけねばならんぞ。今後出来る限り、一人では歩かぬことだ」


 「分かっております。しばらくは外出の際、護衛でもつけさせていただきます」


 「うむ、それが良かろう」


 「そしてお父様! 話は終わりではありません。むしろここからが本題です。私、ネクにお母さまに会わせていただくことができました」


 「……? コーネリアよ。お前の言っている意味がよく分からん」


 「ネクは死霊術師です。この銀細工のなかに秘められたお母さまの記憶をもとに、ほんのひとときの間ですが蘇らせることができたのです!」


 「何だと! ……それは誠なのか?」


 「えぇ、ウソでも幻でもありません。あれは誠に、生きている時のお母様そのものでした」


 「リシュフィーヌの……」


 亡くなって一年経つというが、ピエージュ伯爵はまだ悲しみが深いようだ。

 在りし日の妻を思い浮かべたのか、ほんの少し瞳に涙が滲んで光って見えた。


 「私は、お父様にもぜひ会わせてほしいとネクに頼みました。彼は快く引き受けてくれました」


 「何と……一度ならず、二度までもそのようなことができるのか!」


 「回数は関係ありませんよ。ただその人が大切にしていた、思い出深い品があればいいんです。死霊術はそこに宿る記憶をもとに、亡くなった人を顕現させることができる」


 「ここに妻の遺品であるブローチがある。これでも可能か!?」


 「できます。これは先ほどの銀細工よりずっと力を感じるから、おそらく少しは長く呼び出すことが可能でしょう」


 「……ネク殿。もしも君の言葉に偽りが無ければ、私は何でも望みを叶えさせてもらうぞ!」


 「お父様。その言葉、絶対に忘れないでくださいね?」


 「男子に二言はない! ささっ、その奇跡を早く私にも見せてみてくれたまえ!」


 「分かりました」


 コーネリアの話の持って行き方が巧みだった。


 もしこれで術が成功すれば、ピエージュ伯爵は何がしか俺の力になってくれるに違いない。


 そしてこのブローチには銀細工よりもはるかにたくさんの思いが詰まっており、失敗する心配は不要。


 若きピエージュ伯爵からこれを贈られた日の喜び。


 それを肌身離さず身に着けていた妻の穏やかな日々の記憶。


 これは二人の長年の愛の証だった。


 やがてブローチは強い光を放ち、その光が広がっていく。


 「わぁ……お母さまだわ……!」


 「……何という事だ……何という……おぉ……!」


 ブローチに宿る温かな記憶から、俺は再び在りし日のリシュフィーヌ夫人を蘇らせた。




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