死者との再会
「まだ、ほんの一年前のことなの。お母さまが病気で亡くなったのは」
「そうか……」
「その儀式には準備に時間が必要? それとも特別な場所でないとできない?」
「いや。時間はかからない、場所も選ばない。その人が大切に持っていたものがあればいいんだ」
「あなたが取り返してくれた銀細工があるわ。これはもともと、母が持っていたものなの」
「記憶が残っていれば大丈夫だと思う」
「なら、今ここでお願いするわ」
「今ここっ!?」
まだ俺、美味しくメシを食ってる最中なんだが。
しかしコーネリアは『待った』がきかない性格のようで、すっかりその気になってウズウズしてる。
……まぁそれほど苦労する術でもないし、もったいぶっても仕方がないか。
幸いにもここはレストランの個室だし、他のお客さんに迷惑をかけることもない。
「初めに言っておくよ。俺が呼び出せるのは物体が記憶している持ち主の在りし日の姿。残留思念とでも言うか……それも本人に違いないけれど、あくまで本物のお母さんは永遠の眠りの中だ」
「……ネクの言っている事、よく分からないわ。とにかく会えるんでしょう?」
「そして物体に残っているエネルギーは少ない。蘇らせられるのはほんのわずかな時間だと思う」
「時間が短くたって構わない。お願いだから、やってみせて」
「いいよ。……銀細工を貸してくれ」
俺はコーネリアの手から銀細工を譲り受け、意識を集中する。
銀細工の中に眠っているコーネリアのお母さんの存在を探る。
そうするといくつかの映像が……上品な貴婦人の在りし日の姿が、俺の頭の中に流れ込んできた。
それはコーネリアによく似ていて、笑顔がとても柔らかな女性だった。
銀細工には彼女の温かな記憶がいくつも残されている。
「ネク、銀細工が光ってる……!」
「……今、君のお母さんが来てくれる」
「えっ……きゃああっ!」
注がれる魔力に呼応し、銀細工の放つ光は部屋中へと広がって、目も開けられないほどの眩い光量に膨れ上がった。
久しぶりだったから不安だったけど、術は成功した。
「何……今のは?」
「目を開けて、コーネリア。君の母親だ」
「……お母さま……!」
どこか朧気な様子はあるが、コーネリアの願いが顕現した。
物体の記憶には偏りが目立ち、歪な蘇りになってしまうことが多々あるが、これなら十分うまくいったと思う。
後は、術者は再会の邪魔をしないようにそっと見守るだけ。
生きる人間の時間は有限だが、死者の時間はもっと限られているのだから。
「お母さま……お母さまっ……!」
──コーネリア。どうしてあなたは泣いているの?
「だって、私はもうお母さまには会えないと思っていたから……!」
──おかしな子ね。母娘なんだから、いつでも会えるでしょう?
「そうね……あぁ、お母さまの声、久しぶり……」
──あの人は……お父さんはどこ? 今日もまた仕事に追われてるのかしら。
「うん……お父様はお仕事で忙しくしているわ。もちろん、今日も……」
──あなたからも伝えて頂戴。あまり無理はしないで、時にはのんびり、大好きな釣りでもしてらっしゃいって。
「はい……必ず伝えます……今日、帰ったら必ず……!」
──何か、大げさねぇ。ところでこの男の子は、コーネリアの彼氏?
「ち、違いますっ! 今日、たまたま町で知り合って……一緒に食事をしてるだけ」
──今日知り合って、今日一緒にお食事? コーネリアは私が思っていたよりずっと発展家なのね!
「だから、違いますっ! これにはいろいろと事情が……」
──別に悪いとは言っていません。恋愛は常にしておくものよ。この方のお名前は?
「この人は……ネク・ゾフィーナフィー」
──ネクさん。どうか、うちの娘をよろしくお願いいたしますね。
「お母さま! それよりも私、お母さまに伝えたいことがあります」
──あら、私に? 何かしら……。
「はい、私……」
──……に……だと……ね? ……ーネリ……!
「ま、待ってくださいお母さま! まだ行かないで!!」
──……よ。…………と…………す。…………。
「お母さま!」
…………。
……やっぱり、物体に残された記憶は淡いものだ。
思っていた以上に再会の時間は短く、コーネリアの母の姿はすぅっと消えてしまった。
後に残されたものは何もなく、ただ呆然と立ち尽くすコーネリア。
これが今の俺の死霊術師としての限界だった。
だけど、彼女の望みにはそれなりに応えられたと思う。
「……どうだった? お母さん、生前のままだったかな?」
「……ネクッッ!!!」
「な、何か!?」
「お母さまに結局お礼を言えなかったわっっ!! 生んでくれてありがとうって、育ててくれてありがとうって!! 最後は私、ネクの話しかしてないじゃないのっっ!!」
「言いたいことは早く言えって! 短いって言っただろ!?」
あらかじめ伝えておいたんだから、キレられても困る。
泣いたり怒ったり忙しい女の子だな。
「でも、久しぶりにお母さまのお顔が見れて嬉しかった……こんな奇跡みたいなことが本当にできるのね」
「死霊術は奇跡でも何でもない。他にも思い出が残っているものがあれば、いくらでも会える」
「ほ、本当に!? 私、お母さまにまた会える!?」
「会える。何度でも」
「なら、私のお父様にも会わせてあげて欲しいわ。お父様、お母さまが死んでからというもの、ずっとふさぎ込みがちだから」
「分かった。俺が王都にいる間って条件付きだけど……」
「ネクはどうして王都から離れるのよ」
「言ったろ。ここに住む金が無いし、冒険者ギルドの仕事もない」
「冒険者ギルドで働けなくても、パン屋とかそーいう仕事がいくらでもあるでしょ? ずっと王都に居なさいよ」
「あのさぁ……」
他人事だと思って無茶言うなぁ。
俺はパン屋がやりたくて王都に来た訳じゃなく、あくまで死霊術師としてここへ来た。
「俺はこの力を役立てたくてここに来たんだ。それに、カネを稼ぎたい事情もある」
「冒険者ギルドに入れなくても、今の術でじゅうぶんお金を稼げるんじゃないかしら?」
「奇麗ごとかもしれないけど、交霊術で金を稼ぎたくないんだ。頼まれればするけど、心の慰めを金銭に変えたくないし、相場が無いからどれくらい貰っていいかも分からない」
「……ふぅん。少し見直したわよ、ネクのこと」
「俺の師匠の教えなんだ。師匠と言っても、俺のばーちゃんだけど」
「つまり死霊術師の家系ってことね。おばあさまは今も現役?」
「いや。今は病気で寝てる」
「えっ……」
「今すぐにどうこうって病気じゃないし、ちゃんと薬もある。だけど、その薬が高くってさ」
「……もしかして、それで冒険者ギルドに?」
「ギルドの稼ぎならなんとかなると思ってきたんだけど……残念ながら、別の手を考えないといけないな」
「……」
故郷のばーちゃんは、病に侵されてはいるが今はまだまだ大丈夫。
だけど、この先もずっとそうかは分からない。
薬さえあれば病気の進行を抑えられるし、その症状も緩和できる。
「病気が無くてもそのうち寿命でぽっくり逝くだろうけどさ。ぽっくりまでの間は元気に暮らしてほしいって思うんだ」
「まぁ! ネクったらひどいこと言うのね」
「そうかな?」
「うぅん、……やっぱり、ひどくなんかない。とっても優しい考え方ね」
「どっちだよ」
「でも、あなたの事情はよく分かったわ。お金が必要な理由も」
「分かってくれたか。だからパン屋の仕事じゃ、ちょっと無理なんだ」
日々の糧を得るだけならパン屋でも良い。
だけどそれならそもそもアプルルの村にいるだけで良く、王都に来た意味がない。
俺の目的は、とにかく薬代を稼げるだけの仕事を得ることだ。
「ねぇ、今から私の家に行ってみない? あなたをお父様に引き合わせたいの」
「今から?」
「お父様は王宮に勤めていて、王都の治安統括部門の副長官なの。衛兵たちだけじゃなく、きっと冒険者ギルドにも顔がきくはずよ」
「マジで!?」
「冒険者ギルドは王国直営の組織。もしかしたら何とかなるかもしれないわ」
「おぉ……」
「お父様にも、お母さまに会わせてあげて欲しいし……食べ終わったら行きましょう」
「了解」
やっぱりもつべきものは、貴族とのコネクションだ。
希望の光が見えて来た俺は、残っている食事を元気に頬張った。
すでに食べ終わったボーンズとハウンドは、生者の事情などつゆ知らず、ウトウトと居眠りをしていた。