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とある貴族のお嬢様


 ハウンドの足は速く、瞬く間にひったくりに追いついた。


 そして追いついたと思ったら飛び掛かり、悪党は路上にもんどりうって転がった。


 「ひぃいっ!! な、何だこの犬っっっ!!」


 「バウバウッ!」


 「ぞ、ゾンビ犬……? いでででででっ!」


 ハウンドは鋭いキバでひったくりに噛みつき、決して逃がそうとしない。


 死から蘇った者の力は、魔力を得ているぶんより強い。

 とても犬とは思えない尋常じゃない力で抑え込み、ひったくりがどれだけ逃げようと抗っても無駄だった。


 そうして揉み合っているうち、俺とボーンズも追いついた。


 「よしっ! ハウンド、でかしたぞ!」


 「バウッ」


 「あ、アンタの犬か? 頼むからどかしてくれッッ!」


 「それはできない相談だ。このままアンタは衛兵に引き渡す」


 「返すからっ! な、頼むよ。この銀細工がちょいと目についただけなんだ……」


 「返して済むなら法律はいらないんだよ。……ボーンズ!」


 「ひぃいいいいいいいッ!! ば、バケモノ!?」


 「バケモノじゃない。俺の友達だ」


 ボーンズがパキパキと指を鳴らし、ひったくりにじりじりと迫った。


 こう見えて正義感の強いヤツなので、キッチリお仕置きをしてくれるだろう。


 俺はまだ食らったことはないけれど、骨だけのゲンコツはすごく痛いだろうな。


 「ゆ、許してくれ。頼むから殺さないでくれっ……!」


 「だそうだぞ、ボーンズ。ちゃんと手加減してくれよな」


 「ひッ……!? っ、ぎゃッッッッッ!!!」


 ゴチン、と硬質で痛そうな音が響き、ひったくりは気絶した。


 その手から銀細工を取り、じっくりと眺めた。


 こうした装飾品に縁のない生活を送ってきた俺だけど、その価値は何となくわかる。

 控えめながらも宝石がちりばめられ、凝ったデザインのこの首飾りはかなり値の張るものに違いない。


 これの持ち主はかなり育ちの良い人物だと思われた。


 「いたわ、あそこです! あそこに犯人がいますっ! 捕まえてっっっ!!!」


 「おっ」


 俺たちにいくらか遅れて、銀細工を盗まれた少女がやって来た。


 近くに居てくれたのか、すでに何人かの衛兵を連れてきている。


 後はひったくりを引き渡せば俺の任務は完了だ。


 と、思ったのだが──。


 「おのれ……貴様、死霊術師か! こんな街中で死者を引き連れてどういうつもりだっっ!!」


 「死者を盗みの手段に使うとは不届き千万なり!! 牢に入れ、縛り首にしてくれる!」


 「えっ、いや、違う」


 「応援を呼べ! 奴は死霊を召喚する。二人だけでは手に余るかもしれん」


 完全に勘違いされてしまった。


 ひったくりにしっかり弁明して欲しかったが、彼はボーンズの一撃で完全に失神してしまっている。


 もしかして俺の今夜の寝床は牢屋になってしまうのだろうか?


 「コーネリアお嬢様、ご安心ください。ひったくりの死霊術師など、今すぐに我々が捕らえて見せましょう」


 「もう、違うわよ! 捕えるのはあの犬の下で眠っている男!! あの人は……初めて見る顔だけど、ひったくりを追いかけてくれた人」


 「何ですと?」


 「私たちが追いつく間にひったくりをやっつけてくれたみたい。感謝こそすれ、逮捕などとんでもありません!」


 いきりたつ衛兵に向かって、少女が物怖じせずにしっかりと説明をしてくれた。

 物怖じどころか『お嬢様』と呼ばれてる。


 「そうなのですか? 確かに、状況的にはそう見えますが……」


 「そう。だから、あなたたちはしっかりと悪人を護送して頂戴。あとのことは任せるわ」


 「はっ」


 「全く、死霊術師ごときが紛らわしい真似をしおって……うわ、なんだこの犬は!」


 「ハウンドって言うんだ。可愛いだろ。死んでるけど」


 「内臓がはみ出てるではないか。これのどこが可愛い!」


 「少しキバが古かったみたいでな。こっちがボーンズ」


 「バウバウッ!」


 「こら、涎が飛んできた……!? うわクサッ!?」


 「死霊術など気持ち悪い。たまたま役に立ったから良いが……!」


 「……」


 ぶつくさと文句を言いながら、衛兵たちはひったくりを引きずって行った。


 あとに残されたのは、コーネリアと言う身なりの良い少女。


 そして骸骨のボーンズとゾンビ犬のハウンドと俺。


 すっかり死霊術師の好感度の低さを思い知った俺は、早々に立ち去ろうと思った。


 「これ、君のだろう。銀細工を返すよ」


 「ありがとう。勝手知ったる王都の道でも、油断大敵ね」


 「王都ってこんなに治安が悪いのか?」


 「まさか。今回はたまたま運が悪かっただけ。こんなの、めったにあることじゃないわ」


 「そっか。それならいいんだけど」


 「……ということは、あなた王都の人間じゃないのね」


 「あぁ、俺は……少し前に、辺境のアプルルの村から来たんだ」


 「ふ〜ん……アプルル。遠いところから来たのね」


 コーネリアは興味津々と言った様子で俺を……と言うか、俺たちをジロジロと眺め始めた。


 王都には死霊術師なんてまずいないだろうから、そりゃ珍しいに違いない。


 「そのワンちゃんは何? 大怪我をしているみたいだけど……」


 「怪我って言うか、死んでるんだ。死霊として俺が呼び出した」


 「バウッ!」


 「ち、ちょっと気持ち悪いけど……この子がひったくりを止めてくれたの?」


 「そうだ」


 「なら私はお礼を言わなくっちゃね。噛みつかない?」


 「見た目はアレだけど、ハウンドはすごく賢い。むやみに人に噛みついたりしない」


 「そう……ハウンド、ありがとう。おかげで大切なものを無くさずにすんだみたい」


 「ハッ、ハッ……キャウン……!」


 コーネリアはおっかなびっくりではあったが、ハウンドの頭と背中を優しく撫でた。


 それを受け、ハウンドは気持ちよさそうに眼を閉じる。


 不気味で仕方がないだろうに、コーネリアという少女は礼節というものをわきまえていた。


 「そっちの骸骨は? それもあなたが呼び出したの?」


 「こっちはボーンズ。こいつも死霊だ。ボーンズがひったくりにゲンコツをお見舞いしてくれた」


 「なら、ボーンズにも。今日は本当にありがとう」


 コーネリアの声に応じ、ボーンズはククッと腰を曲げて騎士の礼をした。


 「人の言うことが分かるのね」


 「そりゃそうだ。元は人間なんだから」


 「それに、死霊というわりには怖く感じないわ。見た目が少し変わっているけれど」


 「死霊と言っても、その全てが人に仇なす訳じゃない。こいつらは人間の味方だし、いつも人間の役に立ちたいと願ってる」


 「まぁ。さっきのひったくりよりもよっぽど立派なのね」


 「美しい淑女に褒められたぞ、ボーンズ。もっと喜べ」


 俺に言われるがまま、喜びの舞いを舞うボーンズ。


 正直その踊りは俺ですらキモいと思ってしまったが、コーネリアは案外耐性があるらしく、しばらくソレを面白そうに眺めていた。


 「あなたみたいな人のことを死霊術師(ネクロマンサー)って言うのよね。こんなに不思議なものを見るのは生まれて初めてよ!」


 「今の王都じゃ、死霊術は邪法みたいだからな。無理もない」


 「あなた、名前は?」


 「ネク・ゾフィーナフィー」


 「肝心のあなたにお礼を言ってなかった。ネク、今日は本当にありがとう」


 「あぁ。それじゃあ」


 「待ちなさいよ。あなた話の途中でどこへ行こうというつもり?」


 「いや、どこに行く予定もないけれど……話、途中だった?」


 「私、まだ自分の名前も告げてないわ」


 「あぁ……衛兵が喋ってた。コーネリアだろ?」


 「そ。私はコーネリア・ロルスロイ」


 「これで話は終わり?」


 「まだよ。私、あなたに何かお礼がしなくっちゃ」


 「お礼……いいよ、別にそんなもの」


 「お礼をしないとロルスロイ家の名が廃ります。大切なものを取り返してくれたんだからなおさらだわ」


 ロルスロイ家、ねぇ。


 その口ぶりからすると、かなり高位な貴族であると想像する。


 お礼と言っても、もしカネを貸してくれと言ったら呆れられてしまうだろうし、そんなのものすごく格好悪い。


 それよりはここで格好よく立ち去って、死霊術師の評判を少しでも良いモノにしたかった。


 「何か、あなたに望みはない? 遠慮せずに言ってごらんなさい」


 「ないよ、別に。俺はたまたまあそこに居合わせただけだし、お礼なんてとんでもない」


 「それじゃ、私の気が済まないわ! 何でもいいから言ってみて頂戴」


 「う〜ん……」


 とは言ってもな。

 初めて会うこの子に頼みたい事なんて早々には思いつかなかった。

 それでも何か言わなくちゃ、コーネリアはきっと納得しないだろう。


 何を言おうか悩んでいると、腹から『ぐぅううう……』と情けない音がした。


 それを聞いたコーネリアがニコッと笑う。


 「ネク。あなたはもしかして、すごくすごくお腹が空いているのね?」


 「……はは」


 「最後に食事を摂ったのはいつ?」


 「昨日の朝……」


 「昨日の朝ッ!? まさか死霊術師はお腹が空かないの? もしかして、あなたも死人なの?」


 「違う。単純に金が無くなったんだ」


 「……ついてきなさい。今からあなたに美味しいものをご馳走してあげる。お礼はそれでいい?」


 「……いいのか?」


 「お気に入りのレストランに招待してあげる。以前、私の家に勤めていたシェフが開いたお店なの」


 「ありがとう。本音を言うと、泣くほど嬉しい」


 「泣かないで来なさい。ボーンズも、ハウンドも私についてきて。死霊がどんなふうに食事をするのか、私すっごく興味があるわ!」

 

 くるりと背を向け、コーネリアは王都の路上を歩き出した。


 お嬢様の後ろを歩く俺、骸骨のボーンズ、そしてゾンビ犬ハウンドが続く。


 言うまでもなく、それはなんとも奇妙な組み合わせだった。


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