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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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柴田の願掛け

作者: 小城

 柴田勝家はその日の合戦でも首級をあげて帰還した。だが、鬼柴田と呼ばれる彼もときおり、悪夢の中でうなされることがあったという。

 ある朝、悪夢で目覚めた彼は手水で顔を洗っていた。彼の見る悪夢というものは決まっていた。それは必ず合戦から始まり、彼は多くの首級をあげて帰還するのだが、その夜、床につくと討ち取った首級が宙を飛び笑い出し、彼自身が首級となる夢であった。彼自身はそれが夢であることに気づくのだか、それもまた夢の中なのであった。

「荘子に胡蝶の夢というのがあったな。」ある男が夢の中で蝶になり、夢から目覚めたが、人間である今が夢なのか、それとも蝶の姿が現実なのか定まらないという話である。悪夢を見たときは寝起きが悪い。鬼柴田もまた、冷たい水で顔を洗っている今このときも夢なのではないかと思う。彼の主君である織田信長は幸若舞の『敦盛』を好んで舞った。鬼柴田もまた、主君のその舞を観たことがある。「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり」。その謡は言う。

 「わが人生も夢幻の如くだろうか。」いずれはおのれの首が獲られる日も来るかもしれない。今はただそんなことを思っているときではなく、いつも来る毎日をこなすことが大事であった。

「主のうつけがうつったか。」

柴田は座敷に上がった。彼は下人の手は借りず自らある物を探した。それは熱田神宮の御札であった。古くに手に入れていつのまにか納戸にしまわれていた。彼はそれを手にし、屋敷の祠へ移した。

「願わくば、わが首は、何者にも獲られませぬよう。」

鬼柴田はさっと願掛けをし終わると、朝餉を摂るべく廊下を歩いていった。

 柴田は願掛けをしたあの日を境に悪夢にうなされることはなくなった。

「よもや願掛けの験があったのか。」馬上の柴田はあの日から半月ほどたったある日ふと思った。今までは月に数回は悪夢を見ていたが、それがすっと消えた。後年、北庄の城で小谷の方と自刃するまで鬼柴田が悪夢をみることは二度となかったという。

 「夏の夜の 夢路はかなき跡の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」が鬼柴田の辞世であった。彼の人生もまたひとつの夢であったのかもしれない。

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