第73話 カエデ激昂
「あなたを斬る……!」
「えぇ……」
僕はポントーを構えたカエデに斬ると凄まれていた。
「何なんですか、あの人達!
ウガちゃんに断りもせずに、結婚の話なんて!
しかも45歳だの58歳だの、気持ち悪い!」
「ま、まあ取り敢えず刃物はしまって……」
返事はせず、こちらににじり寄って来るカエデ。
「あなたの魔法は厄介だわ。
わたしの邪魔をするなら、ここで倒しておかないと」
抜け目のない判断だが、斬られるのは困る。
「落ち着いてよ、カエデ……」
「落ち着いて? 何言ってるの?
あんな事を言う人達の中に、ウガちゃんを置いて行けない!
今すぐ3人でセントレールに帰るって言って!
そうじゃなければ、本当に斬るから!」
いまだしっかりと鞘とポントーを握りしめている。
あの構えは、とっさの時でも即座に斬りかかれる構えらしい。
この間合いなら、僕を斬ろうと思えば本当に斬れる。
僕はふぅっとため息をついた。
やれやれだ。
「そうじゃないよ、カエデ。
僕は初めからウガガウを連れて帰る予定だ」
「初めから?」
カエデの前傾姿勢が少し緩んだ。
「それはセントレール国王の命令でもある。
帝国に潜伏させていた密偵から連絡があったらしい」
「どういう事?」
ようやく武器から手を離すカエデ。
「さっき見た、宮殿の別館の破壊は、ウガガウがバーサーカー化した事が原因だ」
「ウガちゃんが?!」
「複数の兵士と侍女の証言がある。
どうも間違いないらしい」
「でもあの子、普段はバーサーカーになった事なんて。
戦闘中でもなければ、そこまで感情的になったり……」
自分の言葉でカエデも気付いた。
「まさか……!」
「うん、そのまさかだ。
宮殿内で戦闘があった。
もっと言うなら、多分ウガガウは命を狙われた」
「えっ!」
「帝国内部の陰謀の可能性があるって。
王様にはウガガウを保護するよう言われている」
「そう言えば王城に呼ばれてたね」
ヴァンパイア討伐の報告は、ガレスさんが依頼を受けた、王都の冒険者ギルドでした。
その後、僕は王城に呼ばれたのだった。
「王様には、なんで先に報告しなかったんだって、怒られちゃった。
クレーヴェ公爵が原初の森に来た時点で話を通せって」
確かに、王国内の事でなくとも、相談すべきだったのかも知れない。
ルナテラスさんなら、まず国王に報告しただろう。
それどころか、ウガガウが帝国に行けば、厄介な事に巻き込まれるとまで、読んだかも知れない。
「原初の森の、エカテリーナさんのところに帰すのが、最も安全だろうって」
何しろ、帝国軍もおいそれと進出できなかった場所だ。
「原初の森に……」
悲しい顔になるカエデ。
一緒に住んでいて、あんなにかわいがってたんだから、無理もない。
衝撃の余り、泣き出しそうな感じになってしまう。が、
「そうだね。それが安心だね。
ウガちゃんも、エカテリーナさんに会いたいよね」
と、すぐに納得してくれた。
「だけど、こんなに早く婚姻の話をするなんて」
これは全くの予想外だった。
しかも、こんな年齢差の結婚の話なんて。
血統の問題もあるのだろうが、明らかにこれは権力争いだ。
「僕もこんな事にウガガウを巻き込みたくない」
「でも、命を狙う事と皇女と結婚しようとするのって、矛盾してない?」
カエデが疑問を呈した。
「そうだね。これは別々の思惑かも知れない」
権謀術数って奴か。
キナくさくて、うさんくさい。
ウガガウが粗相をしないかなんて言ってる場合じゃなかった。
「しかし、こうなるとクレーヴェ公爵も怪しくなってくるね」
「クレーヴェ公爵?」
皇帝との謁見の際は尽力してくれた恩人だが、ウガガウを帝国に連れて行く事を決めた人物でもある。
「この事を知ってたって事?」
「首謀者の可能性だってある」
「そんな……!」
皇帝を元気づけるため、なんて話を鵜呑みにしてはいけなかったのかも知れない。
「おお……!
二人とも、ここにおりましたか!」
話をしていたら、後ろからまさにそのクレーヴェ公爵の声が。
「会議に戻ったら、お二人が帰ったと聞きました。
どうされましたか?」
近づいて来る公爵。
柔和な表情の、ゆったりとした小太りの姿。
しかし、不信感はあるが、まだ公爵の真意は分からない。
慎重に、言葉を選んで、話を進めなければ……
「あなたは、自分達の権力のために、ウガちゃんをここに連れて来たんですか!?」
しかし、僕が話しかける前に、カエデは詰め寄っていた。
それは鋭い剣技が売りの、サムライの俊敏さだった。
「正直に答えてくれないと斬りますよ!」
ただし、慎重さに欠けた言動だった。
斬るって言っちゃってるし。




