第61話 夜の大防衛線
「何事だ!?」
物音でガレスさんも起きて来た。
そして、それからほどなく、外からも騒ぎの音が聞こえて来る。
「ヴァンパイアが出ました!
一体は倒しましたけど」
カエデが、だけど。
「無事な村人を救出するぞ!」
話を聞くなり、部屋に駆け戻ったガレスさん。
鎧の手甲部分を付け、大斧を手にするとすぐさま外へ。
巨漢とは思えない俊敏さだった。
さすがAランク冒険者。
「僕達も行こう!」
「はい!」
宿屋の外に出ると、悲鳴や怒号が聞こえる。
「でも暗くって」
カエデが困惑している。
「魔法で何とかできるか?」
ガレスさんに尋ねられた。
「それならっ!」
僕は両手の拳を握りしめた。
その後、まずは左手を開き、前に突き出す。
「ジャッジメン……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「トーチ!」
僕の手の中に光の球が現われ、周囲を照らした。
灯りを作り出すトーチの魔法だ。
また、近くの建物の裏で、光の柱が一瞬現れ、消えた。
「あそこにきっとヴァンパイアがいたんだ」
周囲の邪悪なものを滅するジャッジメントの魔法だ。
「そんな便利な魔法があるんだ」
「でも、この魔法は対象を自分で選べない。
とっさに複数の敵に狙われた場合、使い勝手が悪い」
今回はトーチの魔法をしりとりにする目的でこの魔法を使った。
しかし、攻撃手段としては、聖なる光の矢を放つディバインレイの方が使い勝手がいい。
宿屋の人も外に出て来た。
「これは何の騒ぎですか?!」
「ヴァンパイアがこの村にも現れました」
「ええっ!」
僕が説明すると宿の人も驚いている。
「この宿を避難場所にする。
食料もあるだろうし、一晩は持つだろう」
ガレスさんが割って入る。
確かにここを拠点にするのが一番よさそうだ。
「今襲われている奴は、宿屋の灯りを目指せ!」
ガレスさんが大声を張り上げた。
しばらくすると住民と思しき人々が続々駆け込んで来た。
「冒険者ギルドから来ました。
この宿屋に避難して下さい」
「わたし達がモンスターを退治します」
僕とカエデも逃げて来た人達の避難誘導をする。
「夜なのにこんなに外にいたんですか?!」
二十人以上の村人が駆け込んで来る。
「ヴァンパイアは、建物の中にいても血の匂いを嗅ぎ分ける。
その上、力も強い。
建物を破壊して、襲いかかって来る事もある」
理性を持たないとは言え、本当に厄介な敵だ。
「力が強く、動きが素早く、ちょっとくらい傷を負ってもひるまない。
お前らも相手をする時は気を付けろ」
両腕を斬り落とされてもひるまない様子なら、さっき目撃したばかりだ。
「来るぞ!」
この世のものとは思えない雄叫びと共に、赤い目をした人型のモンスターの集団が押し寄せて来た。
その数、数十体。
トーチの魔法の灯りに釣られてか、はたまた血の匂いにか。
いずれにしろ、この宿屋からかなりの獲物の匂いがするのは間違いないだろう。
灯りの下だから、さっきよりその姿がはっきり分かる。
緑色の肌と、鋭い牙を剥きだしにしたその姿は、元人間とは思われない。
しかしながら、血の付いた衣服を纏った姿は、彼らがかつてヴァンパイアの犠牲者となった事実を物語っている。
「オレが食い止める。
その隙に魔法で撃破しろ。
カエデは別方向を警戒しろ」
数十体のヴァンパイアが殺到してくる。
それを一人で食い止めるなんて、無茶な話だと思った。
しかし、ガレスさんは大斧と手甲で迎え撃つ敵を押しとどめると、そのまま大斧で一気に薙ぎ払った。
第一陣はこの一撃で全て吹き飛ばされた。
引き続いて後続のヴァンパイアも押し寄せて来るが、ガレスさんは間髪入れず二撃目を放つ。
軽々と安定した動きで、殺到してくるヴァンパイアを弾き返す。
ガレスさんのユニークスキル。「金城鉄壁」。
どんな攻撃にもびくともしない、そうルナテラスさんには説明された。
話を聞いてもどういう事か分からなかったが、今それを実感していた。
まさにびくともしていない。
何度攻撃を受けても、押し戻している。
それに、そもそもこれだけの怪物が迫ってくれば、パニックに陥ってしまうのが普通だ。
ところがガレスさんは、時には手甲に敢えて嚙みつかせて、動きを封じながら、大斧を炸裂させている。
この豪胆さは普通じゃない。
魔法使いのマリスさんに対しても思ったが、勇者一行であるのは伊達じゃない。
やはりこの人も勇者なのだ。
もちろん僕もせっかくの攻撃のチャンスを逃す気はない。
「ディバインレインフェルノ!」
聖なる光の矢と、地獄の炎で攻撃する強力なしりとり魔法だ。
ヴァンパイアにはどちらの魔法も効果てきめんのようで、当たった相手は浄化され、消え去っていく。
しかも、
「ディバインレインフェルノ!」
「ディバインレインフェルノ!」
「ディバインレインフェルノ!」
しりとり魔法は消費MP0なのだ。
強力な最速連撃を、無尽蔵に続ける事ができる。
「やるじゃねえか」
みるみるヴァンパイアは倒されていく。
しかし、
「リンクス! こっちも来ました!」
ガレスさんの守る正面以外からの相手をしていたカエデの声が聞こえる。
そっちも段々、数が増えて来たようだ。
それにカエデのポントーでは、ガレスさんの「金城鉄壁」の守りのようにはいかない。
カエデは防衛戦向きではないのだ。
「それならこれで!
魔封剣だ、カエデ!」
「はい!」
「ジャッジメントーチ!」
僕の両手から二つの魔法の光が放たれ、カエデに向かっていく。
「天罰光明剣!」
僕の魔法が竜巻のようにカエデのポントーに巻き付いていく。
光輝くポントーの完成だ。
「これで決める!」
上段に構えたカエデはヴァンパイアに斬りつけた。
すると、その一撃はまるでヴァンパイアを溶かすかのように、あっさりと両断した。
「すごい威力!」
カエデは感心している。
対象を選べないジャッジメントの魔法も、カエデの魔封剣にしてしまえば、問題なく使える。
弱点を克服した有効な連携だ。
僕自身の魔法でも攻撃して、カエデをサポートする。
そうこうしている内に、襲って来るヴァンパイアはいなくなった。
念のため、村の各所でジャッジメントーチを使ってみた。
光の柱が現れなかった。
これは対象となる、邪悪な属性の魔物が存在しない事を意味している。
「何とかなりましたね」
「まあな。
しかし、あれだけの数のヴァンパイアなら、壊滅した村の住民だろう」
数十体のヴァンパイアが急に沸いては来ない。
間違いなくその通りだと思う。
「それをこの村までけしかけて来るなんざ、放ってはおけねえ」
ガレスさんの声には怒気が感じられた。
そして、宿に戻ったら、姿の見えない家族を探す住民が何人もいた。
泣き崩れている人達は、恐らく目の前で知人が殺害されたのを見た人達だ。
僕達が倒したヴァンパイアにも、元はこの村の住民だった人もいたはずだ。
人々の命を奪うだけでは飽き足らず、亡骸を利用してさらなる犠牲者を出そうとする。
「なんて卑劣なやり口なんだ」
僕も心に怒りを覚えた。
「確かに放って置けない」
「ああ、そうだな。
今日中にカタを付けるぞ」
「はい!」
もちろん、目指すのは森に突然現れた城。
ヴァンパイアロードが潜む城だ。
これ以上の犠牲は出させない。
かならず討伐してみせる。




