第56話 意外な再会
原初の森。
大陸北部の大森林。
多数の動物や魔物の住み着く広大な森だ。
かつて、人間達による狩猟や伐採の対象になる事も、多々あった。
今、その自然が守られているのは銀狼エカテリーナの力によるところが大きい。
何百年も生きている狼で、神獣とも妖怪ともつかない存在だ。
そして、銀狼エカテリーナは、僕達の旅の仲間、バーサーカー少女、ウガガウの母親のような存在でもある。
「母ちゃんにも早く、この着物を見せたいぞ」
いつもは狼の毛皮を被っているウガガウだが、今日はサマラ村で、カエデのお母さんに作ってもらった着物を着ている。
竹の柄の描かれた、緑色の着物。
すっかりお気に入りのようだ。
今日はウガガウが久しぶりにエカテリーナさんに会いたいと言うので、この森にやって来たのだ。
森の中は似たような地形が多く、道に迷う者は後を絶たない。
が、ウガガウにとっては庭場も同然。
大斧を抱えながらもスイスイ進んで行く。
僕とカエデは、置いて行かれないように後を追った。
「もうちょっとだぞー」
エカテリーナさんの居場所の巨大樹が、近くに確認できる。
以前、ルナテラスさんと進んだ時よりも、はるかに早い移動だった。
しかし、
「待て!」
ウガガウに制止され、立ち止まる。
「誰かいるぞ」
ウガガウが姿勢を低くしたので、僕らもそれに倣う。
恐る恐る前方を確認すると、黒い鎧の集団が。
この大陸で黒い鎧と言えば、ノルドステン帝国の黒騎士団と相場が決まっている。
僕らの進む方向、すなわち銀狼エカテリーナのところへ向かっている。
「あいつらは前も、森を荒らしに来たんだぞ」
以前、エカテリーナさんと会った時も、帝国が森を侵略している話はあった。
しかし、セントレール王国と和平が成立したのに、なお原初の森を侵略するものだろうか。
「アイツら、許さないぞー!」
ウガガウの瞳が赤く輝き、身体から赤い煙が立ち上る。
感情が高ぶり、狂戦士バーサーカーに変わっていく合図だ。
僕は両手を握りしめる。
「チルアウトランキライザー!」
広げて突き出した手から、二つの魔力の輝きが。
冷静さを取り戻すチルアウトと、精神を安定させるトランキライザー。
これでウガガウはバーサーカーの怪力と理性を両立できる。
でないと僕達も攻撃され兼ねない。
「ウガガウ、まずは様子をうかがうんだ」
僕は戦況を見極める時間が欲しかった。が、
「ウッガー! ガウーーー!」
黒騎士団に飛びかかるウガガウ。
理性があるかどうかと、冷静かどうかは別問題だったようだ。
大斧が黒騎士団の集団の中央に炸裂する。
雄叫びに気付かれたようで、命中はしなかったが、地面が大きく陥没し、土砂が巻き上がる。
「何だ!? コイツは?」
「魔物が現れたのか?」
驚愕する黒騎士団達。
奇襲であった事もさる事ながら、やはりバーサーカーの怪力は凄まじい。
「ガルルルルル!」
黒騎士団を低い姿勢でにらみつけるウガガウ。
着物を着ている姿は、かわいい女の子にしか見えなかった。
しかし、やはりいざ戦いとなると猛獣のようだ。
大斧を背負い、うなり声を上げ、周囲をにらみつける。
その姿は黒騎士団もうかつに手が出せない。
僕達もノコノコ近づけない。
にらみ合いが続く。
「おや、君は!」
その時、聞き覚えのある声が沈黙を破る。
黒騎士団の間を掻き分け、貴族の礼服を着たふくよかな中年男性が。
「クレーヴェ公爵!」
その男性は、ジューデンの街の旅館で出会い、帝都でも再会したクレーヴェ公爵だった。
「ケーキくれた奴か?」
ウガガウも、ホテルデュークジューデンでチーズケーキをもらった事は、覚えていたようだ。
「この少女と戦ってはならぬ」
公爵は黒騎士団を下がらせる。
ウガガウが武器を下すと、黒騎士団の緊張も解けた。
僕達もウガガウのそばへ。
「おお、君達も一緒か」
クレーヴェ公爵は帝国でも、平和を望む人物だ。
この前も、皇太子の急逝で立ち消えになりかけた、皇帝との会見を実現してくれた。
とは言え、黒騎士団と共に行軍する姿を見てしまうと、警戒せざるを得ない。
僕は黒騎士団を注視しながら、ウガガウの前に移動する。
「どうして黒騎士団が原初の森にいるんです?」
「ちょうど君達を探していたのだ」
「どういう事ですか?」
公爵はまっすぐウガガウに向かって行く。
「いや、あなたをだ。
テレジア皇女」
ウガガウは訳が分からず、きょとんとしていた。




