第53話 カエデVSアサガオ
「な、何を言っておるんじゃ? カエデ!」
「道場破りよ!
勝負しなさい! スイセン、いや、ポントー斎!」
スイセンと言うのがカエデのお父さんの名前だろうか。
ポントー斎と言うのが何だか分からないけど、武道の上での異名か何かだろう。
「これを真っ二つにされたくなかったらね!」
カエデが片手に担いでいたのは道場の看板だった。
そして、それを地面に縦置きした。
「頂きに参ったって言ったのに、もう頂いてるじゃないか!」
僕は思わず叫んでしまった。
それに真っ二つにする?
道場を守るって言ってたはずなのに。
「とにかく落ち着いてよ、カエデ!」
きっと気が動転しているんだ。
「ほら、フィボナッチ数列を数えよう」
「どうするの、ポントー斎?!」
僕の事は無視して、お父さんをにらみつけるカエデ。
「やれやれ」
カエデに近づいて行くお父さん。
「勝負をしてやれば満足するのか」
木刀を二本、手にしている。
一本をカエデに渡す。
「看板はもらい受けます」
受け取るカエデは真剣なまなざし。
気が動転している訳ではないようだ。
一旦、看板を地面に置く。
「娘に負けるほど、なまってはおらんぞ」
木刀を構え、向かい合う親子。
しんと静まり返ってはいるが、張り詰めた空気を感じる。
武道の達人同士のにらみ合い。
素人には分からない空気の読み合い。
先にしかけたのはカエデだった。
上段からの斬りつけを、お父さんが弾き返す。
そこからお父さんの下段から連続攻撃。
カエデは一撃二撃を木刀で受け止め、三撃目を見切ってかわす。
「やあああーーーっ!」
お父さんの攻撃をかわした隙で、袈裟斬りに切り込む。
「ふん」
しかし、お父さんはその攻撃も軽々と受け切った。
「効かぬわ。腰が引けておるぞ」
距離を取るカエデ。
この攻撃は決定打にならなかった。
「どうした? 臆しておるのか?」
お父さんの言葉に僕ははっとした。
臆しているどころか、カエデは生身の相手とは戦えないはず。
以前も、妖怪フーヤオに対して攻め切れなかった事があった。
カエデの顔を見ると、やはり動揺の色が見える。
「カエデ! 無茶はやめよう」
やっぱりこんな勝負はダメだ。
カエデはこちらを一瞥したが、すぐに目線をお父さんに戻す。
「わたしが道場を守ると決めたの。
このわたしが。絶対にっ!」
「ふん! 迷いのある剣ではわしには勝てん」
カエデのお父さんの素早い踏み込み。
そこからの一撃は鋭く、僕にはとても目で追う事はできないものだった。
しかし、
「わたしは迷わない!」
カエデはそれを踏み込みながらいなしていた。
結果として、カエデはお父さんの後ろに回り込む。
そして、
「もらったあーーーっ!」
大きな掛け声だった。
生身の相手を攻撃する事へのためらい。
それを振り払う、気合いの掛け声だったのかも知れない。
「ぐあっ!」
お父さんの背中にカエデの一撃は炸裂した。
それは手心を加えた浅い一撃だった。
でも、それすら今までのカエデにはできなかったはずなのだ。
「わたしの勝ちよ、お父さん」
すぐさまカエデは道場の看板の元へ。
「これでこの看板はわた……、あっしのもの」
気持ちにゆとりができたのか、また雑なモミジのなりきりが始った。
片手で看板を持ち上げ。冷たい目で見つめる。
「真っ二つに叩き斬ります」
そう言って、ポントーを抜く。
カエデのやってる事が理解できない。
「待ってよ!
道場を守るんじゃなかったの?
叩き斬るなんておかしいじゃないか!」
僕も思わず抗議をしたが、
「お兄ちゃんを呼んで。
お兄ちゃんの前で公式にに叩き斬る。
それまでは待つわ。
……粋じゃねえ?」
などと疑問形で言われても困る。
粋なはからいとでも言うつもりなのか。
「リンクス殿。アサガオを呼んでもらえますかな?」
背中を抑えながら、カエデのお父さんが言う。
「こうなっては看板を破壊される前に、アサガオを呼ぶしかない」
仕方がない。
僕は表門をかんぬきを外して、開ける。
すると外には近所の人が集まっていた。
掛け声で注目を集めてしまっていたようだ。
「何の騒ぎだい? スイセンさん」
「お、カエデちゃん、久しぶり。大きくなったねえ」
ぞろぞろ道場に入って来てしまうが、そんなの構ってられない。
僕はアサガオさんの元へ。
「カエデが、親父との勝負に勝って、道場の看板を叩き斬ろうとしている?
何で?」
何が何だか分からない、と言った顔をしているが、こっちだって分からない。
「とにかく来て下さい!」
アサガオさんをどうにか道場まで引っ張って来る。
「おやおや、村のみんなもお揃いで。
どうしたんだい、カエデちゃん」
アサガオさんは笑顔を作って、カエデに近づいて行く」
「全然、粋じゃない」
カエデは木刀をアサガオさんの足元に投げてよこした。
「道場の看板を賭けて、あ……あっしと勝負よ!」
「意味分かんないって。おれはもう勝負なんかしないよ……」
「問答無用!」
木刀で切りかかるカエデ。
「うわっと!」
アサガオさんは受け止めたが、木刀を落としてしまう。
「これで一本……」
アサガオさんを見下ろすカエデ。
「なんて言わない!」
カエデはアサガオさんの肩に打ち込んだ。
「ぐうぅ……」
打たれた肩を抑えてうずくまるアサガオさん。
「さあ、勝負するのよ!」
冷たく見下ろしているカエデだが、その声はこわばっていた。
お父さんに続いて、お兄さんに攻撃する事が、平気な訳ではないのだろう。
「さあ、立ちなさい!」
うずくまるアサガオさんの背中にさらに打ち込むカエデ。
「カエデちゃん! それはマズイよ!」
「お兄さんに何をしてんだい!」
近所の人達もさすがに騒ぎ出す。
「勝負するのよ!」
何度もアサガオさんの背中を打ち据えるカエデ。
「しないなら道場はわたしのものよ!
さあ! さあ!」
道場は騒然となった。
「カエデ! これはさすがにマズイって!」
僕が慌てて止めに入ろうとしたその時だった。
カエデの木刀が弾き返された。
手首を抑えるカエデ。
そして……
起き上がるアサガオさん。
その手には木刀が握られている。
「だ、大丈夫ですか? アサガオさん」
僕は心配して声を掛ける。
「どうってこたあ、ありやせんぜ」
アサガオさんはそう言うと、ゆっくりと起き上がった。
そのまま、ふんぞり返る姿勢になり、あごに手を当てる。
「アサガオさん?」
それでいて隙がない。
カエデも固まっている。
「アサガオじゃあ、ねえですぜ」
何だか様子がおかしい。
「粋だねえ」
いや、これは見覚えがある。
「あっしの事はユウガオと呼んでおくんなせえ」
アサガオさんの様子が変わった。
あと名前も。




