第51話 カエデの過去
「道場を守りたいと言うなら、カエデ! お前が道場主になるのじゃ!」
カエデのお父さんの発言は、僕にとっても衝撃的だった。
「わ、わたしは冒険者なの。道場は継がない」
そんな事を急に言われても、カエデも困るだろう。
「なら道場がどうなろうと、口を挟まないでもらおう」
結局、その日はお父さんを説得する事はできなかった。
そして夜、僕はカエデと二人で話をする機会を得た。
ちなみにウガガウはカエデのお母さんに、サイズの合った着物を作ってもらっている。
お古の着物がいっぱいあるようで、好みのガラを選ぶ事ができるようだ。
「わたしは道場主になんてなりません」
膝を抱え、うわ言のようにつぶやくカエデ。
「絶対にお兄ちゃんがなるべきなのに……」
「でも、このままじゃ道場は馬車の停留所に変わってしまうよ」
当のお兄さんは新しいビジネスにノリノリなのだ。
「そうなんです。困りました」
下を向いて、足に顔をうずめる。
「ねえ」
僕は恐る恐る尋ねた。
「道場主を決める試合って?」
やはりこれを聞くしかないだろう。
それに勝ったから道場主になれって話みたいだし。
「聞いてもいいかな?」
「……はい。
この村に連れて来たのはわたしだし」
話しにくい事ではあるだろう。
おそらく村を出た理由にも関係がある。
カエデは深呼吸をした。
それで話し始めるかと思ったら、
「うう、緊張する……。
こんな時は階差数列を数えたら落ち着くって聞いた事がある。
……でも階差数列って何だっけ?」
まあ、じっくり落ち着いて話して欲しい。
それはカエデが冒険者になる前の話。
アサガオさんとカエデは、一緒にポントー術の鍛練に励んでいた。
カエデはお兄さんを慕っていて、鍛練の日々は全く苦ではなかった。
二人は道場のトップだった。
特にカエデは、斬撃も打撃も効かない魔物に効果のある、魔封剣の扱いに非凡な才覚を示した。
二人の腕前は互角に見えた。
しかしお父さんは、カエデがお兄さんより強く見えないように、手心を加えている事を見抜いていた。
そこで、次期道場主の座をかけて、二人を戦わせる事にした。
木刀ではあったが、門下生を集めての、正式な試合だった。
しかし、カエデはお兄さんに勝つ気など毛頭なかった。
しかし、お父さんは途中で、試合に乱入して来た。
「大事な試合に手を抜くなど何事だ!」と怒鳴り込んで来た。
カエデの事を木刀で何度も打ち据えた。
アサガオさんも止めようとしたが、お父さんの怒りは凄まじく、なかなか収まらなかった。
カエデはうずくまって、耐えていた。
早くこんな事は終わって欲しいと思いながら、縮こまって泣いていた。
そして、お兄さんが次の道場主になればいい、と思っていた。
しかし、
気が付くと目の前にお父さんが倒れていた。
お兄さんも倒れていた。
二人とも木刀で何度も殴り付けられた跡があった。
そして……、
カエデの手には折れた木刀が握られていた。
自分が怒りのままに、二人を叩きのめしたに違いない。
そうとしか思えなかった。
カエデは逃げるように故郷を離れた。
母親とは連絡を取っていたが、村には一度も戻らなかった。
お父さんとお兄さんは、別に怒ってないと聞いてはいた。
しかし、なかなか戻る気にはなれなかった。
そして、我を忘れて父親と兄を叩きのめした恐怖から、生身の相手を攻撃する事ができなくなった。
冒険者としては、ほとんどの依頼をまともにこなせず、二年が過ぎた。
実際はほぼ、母親からの仕送りで生活していた。
それからFランク冒険者講習に参加し、ぼくとパーティを組むに至った。
「これがわたしの昔の話です」
知らなかったカエデの過去。
辛い話だが、いろんな事に納得する部分もある。
しかし、
「まだ話していない事があるよね」
僕はカエデの方を向いて、両手の拳を握りしめた。
「えっ?」
状況が呑み込めないカエデ。
僕はは左手を開き、前に突き出す。
「ちょっとリンクス……」
「ディフェン……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「ストレングス!」
「ええーーーっ!?」
二つの魔法の輝きがカエデに吸い込まれて行く。
防御力と腕力を高める魔法だが、二種類の強化魔法を同時にかける事でテンションの上がる効果があるらしい。
特にカエデには特殊な効果が発現する。
膝を抱えていたはずのカエデが、急に立ち上がり、ふんぞり返り、あごに手を当て、不敵な笑みを浮かべる。
「あっしをお呼びですかい? リンクスの旦那」
カエデのもう一人の人格、モミジの登場だ。
「カエデの過去を聞いたんだけど」
「へえ」
「カエデの知らない事は、君に聞くしかないよね」
相変わらずの不敵な笑み。
「道場主を決める試合で、お父さんとお兄さんを傷付けたのは、君なんだろう、モミジ」
やはり顔色は変わらない。
「はい」とも「いいえ」とも言わない。
ただ一言つぶやいた。
「粋だねえ」




