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第45話 カエデ、ウガガウの聞き込み

 カエデとウガガウの調査が始まった。


 今はみんな、自室に戻る事を許可されている。

 ただし、旅館を出る事は禁止。

 二人は順番に宿泊客を訪ねた。


 まずはクレーヴェ公爵の元へ。


 彼は被害者のヘックラーさんと宝石の売買の取引をする予定だった。

 宿泊客の中で、唯一被害者と接点のある人物だ。


「君達はあの青年の仲間の……」


「はい。事件の事を詳しく知りたいんです」


「ふむ。まあ、入りたまえ」


 公爵は穏やかにそう言った。

 もっと警戒されてもおかしくないと思っていたので、カエデはほっとした。


「リンクスは殺人事件なんて起こしてません。

 無実を証明したいんです」


「気のよさそうな青年だ。気持ちは分かるよ。


 しかし、証拠が揃い過ぎているな。

 それに昨日のもめ事の件もある」


「何でもいいので、気が付いた事はありませんか?」


「そうだな。わしとしては取引予定だった宝石の件が原因だとは思うが……」


 焼き溶かされていた金庫。

 これも魔法の仕業としか思えない。


「実はわしは疑われてる青年より、もう一人の青年が気になっていてね。

 国王の命令と言っていた」


 帝国の公爵なのだから、王国からの来訪者が気になるも当然だろう。


「陛下が和平の書簡を送ったと聞いている。

 その返事かと思っているがどうかな?」


 依頼の内容は二人も知っているが、もちろんそれを口外したりはしない(ウガガウに関しては単純に内容を理解していない)。


「あの! 王国と帝国が争う事はもうないんですよね?」


 それでもカエデは尋ねた。

 カエデに限らず、セントレール王国の人間は、みんな戦争など望んでいない。


「わたしもそう願っているよ」


 笑顔でありながら、眉間に皺を寄せた、辛そうな表情だった。

 カエデはそのクレーヴェ公爵のたたずまいに、本心から平和を願っている印象を受けた。


「しかし、それは軍団を縮小する事を意味する。

 軍団は戦がないと仕事がなくなってしまう。


 帝国全体が平和を望んでいるとも言えないのだ」


 去年の凶作による帝国の経済事情もあって、事態は単純ではないようだ。


「和平の条件に王国が何かを要求して来たら、軍に反発する口実を与えるやも知れん」


 僕はそういう話は聞いていないが、公爵は懸念しているようだ。


「陛下に和平するよう持ち掛けたのはわしなのだ。

 こんなところでトラブルに見舞われて欲しくはなかった」


「リンクスはオレをかばってくれたんだぞ」


 ウガガウは公爵に食ってかかった。


「そうか、お嬢ちゃんがあの時の……。

 しかし、彼の状況はなかなかに厳しい。


 せめて宝石のありかでも分かれば……。

 おや……。

 その指輪は?」


 公爵はウガガウの指輪に興味を持った。


「生まれつき付けていた奴だぞ」


「この意匠は、とても珍しい」


 手の込んだ、模様の刻まれた指輪。

 ぼくも見た事があるが、他ではお目にかからない、繊細な模様だ。


「森をイメージしたこの模様は、森に住む魔女の祝福を願うものだ」


 ノルドステンは、セントレール王国から光明教が伝わる以前は、魔女教を重要視していた。

 それもかなり昔の事で、まだノルドステンが小国だった頃の話のはずだ。

 僕も考古学者だった父から教わった知識でしか知らない。


「帝国ではめったに使われない、かつてのツェンターム大公国由来の意匠だ。


 文字も彫られているようだ。

 このテレジアと言うのは誰だね?」


「知らないぞ」


 この時の公爵は、指輪に興味深々だったという。


「いや、引き止めてしまって悪かった。

 お詫びにケーキでも食べるかね?」


「何だ、それ?」


 ウガガウは人里離れた場所で生活していたせいで、食べた事のないものがたくさんある。

 ケーキもその一つだった。


「ウガちゃんは赤ちゃんの頃、原初の森に捨てられていたそうなんです」


「何? 原初の森に?」


 公爵はウガガウの過去にも興味を示したと言う。


「と、言う訳で、ウガちゃん、すごく高級なチーズケーキをもらったんですよ」


「うまかったぞ!」


 それは結構な事だが、事件の手がかりはあまり得られなかったようだ。



 次に向かったのは老婦人、ハンナさん。


「まあまあ、お二人さん。

 よく来たね。お入り」


 人のいい婦人はすぐ二人を招き入れてくれた。


「リンクスを助けたいんです。

 何でもいいから気付いた事があれば教えて下さい」


「あたしも悪い子じゃあないと思うけどねえ」


「特に夕べの事についてです」


「でも夜はぐっすりでねえ。

 ここの温泉に入るといつもそうなのさ」


「何度も来てるんですか?」


「あたしゃ、腰が悪くてねえ。

 この温泉が効くって聞いてやって来たのさ」


 杖をついて歩くハンナさん。

 湯治目的でやって来たようだった。


「そうか。お嬢ちゃん達は王国の使節の護衛なんだねえ。

 気を付けるんだよ」


 ハンナさんは二人を歓迎してくれた。


「戦争は嫌だよ。

 うちの人も戦争で死んだのさ」


 戦争の後はこんな事が無数に起こっているのだろう。


「すまないねえ、こんな話。


 ああ、そうだ。

 アメ玉食べるかい」


「食うぞ!」


「旅をしてるんだろう。

 袋ごと持っておいき」


「と、言う訳で、ウガちゃん、アメを袋でをもらったんですよ」


 結構ちゃんとした布製の袋だった。

 後でお返ししよう。


 ウガガウはハンナさんに気に入られたようだ。

 それは結構な事だが、事件の手がかりはあまり得られなかったようだ。



 最後はは目の見えない女性、ルキアさん。


「ちょっといいですか?」


「その声は……。


 あの魔法使い君のお知り合いね」


 カエデが恐る恐る話しかけると、女性は微笑みかけてきた。


「目が見えないから、声でいろいろ判断しているの。


 そちらの小さなお嬢さんと、眼鏡の男性と。

 四人で旅をしてるのね」


 会話していないウガガウの事まで把握している。


「音で分かるんだ」


「すごいです!そんな事まで!


 そうだ。

 ゆうべ、何か物音とか聞かなかったですか?」


「うーん……。


 ごめんなさい。特に何も聞いていないわ」


 しかし、有用な情報は聞き出せなかった。


「それにしてもお嬢ちゃん、どうしてぼーっとしているの?」


 ウガガウが言葉を発していないと思ったら、空を見上げ、固まっていた。


「ステータスウィンドウの色変えが、できないんだぞ」


 色変えに再挑戦していたようだ。


「何色に変えたいの?」


「銀色だぞ。母ちゃんの色だぞ」


「髪の毛の色?」


「全部だぞ」


「えっ……!?」


 困惑するルキアさん。

 それはそうだろう。

 全身が銀色の人間なんて想像付かない。


「こ、これはですね……」


 カエデが慌てて説明をする。


「そう、ウガガウちゃんは狼が育ての親なのね」


 ルキアさんも面食らっていたようだ。


「でもそれなら簡単よ。

 色だけじゃなくて、お母さんの思い出の事を考えるの」


「母ちゃんの……」


 再び虚空を見つめるウガガウ。

 ステータスウィンドウは他人には見えないからそう見えるが、ウガガウはステータスウィンドウを操作している。


「できたぞ!」


 満足な銀色が出せたようだ。


「すごいな、お前!」


 ウガガウは感動している。


「よかったね、ウガガウちゃん!」


「おう! ありがとな!」


「あ、そうだ。ウガガウちゃん、クッキー食べる?」


「食うぞ!」


 こうしてウガガウは、ルキアさんからステータスウィンドウの使い方を教わり、クッキーまでごちそうになった。


 それは結構な事だが、事件の手がかりはあまり得られなかったようだ。



「これで、全員に聞き込みできました」


「楽しかったぞ」


 そりゃあウガガウにとっては、さぞかし充実した時間だったに違いない。

 天真爛漫なウガガウの事は、みんな可愛がってしまうのだろう。


 二人とも頑張ってくれたのだろうが、事件の時の新しい情報は得られなかった。

 雑談して、それそれの人となりを確認できたくらい。


 被害者から宝石のペンダントを買い取る予定だった、クレーヴェ公爵。


 湯治に来たハンナさん。


 かつて、この街に住んでいた、目の見えないルキアさん。


 みんな、いい人に見える。

 怪しい点なんて、どこにも……。


 …………!


 その時、ある違和感が心に浮かんだ。


 こんな事が本当にあり得る事だろうか?


 …………


 やはりそうだ。

 そうか! そういう事だったのか!


「カエデ!」


「な、何ですか……?」


 思わずカエデの肩をつかんでしまう。


「ヘルマンさんを呼んで欲しい。 いや、お客さん全員を集めて欲しい」


「リンクス?」


「犯人が分かった!」

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