第35話 想いよ届け(後編)
レストランバーで一人泣いていたルナテラスさん。
それはかつて付き合っていたエレインさんが、勇者として魔王に挑む事を心配するあまりの事だった。
これはもう告白はできない状況だが、僕はその事にはもはや関心はなかった。
また、目の前で泣いているルナテラスさんを慰める事にも、関心はなかった。
僕の関心は、ある記憶との符号に向いていた。
エレインさんとの「男と男の話」の記憶だ。
「エレインさんは、恋人がいたんですよね?」
僕は自身の恋愛相談の後、尋ねたのだ。
「いたけど、別れたよ」
「何かあったんですか?」
「考え方の違いかな?
勇者になる前だ。
彼女はもう戦いから離れようと言った。
しかし、わたしは自分の力を試したかった。
彼女に『自分と冒険のどちらを選ぶのか?』と言われた。
なら別の道を歩もうと、ついそう言ってしまった」
エレインさんはその時の事を思い出し、やり切れない表情になった。
「きっとわたしを心配してくれていたんだ。
お互いあの時は若かった。
もっと他に言いようがあったはずなのにな」
若い男女の想いのすれ違い。
別に珍しい話でもない。
その時はそう思った。
「勇者になった今は、せめて彼女のいる世界を、この身に替えても守ろうと思っている」
立派な覚悟だ。
その時はそう思った。
でも、今は何だか腹が立ってきた。
自分の初告白を前にして、こんな状況に出くわすなんて。
僕は両手の拳を握りしめた。
まずは左手を開き、前に突き出す。
「どうしたの? リンクス君」
きょとんとしているルナテラスさん。
「アンチエイジン……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「グッドラック!」
ルナテラスさんを美と幸運の、二つの魔法の輝きが包む。
「この魔法は幸運の女神の微笑みが、アンチエイジング効果でパワーアップする優れものです。
この効果を僕は『しりとりブースト』と呼んでいます」
ルナテラスさんは説明が呑み込めていないが、じっくり解説してる場合じゃない。
「今すぐ顔を洗って、みだしなみを整えて!」
「え……?」
「エレインさんを連れて来ます!」
王宮に向かう僕。
初めての場所だがそんな事は関係ない。
「マッピングラビティ!」
王宮の構造がステータスウィンドウに表示される。
王宮の壁が重力波でひび割れたが、こればっかりは必要経費だ。
壮行会の行われている大広間に辿り着く。
テーブルがいくつも置かれ、豪華な礼服を纏った人々が、勇者一行と共に会食している。
「エレインさん!」
まっしぐらに勇者の元へ。
ゆったりとした服装だったが、金の長髪とその見事な体格ですぐに発見できた。
「リンクス君? どうしたんだ」
「すぐに来て下さい!
男と男の話です!」
しかし、眉間にしわを寄せるエレインさん。
「ふざけるんじゃない。
国王の御前なんだぞ」
「エレイン、彼は?」
エレインさんの隣にいる男性。
黒髪のオールバックに短めのあごひげ。
王冠を付け、豪華なガウンに身を包んだ威厳ある姿。
若き国王、ラウール三世だ。
帝国からは弱腰と言われたり、国内からは若く経験も浅いので頼りない、などと言われている。
しかし、いざ目前にしてみるとオーラのようなものすら感じる。
「魔法使いの青年で、ユニークスキル持ちです」
「ほう。それは勇者と同じく貴重な人材ではないか」
王様は怒ってはいないようだ。
しかし、僕に向き直るエレインさんは真顔だ。
「リンクス。
この宴はただのお祭り騒ぎじゃない。
わたし達の活動は、たくさんの金銭や物資の支援を受けている。
その協力者の方々に、命に代えても魔王を退治するという決意を表明するための宴だ」
人が集まって、騒然としてきた。
思ったより注目を浴びてしまう。
集まっているのはきっとその協力者の名士の方々なんだろう。
「君の用事はわたしを退出させるに足るものなんだろうな?」
エレインさんは厳しく問いただしてきた。
が、ここで引き下がるつもりはない。
「僕達が泊っている宿屋のレストランバーでルナテラスさんがあなたを待ってます。
閉店前に行かなければダメです。
今すぐ退出して向かって下さい」
「何だって! ルナが?!」
愕然とするエレインさん。
「はっはっは!」
国王は大声で笑った。
「そういう事なら、確かにわしの相手をしている場合ではないな」
エレインさんの背中を強く叩く。
「行って来い。勇者よ」
拍手喝采が会場を包む。
口笛も聞こえてくる。
「リンクス君。
言う事には従おう」
真っ赤な顔で僕をにらむエレインさん。
「しかしこれでは男と女の話だ!」
言い捨ててから駆け出して行くエレインさん。
あとに残った僕のそばには国王が。
「失礼しました。国王様」
慌ててひざまずく。
「いや。なかなかに楽しませてもらった。
ルナテラスもなうての冒険者だが、最近は無理をしている感じがしてな。
心配していたのだ」
ルナテラスさんの事も知っているらしい。
「エレインも少し浮足立ったところがあったが、これで腰が据わるだろう。
礼を言うぞ」
すごく人を見ているんだな、と感じた。
確かまだ35歳のはず。
これが国王の器って事なんだろう。
「君の名前も教えてもらおう。
ユニークスキルの事も」
僕は王様に自己紹介した。
「しりとり魔法か。
これはまた珍しいスキルよ。
リンクス=リーグル、国と人々のために励んで欲しい」
「はい!」
「いや、こんなのは建前だ。
君の未来のために励め」
僕の肩に手を置く国王。
それから、手を叩いて皆の注目を集めた。
「主役が退出したなら宴もお開きでよかろう。
後は吉報を待つばかりだ」
名士の方々が退出して行く。
僕も退出するつもりだったが、マリスさんとガレスさんが近づいて来た。
ガレスさんは鎧は付けていなかったが、その体格で一目で分かった。
マリスさんはいつもの緑色のローブだ。
「今、新しい道筋が見えました」
マリスさんの顔が輝いている。
昼間に会った時とは大違いだ。
「今のエレインならば、勇者の鎧と盾の力も十全に引き出せるでしょう。
魔王の致死の視線も、ものともしないはずです」
マリスさんの神算鬼謀の見せる未来が変わったようだ。
「愛の力、って事ですか?」
「彼の精神が強くなったのです」
「心残りが片付いて覚悟が決まったって事だろう。
何にしてもよくやったな、小僧」
ガレスさんには乱暴に頭をなでられる。
何はともあれ、全てが丸く収まったらしい。
宿への帰り道を歩きながら、ふともやもやした気持ちに気付く。
そう言えば結局、告白しなかったなあ。
自分の行動に対する後悔はない。
けどそれでも、もやもやは消えない。
何なんだろう。この気持ちは。
ああ、そうか。
僕は失恋したんだ。
苦しい想いを抱えて僕は一人、宿屋に……
「リンクス!」
と、思ったら途中でこちらに駆けて来る一人の女性が。
宿屋のガウンを着た、黒い長髪の女性。
髪は濡れていて、顔は上気している。
お風呂上がりのようだ。
「さ、探しました……!」
息を切らしているその女性は、髪を下ろしたカエデだった。
「ウガガウちゃんが、宿屋のベッドがごわごわして嫌だって、飛び出しちゃって」
「ええーーっ!」
そう言えば猫みたいな変な姿勢で寝ていたなあ。
「もう真っ暗だし。
一緒に探して欲しいんです」
「分かった!
きっとあったかい場所を見つけて、そこで寝てる」
「手分けして探しましょう!」
やれやれ、センチメントに浸っている暇はなさそうだ。
でも、僕はそれでいいと思った。
この翌日。
ルナテラスさんをメンバーに加えた新生勇者一行は、見事魔王ティフォンを倒したのだった。




