第31話 天空を穿つ一撃
「こ、こんなところで……、死ねるか……!」
傷を抑えながら、つぶやくファフニル。
「お、覚えておれ!
この雪辱は必ず……晴らす!」
そううめくようにつぶやくとファフニルは空に飛び上がった。
「まだそんな元気があったのか」
さすがのエレインさんも空は飛べないようで、撤退するファフニルを見上げるばかり。
「あれを追う事はできないでしょうね」
ルナテラスさんも駆け付け、弓を構えた。
が、すでに弓矢の射程外だったようで、すぐ弓を下した。
しかし、このまま取り逃がして、また戦力を集めて戻って来られてはキリがない。
犠牲者だっているのに。
やり切れない思いに、僕は拳を握りしめた。
「旦那、他の敵は倒しやしたぜ」
「リンクス、ルナテラス。大丈夫かー!」
モミジとウガガウもやって来た。
他のドラゴンは全て倒したようだ。
「みんなも無事でよかったよ」
そう。それは救いだ。
モミジもウガガウも細かい傷を負っていた。
激戦だった事が伺える。
ヒーリングラビティを掛けるために二人に近づく。
「旦那こそ、あっちこっち飛び回ってたから心配しましたぜ」
「オレ達の勝ちだぞー!」
上からウガガウの声が
ウガガウはワイバーンのギャオスに乗っていた。
ギャオス……?
そうだ!ギャオスだ!
「ウガガウ!
ギャオスは僕とエレインさんも乗せて飛べるかな?!」
「聞いてみるぞ」
ワイバーンのギャオスはドラゴンよりは小柄だが、三人が乗るスペースはある。
「飛べる、だって」
よし!
「エレインさん!」
こちらを振り向いた勇者を手招きする。
「このギャオス……、ワイバーンに乗ってファフニルを追いましょう!」
「ワイバーンを操れるのか?」
エレインさんもびっくりしているようだった。
「友達だぞ。ギャオスだぞ」
「そうなのか」
野生のワイバーンと友達なんて冒険者はそういない。
「よろしく頼むぞ。ギャオス」
エレインさんは、あっさりとギャオスに乗り込んだ。
さすが勇者だ。
「さあ、行きましょう!」
三人を乗せ、大空に飛び立つギャオス。
思ったより安定した発進だった。
速度もぐんぐん上がって行く。
これなら追跡できそうだ。
「これはなかなかすごいな」
「そうだろ!」
僕を含めて特に高所が苦手な訳ではなさそう。
戦場がどんどん小さくなって行くのを一瞥してから、前方を見据える。
「マッピングラヴィティ」
ぼくは空中で地形図を確認した。
現在地は山林地帯の上空だが、その先は岩山の山岳地帯で、その先に魔王の城がある。
魔王の城に逃げられてはまずいし、その周辺にしたって魔物の大群に出くわす危険がある。
ちなみに、ついでで放った重力波でファフニルを狙ったが、届かなかった。
今はファフニルは山林地帯の上空だが、ほどなく山岳地帯に差し掛かる。
いい感じにファフニルに近づいて来て、もう一息という状態だった。
いきなりエレインさんは立ち上がった。
「何してるんですか?! エレインさん!」
「ここから飛べば、ファフニルを捉えられる」
手負いのファフニルは高度が低くなっていた。
距離の話で言えば、確かに捉えられるのかも知れない。
しかし、相手に気付かれるかも知れないし、そんなに上手く飛べるだろうか。
「追いついてるんだし、隣接するまで待ちましょう」
「いや、もう魔王の城は近い」
確かに山林地帯は越え、山岳地帯に差し掛かっている。
「ウガガウちゃんだったか。
ワイバーンに伝えて欲しい」
「ギャオスだぞ」
「そうか。
ではギャオスに言って欲しい。
今から高度を上げて欲しい。
そして、わたしが降りたら、着陸していいと」
降りる? 落ちるの間違いじゃないのか。
踏み込む練習をしているエレインさん。
もうどうやら決定事項らしい。
「『知勇兼備』で確信してるんですよね?」
「そうだな。
わたしの頑張り次第だ」
微妙に心配な受け答えだが、任せるしかなさそうだ。
高度を上げるギャオスと、集中してタイミングを測るエレインさん。
ファフニルを眼下に見下ろす高さに。
そして、彼が大きく踏み込むと、ギャオスの身体が落ち込むのを感じた。
次の瞬間、ギャオスが浮き上がった。
重量が減った瞬間だった。
エレインさんが飛び降りたのだ。
青い鎧から長い金髪が巻き上がる様が見える。
ファフニルにまっすぐに向かって行く。
ファフニルの方はまさかエレインさんが飛び降りるなどとは思っておらず、飛行に集中していた。
結果、まともに体当たりを受けてしまう。
取っ組み合いのまま落下して行く二人。
「ウガガウ。急いで追いついて!」
「分かった。
行くぞ、ギャオス!」
着陸していいとか言っていたが、そもそも迎えに行くしかない。
二人の落ちて行った方に向かう。
エレインさんは無事だったがその下のファフニルは絶命していた。
僕は急いでエレインさんの元へ駆けつけた。
「何て事をするんです!」
「ファフニルにクッションになってもらってしまったのは酷だったかな?」
「そういう事を言ってるんじゃありません!」
「知勇兼備」のユニークスキルを持つエレインさんは、ちゃんと計算して安全を確信してたのかも知れないが、周りの人間の気持ちにもなって欲しい。
「ふむ。心配させてしまったか。済まなかった」
ともあれ、ファフニルは撃破された。
銀狼以外の四天王は倒された事になる。
エレインさんと僕はファフニルを埋葬した。
「戦士の魂よ。安らかに眠れ」
巨大な槍は墓標の代わりだった。
「みんなが待ってます。帰りましょう」
僕はそう言ったのだが、ワイバーンのギャオスはうずくまっていた。
「ギャオスは今日一日頑張ったから眠いんだぞ。
オレも寝る」
たしかにギャオスには、今日はとても頑張ってもらってしまった。
ウガガウもそのまま、うずくまって猫のような体勢で眠ってしまった。
そんな体勢でよく眠れるなあ。
「こんなところで寝るなんて。
アウェイキングラビティを使いましょうか?」
「いや、アウェイキングは睡眠の代わりになる魔法ではないんだろう?」
その通りだった。
目が覚める効果はあるが、睡眠した事にはならない。
ちゃんと後で睡眠しないと疲労は回復しない。
「ゆっくり休ませよう。
わたしの携帯用の食料がある。
今夜はここで明かそう」
こうして僕らは山岳地帯で一夜を明かす事になったのだった。




