第26話 王都の危機
ギルド内の食堂での一悶着の後も、僕はベルナールの行方を捜した。
借家にも戻ってはいなかったし、誰もその後は見かけていないと言う。
ジョゼフとドニーズがいよいよ荷物をまとめて、故郷のシャオンス村に戻る時になっても手掛かりはつかめなかった。
僕は一人でもベルナールを探すつもりだったが、ここで緊急事態が起こってしまう。
王都セントスにドラゴンの大群が迫っているというのだ。
一旦はドラゴンマスター、ファフニルの、王都セントスへの攻撃は止まっていた。
僕達がフーヤオを倒し、銀狼エカテリーナと同盟した事で、ファフニルの軍勢から原初の森のワイバーンがいなくなったためだ。
しかし、再びファフニルの攻撃は再開された。
どうやら魔界から戦力を新たに引き連れて戻って来たらしい。
その日、港町マイリスの冒険者ギルドにはたくさんの冒険者が集まっていた。
「リンクス! こっちです」
招集を受けた僕は、カエデと落ち合った。
ポニーテールの黒髪と、民族衣装の羽織りものと幅の広いパンツ。
腰には長い鞘。
サムライ少女のカエデ
彼女は僕のパーティメンバーだ。
人波を掻き分け、受付に近づく。
そこには仮設の壇が設けられていた。
「お前ら、来たかー」
狼の毛皮をかぶったバーサーカー少女、ウガガウもパーティメンバーだ。
彼女は元は森に住んでいたが、今はレンジャーのルナテラスさんと同居している。
そのルナテラスさんは受付のイネスさんと話していた。
皮鎧とパンツルック。
軽装備のレンジャーらしいいでたちだ。
肩まで伸びた栗色の髪が、清潔でもあり、優美でもある。
僕らに気付くと近づいて来た。
「ガレスとマリスが中心になって王都を守ってるけど、こんどの敵は手強いみたい」
ルナテラスさんは伝令の手紙を見ながら言う。
ガレスさんとマリスさんの強さは目の当たりにしているが、勇者一行の彼らをもってしても苦戦しているようだ。
「勇者エレインはどうしたんですか?」
勇者の鎧と盾を手に入れるために試練を受けているというが。
「まだ戻らないようね」
大変な戦いになりそうだ。
と、思っている内にイネスさんが壇上に上がった。
背が低いのでこれでも遠くにいる冒険者には見えないかも知れない。
イネスさんは軽く背伸びをして、眼鏡に横から触れて、位置を直すと話し始めた。
「王都セントスに最後の四天王、ドラゴンマスター、ファフニルが迫っています。
しばらくなりを潜めていましたが、魔界から新な軍勢を引き連れて戻って来たようです。
勇者もまだ戻りません。
国王から各地のギルドに救援要請が来ています。
自由と自立を掲げているのが冒険者ギルドですが、王国の危機、ひいては世界の危機を見過ごす訳には参りません」
いつにも増して声の大きいイネスさん。
さすがに今日は笑ってはいない。
「マイリスのギルドとしましては、皆さんが力を合わせれば、王都を守り抜く事は十分可能であると考えております」
イネスさんはここで深々と頭を下げた。
「皆さん、どうか王都に救援に向かって下さい」
ざわめく冒険者達。
ルナテラスさんは当然のように旅立つ準備をしている。
「一緒に行きましょう、ルナテラスさん」
「行ってもらえる? リンクス君」
「もちろんです」
危険な戦いになるだろうけど、だからこそ近くで守りたい。
そう思った。
「わ、わたしも二人の役に立ちたいです。
頑張ります!」
「ドラゴンマスターは、森のワイバーン達を連れて行った悪い奴だぞ。
オレも行く!」
カエデとウガガウも気持ちは同じだ。
「だけどみんな無理をしないでね」
ギルドを出る前にイネスさんの姿をみかけた。
「それじゃあ行ってきます、イネスさん」
「あ、リンクス殿…!」
うつむいて眼鏡を机に置いていたイネスさん。
慌ててこちらを向いた顔は、涙で濡れていた。
「どうか気を付けて下さい、リンクス殿」
「大丈夫?」
「こんな危険な戦いに……、皆さんを……。
こんな事をお願いしたくは……ありませんでした。
本当は王国の騎士団で何とかしろと……、言いたかった」
やむを得ない、苦渋の決断だったのだろう。
以前は戦争の捨て駒になってもらう、なんて言ってたけど、やっぱり優しい子なんだな、と思った。
「僕らは帰って来ます。
報酬は弾んでもらいますよ」
「もちろんです。
必ず帰って来て下さい!」
こうして僕達は王都セントスに向かう事になった。




