第17話 ウッガーガウ ウガガウ
「バーサーカーだわ」
森の中で遭遇した少女は理性を失い、見境なく暴れ出した。
「グガガーー!」
森を荒らすなと言っていたのに、自身の攻撃で木を切り倒してしまう。
「こ、怖いですー!」
少女はしゃがんだ僕の姿が見えなくなると、カエデさんに狙いを変えた。
ここでモミジさんに変わってもらうのも手ではある。
しかし、僕には一つ、試したい事があった。
怖がりのカエデさんが逃げているが、体術はさすがのものだ。
森林の複雑な地形を俊敏に動き回り、少女の攻撃をかわしている。
カエデさんには悪いけど、僕はこのチャンスを活用する事にした。
「チルアウ……!」
まずは左手を開き、前に突き出す。
「トランキライザー!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
冷静さを取り戻すチルアウトの魔法と、精神を安定させるトランキライザーの魔法。
今まではしりとりになるな、程度にしか考えてなかった。
しかし、バーサーカーに対してなら効果てきめんではないか。
そう考えたのだ。
「こっちだ!」
僕が叫ぶと少女は振り返った。
2つの魔力の光が少女に向かっていく。
魔法を受けた少女は動きを止めた。
きょとんとしている。
「お……?」
どこを見ているのかわからなかった瞳がはっきりと僕を見つめている。
「何か静かな感じになったぞ!」
チルアウトランキライザーの魔法は成功したようだ。
「怒った後なのに心が静かだぞ!」
バーサーカー、敗れたり。
と、思ったら……。
「ウッガーーーガウーーー!」
僕に飛びかかり、拳を繰り出す少女だった。
間一髪でかわす。
が、拳を受けた地面は大きく陥没している。
「何だって?!」
「頭はスッキリしてるのに、力が沸いたままだぞー!」
やはりそうだ。
バーサーカーになった事による、見境なく暴れる効果は消えたのに、その力強さは残っている。
何も問題が解決していない。
それどころか、冷静さと力強さを兼ね備えた、より危険な状態になったのではないか。
少女は大斧を拾った。
「うおおおおおーーーーーっ!」
それを振り回すと風を切る轟音が。
風圧が僕の髪を揺らす。
「やっぱりすっげー調子いいぞ!」
「ええー……」
敵のコンディションを絶好調に整えてしまった。
これは困った。
目の前で軽々と振り回される大斧を見ながら、僕は死を覚悟した。
その時、
「そこまでになさい、ウガガウ」
女性の声がすると少女はピタっと動きを止める。
狼達もそうだった。
一瞬でその場が、水を打ったように静まり返る。
声の主は朽ちた大木の上にいた。
それは輝くような銀色の毛皮の狼だった。
落ち着いた声もそうだが、僕達を見下ろすその瞳は気品にあふれている。
それは獣のものではなかった。
それでいて抗い難い威圧感も持っていた。
離れた位置にいるのに、うかつな真似をすれば一瞬で喉を食いちぎられそうな気迫を感じる。
寒気すら覚えてしまう。
「彼女だわ」
ルナテラスさんがつぶやくが、言われるまでもなく僕にもそれが分かった。
間違いないだろう。
「母ちゃん!」
少女は叫ぶと大斧を放り出した。
「彼らは敵ではありません。
こちらに来なさい、ウガガウ」
ウガガウと言うのが少女の名前のようだ。
少女は狼の元に駆け寄って行き、しゃがみ込むと体を摺り寄せる。
猛獣のようだったのが、まるで小動物のようだ。
どうやら僕らは、命拾いできたようだ。
「わたしがエカテリーナです。
あなた方が国王の使いですね」
威厳あふれる声が降り注ぐ。
そう、彼女が銀狼だ。
「は、はい。
ラウール三世の言葉を伝えに参りました」
いつも落ち着いているルナテラスさんも、声が上ずっている。
彼女も銀狼の威圧感に圧倒されているのだろう。
「立ち話をするものではありません。
ウガガウ、この者達を案内なさい」
そう言うとエカテリーナは森の奥へ入って行く。
「お前ら付いて来い」
少女は大斧を担ぐと、僕らを手招きした。
「お前の魔法、面白いな!」
ウガガウは僕の顔を見て言う。
戦闘中とは打って変わっての、あどけない笑顔だった。
もう敵愾心はないようだった。
一時はどうなる事かと思ったが、バーサーカー少女、ウガガウとの戦闘は終了した。
こうして僕達は銀狼と接触したのだった。




