第16話 バーサーカー少女
大陸北部の原初の森へ向かう、僕とルナテラスさんとカエデさん。
目的は原初の森の主であり、魔王軍四天王、銀狼エカテリーナとの交渉だ。
エカテリーナは森の中心の最深部にいる。
しかしながら、起伏に富んだ森の地形と目印のなさにより、その道のりは困難極まる。
同じ場所を行ったり来たり、なんてのはよく聞く話だ。
「油断するとすぐに迷っちゃうんだよ」
森に入ってすぐ、ルナテラスさんはそう言って意識を集中した。
「マッピング」
レンジャーなら誰もが習得しているマッピングの魔法。
これを使えば周囲の地形が把握できる。
「じゃあ僕も」
まずは左手を開き、前に突き出す。
「マッピン……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「グラビティー!」
ステータスウィンドウのように、視界に周囲の地形が映し出された。
上からみた地図だが、角度を変えて見る事だってできる。
「リンクス君もマッピングの魔法もつかえるんだね」
とにかく僕は昔から、魔法の習得数は多かったのだ。
グラビティの魔法で近くの地面がへこんだが、こればっかりはしりとり魔法の必要経費だ。
「道案内はお二人に任せますね」
カエデさんも安心。
そう言えば今日のカエデさんはいつものように怯えていない。
少しは打ち解ける事ができただろうか。
ルナテラスさんがいるからかも知れないけど。
面倒見のいいルナテラスさんは、他の冒険者にも絶大な信頼をされている。
僕らがゴブリン討伐してた時も、他のFランク講習の受講者のケアをしていたらしい。
とにかくこれで迷わず進む事ができるだろう。
でも、その前にもう一つ。
「森で魔物や動物に襲われたらどうするんですか?」
依頼を受けた後、気になっていた事だ。
「もちろん戦うわ」
「銀狼を怒らせたりしないんですか?」
銀狼と交渉するに当たって気になっていた事だ。
かと言って、襲われたら戦わない訳にはいかない。
「エカテリーナは弱肉強食を掟としているわ」
そう言うとルナテラスさんは鞭を手に持った。
「生きるために動物や魔物と戦っても、咎めたりはしない」
食物連鎖の大自然の営みは、動物や魔物の間にだってある。
そのための殺生を問題視はしないという事か。
「許せないのはあくまで利益のための乱獲なのでしょう」
道中の戦いで銀狼の機嫌を損ねる事はなさそうだ。
そして実際のところは、大概の魔物は火を恐れるので、交戦するほどの事はなかった。
ぼくはしりとり魔法、「パイロケーティング」で追い払った。
炎を発生させるパイロの魔法と、方位の分かるロケーティングの魔法。
ロケーティングの魔法は、建物やダンジョンの中では何階にいるのかも示してくれる便利な魔法だ。
そんなこんなで、原初の森の深部を目指し、進んでいたが。
「ワッオーーーン!」
不意に雄叫びが聞こえてきた。
森の中で獣の雄叫びが聞こえるというのは、不思議な事ではない。
しかし、その雄叫びは獣のものではなかった。
はっきりと聞き取れる発音だった。
声のする方には丘があり、丘には四つん這いの人影が見えた。
そして、その人影は立ち上がった。
小柄な人影だった。
毛皮を頭から纏っている。
そして、胸と腰にも毛皮を纏っていた。
「また人間が来たのかー!」
女の子の声だった。
そして、その少女がしゃがんでから持ち上げたのは、巨大な斧だった。
重そうにではあるが、少女はそれを肩に担いだ。
「森を荒らす奴はオレがやっつける!」
そう言うと少女はこちらを睨んでいる。
「ガルルル……! ガルルル……!」
まるで動物のようなうなり声がする。
そして……、
「グオオオオ……!」
少女から赤い輝きが、まるで煙のように立ち昇っている。
「な、何なんですか? あの女の子は?」
ルナテラスさんに尋ねる。
「分からない。でも……」
少女の背筋が伸びる。
あの大斧を苦もせずに持ち上げている。
腕力が上がっているのか?
「来るわ!」
ルナテラスさんが言ったまさにその瞬間だった。
丘の上の少女の姿が消えたと思ったら、黒い影が上から迫って来た。
「ウッガーーーガウーーー!」
間一髪で、少女の大斧の一撃をかわす。
さらに大振りの二撃目が来たので、木の後ろでしゃがんでかわす。
「森を荒らすな」と言うくらいだから、木を破壊してまで攻撃はしてこないだろうと踏んだのだ。
しかし……、
「グガーーーッ!」
少女の顔を間近で見る。
恐るべき怒りの形相と、こちらを見ているのかも分からない真っ赤な瞳。
僕の隠れた木は横薙ぎの一撃で切断されてしまった!
しゃがんでなければ、僕も同じ事になってただろう。
「自分で森を破壊してるし!」
思わず叫んでしまう。
「理性を失っているみたいね」
確かにそうかも知れない。
「バーサーカーだわ」
ルナテラスさんがつぶやく。
僕もその名は聞いた事がある。
理性を失い、見境なく暴れる狂戦士。
これが伝説のバーサーカーの力なのか。




