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第15話 原初の森の複雑な事情

 魔王軍四天王の一人、銀狼エカテリーナ。


 しかし、銀狼は魔界からやって来た訳じゃない。

 銀狼は元々原初の森に、つまり人間界に住んでいる。

 八百年以上森の王者として君臨している、神獣とも妖怪ともつかない存在だ。


 それが人間達の原初の森での行き過ぎた狩猟に激怒し、魔王ティフォンに呼応したのだ。

 それを足掛かりに魔王は人間界への侵攻を開始した。


 森の魔物も魔王軍として人間を襲うようになった。

 現在、彼女と人間の関係は険悪と言う他ない。


「なぜ寄りにも寄って今、銀狼なんです?」


「今だからよ」


 即答されたが、さっぱり分からない。


「原初の森の渓谷に棲むワイバーンを、魔王の配下が操って戦力にした。

 そのワイバーンがドラゴンマスター、ファフニルの軍に編成された。

 今、その事で魔王と銀狼の仲に亀裂が入っているの」


 ドラゴンマスター、ファフニル、これも魔王軍四天王。

 そして、銀狼を除けば四天王最強と言われている。


「どうしてそんな事を知っているんです?」


「セントスにファフニル率いるドラゴン軍団が迫ってるからよ。

 ガレスとマリスが備えているわ」


 勇者の仲間、ガレスさんとマリスさん。

 二人は今、王都にいるようだ。


「王都セントスの情報がすぐに入って来るなんて」


「わたし宛ての密書が届いたんだ。

 国王様のね」


 国王じきじきの密書。

 でも、王都で名が知られていると言うルナテラスさんなら、おかしくないのかも知れない。


「原初の森での乱獲は密猟行為に当たる。

 すでに犯人の身柄は押さえているの」


 銀狼を怒らせてはいけないのはセントレールに住むもののセオリーだ。

 しかし、得てしてルールの逸脱は起こってしまうものだ。


 それが今回は魔王の侵略にまで繋がってしまった。


「このタイミングで銀狼に謝罪して、魔王への協力を止めさせる。

 それが目的なの」


 銀狼が魔王に協力しないなら状況は一変する。

 四天王の一角が崩れるのだから。


「それだけじゃないわ。

 帝国への牽制にもなる」


 そうだった。

 今、セントレール王国はノルドステン帝国に属国になるよう勧告されているのだ。


 銀狼が王国に味方するという事になれば、帝国も強気には出られないだろう。


「帝国側が同じ様に銀狼に接触したりはしないんですか?

 同盟を結ぶとか」


「帝国は魔王に味方する銀狼を敵と見なしてる。

 帝国はそもそも、原初の森も領土にすべく進出を試みているから、同盟なんて考えも及ばないでしょうね」


 帝国主義だからこその帝国なんだろう。


「王様って頼りにならないって言われているのに、結構行動力があるんですね」


 現国王と言えば、魔王の侵略以前も何かと大臣の言いなりで存在感が薄いと言われがちだった。

 帝国の勧告も国王を見くびっている気持ちの表れだろう。


「国王は二十五歳で即位した時は侮られがちだったけど、十年も経った今は王宮の全てを掌握しているわ」


「なんで帝国に言われっぱなしだったんですか」


「帝国と銀狼の折り合いが付かない事を見越していたようね。

 実際は王国を攻める前に、原初の森を攻めるしかないだろうと」


 国中みんなが戦争の予感に戦々恐々としていた時に、僕自身も捨て駒にされるかと思ってた時に、そこまで考えていたなんて。


 僕は国王とは会った事がない。

 噂でしか聞いた事がないが、なかなかしたたかみたいだ。


「でも銀狼と交渉なんて責任重大じゃないですか。

 僕なんかに……」


「交渉はわたしがするし、大体の算段はついてるから大丈夫」


 そりゃあそうか。僕にネゴシエイトを頼む訳がない。

 しかし、あと一つ。


「カエデさんはどうしたい?」


 彼女がパーティメンバーならば当然意向を確認しなければ。


「わたしは……、ルナテラスさんとリンクスさんのお役に立ちたいです」


 怯えてはいたが、その気持ちを振り払おうと言う意思は感じる。


 こうして僕ら三人は原初の森へ向かう事になった。


 ◇◆◇


 時を同じくして、この森を探索する人間の一団があった。

 漆黒の甲冑に身を包んだ集団。

 鎧の胸には交差する剣と槍を持った獅子を描いた紋章。


 ノスドルテン帝国、黒騎士団の一行である。

 周囲を警戒しながらの、規律の取れた行軍にその練度がうかがえる。


「この森に拠点を設営し、原初の森とセントレール王国、両方への進出の足掛かりとするのだ」


 部隊の中央に立つ指揮官らしい黒騎士が命令を下す。


「この位置がよかろう。

 作業を開始せよ」


 森のやや深部でありながら地形の起伏が緩やかな場所だった。


 斧を持った黒騎士が木々の伐採をしようとしたその時だった。


「ワオーン!」


 大きな雄叫びが聞こえる。

 だが、動物の咆哮としては違和感がある。


「森を壊すな、人間ー!」


 少し離れた丘の上に人影が見えた。


 それは獣の皮を被った人型の姿だった。

 しゃがんでいるが、背中に大きな斧をかついでいる。


「何だ、あれは!」


「森に人間がいるのか?」


 丘の上の姿が立ち上がる。


 頭から毛皮を被っている他に、胸と腰の辺りに毛皮を纏っている。


「出て行け!人間ー!」


 よく通る高く澄んだ声だ。

 それは人間の少女のようだった。


「出て行かないとぶっとばすぞー!」


「どうしますか?」


 黒騎士団達は指揮官の指示を仰ぐ。


「生け捕れ。何者かは気になる」


 丘を包囲するように動く暗黒騎士団。


 手際のよい包囲であるはずだが、少女は動きを見せない。

 不敵に笑っているようにすら見えた。


「かかれ」


 そして、指揮官が命令を下し、黒騎士団が一斉に丘に向かったその時だった。


「ワッオーン!」


 少女が一際大きく叫んだ瞬間、周囲の森の木陰から狼の群れが現れ、一斉に暗黒騎士団に襲いかかった。


 予期せぬ事態に恐慌状態に陥る暗黒騎士団。

 応戦もままならない。


 さらに、


「ウッガーガウー!」


 丘の上の少女が雄叫びとともに暗黒騎士団に襲いかかる。

 強烈な大斧の一撃に暗黒騎士達は次々に蹴散らされて行く。


「何だ、これは!

 人間の娘が狼共を率いているだと!」


 部下達が潰走していく。

 指揮官もこれは退却するしかないと判断した。


「しかしただでは退けん」


 娘の正体を見極めたいと思った。

 剣を抜いて獣の皮を被った少女に近づいていく。


「出て行けー!」


 向かって来る少女の大斧を受け止め、弾き返す。


 部下は不意を突かれて倒されていたが、腰を据えて戦えば小娘の攻撃など恐れるに足りない。

 少女は思わず大斧を手放した。


「女子供の力など」


 そう言い捨てた指揮官。


「ウガルル~~~!」


 怒りの形相で睨む少女。

 四つん這いになってうなっている。


 そして、


「ガルルルゥ………」


 少女からかすかに赤い光のようなものが見える。


「なんだ、これは……!」


 指揮官が狼狽したその瞬間だった。


「グガアアアーーーーーッ!」


 少女は大斧も持たずに指揮官に襲いかかった。


 指揮官は剣で応戦する。

 剣は少女の繰り出してきた拳に命中した、が。


「うおっ!」


 拳は振り抜かれ、剣が宙を舞っていた。

 しかし、少女は傷一つ負っていない。


「馬鹿な!」


 少女の拳に剣が弾かれたと言うのか。

 そんな事が……。


 少女と目が合う。

 その瞳は赤く染まっていた。


 宝石のような鮮やかな赤だ。

 赤く輝いているようだった。


「はっ!」


 指揮官は思い出す。

 神が乗り移ったとも、狼の魂が乗り移ったとも言われる戦士の物語を。


「ウッガーーーガウーーーッ!」


 続けて飛びかかる少女。

 指揮官は腹部への殴打を受けて吹っ飛ぶ。

 甲冑を付けているのにも関わらずだ。


 指揮官は宙を舞いながら記憶の糸をたぐり寄せていた。

 敵味方の区別も付かず暴れ回る狂戦士。


 彼らはかつて「バーサーカー」と呼ばれていた。

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