第13話 勝負に勝って、しりとりに敗れる
「しりとり魔法は最後が『ン』になってはいけないんだ」
僕はしりとり魔法について事前にいろいろ研究した。
「アンティポイズン」なら「マジックバリア」と組み合わせれば「マジックバリアンティポイズン」が成立する。
しかし最後に「ン」が付いている。
「じゃあ毒消しはできないのか……」
アミシアさんを抱え、沈痛な面持ちのヒューゴ君。
「いや、できる」
「何だって?」
「『アンティポイズン』自体は発動するんだ」
「だったら早く!」
怒声を浴びせて詰め寄って来るヒューゴ君。
しかし、僕は落ち着いて説明する。
「『ン』のついたしりとり魔法を使うと効果はあるけど、MPが足りない魔法を使った時のようにむせる」
「むせる?」
僕はMP0なのに何度も魔法を使おうとしたから経験している。
魔素を取り込んでいないのに魔力を行使しようとするとむせるのだ。
「しかもこの場合、魔法自体が発動しているんだ。
最大級にむせる。
呼吸困難になるくらいむせる」
あの時は本当に死ぬかと思ったほどだ。
この現象を僕は「しりとりペナルティ」と名付けた。
「アミシアさんは必ず救う。
ただ、その後、僕は戦えなくなる。
攻撃も回復もできなくなる。
後の事を全て君に託す。
いいかい?」
「おれに……」
毒が消えればアミシアさんは回復魔法が使えるが、衰弱はしている。
すぐに動けるようにはならないだろう。
「後先考えずに突っ込んじゃだめだ。
カエデ……、モミジさんと連携して戦うんだ。
戦線を維持する事を考えなきゃだめだ。
アミシアさんが危険にさらされる事だってある」
「そんなにいっぺんに言われたって分かんねえよ!」
「おい、ボウズ」
モミジさんだった。
「ビビってる時間はねえ。
あっしがポントーで敵を倒す。
お前はしっかり後ろを守れ
できるな?」
「わ、分かった!」
「旦那、そういうこった。
お姉さんの解毒を頼みますぜ。
あとのはあっしらに任せてくつろいでおくんなせえ」
「よろしくお願いします」
くつろげはしないだろうけど。
そうと決まったら善は急げだ。
僕は両手の拳を握りしめた。
まずは左手を開き、前に突き出す。
「マジックバリ……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「アンティポイズン!」
アミシアさんが魔法の光に包まれ、同時に別の光が彼女の中に入っていく。
マジックバリアとアンティポイズンの光だ。
彼女の衰弱した苦悶の表情が和らいでいく。
その次の瞬間。
僕は猛烈な吐き気に襲われた。
激しくせき込むが、何も吐き出されない。
そして、何も楽にならない。
何度せき込んでも変わらない。
その内、呼吸が困難になってくる。
さらにその身体の蠕動で息も上がってくる。
これが「しりとりペナルティ」だ。
MP0で魔法を使える「しりとり魔法」のデメリット。
条理を無視した強力なスキルに課せられたペナルティだ。
回復したアミシアさんが背中をさすってくれるが、ちっとも楽にはならない。
のたうちまわるばかりで、戦況も把握できない。
僕達がゴブリンに攻撃されていないのだから、おそらく二人は上手く戦っているのだろう。
そう信じるしかない。
意識も遠のいてくる。
ようやく呼吸が落ち着いた僕は、あおむけの状態でヒューゴ君とアミシアさんとモミジさんを見上げていた。
「あ、元気になった」
「大丈夫かい、旦那」
アミシアさんとモミジの声が聞こえる。
アミシアさんもすっかり元気になったみたいで何よりだ。
そして、
「うおおおお! リンクス先輩!」
ヒューゴ君が号泣している。
先輩……?
「姉ちゃんを助けてくれてありがとう!
今までの無礼を許して下さいっ!」
よく分からないけど、感動されているみたいだ。
「ボウズも旦那の言いつけを守ってよくやってたぜ」
モミジさんはヒューゴ君の頭をなでている。
「おれは心を入れ替えます!
もう一人で突っ走りませんっ!」
感動のあまり僕の肩をつかんで揺さぶるヒューゴ君。
「ぎゃあ!
君は『ストレングス』の魔法が掛かってるんだから……!
手加減してよ……!」
また気分が悪くなってきて、意識がもうろうとなってくる。
でも、みんな無事でよかった。
「そういや、旦那。
あっしらの強化魔法はいつ切れるんです?」
「持続は数時間さ
帰る頃には切れるよ」
「ならとっとと戻りやしょう」
確かに。
ゴブリン討伐が成功したならば長居は無用だ。
「いやあ、さすがはリンクス殿!
お見事です!
あっはっは!」
受付のイネスさんも大満足だ。
「ヒューゴ殿とカエデ殿もステータスウィンドウを確認してみるといいですよ」
イネスさんの言葉を受けて、ヒューゴ君もまばたきをしてステータスウィンドウを確認している。
「やった!
おれもEランクになった!」
今回は最終的には彼の活躍が大きかった。
納得のランクアップと言っていい。
「今まで弟は協調性に欠けていて孤立していたんです」
聞けば元々はアミシアさんと同じパーティにいたのに、追放されていたらしい。
それでますます意固地になって孤立して今日に至っていたようだ。
「これもリンクス先輩のおかげです!」
彼はかつての仲間達に謝って、またやり直すつもりだと言う。
「ほら、カエデさんもステータスを確認してみましょうよ」
僕はカエデさんにもランクの確認を促した。
カエデさんにも……、カエデさん……、ん?
「な…何でわたしのランクが上がってるんですか?!
って言うかゴブリンはどうなったんですか?!
なんでギルドにいるんですか?!」
カエデさんは驚愕していた。
周りをキョロキョロ見回している。
モミジさんはカエデさんに戻ったのだった。
そして、モミジさんの時の記憶はないようだ。
「どうしたんです?
カエデ殿も大活躍なさったんじゃないんですか?」
イネスさんが不思議がっている。
「大活躍しましたけど、その時はモミジさんで。
性格も全然違って。
イネスさん、モミジさんって知ってます?」
「何を言っているんですか? リンクス殿」
上手く説明できない。
カエデさんの二重人格についてはイネスさんも知らないみたいだった。
僕はとっくり時間をかけてカエデさんとモミジさんの事を説明した。
「ふぅむ……」
考え込んでいるイネスさん。
「能力診断をしたルナテラスさんは何か知ってるかもしれませんねえ。
それならば!
リンクス殿、ルナテラス殿と一緒にそのモミジ殿とやらと話をして下さい。
リンクスさんの魔法が人格入れ替わりのトリガーみたいですし」
こうして僕はルナテラスさんと共にモミジさんともう一度話をする事になった。
彼女の秘密は気になるし、放っておけないのも事実だ。
「ではまた会いましょう。カエデさん」
「そ、そうだ!
犯罪係数を数えると落ち着くって聞いた事がある。
でも、犯罪係数って何だっけ……?」
ガタガタ震えて取り乱しているカエデさん。
先が思いやられるなあ。




