第75話 もう一人の島田司
俺が別世界から来たことを知った円。
あまり感情を感じられない顔でこちらを見上げていた。
しかし傷が痛々しくて見てられないな。
こんな怪我、さっさと治してやろう。
「円、動かないでくれ」
「え?」
円の顔に手を伸ばすと、ビクッと拒絶するような反応を示した。
手を引きそうになるが、とにかく彼女の怪我を治す。
そう考え俺は【回復術】を発動する。
円の全身がパッと光ると、彼女は自分の体に起きた変化に気づく。
「え……ええ?」
包帯をゆっくりと解いていく円――そこには俺がいつも見ている可愛らしい姿があった。
円は目を点にさせ、自分の体を見下ろしている。
由乃も呆然とその様子を見ており、ポカンと口を開いたままで言う。
「つ、司くん……こんなこともできるんですか」
「ああ。死んでない限りは何でも治せるぞ」
「は、はぁ……もう凄いを通り越し過ぎて、なんて言ったらいいか分かりません」
「司、ありがとう」
珍しく感情を込めた声で感謝の言葉を口にする円。
その瞳は喜びにキラキラと輝いていた。
「円は何でそんな怪我をしていたんだ?」
怪我を治してからだが、その理由を訊くことにした。
この世界のことだから、化け物が関係しているとは思うのだけど。
円はまた感情の乏しい表情に戻り、俺を見上げながら話し出した。
「化け物に襲われた」
やはりそうか。
事故であんな怪我は考えにくいし、化け物の仕業で間違いなかったんだな。
「火を吐く化け物に左半身を焼かれた。あの時死ぬかと思ってたけど……司が助けてくれた」
「俺? ……いや、この世界の俺か」
こくりと頷く円。
その顔は淋しそうな、でも嬉しそうな様子だ。
「司も背中に火傷を負って、それからずっと一緒に暮らしてる」
「そうだったのか……」
なかなかやるじゃないか、俺。
自分のことではないが自分のことのように嬉しい。
なんか変な感覚だな。
俺は複雑な喜びを胸に抱き、この世界の自分と会ってみたいと思い始める。
そこで円に俺と会えるか聞いてみることにした。
「円。この世界の俺と会えるか?」
「うん」
迷うことなく首肯する円。
由乃もその返事に、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇◇
比較的新しい5階建てのマンション。
俺と由乃はそのマンションを下から眺めていた。
円に続き建物に足を踏み入れ郵便入れを見ると、1階に付き二部屋ずつあるのが分かる。
1階部分だけは一部屋のようで、このマンションには計9部屋あるようだ。
円が自動ドアを鍵で開き、エレベーターで4階へと上がり、401号室の扉を開く。
玄関の先は短い廊下があり、キッチンと同化しているタイプ。
あまり綺麗とは言い難い様子のキッチン。
洗い物は済ませているようだが、乱雑に物が放置されている。
「ただいま」
男用の靴が一足と穴がいくつか開いているタイプのサンダルが一つ、玄関先に置かれている。
俺たちは靴を脱ぎ、真正面にある扉の先へと進んで行く。
円と同棲なんて……よくやった。
俺は自分自身を褒め称えてやりたい衝動にうずうずしながら足を進める。
由乃もこの世界の俺がどんななのか、ワクワクしている様子だった。
買い物袋を左手に持つ円は、右手で扉を横に開く。
この世界の俺と対面だ。
明るい表情で部屋に入る俺と由乃。
――だが中にいた男は、闇のように真っ暗な表情でタブレットを凝視していた。
「…………」
髪は伸びっぱなしで肩に触れており、太陽に当たらず不健康な生活をしているのが分かる真っ白な顔。
黒い上下のスウェット姿がこの男の暗さをさらに際立てていた。
部屋もゴミなどが散乱しており、カーテンを閉め切っていて全てにおいて暗いとしか言いようがない状態。
俺は呆然としつつ、その男が俺と全く同じ顔をしていることに気が付く。
あ、やっぱり俺なんだ。
黒色が好きなところも一緒なんだなとぼんやり考える。
いや……なんだこれ?
なんでこんな暗いんだよ、俺。
由乃も顔をヒクヒクさせながら、この世界の俺に視線を向けている。
円だけは平常通り、抑揚の少ない声でこの世界の俺に話しかけた。
「司。別の世界の司が来た」
「別の世界……? 何言って――」
もう一人の俺は、まず顔が綺麗になった円に一度驚き、そして俺の顔を見て仰天する。
床から飛び上がり、タブレット片手に身構え固まってしまう。
「……ば、化け物か?」
「いや、違うけど……」
長い髪の隙間からギョロリと見開いた目でこちらを視認している。
こんなのがもう一人の俺かよ。
自分自身、特別いい男だとは思っていないけれど、せめてもう少しシャキッとしててほしかった。
俺と比べて暗く、怖がりで、警戒心が強いように思える。
慎重派なのは一緒だろうけど、流石にここまで酷くないぞ、俺は。
もう一人の俺はハッとすると円を守るように彼女の前に立つ。
「…………」
「…………」
息を飲むもう一人の俺とため息をつく俺。
こうして二つの世界の俺たちは邂逅したのであった。
面白かった。と、少しでも思っていただけたら、ブックマークと高評価の方お願いします。
評価はこの小説の下にある【☆☆☆☆☆】を押してもらえたらできます。




