第70話 世界と神の塔
由乃と朝食を終え、彼女が入れてくれた緑茶を飲む。
うーん。実家にいるみたいに落ち着くな。
もうここに住んじゃいたいくらいだ。
由乃は楽しそうに食器の洗い物をしており、俺は綺麗なその後ろ姿を茶をすすりながら眺めた。
サラサラと踊る茶色い髪によく似合う眼鏡。
見た目は文学少女といった雰囲気だが、明るさを持ち合わせる陽の人物。
容姿も優れており料理も上手い。
こんな子を奥さんにしたら幸せだろうな……
すると由乃はふと、俺の視線に気づいたらしく、振り向き笑顔のままで聞いてくる。
「どうしたんですか?」
「由乃みたいな子が奥さんだったら幸せだろうなって……」
「へ?」
ドキンッ! 俺の心臓が跳ね、心拍数が急上昇する。
ボーッとしていて考えていたことを口にしてしまった。
由乃は手に持っていた皿を水の溜まった洗い桶の中へ落としてしまう。
顔を真っ赤にして笑顔を浮かべたまま、俺を直視している。
俺も顔が赤くなっているだろうと分かるぐらいには顔も全身も熱くなっていた。
「お、お嫁さんにしますか?」
「いきなり婚約ですか!? 前も言ったけど、お付き合いもまだしていませんが」
「うちの曾祖母は、顔しか知らない曽祖父の下に嫁いできたみたいですし、お付き合いなんていりません」
「そ、そんな昔の時代の話を持ち出されても……」
俺が戸惑いを見せると、由乃はまるでここで畳みかける! とでも言わんばかりの勢いでこちらに駆け寄り、俺の手を握る。
水に濡れた、冷えた冷たい手。
だが、熱い想いを感じる。
「私、司くんとなら喜んで結婚します。顔はおろか、優しいことも強いことも知っていますから」
「そ、それぐらいしか知らないでしょ?」
「それぐらい知っていれば十分です」
なんという押しの強さ。
実力では俺の方が強いはずなのに……彼女の勢いには完敗だ。
俺は気の利いたことを言えばいいのに、ここで現実問題を口にした。
「でもさ……これから先、どうなるか分からないだろ? 俺たち、別世界の人間なんだし」
「…………」
由乃は心底淋しそうな表情を浮かべながら、握る手の力を強めた。
一緒にいたい。だけど、離れなければならない運命にある。
そんな彼女の気持ちが伝わってくるようで、心が痛かった。
「……ごめんなさい。迷惑、ですよね」
「迷惑どころか、嬉しいんだけど……でも、さ?」
「分かってます。きっと後少ししたら、一生離れ離れになってしまうんですよね」
そう言って由乃は俺から離れ、食器洗いを再開させる。
「分かってるんです。勝手に司くんとの運命を感じちゃって、一人浮かれているのは」
「由乃……」
由乃の表情は後ろからでは見えない。
だけど、彼女の感じる切なさだけは、痛いほどに伝わってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
神の塔まで【帰還】で移動する。
足元には東京タワーの赤い鉄骨や白い鉄骨がいくつか散乱していた。
そろそろ開門時間のはずだが、今回は周囲に誰もいない。
「司くんが何とかしてくれるから、皆さん安心してるんです」
すでにいつも通りに戻っている由乃は笑顔で続ける。
「ネットでもテレビでも大騒ぎなんですよ。救世主が現れたって」
「そ、そうなの? なんか恥ずかしいな……」
「世界中で話題になってますから。もう名実ともにスーパーヒーローですよ」
俺はその事実にため息を一つつく。
ここがパラレルワールドで良かった。
これが自分の住む世界だったら、これから生きていくのが大変になるもんな。
有名人はどこ行くにも話題になるから。
「そういや、世界中って、疑問に思ったんだけど……他の国にも神の塔はあるのか?」
「はい。日本にはここだけですが、世界中にも神の塔はあるみたいですよ」
「……ここを攻略しても、また他の国も助けに行かないとダメだな」
「その点は問題ないようです」
「え?」
俺がその言葉にキョトンとするが、由乃は笑顔で話す。
「塔の中の化け物も門番もそうなのですが、司くんが倒したあの日は、世界中で一切出現しなかったようです」
「へー」
「ネットで言われている説なのですが、全ての国で出現する門番、その存在自体は共通しているんじゃないかって。以前、誰かが傷を付けた時に、他の国の門番も同じ傷を負っていたみたいなんですよ」
「なるほど。ゲームで言えば、HPを共有してるってことか」
「はい。そして塔の中は、どこから入っても同じ場所に通じているようです。日本だけじゃなくて、世界中から塔に侵入したのですが、皆あそこで対面したみたいです」
「そうなのか」
入り口は別々だが、あの塔という存在自体は一つしかない。
空間が歪んでいて、出口は世界中に通じている、とか?
ともかく、どこからでも塔への侵入、そして攻略は可能というわけだな。
となれば、俺が塔を攻略すれば、全てが解決するということか。
「あ、司くん。扉が開くようです」
由乃が指差す塔の入り口。
ゴゴゴッと大きな音を立てて扉が開き始めていた。
すると中から緩慢な動きで出て来る大きな鎧姿――
「……また門番が出て来た」
「毎週復活する仕組みなんでしょうか?」
「だったら、今週も倒してやる」
俺は【閃光】の光で門番を消滅させ、一人塔に向かって駆け出した。
すると案の定、怒涛の勢いで化け物が雪崩れ込んで来る。
俺は持てる魔術を駆使し、化け物たちを薙ぎ払い始めた。
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