第26話 黒き獅子①
行くなら今だ。
だってエリアマスターのコボルトキングを討伐してしまったのだから、セイルレーンエリアを離れるってことだろ?
ここを離れたら、戻って来るのが大変になってしまう。
だから、《黒き獅子》というのと戦うのは今がベストだ。
ま、勝てそうになかったら逃げればいいだけだ。
俺は夜のシバーフの森へと侵入し、セイルレーン城を超え、森の南側へと駆けて行く。
【鷹の目】を発動し、敵の姿を確認する。
周囲にモンスターはいない……《黒き獅子》が南側を占領しているのか?
ずーっと南側の方に視線を向けると――いた。
どす黒い闇のような毛に全身を覆い、人間の5倍ほどの大きさがあるであろう獅子……瞳は悪魔のように真っ赤で四本の脚には見るだけで背筋が凍りそうな鋭い爪。
全身から黒いオーラのようなものを発しており、奴の周囲の景色がユラユラと揺れている。
あ、これは手を出したらマズいやつかも……
ゴクリと息を飲み包むが、恐怖と共にレアカードが手に入るかもという好奇心も同時に湧き上がってくる。
少し接近するぐらいなら大丈夫だよな?
俺は【潜伏】を発動しながら徐々にその距離を詰めて行く。
そして《黒き獅子》との距離は、およそ100メートルといった所まで接近した。
大木の裏に隠れ、《黒き獅子》の姿を視界に入れる。
「…………」
ドクンドクンと心臓が恐怖心に跳ねている。
近づけば近づくほど、危険な相手だと頭も体も理解していく。
「……帰るか」
ここまで来ておいてなんだが、慎重派の俺としてはやはり逃げることを選択したい。
これは想像以上の相手だ。
手を出しちゃいけない奴だ。
人間の手に負えないやつだ。
俺は踵を返し、町に戻ろうとした。
だが、背後にあってはならない気配を感じる。
「え?」
大木の裏側に――《黒き獅子》の姿があった。
いや、なんで?
俺は【潜伏】を発動してるんだぞ?
気づかれるわけが……ないだろ!?
だというのに、《黒き獅子》は俺の隠れている大木に向かって右前足を振り下ろす。
「危っ――」
咄嗟に横に飛び、相手の攻撃から逃れる。
《黒き獅子》の爪は、大木だけにとどまらず、数本の木ぎを切り裂いてしまった。
何、その攻撃範囲?
《黒き獅子》の爪は、20メートルほど離れた大木さえも切り倒している。
振った爪から、何か見えない斬撃でも放たれているのだろうか?
いや、そんなことより、なんで俺の位置が分かるんだよ?
俺は【心術】で落ち着きを取り戻しながら、【潜伏】を発動する。
効果が切れていたのだろうか……
しかし、どうやらそうではなかったようだ。
《黒き獅子》は【潜伏】を発動したにも関わらず、歩く俺を視界に納めている。
《黒き獅子》は弾丸のような迅さで俺に飛び掛かって来た。
「ちょ……迅いな!」
俺は奴の突進を上空に飛び上がり寸前のところで回避する。
少し触れてしまったのかズボンが破れ、右ひざから下が露わになり、俺は肝を冷やす。
《黒き獅子》はそのままの勢いで木々を何本もなぎ倒してしまう。
トッと硬い地面に着地し、森の香りと共に死の予感を肺に吸い込む。
え? これどうしよう……どうやって逃げよう。
正面からぶつかって勝てるのかどうかも分からないし、とにかく撤退したい。
もっと強くなってから再戦すればいいじゃないか。
だから……
「ここは見逃してくれませんかね!?」
もちろん、《黒き獅子》は許してくれるわけがない。
己の縄張りに入った愚者を抹殺するため、暴力の限りを尽くす。
俺はその餌食になろうとしているのだ。
《黒き獅子》は振り返り、俺の方へと爪を振るう。
俺は襲い来るであろう攻撃に備えて、左側に飛ぶ。
案の定、背後にあった木がバタバタとなぎ倒されていく。
さらに連続で爪を振るう《黒き獅子》。
俺は何度も左に右に避けながら、一定の距離を保つ。
「くそっ……このままこいつがへばるまで避け続けるか」
《黒き獅子》は急に攻撃の手を止め、パカリと口を開く。
俺は何が来るのか身構え、その場に立ち止まってしまう。
「ガオオオオオオッ!!」
開かれた口から、数えきれないほどの黒い斬撃が生まれ出る。
何で作られたものかは分からないが、目でハッキリと認識できる、色濃い刃。
俺は防御の構えを取り、それに対処しようとした。
だが、それが悪かった。
判断をミスした。
黒い刃は防ぐことができず――俺の体を易々と切り刻んでいく。
腕が脚が、俺の体から切り離されていき、俺は呆然としたままその場に倒れ込んだ。
「【心頭滅却】」
心頭滅却すれば、火自ずから涼し。
【心術】のおかげで、痛みは感じずに済んでいる……
だけど、やってしまった……
何で避けなかったんだ。
何で防御なんてしてしまったんだ。
俺は自分への怒りに地面を叩きつけようとするが、叩きつける腕をすでに失っていた。
ゆっくりと俺に近づいてくる《黒き獅子》。
こんなところで終わりなのか?
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