リティ、天使降臨を目の当たりにする
「ア、アハハ……お前らだけで盛り上がってんじゃねえよ……」
リティとジェスターの決闘を放心状態で見ていたバドリックだが、ついに行動を起こした。
学園の歴史の中でも、彼以外に天使の召喚に成功した者はいない。ましてや天使と契約した者などいない。
天界に住む彼らは神の眷属とも言われており、ほとんどの者が高いプライドを持つ。
「バドリック……! 何をしてるんだ! 邪魔をする気か!」
「ジェスターよう……。お前、召喚術だけは頑なに使わなかったよな? やっぱりお父ちゃまが怖いからか?」
「父上は関係ない! リスクに対してリターンが少なすぎると判断したからだ!」
「そりゃお父ちゃまは召喚術なんて許さないよな……。国外の異形を呼び込むなんてなぁ」
輝く輪が、天へ光を届かせる。雲が割れて、青空が顔を覗かせた。やがて輪が回転するに伴って強風が吹く。
「クッ……! 天使を呼び出して何をする気だ!」
「証明するんだよ。オレこそが王位に相応しいってな。何せ、これから出てくる天使はオレをマスターに選んだんだ」
「君が初めて召喚した時に僕も立ち会っていたが、あんな契約を果たせると思ってるのか?!」
「天使は悪魔と違って何かを奪うような事はしない……。あの時からオレは成長した。果たせるさ」
「ジェスターさん! 天使は強いんですか?!」
ジェスターが見れば、リティも満身創痍だ。この場で天使に対抗できそうな人物を、ジェスターは頭の中でカウントする。
まずは自分の父親レドナーが最有力候補だ。次点で第一王子のオリヴァンに第二皇子のヘンデルだが、彼らには国王を守る役目がある。
最悪、逃げる立場にあるので期待は出来なかった。
「この場にいる全員で挑んだとしても、何人か死ぬ。全滅さえある」
「だったら戦えない人達を逃がしましょう!」
「自分の心配をしろ! 逃げるなら君もだ!」
「ジェスターさんだって!」
「天使ねぇー。アタシでどうにかなるかなー?」
レドナー以上の対抗馬として、ジェスターはアーキュラを加えた。怒れる水神の恐ろしさは伝承で知っている。
もし史実だとすれば彼女が唯一、天使に対抗できる戦力だろうとジェスターは踏んだ。
「オタオタしたってもう遅いぞ……。オヤジもお前も、目にモノを見せてやる! 出てこい! 雷天使ザイエルッ!」
目もくらむ光が模擬戦場を照らす。天を貫かんばかりの雷が、地から放たれる。
つんざく轟音の後、くらんだ目を開けられるようになった者がそれを目撃した。
左右に3枚ずつ、合計6枚の純白の翼が揺れている。金色の長髪をなびかせながら、天使もまた目をゆっくりと開けた。
「……我と契約せし者よ。望みは何か」
高いとも低いともつかない声色。その中性的な顔立ちも相まって、どちらとも取れる性別だ。
初めて見る天使をリティは棒立ちで眺めている。強い、弱いの判断すら出来ていない。
生物としての規格が違いすぎるという事実を、リティは言語化できずにいた。
今、この場にいるすべての人間の生殺与奪の権利が握られている。そんな途方もない存在に、リティは生まれて初めて出会ったのだ。
「オ、オレだ! 覚えてるか?」
「望みは何か」
「あそこの二人を倒せ! そうすれば、オレは認められる!」
「何故か?」
「あの二人を倒したお前を使役するマスターという箔がつくんだよぉ! じれったいな!」
「倒すとは、どの程度か?」
「痛めつけろ! 殺さない程度なら出来るだろ!」
ザイエルの淡々とした口調に、バドリックは苛立ちを露わにしている。
指示通りに動かないザイエルを見て、リティは本能で危険を感じ取った。しかし体中の痛みが消えず、この状態で動いても好転しないと考えている。
そこへ、こそこそと少女が近寄ってこようとした。
「人間の子どもを倒すことによって汝の価値が上がるのか?」
「だからぁ! お前はオレと契約」
模擬戦場内に数本の雷が落ちる。これを皮切りに、観客達が一斉に出口へと走り出した。
押して押されて、怪我人が出てもおかしくないほどの勢いだ。
「どけぇ!」
「このままじゃ殺される!」
「バドリック様はあいつと契約したんじゃないのか?!」
その雷は少女の数歩先にも落ちていた。尻餅をつき、粗相をしてしまうほど怯えている。
クーファがアーキュラの力で、彼女を水で包む。それを視界の端で捉えたのか、ザイエルがアーキュラに気づく。
「精霊か。汝らは案外、人間に付き従うものだな」
「そだねー」
この異常性を真っ先に感じ取ったのがクーファだ。あのアーキュラが軽口で返さなかった。それだけで、ザイエルの実力がアーキュラを上回っている可能性があると判断した。
彼女の水は不純物がなく、雷を通さない。理屈だけならば対抗できる余地があるが、それとこれとは別だ。
事を構えて勝てる自信も保証も、クーファとアーキュラにはなかった。
「さて、契約者よ。汝はあの人間の子どもを圧倒して功名を目論んだ。それは正しい行いであるか?」
「た、正しくないのか?」
「汝、判断できぬか?」
「いや、た、正しい!」
「そうか。ならば、過ちを正そう」
守られながらも逃げる国王の頭上に雷が落ちようとした。寸前、一人の男が飛び出す。武器を振り回して雷を打ち消し、重量感ある着地を見せた。
巨大薙刀のような得物を軽々と扱うのはレドナー大公だ。両方の柄に大袈裟な刃が光る。
雷を消されたザイエルは、レドナーにゆっくりと視線を移した。
「クソ天使。何故、王を狙った」
「まさか人間に我が雷を相殺されるとは……」
「答えろ」
「知れた事だ。我が召喚主バドリックは過ちを犯した。そのような人間を産み落とし、育て間違った親の責任でもある」
「それが契約違反か?」
「否……」
このような事態だというのに、まさかの対戦カードにリティは興奮した。
この場をどうにか出来るとしたら彼だという期待もある。少なくとも、雷をかき消すなどという芸当は今のリティには不可能だ。
「貴様は我が国の王の命を狙った! 即ち外敵だ! その翼をもぎ散らかして、二度と天へといけぬようにしてくれるわッ!」
レドナーの咆哮にリティは圧倒された。レストランで自分に一撃を入れた時は、まったく本気を出していなかったと再認識したのだ。
巨大薙刀を回転させてザイエルに特攻する。空をも切り裂く刃捌き、爆破が起こったと錯覚するほどの体動。所作のすべてがリティを刺激した。
が、ザイエルはすでにそこにいない。
「愚劣、劣等。それは正しくない行いだ」
背後を取られたレドナーが振り向く前に、雷が直撃した。レドナーが静止して、ぐらりと倒れかける。
体表が焦げて、鎧は破砕。造作もないと言わんばかりにザイエルはレドナーから興味を失くす。
「ふうぅぅんッ!」
レドナーは息を吹き返して、片足で踏ん張った。半裸となりながらも、何故か巨大薙刀は無事だ。
ぐるりとザイエルのほうへと向き、再戦を挑む。
「我が名はザイエル。正しきを知り、裁きを下す者だ」
天使ザイエル。人の里に落ちる雷の多くは、この天使の仕業とされている。一部地域では厄神と恐れられており、機嫌を鎮める為に祈りを捧げる人々もいるという。
そんな情報と違わぬ天使に、レドナーは大きく笑った。再び雷を受けようとも、だ。
「神気取りが、神にでもなったつもりか!」
「何だ、この人間……」
ザイエルにとって人間など吹けば飛ぶ存在だった。雷一つで絶命する。
そんな取るに足らないはずの人間が、ものともせずに向かってくるのだ。
こうなると、かすかに畏怖の感情を抱くのはザイエルのほうだった。
「神槌」
ザイエルの周囲に発生した雷が、幾重にも束ねられる。それらが一点集中して、巨大円柱として放たれた。
ジェスターの光属性高位魔法すら、比較すれば児戯となる。
「かぁぁッ!」
回転させた薙刀に巨大雷円柱が衝突して、レドナーを吹っ飛ばす。観客席に激突したレドナーだが、すぐに立ち上がった。
押し負けたレドナーがまたも笑い、押し勝ったはずのザイエルが驚愕する。
「人間ではないのか?」
「人間にぃ! 決まっておるだろうがぁ! 我が国の大地が育むのはいつだって人間なのだからな!」
「人間が神槌を凌げるはずがない」
「無知蒙昧極まりないクソ天使に教えてやろう! 人は国を守ってこそ強いのだ! さぁて! 体が温まってきたなぁ!」
ザイエルが追撃の構えを見せない。レドナーは薙刀の回転を止めずに、増した速度で挑む。
ザイエルが片手を出すと、レドナーの薙刀が火花を散らして弾かれた。レドナーが驚く様子はなく、更に速度を上げる。
「どうしたぁ! モタモタしていると天ごと地に落とすぞぉ! クソ天使がぁ!」
「汝、召喚主も守るか」
「当然だ! ただし惨事のツケは支払ってもらうがな!」
レドナーの一撃が空振りした後、ザイエルはバドリックの前にいた。瞬間移動とも思えるが、雷を司るならば速度も比例して当然とレドナーは見破る。
ジェスターのような断続的なものとは違い、瞬く間もなく決着される可能性すらあった。
どうするか、と興奮しながらもレドナーが舌なめずりをした時だ。
「汝のような矮小な召喚主でも、あの人間は守ると発言した。我は汝にそれほどの価値を見出せぬ」
「あ、ひっ……!」
「汝、契約内容を復唱せよ」
「た、正しい人間に、なる事……!」
「汝は果たせなかった。しかしあの人間に免じて、契約違反のみを課す」
ザイエルがバドリックの頭上に手をかざす。バドリックの頭の周囲に、輪となった雷が囲む。それは空中に静かに制止して、どこか威圧的な存在感を放っていた。
「な、なんだこれ?!」
「これから汝は正しい行いのみをしなければいけない。正しくなければ、その裁きの輪が汝を襲う」
「なんだよ、それぇ! ふざけん……」
輪が強く発光して、バドリックの頭を締めつける。電撃がバドリックの全身を駆け巡り、壊れた人形のようなポーズとなった。
着飾っていた王族服は見事に焼け焦げて、全裸に近い形で仰向けに倒れる。
「あ、あ……ぁ……」
「まずは口調を改めよ。そして正しき言葉を聞け。己を律せよ。その裁きの輪の解除を試みようとした途端に、苦痛を味わう事になる」
「助け、助けて……嫌だ、こんなの、嫌だぁ……」
「泣き言程度は問題ない」
レドナーも誰もが、この状況に手を打てない。何かすれば今度こそ、ザイエルが再熱すると誰もがわかっていたからだ。
人質に近い形でなければ再戦を挑んだレドナーだが、思いとどまる理性はあった。
何よりすべてはバドリックが撒いた種である。分不相応な契約を見届けた学園にも非があり、そうなると誰も天使ザイエルを責められない。
ザイエルは召喚されて、バドリックと合意の上で契約をしただけなのだ。
更には相手は神の眷属とも呼ばれている存在とあっては、人間側が無知と無謀を恥じるのが筋である。
「良い退屈凌ぎであった」
ザイエルが翼を羽ばたかせて天へと昇り、消える。残されたのは途方もない存在への畏怖と、破壊の爪痕だ。
リティの頬に涙が流れたが、満面の笑みだった。レドナーと天使の戦いに対して、天上の楽園でも目の当たりにしたかのように感動している。
「すごい……! すごいですよ、ロマさん! クーファさん! あんな風に戦えたら、冒険も楽しくなります! すごいすごい!」
リティの語彙から出たシンプルな感想だった。あんなものを見てもこの子ははしゃぐのかと、ロマは改めてリティという少女の底の深さを知る。冒険は娯楽じゃないと言いかけたが、無粋もいいところだと言葉を引っ込めた。




