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リティ、公開訓練を糧にする

 バドリックはここにきて、ようやく焦った。リユトーとヒスリーテが立て続けに醜態を見せれば、観客の反応もわかる。

 何より一番見せたくない相手がいるのだ。第一王子のオリヴァン、彼こそがバドリックの怨敵でもある。

 父親である国王だけでなく、国内で彼を褒め称えない者などいない。幼少の頃からすべてにおいて大人を唸らせ、剣術でも圧倒した。

 アルディスほどではないにしろ、少年時代にはすでに剣の師匠すら手も足も出なくなる。そんな彼と比較されては教育係から小言を言われたのではたまらない。


「王位継承権もないのに……やってられるわけないだろ」

「バドリック様? どうされますかぁ? なかなかまずい状況ですよぉ」


 ユグドラシアのアルディスとて同じだ。平民の生まれながら、王家顔負けの才覚を見せつけられた。

 オリヴァン様は素晴らしかった。それにあのアルディスと比べてもバドリック様は、などと嫌でも彼の耳に届く。

 バドリックは観客席にいるオリヴァンを睨みつけた。


「高みから見下しやがって……。どいつもこいつもアルディスか? フン、奴が英雄なら、オレは英雄王だろ」


 国王の隣に堂々と居座るところからも、彼がより王位に近いと連想させる。他の兄達の中には、にやけながら本当にバドリックを見下す者もいた。

 学園で威張り散らしている彼も、王家の中ではこのような扱いなのだ。だからこそ、学園という箱庭で犠牲者が出るのだが。


「おい、オズワル。本当はお前もオレを見下してるんだろ?」

「は、はいぃ? そんなわけないじゃないですかぁ」

「お前の父親が経営する情報出版屋は城内のスキャンダルも度々暴いてきたんだよなぁ。さぞかし気持ちいいだろうな」

「そんなこと」


 オズワルの返答を許さず、バドリックの拳が入る。歯と血と飛ばして倒れ伏すオズワルが丸メガネを探すが、その手を踏まれた。


「二人であのガキどもを殺るぞ」

「は、はいぃ……」

「お前のオリジナルの魔術式とかいうの……確かなんだろうな」

「確かですぅ……」


 鼻血を垂らしながら、オズワルがバドリックに胸倉を掴まれながらも起こされる。

 その横暴な振る舞いですでに観客席は冷えてるのだが、バドリックにはもはやどうでもよかった。

 何故、こうなったか。リティ達にすべて転嫁する事によって、その他の問題を有耶無耶にしているのだ。


「そっちは誰がご指導して下さるんだ?」

「それよりバドリックさん。なんでオズワルさんを殴ったんですか」

「うるせぇ」


 リティの言葉を無視して、バドリックは試合場に上がる。鼻を押さえながらもオズワルが続き、リティが二人を訝しんだ。

 こんな状況で訓練など出来るのかという疑問を持ったのは、リティだけではない。ロマもすでに続ける意味はないと考えていた。


「センセ、指導してくれよ。まさかあーだこーだ言い訳して逃げるのか?」

「わかりました。私がいきます」

「リティ、一人で行くの?」

「はい。少し言いたいことがあるので」


 軽快な動きで試合場に飛び乗ったリティ。バドリックが目でオズワルに促した途端、詠唱を開始した。

 面食らったリティはオズワルの詠唱を許してしまう。


炎中位魔法(ブレイズショット)!」


 観客への被害を考慮して、リティはそれを盾で凌ぐ。足腰を踏ん張っても、その威力はリティの足を後方に滑らせる。

 決して低くないオズワルの魔力を熱として感じたリティは、盾の構えを解かない。

 暴発してかき消えた炎中位魔法(ブレイズショット)を確認した後、リティは後ろを心配した。


「オズワルさん。観客の方々もいます」

「そうでしょうねぇ。でも、先生ならどうにでも出来るんじゃないですかぁ? 先生ならぁ……ヒヒヒヒッ!」

「オズワル、容赦するな」

「もちろんですよぉ」


「リティさん! 後ろは気にしないで下さい!」


 クーファが水の防壁でカバーしていた。ロマも迎撃態勢をとっており、その瞳には怒りが込められている。

 リティでなければ犠牲者が出たかもしれない。誰が彼らをあのように教育したのか。誰も正しい事を教えなかったのか。

 その答えはエーレーンを思い浮かべる事で解決した。彼女らのような大人が持て囃し、増長させたのだ。

 教育者が生徒の顔色を伺い、身分や実績ですべてが決まる。誰もが学園の体面しか考えていない。

 リユトーの母親を見る限り、肉親も似たようなものだろうとロマは思った。

 その結果、この依頼への答えは出たようなものだ。しかし今はそれを口にしない。


「リティ。任せたわ」

「はい」


 ロマは言葉にしなかった。リティがやると言っている以上、尊重したのだ。

 リティの背中からも感じられる怒気は、ロマも気圧されそうになる。

 いつも冒険の事しか考えていないリティが何に憤っているか。考えるまでもなかった。


「バドリックさん、オズワルさん。冒険者をステータスにするだけなのはもったいないです」

「死ぬかもしれない場所にいってこいってか?」

「そんな死ぬかもしれない場所でしか得られないものもあります」

「へぇ、それを今から教えてくれるってのか?」

「そうです。そしてそれは今も変わりません」


 リティの言葉の意味など、バドリック達に理解できるはずもない。リティと共にいて理解しようとしたロマだからこそわかる。

 リティへ憧れて、理解を深めようとしているクーファだからこそ薄々気づく。


「それで先生、何を教えてくれるんですかぁ?」

「それは私も同じです」

「はぁ?」

「私は人に教えられるほど一人前ではありません」


 リティは盾の構えを維持したまま、二人の前に立ったままだ。そして俊敏に左右へ動いた後、また元の位置に戻る。


「お二人は私に攻撃を当てて下さい。私は全力で防いだり、逃げます。これなら互いの訓練にもなるはずです」

「つまりお前からは手出しをしないってのか」

「そうです」

「舐めていると?」

「そうではありません」


 どよめく観客もリティの言動を理解できていない。バドリックがその言葉を鵜呑みにするはずもなく、みるみると顔が紅潮していく。

 興奮が最高潮に達したところで、片手に魔力を込めて雷を纏わせた。


「当たって死んでもいいって事だなッ! 雷属性中位魔法(サンダーソード)ッ!」


 バドリックの片手から雷が伸びて、リティを狙う。それは形を保ったまま、剣のように真っすぐと伸びたままだ。

 右手には本物の剣を持ち、躊躇なくリティへ襲いかかる。


「バカにしやがってぇ! オズワル! 殺せ!」


 バドリックの猛追を凌いでいるリティの真横の床から、地柱が突き出た。かわした先で斜め後方から炎の球と、的確に狙いをつけてくる。

 何もないところから魔法が、とリティが訝しむがオズワルの表情を見て理解した。


解析(アナライズ)終了……。あなたの行動パターンは大体ですが把握しましたぁ! もう逃げても無駄ですよ! ヒヒヒ!」

「クククッ! オズワルは王都でも一、二を争う情報出版屋の息子さ!」

「僕のオリジナルの魔術式は敵の情報を収集して行動を解析し……自動で敵を追跡するのですぅ!」


 バドリックに加えてオズワルのオート魔法に、さすがのリティも逃げの一手がやや苦しくなる。と、観客はおろかロマ達ですら思った。

 事実、リティの逃げ場が確実に封じられている。危うくかする場面も少なくない。


「戦いに必要なのは情報なんですよぉ! 情報さえあれば魔物も人間も殺せる……これが最適な戦法でしょお? ヒヒヒヒヒッ!」

「すごい魔法です! 感動しました!」

「そうでしょう、そうでしょうよぉ!」

「私も勉強します!」


 強がりを、とオズワルが口角を吊り上げるのもこれが最後だった。あと一息で当たるはずだった魔法が、また当たらなくなっている。

 それに加えてオズワルも気づかなかったが、恐るべきはやはりリティの身体能力だ。

 二人がかりな上にとっておきのオリジナル魔術式ですら捉えられない。空中で身を反転させて、ありえない体幹を見せつけてからの着地。

 瞬発力は目で追えず、気がつけばバドリックは何度も後ろを取られている。


「あぁ! チクショウ! そこかぁ?!」


 こうなるとバドリックも、闇雲に剣を振るしかない。片手で魔法を放ちつつ、剣術を駆使するのが彼の戦闘スタイルだ。

 学園内でもジェスターを除けば彼に勝てる者はいない。高い魔力から繰り出される魔法をまき散らしながら、敵を追い詰めて仕留める。

 これまで何度も模擬戦を制してきたというのに、リティは思うようにさせてくれない。


「オズワルゥ!」

「ちゃ、ちゃんと解析してますよぉ!」


「私の動きって無駄が多かったですね」


 その一言が二人の背筋に冷たいものを走らせた。何故か理解できてしまったのだ。

 リティの動きを実際に見せつけられて実感したからこそ、わかってしまった。


「こ、こいつ……オズワルの魔術式さえもクリアして、成長……」

「相手の弱点がわかるなんてすごいです! 私も頑張って成長しないと!」


 無邪気にはしゃぐリティだが、二人には恐怖の対象でしかない。繰り出されるオート魔法も、もはや何の意味も成していなかった。

 アスレチックで遊ぶ子どものように、リティにとってそれは児戯でしかない。


「でも、ちょっと単調かもですね。もう少しパターンを増やしたほうがいいかもしれません」

「そんな、わ、ワタシが、4年もかけて、生み出したオリジナル、魔術式が……」

「まだ頑張れますよ! ファイトです!」

「ひっ! も、もう嫌だぁ! 戦いたくないぃ!」


 オズワルがオート魔法をやめて、試合場から逃げていく。取り残されたバドリックが叫ぶも、覇気はなかった。

 彼自身も諦めていたからだ。二人がかりなら、まだ勝てると思っていた。その目算すらも甘かった。


「ダメですよ! まだ訓練は終わってません!」

「ひいぃぃ! もういい、もういいですぅ! ワタシが悪かったぁ!」


 リティは固まるバドリックを飛び越えて、逃げるオズワルの前に出た。一瞬で追いつかれた事実すらもどうでもよく、彼はひたすら半泣きになりながら懇願する。

 困り果てたリティが試合場を見ると、バドリックが剣を落として降りてきた。


「……チクショウ」

「バドリックさん?」

「クソォ! どいつもこいつもよぉ!」


 リティ達を叩き潰して株を上げるつもりだった彼だが、もはや何の願望もなかった。

 反省して再出発、となればよいが彼は違う。お前さえ来なければとリティを睨むのが関の山だ。


「お前さえ」


「いなければ、かい?」


 現れたジェスターが、バドリックに追い打ちをかける。今更、出てきた彼にバドリックはまたも沸騰する。

 殴りかかるもかわされて、拳を受け止められた。


「ジェスタァ!」

「第6王子だから、兄のほうが才能があるから。王位継承権が自分にはないから。僕からすれば羨ましい環境だよ」

「何だと!」

「王子で教育すらも何一つ不自由なく受けられる環境に身を置いておきながら、何を悔やむんだい。挙句の果てに、そこのリティに嫉妬か……」

「前から思ってたが、口の利き方がなってないよなぁ!」

「そうですね。あなたは陛下の息子で、僕は大公の子どもなのですから」


「えぇ?!」


 リティが声を上げるほど驚き、続いて観客席にいるレドナーを見た。

 レドナーはさも当然のように、見下ろしている。再びジェスターに視線を戻すと、かすかに笑った。


「リティ、君とは確かに会ってるよ。学園にいない時、僕はずっとあの人につきっきりなんだ」

「護衛ですよね?」

「社会勉強も兼ねてるかな。おかげでなかなか自由がなくてね。おっと……」


 ジェスターがわざとらしく父親であるレドナーに目を向ける。そしてまた自嘲気味に笑うと、剣を抜いた。


「公開訓練なんて茶番はもう終わりだ。リティ、僕と勝負をしろ」

「私と……? どうしてですか?」

「君が気になる」

「そうなんですか」


 一応の納得はしたが、リティとしては彼と戦う理由がない。夜襲してきたニルスや奇襲してきたジョズーとは違う。

 純粋な真剣勝負というものに、リティは慣れていなかった。


「これも冒険、だろう?」

「うーん……。そうかもしれませんけど……」


「面白い! やってみろ! さぁ皆さん! 我が自慢の息子が、現役の冒険者と剣を交えます! 見てみたいでしょう!」


 唐突にレドナーが立ち上がり、観客を煽った。

 その行動の意味を理解できず、リティはレドナーの悪意として受け取った。

 これを機会に息子を通じて自分を潰そうとしてるとさえ感じたのだ。あのレストランでの一件を思い出したリティは思い直す。


「わかりました。ジェスターさん、勝負しましょう」

「感謝するよ。本気でやらせてもらう」


 両者の勝負が成立すると、観客達が歓声を巻き起こした。


「レドナー大公のご子息か! これは見物だ!」

「どちらが勝つと思いますかな?」

「ジェスター様でしょう」

「私はあちらのリティという少女も見所があると思いますな」


「リティ……!」


 決闘ムードへと移行する中、ロマはある意味で心配していた。勝負の行く末もだが、ジェスターが言った言葉が気になっている。


「君が気になるって……どういう事よ」

「ロマさん、どうしたんですか? リティさんが心配なんですか?」

「えぇ……!」


 ロマの真意がわからず、クーファは言葉通りに受け取って身を引き締めた。

 戦いの中でそういうものが芽生えたとしたら、などとロマにとっては気が気ではない状況だ。

 改めてジェスターを見ると、やはり容姿端麗であり魅力的に見える。ロマはあくまで客観的に観察していた。


「まだあなたには早いのよ、リティ……」


 妹を心配するような心地で、ロマは試合場で向かい合う二人を見る。もはやリティの勝利よりも、だいぶ何かへと傾いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] やれやれやっと茶番劇が終わったのか?賭けにもならんつまらん勝負で欠伸が出るものだった(#゜Д゜)y-~~ しかしロマよそこまで心配せんでも問題無いだろあのリティだぞ色恋の才能は皆無だろ( …
[一言] ロマが心配していることはないと思うよ❗…多分…?
[気になる点] 遂に来ましたねぇ。 怪物少女対学園の主席、しかも因縁の相手の子。 更に相手は自分の手の内を見せてない。 クライマックスですねぇ。 [一言] 先が楽しみ過ぎます。
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