リティ、ロマを止める
「学園の優秀な生徒というから期待していたんだが……」
「彼は騎士ではないのか?」
期待していた重鎮の反応に、トップの3人は各々の感情を抱えていた。
王族であり、彼らを見返す事しか考えていないバドリックはまだいい。生意気な態度をとったリユトーへの報復を考える程度だ。彼と同じく、冒険者としてのステータスが欲しいオズワルも同様だった。
問題はそこ以外に拘りを見せる侯爵令嬢ヒスリーテである。
「あの豚……! よくもわたくしの晴れ舞台を汚したわね……」
「あーあ……。ヒスリーテ様がお怒りですねぇ」
オズワルが肩を竦める。お嬢様を気取ってはいるが、その気性は並み大抵ではない。
バドリックにも劣らないプライドを併せ持つ彼女が荒れ狂えば、どれほど面倒な事になるか。
口を滑らした生徒がどのような仕打ちを受けたか。それを知っているからこそ、オズワルもヒスリーテには程々の態度で接している。
「ざっけんじゃねぇわよッ! あの豚! 今すぐにでも連れてきなさい! マルコラスッ!」
「は、はいッ! ただいま!」
「訓練中よ。後にして」
ロマの発言にオズワルだけでなく、バドリックも固まる。ヒスリーテの面倒な性格は、バドリックでさえも辟易とさせるのだ。
仮にも侯爵令嬢とあっては王族とて、下手に扱えない。それだけにロマの自由な発言に舌打ちさえした。確実に飛び火があるとわかっているからだ。
「バドリック様! ここはわたくしに任せてくださらないかしら?!」
「あぁ、好きにしろ」
「ワタシ達の出番は……」
マシな飛び火でよかったと胸をなでおろすバドリック。彼から許可をもらったヒスリーテはロマを睨むと、片手をかざす。
冷えた風が流れて、ロマは二の腕をさすった。突然の場の変化をもらたらしたのがヒスリーテだとわかると、すかさず距離を取る。
「あなたも魔術師ね。それなら私じゃ専門外だから、クーファちゃん辺りかな……?」
「あら? あなた、魔法も使えないわけ?」
「えぇ、残念ながらそっちには恵まれなかったようね」
「ホッ! ホホホホ! それは惨めですこと! まぁ平民が冒険者をやるなら、せいぜい泥臭い剣士がお似合いね!」
「……なんですって?」
ヒスリーテが甲高い声でロマを嘲笑する。
ロマはかつて同じ女性としてユグドラシアのバンデラに憧れて、その道を目指した。しかし魔力の総量が低く、ジョブギルドから事実上の追放を言い渡される。
地道に鍛え上げて完成させる前衛職とは違い、魔法職はシビアだ。魔力という生まながらに持つ者とそうでない者。こればかりは努力でも壁は破れない。
派手な活躍に憧れる者は多いが魔力を与えられる者は少なく、ロマもその一人だった。
「魔力に恵まれる人間は決まってるの。当然よね……魔法の威力一つで戦局が左右されるんだもの。つまりわたくしのような高貴な人間はね……生まれながらにして勝ってるわけ」
「お言葉だけどヒスリーテさん。魔法一つでどうにかなるほど、冒険者は甘くないわ」
「あら? そうかしら? 現にあのユグドラシアのバンデラは指先一つで魔物の群れを壊滅できるというわ」
「あの人は特別よ。それにそんなにすごい人でもパーティを組まないと戦えない……。それほど厳しい世界よ」
「あなたが弱いからそう思うのではなくて?」
度重なるヒスリーテの挑発に、ロマは我慢の限界を迎えていた。女性に対する偏見に嫌気が差して冒険者を志した彼女だ。
リティのおかげで軟化したとはいえ、やはり心の奥底には負けじとする気持ちがある。
自分が弱い。それを事実だと認めていても、魔力に恵まれているであろうヒスリーテに何も感じないわけではなかった。
「まぁあなたみたいなブスは剣でも振ってるのがお似合いよ。どんな殿方も、汗臭い女には見向きもしないわ」
「そんなに男に抱かれたいなら、お好きにどうぞ。生涯、男にお酒でも注いで機嫌を取ってればいいわ。お似合いよ」
「あんた、このあたくしを馬鹿にしたわけ? 平民風情のブスがぁッ!」
ロマに平手打ちをくらわしたヒスリーテだが、その手が止まる。ロマの頬に当たったまま動かない。エーレーンのそれとは比べようもないほど、お粗末なものだった。
「……やっぱり魔術師ね。こっちは鍛えてないから軟弱よ」
「だったら、わたくしの魔法でぶっ殺してやるわよッ!」
「かかってきなさい」
「ロマさん」
リティが二人の間に入る。彼女に触れられた途端、ロマは熱が急速に落ちる感覚を覚えた。
指導という立場を忘れて、ヒスリーテと同じところに落ちた事を認識したのだ。
「リティ……」
「ロマさん。ヒスリーテさんが魔法職なら、クーファさんに譲りましょう」
「そ、そうだけど。クーファちゃん、できるの?」
「できまぁす!」
その声が裏返っていて、ロマが苦笑した。今、自分はこの子達とパーティを組んでいると思い出したのだ。
一人ならこうはいかなかった。怒りに囚われて、ヒスリーテと戦っていただろう。
対してリティはどうかとロマは考える。挑発に乗らずに冷静な対処していただろうかと、リティを見ながら無言で問いかけた。
おとなしく試合場を降りて、クーファにバトンを渡す。
「ありがと」
「私もこうしてロマさんに助けてもらいました」
「え? えぇ、そうだったわね……」
いつかのネームド戦で、リティが結果を焦った時だ。今、こうしてロマがリティに感謝しているのと同じだった。リティもまたロマに感謝している。
「ロマさんの助けになれてよかったです」
「お互い頑張りましょ……」
「あんたがわたくしの指導ですって?!」
二人が見ると、ヒスリーテがクーファを罵倒していた。長身のヒスリーテに対してクーファは小さい。
同じ歳のロマどころか、下級生以下の少女が指導に立つというのだから激昂も収まらなかった。
「はい、どうかよろしく……」
「あんたみたいなブスガキが、わたくしに何を教えるというの?!」
「そ、それは魔法を見せてもらえれば」
「だったら見せてやるわよぉ! 氷属性高位魔法!」
ヒスリーテを中心に床に氷が張り巡らされて、一瞬でクーファが巻き込まれる。足、膝までが凍結して身動きを封じられた。
更に床の氷が氷柱となり、ボコボコと刺が生えてうねりを見せる。茨の鞭のようにしなり、先端から吹雪のごとく氷の粒が舞う。やがて咲いたそれは紛れもなく薔薇だった。
「おおおぉぉ! なんだあの魔法は!」
「氷のバラか! なんと美しい!」
咲き乱れる氷の薔薇に観客が見とれている。ヒスリーテがその一つに腰をかけて、前髪をかきあげた。
氷の薔薇が頭を上げるように上昇して、ガーデンの一部となりつつあるクーファを見下ろしている。
「どう? これがわたくしのオリジナルの魔術式よ。あなたの魔術式は及第点ね。大切なものが欠けている」
「大切なもの……」
「美しさよ。戦いを彩るのは勝利だけじゃない。戦場にいるものすべてを魅了してこそ、本物の強さと美が描かれるの」
クーファの上半身まで凍結が浸食していた。それを楽しむかのように、ヒスリーテはケラケラと笑う。
「戦いを彩るのは美しさよ。勝つので精一杯なあなただから、あんな魔術式が限界なの。いや……そこらの凡人にも言えることだけど」
「なるほど……」
クーファは大小が咲き乱れる氷の薔薇に見とれていた。ヒスリーテの言葉を否定せずに教えるどころか学んでいる。
それはリティの姿勢に通ずるところがあり、己の未熟さを自覚しているが故の思考だった。
アーキュラに相応しいマスターになる。漠然としすぎていて未だに彼女もどうすればいいのかわかっていない。
だからこそ、吸収できるものはすると決めていたのだ。
「あんたみたいなチビブスはねぇ! 水遊びでもやってるのがお似合いなのよ! 水の上位精霊だか知らないけど、そんな様じゃ恰好もつかないわ!」
「わたしは……教えなきゃいけないので。攻撃しません……」
「はぁ!? 状況見て言ってんのかってのよぉ! あんたは庶民のブス! 片やわたくしは将来が約束された人間だっつうのよッ! このクソブス!」
「美しさ……」
「ねー、考えるのもいいけどさー。ひとまずどうにかしない?」
アーキュラがしびれを切らして、クーファに提案した。間延びしたアーキュラの喋る方が癪に障り、ヒスリーテは攻撃に移る。
氷の薔薇達が一斉にクーファに襲いかかった。
「水属性なんて凍らせればいいのよ! それがわからないからあんたはブ……」
氷の薔薇がクーファに届く事はなかった。クーファを覆った水が瞬く間に氷へと変化したからだ。
氷の薔薇が衝突して砕け散り、その強度が証明される。散った氷の欠片が舞うと、それが陽光に反射して煌びやかに光った。
「こ、氷って?!」
「ヒスリーテさんのおかげです……。水の形も一つじゃないんですよね」
「この段階で? はぁ?!」
「それと……一ついいですか」
「何よ!」
クーファがまとっている氷が溶けだして、今度は湯気を立てた。みるみるうちに周囲の氷が溶け出す。
ヒスリーテが作り上げた氷の庭園は、薔薇が溶け始めた事により一気に不気味な様相となった。
溶けた事により、ヒスリーテは氷の薔薇から転落する。そんな彼女を水が包み込み、優しく地上へと降ろした。
「ぶ、不気味だな……」
「氷の彫刻は美しいが、こうなってしまうのがな」
観客が氷の庭園への評価を覆し始めた。ヒスリーテの沸点が高まっているのも知らずに、クーファは更にたたみかける。
「それと、氷の薔薇も元々は水なら……」
「あ、あぁぁぁ!?」
氷の薔薇に亀裂が入り、そこから熱湯が噴き出す。噴水のように飛沫を上げて、それが箇所を増やした。
複数からの飛沫は天に向かい、それが作り出したのは虹だ。七色に輝く虹は試合場の上にかかり、観客席が絶好の鑑賞場所となる。
溶けたいびつな庭園にとって代わるように、虹が観客を魅了した。
「美しい!」
「虹など、久しく見ていなかったな!」
「忙しい日常に没頭するあまり忘れていたよ!」
「あ、あ、あっ、あああ……」
こうなればヒスリーテの自我は崩壊する。これまで強い者を見ては醜いと貶める事によって、自我を保ってきたのが彼女だ。
恵まれた容姿を持って美を磨き、武器としていた彼女にもはや誇るものなどない。
膨大な魔力を持ちながらも美に傾倒した魔術式だという現実を、年下のクーファに突きつけられてしまった。もちろんクーファにその意図はない。彼女の主張は別にあった。
「あの、薔薇だけじゃなくて色々なお花があるともっと綺麗に……あれ?」
「ああ、あ、あ、ああ、ホホホ……ホホホホホホ……!」
「どうしたんですか?!」
座り込んで呆けているヒスリーテの異常さにクーファがうろたえる。肩をゆするも、反応は変わらない。
すっかり水浸しとなった試合場は、ヒスリーテのプライドの残骸のようであった。
「皆さん! 様子がおかしいんです!」
「大変ですね! 早く運びましょう!」
「はい!」
「ヒスリーテ嬢ぉぉぉ!」
マルコラスが取り乱すが、リティが飛び出してヒスリーテを背負う。その一方で、責任を感じたクーファはひたすら反省した。
ヒスリーテに何も教える事が出来ずに後悔していたのだ。公開訓練という場で、ヒスリーテがおかしくなる。己に自責を問うも、やはり答えなど出なかった。
「わたしのせいですか。それとも何かの病気なんでしょうか……」
「傲慢病だねー」
アーキュラのいい加減な発言すらもクーファは鵜呑みにしてしまう。傲慢病、後で調べてみようと決心したのだった。




