リティ、公開訓練に挑む
「我らから、貴様らに依頼してやろう!」
学園祭の昼下がり、トップ5の取り巻きの一人がアリストピア支部にやってきた。
彼はヒスリーテの家に仕える従者の家系であり、学年6位の男子生徒マルコラスだ。
続く7位、8位の生徒も同伴して支部全体を威嚇するようにして立っている。
「しけた催し物だな」
「マルコラス、とっとと用事を済ませて戻ろう」
「そうだな。どうも貧乏臭くてたまらん」
誰もが歓迎してなかったが、依頼を持ってきたのなら無碍には扱えない。
ミーアが笑顔で応対したにも関わらず、彼はろくに金額も聞かずにカウンターにそれを叩きつけた。
「これだけあれば十分だろう? 用件を手短に言うぞ。ここに来ている3人の現役冒険者の女に訓練してもらいたい」
「リティさん達?」
「そうだ。今年から催し物の内容を変更してな。知ってるだろうが我々を見に来る国内の重鎮は多い。そんな中での公開訓練というわけだ」
「リティさん、どうですか?」
「いいですよ」
模擬ギルドの屋根から降りたリティが快諾する。ちょうど戻ってきたロマは返事を返せず、クーファも同様だった。
明らかに何か企んでいるとわかっているからだ。しかし、ここで断るという選択をすればどうなるか。
トップの4人に笑われるのは些細な事であり、本質は彼女達が受けている依頼の達成の有無だ。
学園長からの依頼を引き受けておきながら、自らの評判を落とすようでは話にならない。
たとえ罠だとわかっていても、それを受ける度量と実力が必要なのである。
「私もいいわよ。クーファちゃんは?」
「わたしは……」
傍らの少女の心配そうな眼差しがクーファに刺さる。安心させなければ意味がない。
笑顔で見送ってもらえるほどの実力が今のクーファにはないのだ。
「……ご主人様」
「やります」
「フン、だったら支度をしろ。時間は指定した通りだ」
横柄な態度を崩さず、3人は去っていく。その際に肩で笑っていたのをロマは見逃さなかった。
学園内のトップといえど、冒険者ですらない相手にわからせる必要があると使命感を滾らせている。
息を吐いて、ロマは太ったトップの一人を思い出す。
「ねぇ、このクラスの女の子達はリユトーに脅されてショートカットにしてるの?」
「そう……。入学時は私の髪も長かった」
「何も知らない下級生があいつとすれ違おうものなら、ひどかったわ」
「髪を引っ張って、その場で切るんだもんね……」
「子どもの頃、同年代の髪の長い子にこっぴどく振られたのが原因だって聞いたけど……」
女子たちの発言に対してそんな事で、と思わなくもないロマだがすぐに頭の片隅に追いやる。
その辺りの心的ダメージは個人によるもので、たとえリユトーであろうと馬鹿にはしない。その怒りが何故、髪に向かうのかは理解できなかったが。
かつての自分の悩みですら、聞く者次第では鼻で笑い飛ばしただろう。
「私達も3級。ギルドの教官としてデビューできる資格もあるわ。その気はないけど、ちょうどよかった」
ロマの薄ら笑いに、生徒達は寒気を覚えた。リティや水の上位精霊の契約者であるクーファの影に隠れがちだが、彼女も天才の一人だからだ。
パーティを組まなくとも、そのポテンシャルは冒険者として名を轟かせるに相応しい。
「さ、行きましょ」
颯爽と指定場所へ向かう彼女の後姿は生徒達にとって、現役を彷彿とさせる風格がある。
長身からのロングヘアーをなびかせて、ロマはやはり嬉々としていた。
* * *
アリストピア学園模擬戦用コロシアム。召喚師ギルドにあったものよりも規模は大きく、観客席はほぼ満員だった。
そのメンツたるや、貴族階級を初めとした重鎮揃いだ。果てには王族も顔を見せている。
息子であるバドリックの勇姿を見に来たかと、周囲の者達は口々に囁いた。
「第1王子のオリヴァン様に第2王子のヘンデル様もいらっしゃるぞ……。第3や第4も……」
「どちらもこの学園を首席で卒業されている。やはり弟であるバドリック様が目当てだろうな」
「第1王女のリオノーラ様だ! 相変わらずお美しい!」
「オレは第二王女のミュリシア様派だな!」
遠征中の第5王子を除いた王族達が、各々がリラックスする形で待ち望んでいる。彼らが注目するのはバドリックだが、ただ一人だけは違った。
「息子がいないようだが」
「そうだな。直に姿を現すだろう」
不満を隠さず、レドナーは専用の席で肘をついていた。
彼の視線の先には一人を除いたトップの4人がいる。値踏みするように見定めるレドナーだが、特別な感情はない。
彼が眠ってしまおうかと思った矢先、冒険者の少女達がコロシアムに入場してきた。
「来たぞ。あれが学園長推薦の冒険者……って、まだ子どもじゃないか」
「オイオイ、冗談きついぜ」
「今日は公開訓練と聞いたんだが、まさかあの子達が指導をするのか?」
「どっちが指導されるんだかなぁ」
不信と嘲笑が入り乱れるコロシアム内だが、リティは張り切って準備運動に勤しんでいる。
人に囲まれている状況とあって、少女はクーファからより離れない。
「ご、ご主人様……こわい……」
「わたしがいます」
「ハハハ、本当に来たよ」
バドリックがリティ達を挑発するように、にやつく。その際にちらりと王族を見る。
父親である国王は当然として、彼にとっては兄達も見返す対象だった。
ここで成功すれば、第1王子のオリヴァンから王位継承権を奪えると確信しているのだ。
当のオリヴァンは無骨な青年の表情を崩さず、会場全体を高い観客席から俯瞰していた。
「えー、皆様! 本日はお集りいただき誠にありがとうございますぅ! 今日は公開訓練とあって、皆様にぜひ見ていただきたいのですよぉ!」
「そこにいる子達は一人を除いて私達よりも年下……ですが、現役で活躍されている冒険者ですのよ。いわば先輩に当たる彼女達のご指導は、きっと後学の為になりますわ」
オズワルとヒスリーテがリティ達にダメ押しと言わんばかりのプレッシャーを与える。ここでロマは彼らの企みに気づいた。
「リティ、気をつけて。これが公開訓練というなら、単に圧勝してはいけないわ」
「そうですね。私も勉強になると思いますし、頑張ります」
「それはいいけど、思ったより厄介かもしれない。だって……」
「ぜひお手柔らかにお願いしますよ? センセ?」
ロマの発言に続けるかのように、バドリックは狙いを暴露した。王族も含む大勢の前で、リティ達は本気を出せない。
かといって、ただ勝てばいいというわけでもない。彼はそこに目をつけたのだ。
本気を出せない彼女達を完膚なきまでに叩き潰す。訓練という名目で彼女達が負ければ、まともに冒険者活動など出来るはずもない。
気に入らないリティを潰すと同時に、自らの株上げも怠らないのがバドリックだった。
「では改めて……。私はロマ、3級冒険者です。光栄にも、学園のトップの生徒達に訓練の依頼をいただきました。今回は少しでも彼らの力になれるよう全力を尽くします」
この場において、ロマ達が言い出さない事には何も始まらない。主導権はあくまで教官の役割を担っている彼女達にあるからだ。
ロマの皮肉を込めた言葉だが、半分は嘘ではない。剣を抜き、試合場へ上がると激しく素振りを行う。
「私は剣士だから、そちらのオズワル君は専門外ね。バドリック様とヒスリーテ様はどんな冒険者を目指しているの?」
「そうだなぁ。それは先生が判断して下さいよ」
「わからないから聞いてるのよ」
「現役なのに?」
バドリックは3人に恥をかかせる事しか考えていない。とにかくロマを揺さぶりたいのだ。しかし彼の意に反して、ロマは何も言い返さなかった。
強がりはしたものの、全員の実力が未知数だ。ロマは内心ではどうしたものかと悩むが、それをおくびにも出さない。
「ぼ、僕がやる!」
巨体が飛んで、試合場に着地する。やや揺れを感じるほどの重量に、ロマは深く息を吐いた。
腰の鞘から汚れや刃こぼれ一つない剣を抜いて、今にも襲いかからんばかりのリユトー。
「おいおい、リユトー。落ち着けって」
「うるさいッ!」
「……あ?」
国王達の手前、リユトーの暴言にバドリックは堪えた。ここで怒ってはすべてが水の泡だからだ。それだけに心の中で毒づく。
「ではリユトー君。さっそく……」
リユトーは躊躇しなかった。巨体が踊り、ロマに斬りかかる。
寸前のところで回避するも、その体幹は彼女の予想を超えていた。ぐるりと腰を捻り、追撃を放つ。
「ちょ! 待ち……」
「この! この髪女ァァァ!」
その体格からは予想もつかない剣技に、ロマは意表を突かれた。重量感をしっかりと活かしきり、地に足をつける。
それでいて重みに重点を置いた剣撃。彼が騎士の称号を持っているのも、はったりではないとこの場で証明していた。
「センセ! 早くご指導を!」
「そうよ!」
「まさかこのままやられちゃったりしませんよねぇ? ヒヒヒ!」
3人の野次が飛ぶが、ロマは冷静だった。まず彼女は己を恥じる。その見た目でリユトーを判断していた事。体格すらも武器にした独特な剣技に、ロマは感心すらした。
「なるほど……。指導は教えるだけじゃない、か」
「かぁぁぁみぃぃッ! ハァ……ハァッ……!」
リユトーの突きをかわしたロマが構え直す。彼の動きと様子を見て気づいた事があったからだ。
動きはいい。ロマを指導した教官達が見ても、称賛するだろう。しかしやはり弱点はあると、ロマは反撃に出た。
「うえぇ?!」
「打ち込み! 開始ッ!」
リユトーが間抜けな声を上げた時、ロマの剣が振り下ろされた。咄嗟に剣で防いだリユトーだが、まもなく受ける衝撃は予想していなかった。
その剣にロマの剣が叩き込まれる。手、手首、腕。リユトーの全身に衝撃が走り、足腰が揺らいだ。
「次ッ!」
「ひ、ひいぃぃ!」
再び振り下ろされた時にはリユトーが受け切れずに、尻餅をついてコロリと体を後ろへ転がす。
二撃目で少し力を入れたのはまずかったかと、ロマには多少の後悔があった。剣を手放して手首をさすりながら、リユトーは涙を流していたのだ。
「いだい! いだいよぉ! やだぁぁ!」
「動きはいいけど、打ち込みの訓練が足りないようね。言うなれば、技は磨かれているけど基礎が抜け落ちている。要するに技を支える体がないの。それにすぐに息が上がっていたのもダメね。その体じゃ動き続けるのもつらいでしょう」
「あぁぁ! やだぁぁ! ママァァ!」
「ママって……」
「まぁ! リユトー坊ちゃん!」
観客席から飛び出てきたのは、似たような体格の中年女性だった。
泣いて這いずり回るリユトーに抱きついた後、ロマをこれでもかと睨む。
「あなた! やりすぎではなくて?!」
「あなたは?」
「リユトー坊ちゃんの母親よ! よくもあんなに恐ろしい事を!」
「……過保護なのはいいですけど。周りも見たほうがいいですよ」
ロマに促されたリユトーの母親は周囲を見渡す。彼らがヒソヒソと何を囁いているか、聴こえなくてもわかったからだ。
この場において誰が恥ずべき存在か。それを理解した以上、リユトーを引きずって出て行くしかなかった。
「彼は騎士の称号を持っているのではないのか?」
「現役とはいえ何故、剣士に負ける……」
「あの歳で母親の肌が忘れられんとはなぁ」
呆れ、失望、嘲笑。それらを親子揃って受けてしまっては、もはや模擬戦場からも消えるしかない。
去り際、母親の長い髪が振り乱れる様を見たロマがぞくりとした。過保護に見えたが実は、などと邪推もする。
「……人間、自立がスタートラインね」
自分が家出した身の上である事をロマは再認識した。




