リティ、学園祭でときめく
「ジェスターが裏切っただと?!」
「申し訳ありません。バドリック様……」
学園内の模擬戦コロシアムにて、エーレーンが恐縮している。恐妻のごとく恐れられている彼女といえど、王族であるバドリックには頭が上がらない。
加えて学園の看板ともなるトップ層だ。何かあれば学園内にて、彼女の立場はなくなる。
「それで先生はおめおめ引き下がってきたのか」
「他の生徒達からの反発も強く……。それにあのリティ、何やら得体が知れません」
「チッ、使えねぇな」
悪態はついたものの、バドリックもリティを恐れて退散した身だ。それ以上はエーレーンを非難しなかった。
彼は焦っている。エリートクラスの催し物は学園祭のメインイベントだが、それだけに重圧もある。
失敗すればトップとしての威厳も地に落ちて、将来あるはずだった席もなくなる可能性があるからだ。
「バドリック様、このオズワルに考えがありますよぉ」
「聞かせろ」
「イベント内容を変更するんですよぉ。ただ我々の凄さを伝えるだけではない……特別な内容を思いつきましたのでねぇ」
「言ってみろ」
丸メガネをわざとらしく指で上げながら、オズワルは考案したイベント内容を語った。
その案を聞いたバドリックは次第に笑みを浮かべるようになる。
「なるほどな。確かにそれなら一石二鳥だ」
「わたくしも賛成ですわ。どうせなら派手なほうが、より美しさを披露できますもの」
「ぼ、ぼぼ、僕も賛成だ! それならあの髪の長い女を……」
「ヒスリーテもリユトーも乗り気だな。よし、わかった。オズワル、さっそく手配できるか?」
「お安い御用ですよぉ? ワタシもオリジナル魔術式のお披露目会をしたいと思っていたところですからぁ! ヒヒヒヒッ!」
この時、エーレーンは思った。なんて恐ろしい方法を思いつくのだ、と。
これに加担させられるであろう自分の身を案じながら、彼女は自らが信じる神に祈った。
* * *
学園祭当日。エリートクラスは二手に分かれていた。
一つは学園内に散って、問題があれば駆けつけて解決する遊撃部隊。もう一つは本部で待機して、応援要請の際に出動する。
リティ達の出番は基本的に前日までだ。学園祭はあくまで生徒のものであり、現役が活躍しても意味がない。とはいえ、緊急時には助けに入る予定ではあった。
クーファと少女はリティほどの機動力もないので、本部にてサポートを務めている。
「き、きき、緊張してきました」
「クーファさん。落ち着いて下さい」
「すみません……」
「まったく、これで3級なんだからなぁ」
同じく待機組みのジェスターが皮肉を漏らす。クーファほどではないにしろ、生徒達もまた緊張しているが彼だけは別だ。
早い朝にあくび、受付の椅子に堂々と座ってカウンターに肘をついている。
「少しは見習わせてほしいね」
「クーファさんはすごいんですよ」
「君もだよ、リティ。この前のジョズーとの戦い、見てたよ」
「え、見てたんですか?」
リティは姿勢を正した。彼女としても、あの戦いに満点はつけられない。何を言われるか、いろんな意味で覚悟していた。
その様子をロマは静観している。もし彼が不快な立場を徹底するならば、考えるところがあったからだ。
「あの程度の相手に苦戦してるようじゃ話にならないね。ジョズー、僕が知る限りでは2級といえどせいぜい中堅……。そもそも君は弓が使えるんだろう? だったらもっとそれを活用して徹底して牽制すべきだ。そうすればあの性格だから、積極的に接近を試みただろう。それなのに君は数発だけ撃って諦めた。当たらないからといってね。それにあのスタイルは死角も多い。せっかく接近してきたあいつに初見とはいえ、アドバンテージを奪われたのもお粗末極まりないよ」
「やけに詳しいわね」
「勉強になります……!」
「あの双雷矛を知らなかったのも君の知識不足だ。冒険者をやるなら、魔導具の知識くらい仕入れておきなよ。あのジョズーなら、一般人を狙う事も想定できただろうに。まぁでも、油断を誘って拳で仕留めたのは及第点といえるかな」
「詳しすぎない?」
饒舌になるジェスターに目を丸くしたのは、生徒達もだった。女子人気は学園一だが、寡黙なイメージも相まって遠巻きから見てる者がほとんどだ。これほどまでに喋る姿など、誰にも想像できなかった。
ロマは得体の知れない不安に駆られる。トップ5という枠組みでしか見ていなかったジェスターが、ここにきて未知数の存在になったからだ。
「なるほど。やっぱり私、まだまだですね」
「あなたはあくまで現役の冒険者なのよ。話半分でよくない?」
「でもジェスターさんは現役でも通用するほど強いと思いますよ。あの人の護衛を務めているくらいですから」
「あの人? よくわからないけど、あまり親しくなりすぎないほうがいいと思うの」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
ロマも言葉を詰まらせる。ジェスターの存在はともかくとして、なぜ自分はこれほど必死になっているのか。
リティとジェスターを見比べても、うまく言語化できずにいた。
「彼は男の子だし……。警戒するに越したことはないと思うの」
「ロマさん、何を言ってるんですか? あの人は」
「そろそろ始まるぞ」
気がつけば学園祭開始の時間が近づいていた。そして正門より、ドッと溢れる人の波。喧噪が訪れて、学園祭が始まる。
「リティさん! 私は何をすれば?!」
「クーファさんはここで待機して下さい。時間が経ったらアーキュラさんと共に、水を配りましょう」
「なるほど! 水分補給をしてもらうんですね?!」
「そうです。その際にこちらの宣伝も忘れずにお願いします」
「はい! はいはい!」
「クーファちゃん、緊張のあまりハイになってない?」
異様なテンションでクーファがうずうずしている。ロマの指摘がもっともだった。
リティも本当は遊撃に加わりたくて仕方がなかった。今は生徒達を信じて、遠くの賑わいに耳を傾けている。
寂れたこの場所に依頼人が来るかどうかは、遊撃メンバーにかかっていた。
「フン、じれったいな。僕も行こう」
「いいんですか?」
「ボヤボヤしてる暇はないよ。それに僕が女の子に甘い声で囁けば一発さ」
「男の子にもお願いします!」
「最低ね……」
ジェスターの軽薄なセリフに、ロマは嫌悪感を抱いた。一方でリティの純真なセリフがいい中和剤となる。
ジェスターがメイン通りに向かい、リティは堪えきれずにギルドの屋根に飛び乗った。上からの見晴らしは、学園祭の様子を一望できる。
「あ! 誰か来ました! あの人は調理科の4年生です!」
「さ、さっそく頼む! パンクしそうだ!」
調理科4年の催し物が予想外の人気を博し、在庫や人手ともに限界を迎えているとの説明を受ける。宮廷料理人を生む事もある学園の調理科となれば、当然の結果であった。
「はい。では依頼金をいただきます」
「え、意外と高い……」
「じゃあ、オマケします。その代わり後でおすそ分けを貰いますね」
「いいよ、いいよ!」
受け付けのミーアの手配で二人の生徒を派遣した。
続けてやってきた冒険者科の一年がエリートクラスの知恵を借りにくる。冒険者講座の催し物にて、一押しの知識が欲しいという。
順調な客入りとなったが、血相を変えてやってきたのは魔導具科の4年の生徒だった。
「ゴ、ゴーレムが暴走した!」
それこそ、こんなところに駆け込んでいる場合ではないと一同は思った。
一刻を争う事態とあって、ロマと共に数人の生徒が向かう。疑問はあるが、これを解決すればアリストピア支部への客入りはより増えるはずだ。一人、また一人とギルドから人員がいなくなる。
「雲行きが怪しくなってきましたね……。人が足りなくなりそうです」
「ちょっとぉ! ここって困りごとを解決して下さるのでしょ?! 私のジョセアンヌちゃんがいなくなったのよぉ!」
ふくよかな体格をした婦人が要領を得ない依頼を持ち込んできた。遊撃メンバーの活躍の賜物であるが、利用者が増えればこういった手合いも増える。
更には彼女の後ろに続く老若男女の群れだ。リティが危惧していた事態が現実となるのも無理はない。
「べっぴんさんが言っておったぞ! ワシの入れ歯を探してくれるんじゃな?!」
「ここに伝説の魔剣ディスバレッドがあると聞いたのだが?」
「んん! 冒険者ギルドの受け付けはロングヘアー以外ありえない!」
「トイレどこだよ!」
客なのかすら不明な連中が押し寄せて、ミーア達が対応に追われる。笑顔を崩さず、一人ずつ丁寧に解きほぐしていくミーア。
ペットのジョセアンヌ捜索に向かうメンバーはすんなり決まったが、入れ歯捜索メンバーの選定でやや揉める。
あっという間に忙しさに見舞われて、あれやこれやと騒ぐ生徒を眺めながらリティは満たされていた。クラスメイトと協力して何かを成す。これもパーティを組んで冒険に出るのと同じだというのがリティの感想だ。
学園に通っていたらこういう未来もあったと、少しだけ羨ましくも思った。
「連れてきたよ」
「ジェスター様! ここで依頼を出せばお付き合いして下さるのね!?」
「は? 妄想も大概にしなさいよ」
「ジェスター様は皆のものよ!」
耳障りな黄色い声がギルド周辺に響く。その数たるや、学年の女子生徒が集まったと思えるほどだ。
連れてくるだけ連れてきたジェスターは、小指で耳をほじりながら我関せずといった態度だった。
「ジェ、ジェスター! こいつら、どうするんだよ!」
「どうするって、依頼を聞けばいいだろ」
「おい、君らの依頼は?」
「ジェスター様と付き合いたい!」
「だ、そうだ。ジェスター、依頼だぞ」
「……は? え?」
学年トップのエリートが墓穴を掘った瞬間だった。男としては女子と付き合える状況を羨むところだが、今回に限っては別だ。
ジェスターの困り顔が見られただけでなく、まとまった仕事をすべて押し付けられるのだから。
「ジェスターさん! 頑張って下さい!」
「いや、それとこれとは」
「ジェスター様と付き合えるのだから、このくらいのお金はあげるわ!」
次々とカウンターに置かれるお金にミーアは気圧される。断れるはずもなく、隣の受け付けの生徒に肘でこづかれて納得した。これはこれでいいのだ、と。
「ジェスター様!」
「わたしが先だけど?!」
「手まで握ってもらった私が先でしょ!」
連れてきた女子達にもみくちゃにされながら、ジェスターが流されていく。手を振って見送ったリティをジェスターが睨むも、笑顔で返された。
「ジェスターさんはすごい人気者ですね! 冒険者となれば、あれくらいの人望はないと……」
「リティちゃんもかわいいし、ほうっておかない男の子も多いと思うけどね」
「ミーアさん。そうなんですか?」
「ちょっと子どもっぽいかな……」
一部から振られたにも関わらず、リティはミーアの言葉の意味を考えていた。子どもっぽいという欠点と向き合おうとしたが、答えなど出るはずもない。
「ミャン、私は子どもっぽいですか?」
「みゃん!」
「そうですか……」
では逆に大人っぽいとはどういう事か、とリティが考える。そこで彼女が閃いたのは、いつか飲んだコーヒーのブラックを克服する事だった。
何事も小さな一歩から。冒険者だろうが戦いだろうが、リティのやる事は変わらない。
カタラーナのように優雅にコーヒーをすする自分を想像しながら、リティは明日への活力にするのであった。




