リティ、剣士ギルドの最終試験に挑む
リティは自分を律して、本格的に剣士修練所に通いつめた。その甲斐あって講習はすべて終了して、残すところは実習のみ。
剣士の修練はというと、修練所内を騒然とさせていた。
「払い薙ぎ……これでいいですか?」
「あぁ、問題ない……」
教官カドックの言う通り、教官ジェームスはリティの成長を見て次々に段階を踏ませた。払い薙ぎは、あらゆる角度からの敵の攻撃を払うスキルだ。
上位職である騎士のスキルにディフレクトがあるが、こちらはその下位互換のスキルではあった。
しかし剣士のスキルの中でも屈指の難易度で、反応が追いつかずに対応できない者が多い。地道な素振りに続いて剣士ギルドの挫折ポイントその2だ。
返し斬りなどの攻撃スキルも大概だが、この払い薙ぎは見習い殺しとまで言われるほどだった。
「マジかよ、あの子。こんな短い期間であそこまで……」
「いや、経験者じゃないのか?」
修練所内で、嫌というほど目立っていた。だがリティは周囲に関心を持たない。ひたすら自分の剣技を磨く事だけに集中している。
そんなストイックとも取れるリティに、わずかながら反感を持つ者もいた。だがそこは歴戦の教官である。事が発展する前に、牽制しておくのも手慣れたものだ。
「嫉妬はわかる。だが世の中、そういうものだ。冒険者として活動すれば、自分より才ある者などいくらでも出会う。そうなった時にどう折り合いをつけるか。そこで初めて人間の真価が問われる」
元騎士団所属の年配教官カドックにそう諭されては、返す言葉もない。彼自身、そういう場面には嫌というほど出くわした。
そもそもあのユグドラシアのメンバーが、自分の息子ほどの年齢なのだ。そうなれば、若い世代の活躍を喜んだほうが今後の保養にもなる。
「ロマ、そろそろ時間だ」
「はい」
教官に促されて、ロマが素振りを終えた。これから行われる最終試験は、他の見習いも観戦が義務付けられる。
教官との試合、それが最終試験の内容だ。見るのも修練の一つである。
「これより最終試験を開始する! カドックさん」
「おう」
カドックが真剣を携えて、中央の試合場へと向かう。試合形式ではあるが、これの勝敗だけが合否にならない。
剣を交えた教官、そして観戦している教官が審査員である。一見して大した事がない試験に思えるが、審査員の目は鋭く光っていた。
勝敗だけがすべてではないとはいえ、最終的に決定打となるのが実力に違いないからだ。
おまけに観衆の目に晒されながら戦うプレッシャーは、思ったよりも重い。
ロマも例外ではなく、やや緊張した面持ちでカドックと相対した。
「こちらからお前に怪我をさせる事はないと約束しよう。一方で、お前は殺す気でかかってきて構わない」
「……よろしいんですか?」
「ほう、そんな心配が出来るか」
杞憂だ、言葉に出さずともロマは肌で理解した。カドックが大剣を両手で持ち、垂直に構える。元騎士カドック、師団長を務めていたその実力は一線を退いても健在だった。
問題になるのは体力の衰え程度だ。が、それが顕著になる前に決着はつく。見習いが簡単にどうこう出来る相手ではない。
「始めッ!」
ロマは躊躇しなかった。踏み込みと共にカドックに斬り込む。払い薙ぎか、受けか。ロマはカドックの次の手を予測していた。
しかし、カドックは大剣をただ振り下ろす。
「う……!」
「がら空きじゃないのか?」
大剣の重量に任せた垂直の振り下ろし。払い薙ぎやディフレクトなどのスキルですらない。長年、培った筋力による暴力。
それがロマの剣を軽々と弾いてしまった。風圧でロマがのけぞり、今度はカドックが踏み込む。
ロマが受けに徹するが、それは悪手だった。
「あっ……!」
「勝負あったな」
ロマの筋力と踏ん張りでは、カドックの巨力から繰り出される一撃は受けられない。ロマが耐えきれずに剣を手放す瞬間、カドックも力を抜いた。
一瞬の決着だった。決したのはカドックの腕力によるところが大きい。訓練では馴染みがなかった大剣、その威力。
ロマにとって、カドックは何もかも未知だったのだ。
「悪くなかった。攻めへの躊躇のなさ、瞬発力……及第点だ。だが敵を見極め、それによって手を変える事も必要なんだ。特に俺とお前では力も体格も違いすぎる。受けに徹したのはまずかったな」
「実戦だったら死んでましたね……」
「だが今は実戦じゃない。何度でも学べばいい」
「ありがとう……ございましたッ……!」
カドックと他の教官が審査をしている間、ロマが剣を拾って試合場を降りる。不合格だ、ロマは確信していた。
明らかに落ち込んでいるであろう彼女に、リティはどう声をかけていいかわからない。
審査が終わった教官達が改めてロマの元へ来て、合否を告げる。
「ロマ、残念ながら今回は不合格だ。次の最終試験の日程は追って連絡する」
「どうも……」
「厳しすぎだろ……」
誰かの呟きに同意した見習い達が、口々に不満を漏らす。下位職の剣士ですらこの辛さだ。これでは上位職など夢のまた夢だと、見習い達は意気消沈する。
最終試験はこういった厳しさを見せつける側面もあるので、一長一短でもあった。
しかしここで挫けるようであれば、やめたほうがいい。教官達はそう考えている。
「お前達の意見はわかる。だが実際の戦いとなれば、相手は手加減してくれない。それに世の中には俺以上に強い存在などいくらでもいるのだ」
「カドックさんの言う通りだな。脅すようだが、事実なのだ。それに剣士の称号を得るという事は、一定の信頼の証でもある」
「他の者とパーティを組んだ際に言い訳は利かないのだからな」
教官達の正論に、見習い達は黙る。そんな中、リティだけは剣の柄を握りしめていた。今、カドックと戦って合格する自信はない。
しかしロマの戦いを見て、自分の力を試したいという気持ちが強くなる。そんなもどかしさをリティは感じていた。
「あの……」
「ん? リティか。どうした?」
「今、私もここで最終試験をやらせてもらえませんか?」
突然の挑戦に、教官ジェームスは言葉を濁す。最終試験の日程は決まっている。何故なら教官にもスケジュールがあるからだ。
それぞれの教官が休みの日もあれば、他の仕事に出向いている事もある。他の見習いの訓練も疎かにはできない。
カドックもこの後は残っている事務仕事を片付ける予定であった。
「ダメだ。それに君はまだ仕上がってない」
「いや、いいんじゃないか?」
「カドックさん? しかし、この後も仕事が……」
「どうせ大した仕事じゃない」
カドックが再び大剣を持ち、試合場へと戻った。教官達も、これでいいのかと思案顔だ。
突発的な出来事であるが、見習い達もある種の期待を寄せていた。リティが合格に値するか。
はたまた現実を知ってここを去る事になるか。半ば嫉妬していた一部の者達は、後者を期待していた。
「あの、ありがとうございます。ではよろしくお願いします」
「あぁ、かかってこい」
「始めッ!」
カドックは驚愕した。間合いがない、いや詰められた。大剣を振るうカドックにとって、間合いの内側に入られる事は死を意味している。
リティの瞬発力を計り損ねていた。だがそこは歴戦の猛者、身を引いてすぐに自分の間合いを作る。
そして大剣を立てて、リティの一撃を防いだ。
「ッ……! つえぇな!」
「はぁぁぁッ!」
本来、リティの剣でカドックの大剣を揺さぶるのは難しい。だがカドックすら予想していなかった、リティの身体能力だ。
剣のサイズ差や体格差をもってしても、カドックの大剣は揺れた。
次に入られたら、殺される。
「やぁぁッ!」
手加減する立場である教官のカドックにそう思わせるほどだった。リティの追撃をロマの時と同じく、大剣の暴力で引き剥がす。
ロマは受けに徹していたが、この子はどうだ。今度はカドックがリティの出方を予想する番だ。受けがダメなら、かわすか。
だがリティの行動は剣を振るうという、やけくそとも思える手だった。
決着寸前、誰もが確信する。終わった、と。
「グッ……」
勝負は決した。カドックの大剣が、リティの剣によって弾かれた。真上からの振り下ろしを、リティは払い、薙いだのだ。
ロマとの戦いで、リティは見ていた。カドックの重心、剣筋、どうすればそこを崩せるか。側面から叩く事でカドックの大剣の軌道をずらして、床に落とすことに成功。
すかさずリティが再び剣を振ったところで、止めた。
「……えっと、これでいいんでしょうか」
眼前に剣をつきつけられたカドックは、言葉が出てこなかった。冷や汗と悪寒が同時に彼を襲っていたからだ。
手加減はしていた。しかしそれは試合開始時での話だ。
彼はリティに、殺されるとまでイメージさせられた。そのせいで、最後の振り下ろしだけは本気だったのだ。
ロマに放ったものとは別次元の威力だったはず。カドックは生唾を飲み込んで、ようやく声を出した。
「……よくやった」
「ウソだろ? カドックさん、手加減しすぎたんじゃないか?」
「ロマと戦った後だからな。疲れていたんだ」
見習い達の私見はある意味で正しかった。老年のカドックにとって、長時間の戦闘は難しい。
だが見習いのロマ戦の後で、カドックはその言い訳をしたくはなかった。引退した身とて、その程度の誇りはある。ショックがなかったわけではない。
「カ、カドックさん……」
「俺が打ち負かされたなんて何年ぶりだよ、オイ! いやぁ、すげぇのが出たもんだ! クククッ!」
虚勢ではあっても、カドックは最低限の意地を見せた。教官達の協議の余地はない。
まだ試合場に立つリティを呼び、カドックが見下ろす。
「合格だ。後で手続きやら何やらをやるから、事務室に来い」
「は、はいっ! 私、剣士ですか!?」
「あぁ、胸を張っていい」
「いいい……」
「ん?」
「いやったぁぁーーーー!」
溜めに溜めた勝利の雄叫びと共に、リティが跳び上がる。その跳躍力は訓練所全体を見下ろせるほどの高さだ。
その際に、俯くロマを発見する。無神経に喜んだ自分を押し殺し、着地してから駆け寄った。
「ロマさん」
「おめでとう! 私も負けてられないわ! 教官! それじゃ今日はこの辺で!」
一方的に喋った後、ロマは走り去った。わずかな期間しか共にしていないとはいえ、彼女の負けず嫌いはリティも知っている。
それだけにリティは必死に対応を考えていた。どう声をかければいいか、追いかけようか。
しかしリティにそれが出来るほどの経験はない。
そんなリティを察したのか、教官ジェームスが肩を軽く叩く。
「ロマの事は心配するな」
「でも……」
「今は君が何を言っても逆効果だろう。放っておいたほうが、却っていい結果にもなる」
「そう、ですか」
リティは教官ジェームスの言葉に従う事にした。それに他人を気にかけてばかりもいられない。まだ自分は冒険者の実習も終えてないんだと、己の信念を思い起こす。
もし自分がロマと同じ心境になった時、どうするか。やはり頑張るしかないのだ。悔しかろうと、苦しかろうと。やりたい事があるなら、平穏を捨てたのなら。
それでも追い求めるべき価値があると思うなら。歩き続けるしかない。
自分は自分、ロマはロマ。互いが違う道を歩き、いつか花開くと信じて。
名前:リティ
性別:女
年齢:15
等級:6
メインジョブ:剣士
習得ジョブ:剣士