リティ、学園祭の準備をする
学園の隅、高い塀の角。陽光が届きにくい陰気な場所。そこがエリートクラスに割り当てられた場所である。人があまり寄り付かない上に、スペースも一人暮らしがせいぜいの広さ。
こんな場所で何が出来ると生徒達は悩んだが、今はリティに従っていた。
「メリダさんは魔法全般が得意なんですね。そちらの方は剣術の成績がいい、と」
「大きく分けて体力、知力……。もっと掘り下げましょう」
リティとロマの議論に口を挟める者はいない。リティが提案したエリートクラスの催し物、それは――
「ねぇ、リティさん。本当に出来るの?」
「出来ますよ。皆さん、冒険者になるんですよね?」
「そうだけど実際のところ、活動経験はないの。あのトップ5も同じよ」
「だったら今のうちに鍛えておきましょう!」
「でも……冒険者ギルドアリストピア支部だなんてなぁ」
リティが提案したのは冒険者ギルドの催し物だ。学園内に限り、依頼を受けて解決する。
本物のギルドと同じく、依頼主は依頼金を支払うのだが破格の安さに設定していた。こちらは依頼主が持ち込んだ依頼を生徒達が解決するシステムとなる。
学園内限定とあって、実際の等級でいえば6級程度の仕事しかない。それでも未経験の生徒達にとっては大仕事だ。
そこでリティは予め舞い込む依頼を予想して細分化した。生徒達の得意分野を把握して、それぞれ割り当てる。
その為には彼らの能力を把握しなければいけない。
「建物の設計図はこんな感じでいいのか?」
「はい。受付のカウンターは念のため、二人体制にしましょう」
「救護担当に必要な道具はこんなものでいい?」
「バッチリです!」
学園のエリートといえど、実戦や現場を知っているリティには頭が上がらない。年下でも持つべきものを持ち、正しく判断できると彼らは認めていた。
これもリティが高慢ちきな性格ではないが故の結果ではあるが。
「クーファちゃん。魔術式の簡略化はこれでいい?」
「いいと思います」
個々のスペック向上も課題の一つだ。学園にはトラブルに対する備えもあり、そちらに仕事を奪われては元も子もない。迅速な仕事による信頼の獲得も必須となる。
更には生徒達の実習訓練もあり、これを学園祭までの一週間程度でマスターする必要があるのだ。
「ロマさん。間に合いそうですか?」
「ちょっと厳しいわね。数人が役割すら決まってないもの」
実習担当のリティ、全体のスケジュール管理はロマ、魔法関連はクーファと役割を持って動いている。
ロマが懸念しているのはエリート層のいわゆる中堅以下の生徒達だ。これといった秀でている部分もわかりにくい上に、彼らが出来る事は他の生徒にも出来てしまう。
当人達も自覚しているようで、居心地が悪そうにしていた。
「オレはやっぱり抜けるよ。エリートクラスといっても、いつもギリギリの成績だしな……。得意な事なんてない」
「私も……」
「それは違うわ」
落ち込む彼らをロマが否定する。彼らの心中はロマが一番よくわかっていた。
リティよりも武力が秀でているわけでもない。かといってクーファのような魔力もない。自分がいなくても成立する、とリティと出会ったばかりの頃の彼女なら思っていたはずだ。
「あなた達の役割が決まってないのは能力の問題よりも、やる気よ。何かしたい事ないの?」
「実技も座学もクラスじゃ下のほうだし、オレは無事に卒業できればいいよ。面倒な事は優秀な兄貴達にやらせるさ」
「このクラスにギリギリ滑り込めたようなものだし、私も同感ね……」
ロマは彼ら最終学年と同じ年齢だ。加えて大人びた容貌が発言の力強さを後押しする。
男子生徒のアーサーはクラスでも中堅以下の成績で、女子生徒のミーアは最下位だ。
エリートクラスである以上、学年全体からすれば高い位置にいるのだが周囲の壁が彼らを鬱屈とさせていた。
特にトップ5があれでは仕方がないとロマも納得する。
「リティ。実習のほう、頼むわね」
「はい! 皆さん、明日の休日は予定通りに集合して下さいね!」
件の二人以外は乗り気というよりも、余裕の態度を見せている。エリートである自分達なら、どんなものでもこなせるという自信の表れだった。
* * *
エリート達が行うのは6級の仕事だ。冒険者ではない彼らも6級の依頼に限り、冒険者同伴で行える。
そんな彼らが見せた余裕は、早くも崩れつつあった。日も昇らないうちからの集合が、その原因だ。
「は、早すぎる!」
「最初のお仕事はこの時間からなんです。そんなに難しくないので安心して下さい」
「あぁ、積み荷を降ろすだけだろう。こんなものエリートにやらせる仕事じゃないな」
「あ、来ました」
王都の入口に入ってきた大部隊。いくつもの馬車で構成されており、その一つの全長が恐ろしく長い。護衛の者達の張りつめた表情で、エリート達はすでに圧倒されつつあった。
この隊商は地方にある街や村からの輸入品で、王都の活力の源だ。食料から生活必需品、武器や防具、家具。中には魔道具と、種類も多岐にわたる。
すべての馬車が王都に到着した時、一人のいかつい男がガニ股でリティ達のところへやってきた。
「おぉ、お前らが手伝ってくれるのか! じゃあ、早速始めるぞ! 今から指示する通りにやってくれ!」
「はい! さぁ皆さん、やりましょう!」
隊商を率いる男が張り上げる声に、エリート達はすでに萎縮していた。
男の指示の情報量が多すぎて、把握できない者が出てきている。それぞれの品を発送先に応じて、別の荷台へ乗せる作業だ。
「こっちのナマモノは5番の荷台だ! ボヤボヤするんじゃねえぞ!」
「えっと、これはどれだっけ……」
「馬鹿野郎! それは7番だ!」
「な、何だと!? 馬鹿野郎だって?!」
学年成績11位のアンブリーが、男に苛立つ。自分のような上流階級の人間が、学のなさそうな男と見下している相手に怒鳴られたのだ。
アンブリーが睨むも、男は怯まずに更に怒声を張り上げた。
「ボヤッとしてんじゃねえっつってんだろ!」
「お前、誰に向かって口を利いてやがるんだ! この俺を誰だと思っている!」
「誰様だろうが知らねぇし関係ねぇ! やる気がねぇなら消えな!」
「貴様ァ!」
「アンブリーさん」
リティがアンブリーの拳を包む。憤るアンブリーにリティは無言で首を振った。
「それではトップ5の方々と同じです」
「あ……」
アンブリーはリティの言葉で我に返った。実力や権威を笠に着て、横暴の限りを尽くす。
彼らと同じ事をしようとしていたと気づいたアンブリーは力を抜いた。
「……これじゃ理不尽に殴られたあいつを庇えないな」
「そうです。それにほら」
「手伝います! これは9番の荷台ですね!」
ネガティブな意志を示していたアーサーが、積極的に動いている。よく見れば、彼は作業が遅れているところを見つけているのだ。
一方でミーアは笑顔を振りまいて、現場の雰囲気を明るくしている。重い積み荷だろうが、苦しそうな顔を一切見せていなかった。
「あいつら……」
「そこの兄ちゃんよ! やる気がねぇならどけてくれや!」
「あ……」
「身綺麗な恰好して学園に通ってるんだろうがよぉ! こんな仕事も出来ねえで、偉そうにしない事だな!」
「な、何だと……」
再び怒りに火がつきそうになるアンブリーだが、今度は自分で抑えた。
男の言葉が正論だったからだ。学園などに通っていない者達が、せっせと作業をこなしている。
エリートである自分が足手まといになっていると気づき、別の理由で熱くなった。
「チッ! これは4番だな!」
「そうだ! やれば出来るじゃねえか!」
一度、やる気になれば地力があるアンブリーだ。必死に考えて動き、次第に慣れ始めた。
他の者達も同様で、気がつけばエリート達が運搬作業に夢中になっている。
リティは元より、ロマも要領よくこなすがクーファだけは苦しそうだ。
「重い……」
「ファイトー」
「ア、アーキュラ……手伝って……」
「ふぁいおー」
「ふぎゃん!」
「コラァ! 何やってんだぁ!」
ふらついてから積み荷の下敷きになるクーファ。怒声を浴びてやや泣きそうになるも、少女が側についた。
「ご主人様、お手伝いします」
「でも、危ないから……」
「一緒に持ちましょう」
「は、はい……う、うっ……」
少女の優しさに打たれたのか、惨めさで涙が出たのか。クーファは半泣きで作業を続行した。
アーキュラは手伝いもせず、クーファの耳元で声援を送り続けている。
「みゃんみゃみゃん!」
「あっ、ミャン?!」
リティから離れたミャンが馬車に向かって走り、積み荷を飲み込んでしまった。
仰天した周囲の者がミャンを捕獲しようとするも、素早さに翻弄される。
「なんだあれは?!」
「速すぎるだろう!」
ミャンが積み荷を吐き出した場所は、正確な荷台だった。追いかけてきた者達が積み荷を隅々までチェックしている。
「ミャン! 勝手な事をしてはいけません!」
「みゃぁん……」
「い、いや。助かったよ。ちょっと見た目がえげつないけど、積み荷に異常はない」
拗ねたミャンがその場でしゅるしゅるととぐろを巻く。
彼らの感謝の言葉を受けて、リティはミャンの好意を尊重する事にした。
「ミャン、間違えちゃダメですよ」
「みゃんっ!」
リティ達、エリートの生徒達、隊商のメンバーによって作業は予定よりも前倒しに進んだ。
やがて朝日が昇る前に作業が完了する。それぞれの荷台が然るべき場所へと移動を始めて、隊商の商人達がようやく腰を落ち着けた。
リティ以外は疲れを隠せない様子だ。
「ふー……まさか日が昇る前に終わっちまうとはなぁ。お前ら、助かったよ」
「あ、あの。オレ……」
「アンブリーだったか。怒鳴って悪かったな。ひでぇ事いっちまってよ……」
「いや、オレが馬鹿でした。こんなに大変な作業だとは知らずに……。しかもあの積み荷は王都の各店に行き渡るんですよね」
「そうだ。これが遅れると王都全体の物流や商売に響く」
アンブリーは気恥ずかしさもあって、男の顔を見る事が出来ない。
大変な作業な上に、ついこの前までこんな世界があるとすら知らなかったのだ。
彼らがいてこそ、自分達が生活を出来る。そう学んだ彼はとことん己を恥じた。
「やっぱりお前らはオレなんかより頭がいい。何せオレはろくに字も書けなかったからな」
「え……?」
「家が貧しかった。学園に行く暇があったら働けってな。がむしゃらに働いても、食うだけで精一杯の毎日だった」
「そっか……」
暖かい食事などあって当たり前のアンブリーにとって、身につまされる話だった。
有り余るほど与えられた彼は、男の学園への憧れなど想像もしてなかったのだ。
「お前なら、この仕事でもエリートになれるぜ。どうだ、将来の進路としてよ」
「考えておきます……」
「お、本当かぁ? ガハハハッ!」
男は冗談だと受け取ったが、アンブリーは半ば本気だった。
与えられすぎた自分だからこそ、今度は何かを与えたいと真剣に考えるようになったのだ。
知らなかった世界に身を投じて経験を積みたい。アンブリーは膝を抱えて思案している。
「アーサー君にミーアちゃんだったか。助かったよ。初めてとは思えないな」
「あ、どうもです……」
「私は別に……」
「正直、今日は本当にきつかったけどミーアちゃんのおかげで頑張れたよ。あんな状況なのに嫌な顔一つしないもんな」
「いえ……」
商人の一人に褒められて、二人もまた己について問い直している。
学問の成績だけがすべてだった世界しか知らなかった二人にとって、いろいろな意味で衝撃だった。
兄と比較されて事あるごとに小言を言われていたアーサーは、褒められるという感覚に心地よさを感じている。
「もう少し自分の進路について考えてみようかな……」
「私も……。ちょっとだけ……」
かすかに自信をつけた二人を見て、ロマは安堵した。
自分では二人をここまで導けなかったと、リティに感謝している。こういった形でエリート達を連れ出して実習など、リティにしかない発想だった。
「リティ、どうやらいい方向へ向きそうよ」
「よかったです。皆さん、本当に優秀ですからね。アーサーさんもミーアさんも、ほんの一押しが足りなかっただけなんです」
笑い合うエリート達と商人を眺めながら、リティは大きく背伸びをした。
一仕事終えたのだ。そう、彼女にとっては、ほんの一仕事に過ぎない。
「さぁ! 皆さん! 次の依頼ですよ!」
「は……? もう終わりじゃ?」
「まだまだありますよ! 昼までに3つもあります!」
「……ウソだろ?」
昼までに。その言葉の深い意味を問い直す者などいない。
昼以降に予定が組まれているなど、誰も想像したくなかったからだ。
「じゃあ、張り切っていきましょう!」
「リティ、あの。お手柔らかにね?」
リティの能力は認めているロマだが、彼女だけに任せてはいられないとこの場で決意する。
どんなに速かろうとブレーキが必要なように、ロマがその役割を果たすべきなのだ。
意識の有無が心配されるクーファの為にも、ロマもまた自分の役割について真剣に考え始めた。




