リティ、逆鱗に触れられる
「学園祭?」
「そう。これは全生徒にとっても重要なの」
レストランにて、学年9位の成績を誇るメリダがリティ達に概要を説明する。
アリストピア学園祭。各クラス、サークルが何らかのイベントを行ったり模擬店を出すところまでは一般的な学園祭と変わらない。
大きく違うところは、これが後の進路に大きく関わる点だ。
各々が学んだ事を活かした企画を打ち立てて、それを外部の者達に見てもらう。各界の有力者達も、この学園祭にて未来の大器を見定めるのだ。
特にメリダ達のような最終学年にとってはこれが最後のチャンスとなる。
「お祭りですか! いいですね!」
「私達、4年生は特に注目されるの。それに冒険者科のトップクラスとなるとすでに決まっていてね……」
メリダが言い淀む。自信のなさだけではなく、頭にあるのは例のトップ5だ。
例年通りならば従っているだけで乗り越えられたのだが、今年は事情が違う。
リティ達という外部の者達のせいで、彼らの機嫌は悪い。いっそ彼女達と馴れ合わないほうがいい、とさえメリダは思った。
「学園祭……。あの! 何かお手伝いできることがあるならぜひ!」
「え、えぇ……」
リティである。純真な彼女と接するうちに、凝り固まっていた緊張が解されつつあった。
進路、成績、周囲の期待。そんなものばかりを気にしていて、大切なものを忘れていたと気づき始めている。
「あの方々がなぁ……」
「今からでも謝るか?」
メリダ以外の秀才達も同様だった。迷いなく彼らに媚びていた彼らも、この段階で葛藤している。
彼らトップクラスの催しはすでに決まっているのだが、全員が平等ではない。
トップ5に嫌われてしまえば、参加すら許されないのだ。
「リティさん。今からでも遅くない。あの方々に謝って、そして尊重しましょう」
「どうしてですか?」
「バドリック様を初めとして、あの方々は実質的な学園の支配者なの。何をやろうが教員達すらも笑って済ます……。私達を除け者にするくらい簡単よ」
「私、何も悪いことはしてません」
「あの方々が嫌っただけで意味はあるのよ! 私達の進路の事も考えて! それとも邪魔をするなら……」
そこまで言いかけて、メリダは我に返った。バドリックに殴られた生徒を真っ先に心配するような少女だ。
彼女の言葉は正しくて、反論の余地もない。己の保身を優先した発言をしかけただけに、メリダはショックを受けた。
「メリダさん。リティもそうだけど、私達は依頼を受けてここに来たの。内容は話したと思うけど、絶対に放棄しないと誓うわ」
「それが冒険者……ということ?」
「気取るつもりはないし、模範になるつもりもない。ただありのままに行動するだけ。そうでなければ意味ないもの」
「……そうね。ロマさん達は私達の先輩だもの」
アリストピア学園は15歳から入学可能である。最終学年の者達は18歳となり、リティ達よりも年上だった。
初めこそ嘲笑していたが、それが大きな誤りだと今になってメリダは反省する。
自分もトップ5と大差ない思想ならば、今までどれだけ恥ずかしい振る舞いをしていたか。思い起こせば、いくらでもそういった記憶はある。
メリダが赤面すると、額に少女の手が触れた。
「お熱……?」
「え? いえ、これは違うの。ありがと……」
「冷えるー?」
「ひゃふっ?!」
アーキュラに触れられて、メリダは悲鳴を上げる。悪戯好きの彼女なだけであって、特に意味はない。
しかしメリダにとってはいい刺激であった。競走と勉学以外の日常もあったのだと、穏やかな気持ちになる。
「諦めないで、まずは向き合ってみる。次の授業も始まるし、戻りましょう」
「誠意を持てばわかってくれると思います」
メリダの意思をリティが肯定する。敵視されようが、リティもまだ望みは捨てていなかったのだ。
何より学園祭というものに心を躍らせて、本当ははしゃぎたい気分であった。
* * *
学園祭で割り当てられるスペースはそれぞれ決まっている。
特に最終学年、しかもトップクラスともなれば模擬戦を行うコロシアムが割り当てられるのだ。
観客席も用意されており、収納人数も数百人単位と至れり尽くせりだった。
「今年はオレ達だけでやる。お前らのスペースはここだ」
バドリックが指定したのは、学園の片隅にある一人部屋程度のスペースだった。
メリダの決意も空しく、話し合いの余地などない。初めからリティ達にすり寄ったクラスメイトを、バドリック達は許すつもりなどなかった。
「不服ですかぁ? でも当然ですよねぇ。時間が限られている以上、物事には優先順位があるのですよぉ。ヒヒヒッ!」
「ま、いいんじゃない? どうせあなた達なんて誰も期待してないもの」
愕然とするクラスメイトを、オズワルとヒスリーテが煽る。
更にはヒスリーテに仕える男子生徒コビガイが、誰よりも前へ出た。
「ヒスリーテ嬢の仰る通りだ。誰もが我々のようなトップにしか期待していないのだ」
「見る者に敬意を払うとすれば無駄を省くのが優先……。おわかりですかぁ? ヒヒヒヒッ!」
メリダは何も言い返せなかった。ほんの少しでも期待していた自分を呪う。
同時に彼らはリティの期待すらも裏切ってしまったのだ。
栄えあるアリストピア学園のトップの惨状に自分も一役買っていたと猛省しても遅い。
自分も同罪だと思い込んでいる以上、彼らの言いなりになるしかなかった。
「フン……そもそもメリダ。お前らが冒険者の資格を得て何がどうなる? オレのような王族ならば、まだ箔もつく。冒険者がステータスになる時代だからな」
「え? バドリック様、それはどのような意味ですか?」
「お前らが冒険者になったところで、即死するのがオチだ。それに比べてオレは軍隊を自由に動かせる。結果を出せるんだよ」
「つ、つまり冒険者として活動される予定はないと?」
「当たり前だろ。死にに行くのは下々の仕事だろう?」
リティが初めてバドリックという人間に目を向けた。ヘラヘラと冒険者を軽んじる彼に対して、思うところがあったのだ。
彼の発言は命を落とした冒険者への侮辱であり、そうした者達への敬意も忘れないのがリティである。
どんな人間でも、冒険者を目指すのであればとリティは期待していた。この瞬間、バドリックに対して感情が動いたのだ。
「バドリックさん、謝って下さい。死んでいった人達は立派な方々です」
「バドリック様、だろう?」
「その意思は死んでません。少なくとも私は受け取ってます」
「様をつけろと言ってんだよッ!」
バドリックの拳が当然のように空振りする。かすかな動きだけでリティはそれを実現させて、同時にバドリックの雑な動きが浮き彫りになった。
ヒスリーテが声を上げて驚愕し、オズワルが丸メガネを動かす。
「謝って下さい」
バドリックが絶句する。そこにいる少女に畏怖しているなどと認めたくはなかった。
彼だけではなく、トップ5の威勢も消える。心臓が凍りついたような感覚を覚えて、一人が膝をつく。もう一人は涙さえ出そうになった。
「お、オレは王族だぞ。下民が、オ、オレに命令など……」
「謝らないんですか」
「リティ!」
ロマの一声がわずかにでも遅ければ、バドリックの顔面が変形するところだった。
歯が折れ飛んで、骨は砕け、血が乱れ飛んで飛距離を伸ばす。学園の塀に叩きつけられた彼は亡骸のごとく静止しただろう。
ロマは彼とリティの二人を救ったのだ。仮にも王族に手を出せば、無事では済まなかったのだから。
冒険者ギルドと王国を交えて攻防を繰り広げる事になるが、本部がリティを守る保証もない。
「それよりも楽しい学園祭よ。クールダウンして」
「はい。ロマさん、感謝します」
打って変わって笑顔に切り替わるリティに対するトップ5の評価は、異質以外になかった。
上流階級として様々な実力者や曲者と面識があったが、リティはそのいずれにも属さない。
バドリックはリティにとって、とあるかけがえのない思い出を踏みにじったに等しいのだ。
「命拾いしたね」
「ジェ、ジェスター……」
この場において、静観していたジェスターのみが確信していた。バドリックは殺されてもおかしくはなかった、と。
バドリック本人としてはすっかり当てが外れる。狭いスペースのみを与えて、諦めさせようという目論見は消えた。
それどころか、下手な妨害すらも考えていたのだ。しかしそれを実行すればどうなるか、バドリックは身をもって実感した。
「お、お前ら! 行くぞ!」
バドリック達が大人しく退く。そんな姿を見届けようとしたリティが、ジェスターを観察する。
「あの、ジェスターさん?」
「何だ?」
「どこかで会ってますよね?」
「知らないね」
素っ気なく答えたジェスターは歩みを再開する。他のトップと違う風格をリティは感じていた。
見えなくなるまでジェスターの後ろ姿を見続けていたリティだが、やはり思い出せない。
「あの人、絶対どこかで会ってるのに……」
「リティが気にするという事はかなりの実力者ね」
「あの中では比較にならないほど強いと思います。それだけに気になります……」
気になる、というニュアンスでロマはドキリとした。他意はないとわかっていても、動揺してしまったのだ。
そんなリティは与えられた狭いスペースを小走りで確認する。
「狭いですね……。これではやれる事も限られます」
さっきの事で、すぐに切り替えられる者はいない。リティはお構いなしに、エリート層へあれこれと提案する。
そんなバイタル溢れるリティに、生徒達がその気になる。
「無理だな。僕の部屋より狭い」
「うん。ペットの庭のほうがまだ広いな」
「こんな場所で何ができるっていうの」
「皆さんで考えましょう!」
状況は何も変わってないものの、当初の絶望は払拭された。
トップ5を退けたリティの頼もしさもあるが、こんな場所でも前向きな姿勢に惹かれつつある。
そしてリティが一つの提案を持ち出す。
「冒険者といえば……冒険ですよね!」
「んん?」
ロマもクーファも生徒達もピンとこない。こんな場所で冒険、誰もがそう思った。




