リティ、ジョズーと戦う
騎士団が住人の避難誘導に勤しむ中、リティは鮫にまたがった男を睨んでいる。
羽靴では短時間しか空中に滞在できず、迫ったところで一撃を入れるのは困難だ。
矢による狙撃も期待できない。リティの腕をもってしても、当てるのが困難だからだ。
「ひゃっはぁぁぁ! アパッチランスッ!」
滑空してきたジョズーの槍による突きが、まるで分散したかのような動きを見せる。
リティはこれを回避するが、ジョズーの槍は軽々と建物の屋根を貫通して複数の穴を開けた。まさに当たれば蜂の巣だ。
更にジョズーはリティの反撃を受ける前に、また空へ退避してしまう。
「オラオラァ! 休んでる暇はねぇぞ! アパッチラァァァンスゥ!」
ヒット&アウェイによって、ジョズーは絶え間なくリティを強襲した。
払い薙ぎなどの防御スキルですら流せない威力だと、リティは目算する。
要はジョズーのスキルの練度が高すぎるのだ。それに脅威は彼のスキルだけではない。
「食いちぎれぇッ!」
シャクネードによる噛みつきも無視できない。金属すら噛み砕く様を見せつけられている以上、リティには回避の選択肢しかなかった。
この戦いをもってリティはジョズーの実力を思い知った。地上に迫ってまともな斬り合いをしたところで、勝てるとは限らない。そもそも病院での初撃があっさり防がれているのだ。
「弓矢もあるんだろぉ?! 撃ってこいよ!」
リティはジョズーの挑発など、意に介さない。何度目かの接近で、リティは反撃の好機を見つけた。
ジョズーが槍を放つ直前、半身を乗り出したところだ。リティの動体視力とフィジカルでなければ、辿り着けない隙だった。
小回りが利く剣にて、ジョズーめがけて斬り上げる。が、すぐにそれが悪手だと気づいた。
ジョズーが鮫ごとぐるりと横反転してリティの剣をかわし、その勢いで左手の槍による突きだ。
「つッ……!」
完全にはかわしきれず、リティは右腕を負傷する。そこからのアパッチランスをかわすべく、慌てて距離を取ろうとした。
ジョズーは鮫ごと横回転しながら、槍によるスキルを放つ。
「オラオラオラオラァァァァッ!」
リティの全身が回転する刃に襲われて、血しぶきを上げる。右腕に続いて、全身にもダメージを負ったのだ。
攻めの見通しも立たず、リティは窮地に立たされる。前のめりに倒れかけて、ジョズーがそれを見届けていた。
「バカが……ん?」
ジョズーは我が目を疑った。そこにいたリティが消えたからだ。直後、シャクネードごと押し上げられる。
下に潜り込んだリティが爆炎斬りで、シャクネードを攻撃したのだ。それだけではない。片方のヒレが切断されている。
「なっ?!」
倒れる直前、リティは足腰に力を入れて鮫の下に潜り込んだのだ。ジョズーの一瞬の油断が招いた結果だ。
リティはジョズーにとって確かに格下だが、一瞬たりとも気が抜ける相手ではない。リティを殺したとジョズーは決めつけていたのだ。
「シャ、シャクネード! 離れろッ!」
「やぁぁぁぁッ!」
「くぅぅ! この、このッ!」
リティの猛反撃をジョズーがいなす。まともに打ち合ってもジョズーは負けると考えていなかった。
実際、リティもダメージによって思うように動けずに攻めきれていない。
しかし、片方のヒレを失ったシャクネードの速度低下が両者を互角の戦いに導いていた。
「バカな、このオレが……」
打ち合いの中、ジョズーは敗北をイメージしてしまった。何故なら怪我をしているにも関わらず、リティの動きが明らかにおかしいからだ。
戦い始めた頃に比べて、リティはジョズーに慣れ始めている。ジョズーの動き、パターン、癖。それらがリティの中で解析されて、持ち前のフィジカルが後押ししていた。
「うあぁ! チッキショウ! 何なんだよ、このガキィ!」
ジョブギルドで教官達を驚かせたフィジカルだ。戦いが長引けばこうなるのも自明の理だった。
少しずつ押される中、ジョズーはリティの底力に気づく。この戦いの中で彼女は成長しているのだ。
教官達がリティの相手をして強くさせたように、ジョズーも意図せずとも同じ事をしていた。
異質ともいえる成長速度を実感した時、ジョズーの槍が弾かれてリティの刃が肩をかすった。
「いっでぇッ!」
負ける、殺される。ジョズーは絶望に支配されかけていた。そんな最中、一人の人間に目をつける。
避難が遅れた女性だ。距離はあるが、両手の槍の刃をそれぞれ打ちつける。
「えっ……」
槍から放たれた一筋の雷が、女性を狙った。しかし距離が遠すぎたせいで、雷は女性の手前の地面への直撃にとどまる。
しかしこの結果だけでも、リティへの精神へ負担をかけるには十分だった。
リティは女性の元へ向かい、ジョズーが追う。その背中に向けて、ジョズーは雷を放った。
「うあぁぁッ!」
「……よし」
度重なるダメージにて、リティはついに膝をついて武器を手放してしまった。
魔導具"双雷矛"、二対の槍の刃を合わせる事で小規模の雷を放てる。
これまで使わなかったのはジョズーなりの駆け引きだ。ギリギリまで遠距離攻撃手段がないと思い込ませて、いざという時に放つ。
それがこんな形で使うはめになるとは彼も思っていなかったが、気にしていない。
「……さすがにもう無理だろ?」
ジョズーはリティの髪を掴み、改めてその顔を見た。
こんなガキが、と吐き捨てたくなるほどその顔は幼い。
「みゃんみぁあぁぁぁん!」
「うるせぇ畜生だな。ていうかなんでお前はダメージ受けてねぇんだよ」
「みゃんみゃみゃん!」
「手をかけさせてくれたよなぁ……。あぁ、もう騎士団が来ちまったか」
「動くなッ!」
自分を包囲する騎士団にも、ジョズーは大した興味を示さない。元より彼に逃げる気などないからだ。
「なぁ、今はどんな気分だ? 卑怯者って感じだろ? でもなぁ、これが戦いなんだよ」
「そう、ですね……私の、油断です……」
「あ?」
罵りを期待したジョズーの当てが外れた。しかもその目がまだ死んでいない。
刹那、ジョズーは戦慄した。リティの手がジョズーの手首を掴む。
「いっ?! ぎゃああぁぁッ!」
ごきり、と音を立てて折れたのはジョズーの手首だ。痛みで悶えている隙すら、リティは見逃さない。
すかさず腹に拳を入れた後、爆烈撃を浴びせる。
リティが体術まで使いこなすとはジョズーも予想しておらず、こうなればされるがままといった状態だ。
全身を殴打されて、ジョズーの骨や内臓が著しく損壊していく。
「あがっ……が、はッ……」
リティが拳を止めた時、ジョズーの体がようやく解放される。ふらりと倒れた後はシャクネードがその場で一回転した後、フェードアウトした。
マスターの戦闘不能を察知したからだ。たとえ逆さまになろうがシャクネードから落ちる事がないほど、リンク率自体は高かった。
しかし、それまでだったのだ。要はシャクネードにとってジョズーは命をかけて救うに値するような存在ではなかった。
「あのジョズーを倒してしまったぞ……」
「まだ息があるな」
雷に打たれて、全身から血を流しながらもリティは立っていた。そして騎士団に拘束されるジョズーを見下ろしている。
そんなリティに対して、騎士達は目を合わせようとしない。屈強な王国騎士が思わずコンタクトを避けるほど、彼らはリティという存在を捉えきれていなかった。
「リティ! 無事……じゃないわね」
「ロマさん。何とか勝てました……」
「すごい怪我ね……ごめんなさい。来るまで時間がかかってしまって……」
リティがジョズーと交戦してから、ロマも追ったのだ。しかし彼女が辿りついた時には終わっていた。
つまり交戦時間がその程度だったのだ。ここにいる騎士達の中に、それを可能とする者はいない。
「君はひとまず手当てを受けなさい。話は後で聞く」
「はい、そうします」
「おんぶしてあげるから、無理しないで」
「クソ……あの、野郎……」
瀕死のジョズーの呟きがリティの耳に残る。そこで彼女の中に疑問が立ち上がった。
何故、ジョズーは自分達のところに来たのか。あの少女への報復だとしても何故、居場所がわかったのか。
ましてや病院の3階だ。あまりにピンポイントすぎるとは、ロマも考えていた。
騎士による回復魔法で、ジョズーが少しだけ息を吹き返す。
「貴様、喋られるようになったようだな。今までどこに潜伏していた?」
「あいつ、だ……あいつが……」
担架に乗せられたまま、ジョズーが要領を得ない発言をする。リティとしても気になっていたが、自身の怪我の完治を優先させた。
後ろ髪を引かれる思いで立ち去ろうとした時、何かの破裂音が聴こえる。
「う……!?」
ジョズーが大量の血を噴水のごとく吐き出す。騎士達も思わず離れるほどだ。
担架ごと落下したジョズーが、今度は目鼻から血を垂れ流した。
「あがぼッ! だ、だずけ、ゴフゴフフォォッ!」
「な、何が起こっている?!」
振り返ったリティとロマも、その成り行きを見届けるしかなかった。もはや血の塊かと見間違えるほどのジョズーが、王都の石畳を汚している。
騎士達ですら、この異様な事態に成す術がなかった。
「ウ、ゲ……」
凄惨な現場となった後、ジョズーは完全に動かなくなった。誰もが何も出来ない。
一人の騎士が近づこうとした時、年配騎士に制される。
「近付くな! 我々への影響も否定できん!」
それがジョズーだけに及ぶとは限らない。彼が死に間際に口走ったセリフを記憶していたからだ。
つまり何者かの攻撃の可能性も視野に入れていた。
「な、何なのよ……。回復、したじゃない」
「今のは……」
リティには覚えがあった。かつてデマイル伯爵の護衛を務めていた男、ニルスの死に様と同じだ。
彼の最期とジョズーの最期、これを同じとすれば見えてくるものがある。
しかしリティはそれを口にしなかった。この場でそれを話したところで混乱させるだけであり、今は自分の治療を優先したかったからだ。
「クーファさんは?」
「あの子と一緒にいるわ」
奴隷の少女、そして彼女が見せた力。これについてもリティは考えたが、答えなど出るわけがない。
今になって痛みを感じるようになり、リティは必死で堪えた。




