リティ、お見舞いに行く
「グランドシャークのメンバー、シュモックだな! 殺人容疑につき、身柄を拘束する!」
「クッ……!」
黒いローブに深々としたフード、マスク。ロングブーツや手袋と、極限にまで露出を控えた変装だった。
そんな苦し紛れで騎士団の目を欺けるはずもなく、早朝に王都を出ようとしたところで御用だ。
「他のメンバーはどこにいる!」
「知らねぇ!」
「嘘をつくな! 素直に話せば減刑の可能性もある!」
「本当に知らないんだ! 全員、バラバラに逃げたからな!」
地に伏されたまま、シュモックは真実を話している。激しく問いつめられようとも、シュモックには答えようがなかった。
それでいて、これから身に降りかかるであろう境遇を想像している。
「俺はジョズーの命令に逆らえなかったんだよぉ……。あの冒険者達だって、殺すのに俺は反対したんだ」
「そのジョズーの逃亡先を言えッ!」
「だから知らない! むしろ見捨てられたくらいなんだからよぉ!」
「待て、その男は本当の事を言ってる」
ゴールドグリフォン隊の隊長ルシオールが、隊員達へ制止を呼びかけた。
助け船と期待したシュモックだが、ルシオールの目を見ればそんな期待も吹き飛ぶ。
据わった目つきが機嫌の悪さを伺わせ、鬱屈した怒りを彷彿とさせたからだ。
「深夜に捕えたコバンザの意識が戻った。あの男はジョズーを出し抜いて、真っ先に逃げ出したらしい。つまり、庇うような仲間意識などないだろう」
「確かに……。こいつの発言からも、そう読み取れますね」
「そ、そうなんだよ! 次に逃げたのがギリーザだ! 残った俺はジョズーにすら振り切られて……置いていかれたんだよ!」
その告白を聞いた騎士達は呆れた。パーティプレイで知られるグランドシャークの実態が、あまりにも杜撰だったからだ。
せめて仲間同士では固い絆で結ばれて、息が合った者達というイメージすら抱けなくなった。
「でも、それなりに長い付き合いだったんだろう? ジョズーならどこへ行くと思う? なんとなくでいい」
「と言われても……。あいつ、キレるとマジで何するかわからんし……。俺も何度か殴られた事あるんだよ」
「……なるほど」
納得したルシオールだが、この手合いが始末に負えないと踏んでいる。シュモックの言葉通りであれば、最悪の行動に出る可能性もあるからだ。
消えたギリーザの件も含めて、ルシオールは非番が遠のく現実に落胆していた。
「こりゃ、イリシスへのデートのお誘いも遠のくなぁ」
勤務中ではあったが、ルシオールは内なる想いをぶちまけた。
* * *
「クーファさん!」
朝日が昇り、病院にてクーファは目覚める。夜、クーファのベッドがもぬけの殻だと知ったのは奴隷の少女だ。
クーファがいないと知るや、廊下に出て右往左往しているうちに警備の者に見つかった。
屋敷中を探し回った後は外で騎士団の協力を仰ぐ。そして王都の外から運び込まれたクーファを見た一同が絶句する。
「あ……み、なさ、ん……」
「目が覚めましたか! 皆さん……もちろん私も心配したんですよ!」
「リティ、声が大きいわ」
ロマの隣から覗き込む少女。一瞬の間の後、するするとベッドに上がってクーファに覆いかぶさった。
ポロポロと涙をこぼして、ひたすら打ち震えてる。
「ご主人様、ご主人様……」
「暗い廊下でその子が泣いていたのよ」
冴えてくる頭で、クーファは思い出した。部屋を抜け出してグランドシャークを追った事。
コバンザと戦っている途中からの記憶がほとんどない事。しかしそれで十分だった。
自分の行動で招いたものと、失いかけたものがわかったからだ。
「ごめん、ごめんね……」
「ご主人様、どこにも行かないで、下さい……」
クーファは腕が動かせず、抱きしめることも出来なかった。結果を急ぐあまり、本末転倒な行動を恥じる。
命を失ってもおかしくなかったと知り、クーファはまた自己嫌悪の底に沈みかけた。
「あ、そうそうー。結果的にはサメ男は騎士団に捕まったからさー。そこは安心してねー」
「サメおとこ?」
「あんたが追った奴らの一人でしょー」
褒められた行動ではないが、目標は達成していたとアーキュラが暗に伝える。それでもクーファはただひたすら反省した。
グランドシャークなど放っておけばよかったのだ。少女を守るなら、どこか遠くにでも行けばいい。
勝手に責任感に駆られて、多くの者達に迷惑をかけてしまったとクーファは顔を上げられない。
「ご主人様、痛いのなくす……」
「え?」
少女に抱きつかれたクーファは、自身の体に違和感を持った。相変わらず倦怠感は残っているが、少なくとも節々の痛みは消えている。
魔力酷使による身体的ダメージが消えたのだ。不思議に思ったクーファが少女を見返すと、淡い濃淡の黄金光が放たれていた。
「あの、それって」
耳をつんざく破裂音が一同に届く。窓や壁の破片が床にまき散らされて、空のベッドも横転していた。
「いたよ、いたよぉ……ホントにいたよぉ……」
地上3階の部屋の壁が消失して、代わりに巨大な鮫の頭部が刺し込まれていた。声の主がその鮫にまたがっている。
「オレぁ、苦労したんだぜ……? お前がどこにいるかなんてわかるわけねぇからなぁ……。そりゃもう……なぁ?」
「うぁ……ひっ……」
その人物に対して、真っ先に反応を見せたのはクーファにすがりついている少女だ。
状況をようやく飲み込んだクーファは、心臓が締めつけられる感覚に陥る。
「俺の人生はもうお終いだよぉ……。一生追われ続けてさぁ、おちおち寝てもいられねぇ人生なんだぞぉ?
なんでこうなっちまったんだろうなぁ……。たった数人殺したくらいでなぁ……」
リティとロマはすでに戦闘態勢だが、クーファはただでさえ消耗している。その上、望んでない人物が強襲してきたのだ。よりにもよって少女がいるところである。
「人の人生を終わらせるのってよぉ、良くない事だよなぁ……。やっちゃいけない事だよなぁ……。
人が嫌がる事はやるなってさぁ、教えられたよなぁ。常識の範囲で、俺は話しているんだよぉ……。つまりお前は常識がないって結論になっちまうんだよ……」
その人物は涙を浮かべて、怒りを誇示していた。しかも、その矛先が誰であるかは明白だった。
少女は震えに震えて、クーファから離れない。顔を毛布に押し付けている。
「末恐ろしい奴だよ、お前はさぁ……。その歳で人様を陥れてよぉ……。お前はまだそんな歳だから、俺の歳まで生きた感覚がわからない。わからないからそういう事をするんだよぉ!」
「あなたは……この子に散々ひどい事をした……」
クーファの怒りがまた沸々と煮え始める。もちろん万全ではない状態だ。
アーキュラへのリンクがうまく働かず、攻撃の対象が定まらない。
怒りによる結果が惨事を引き起こすとわかっていても、クーファは昂る感情を抑えるのに苦労している。
少しずつ、少しずつだがクーファは己の力との向き合い方を学んでいる。たとえこの状況でも、前へ進もうとしていた。
「オレが逃げ隠れて引っ込んでると思ったら大間違いだぜぇ? こうなったら一人でも多くぶっ殺してやる!」
「自分のことばかり、勝手なことを……」
「あぁぁ! お前、お前も加担するのかよぉ! 俺は今、冷静になった! やはり俺は正しい!」
クーファに代わってリティが先制した。鮫に搭乗している人物に矢を放ったと同時に距離を詰める。
二点同時攻撃だが、矢をあっさり回避。続いたリティの槍も、得物によって弾かれた。
「たかが3級がよぉ……。2級である、このジョズー様に挑むのかよぉ! ハッハァ! いいぜぇ! 来いよッ!」
鮫、両手の槍、見える範囲でのジョズーの武器をリティは観察する。特に注目したのは槍だ。
ただの2本の槍ではなく、それぞれが対になってるかのような模様が刃に刻まれていた。
「リティ、ひとまず逃げ……」
「引いちゃダメです!」
リティの判断は正しかった。引けばジョズーはより建物内に侵入してくる。倒壊や被害を考えれば、何としてでも外に押し出すしかないのだ。
しかし問題はその後だった。敵の飛行能力に対応する術が、二人にはない。
羽靴でもせいぜい短時間しか空中に滞在できず、ジョズーの戦法によってはまるで対応できない可能性すらあった。
「スパイラルトラストッ!」
「はぁッ!」
追い出すためにあえて直線的なスキルを放ち、ロマも攻める。が、二人には誤算があった。
巨大鮫の力である。頭でスパイラルトラストを受けて、ロマの剣も同時だ。
かろうじて鮫の頭が引いたものの、その直後。ググン、と前進して大口を開けて閉じれば金属製のベッドも噛み砕く。
「な、なんて顎の力……!」
ロマが驚きの声を上げて、リティが再び突破を試みる。鮫がリティに狙いを定めて、牙を見せた。
リティがスライディングで鮫の下へ潜り込み、顎に武器を刺し込もうとする。
しかし鮫がぐるりと方向転換をして、開けた壁の穴の外へと出ていく。
「こっちへ来いよぉ!」
ここは3階だ。ジョズーはそれがわかっていて、二人を挑発していた。
ロマが躊躇して、リティは走る。迷いない特攻にジョズーも面食らったが、冷静に踵を返して距離を取る。
リティが羽靴による空中蹴りで距離を詰めつつ、槍による百烈突きを放つ。
しかしそれもジョズーが鮫と共に旋回すれば、空振りするだけである。
「バァカ! そのまま落ちな!」
羽靴での空中滞在時間にも限界はある。ジョズーの宣言通り、リティは落下を始めた。
落ちれば無事では済まない高さである。ジョズーはこれで決まったと確信した。
「はッ!」
両足を踏ん張ってリティは建物の屋根の上に着地した。当てが外れたジョズーは、空中からリティを呆けて見下ろす。
「あいつ、マジかよ……!」
その時、ジョズーの二の腕がざわついた。彼の中で何かが警告している。
勝てない相手ではない、それは確かだ。しかし戦い続けるのは得策ではないと、己の中で鳴る警鐘に耳を傾けた。
「うん、強い! でも負けないっ!」
「みゃみゃん!」
明らかな格上相手だというのに、精神的に追い詰められている様子もない。それどころか楽しんでさえいる少女に、ジョズーの嗜虐心が頭をもたげる。
「あれはジョズーか?!」
「住民を避難させろ!」
ジョズーにとって、いよいよ危うい場面である。リティを相手取るか、逃げるか。
選択肢などないようなものだが、ジョズーはリティがどうしても許せなかった。
リティの歳には5級にもなっておらず、荒れた日々を思い出している。
40に届こうかという彼にとって、2級という立場に並みならぬプライドを持っていた。
「年下の英雄様にいいように使われて……こんなところでも、てめぇみたいなガキが思い上がる! 年上を敬うという常識さえねぇ! 冷めんだよ、どいつもこいつも!」
昇級ペースでいえば悪くはなかったが、もはやそれも無意味だった。彼の立場はどこにもなく、今は追われる身となっているからだ。
冒険者パーティ"風の旅人"と口論になり、その横柄な態度に逆上して殺害した時から。彼はすべてを失った。
「ユグドラシアも! あの奴隷のガキも! 下にいる騎士団やお前も! 俺をバカにしやがって! あぁ冷める冷める冷めるぅ!」
ユグドラシアという圧倒的存在に屈したものの、鬱憤は消えていない。
媚びを売って調子よくしたところで、寝首をかいてやろうと思っていたのが彼だ。
ジョズーが両手の槍をそれぞれ回転させて、リティに見せつけた。
「シャークライダー、ジョズーは伊達じゃねぇ。こいつに乗れば、俺は誰にも負けねぇんだよ。格の違いってやつを思い知らせてやる」
地上にいるリティに向かって、ジョズーが突進した。この事からリティは、彼に遠距離攻撃の手段がないと踏んだのだ。冷静に、少しずつ。リティの視界に”互いの格”などない。




