クーファ、怒る
クーファはアーキュラをまとって、空からの攻撃に耐えていた。
炎系低位魔法。小規模な爆破しか引き起こせない魔法だが、手数稼ぎとしては優秀だ。
召喚師、魔法使いの称号。そして異国固有ジョブの忍者を併せ持つ2級冒険者コバンザ。
幻獣シャクネードに張り付いて炎系低位魔法を地上に向けて放つ様は、さながら空からの絨毯爆撃だった。
「いつまで持つかなぁ?!」
幻獣シャクネードとのリンクも目を見張るものがある。
アーキュラとクーファほどではないものの、それを意のままに操る手腕は今のクーファにとっても学ぶべき価値があった。
召喚獣との相乗効果により、戦闘能力を飛躍的に向上させられるのが召喚師の利点でもある。しかし召喚獣の行動が複雑になるほど、かえって枷になる事もあった。
コバンザはあえてシャクネードに飛行以外の行動はとらせていない。無駄がない分、空を縦横無尽に飛び回る事が出来るのだ。
魔力量も少なく、リンクもそこそこ。せいぜい中位程度の幻獣。そんな中で、彼は取捨選択をしていた。
「いい召喚獣を持ってるみたいだが、肝心のマスターがそれじゃなぁ!」
コバンザはアーキュラを見て嫉妬していた。召喚師ならば誰もが知る水の上位精霊アーキュラ。
召喚に成功しても、契約が成立した召喚師は皆無。難のある性格も相まって、怒らせて危うい目に遭った者もいるほどだ。
それだけにコバンザの怒りは高まっていた。
「アーキュラよぅ! そんなガキにとりついてメリットあるのかぁ! 俺のほうがよっぽど将来性もセンスもあるだろ!」
全体を俯瞰すれば、彼も天才に属する。グランドシャークが頭角を現せたのも、彼による功績が大きかった。
しかしジョズー同様、頭打ちというものが来てしまう。止まってしまったところで後続に追い抜かれて、苛立ちは募る一方だった。
「戦いってのは持ってる武器で決まるんだ! 何をどれだけ出来るか! だが、いくら切れ味がよくても使い方を知らない奴っているよなぁ!」
怒りと共に、コバンザには高揚感があった。水の上位精霊ごと殺したとなれば、自分の格は一気に上がる。
あとは他国に亡命してどこかしらの組織へ売り込めば、十分に再起できると考えたからだ。しかし――
「しぶといな……」
さすがは水の上位精霊とあって、その守りも堅牢だった。手数で攻めているとはいえ、低位魔法の突破では時間がかかる。
それどころかコバンザは異変に気づいていた。ガードが崩れないどころか、何かを狙ってる気さえしたのだ。
「……チッ!」
それが炸裂した頃にはコバンザは距離を取っていた。
炎に対するカウンター、アクアバースト。イフリートと契約した召喚師ギルドの支部長すら仕留めた攻撃だ。
そんな初見殺しを回避できたのは腐っても2級、コバンザの経験と勘のおかげだった。
「いるんだよな……。近づけないからってカウンター狙いで来る奴。もしくはおびき寄せてからの反撃。飽きるほど見てきたぜ」
パーティプレイに定評があるグランドシャークといえど、コバンザ単体の戦闘能力も高い。
格下と見なしたクーファに言葉を叩きつけることによって、作戦失敗時のメンタル崩壊を狙っていた。
「水系統は器用だが、速度が足りてねぇ……そろそろ決めさせてもらう」
彼の能力ならクーファなど振り切れる。しかし格下といえども、自分の逃走経路を知られた以上は見過ごせなかった。そしてもう一つの誤算、それは思ったよりも粘られた事だ。
再び爆撃を開始してクーファの水鎧に着弾。水の蒸発音が生々しく、いかに水の上位精霊でも消耗はするとコバンザは睨んだ。
「そろそろ……!」
「……んでですか」
クーファの声が聞き取れる距離ではない。コバンザは少女の感情など知る由もなかった。
「なんで、あの子を……ひどい目に……」
「チッ! しぶといな……」
いかに低コストの炎系低位魔法といえど、永遠に撃ち続けられるはずがない。
元々高くはないコバンザの魔力を削るも、クーファという少女の命に届かなかった。
単純にアーキュラという水の上位精霊の格が立ちはだかる。結論として、この程度で倒せるなら上位などと呼ばれていない。そう、この程度で。
「あなた達は、なんでッ!」
「う……?!」
コバンザは失敗していた。逃走という最善手を、あと数秒早く決断していればよかったのだ。
クーファを中心に巨大プールが形成されて、それがコバンザに叩きつけられた。地面と同程度の硬度を持つ水面に跳ね上げられたのだ。
それから成す術なくコバンザとシャクネードは約5000トンの水に落ちて漂い、気絶しかける。2級冒険者でなければ即死だっただろう。
血を吐いて、内臓が損傷したコバンザはこの時点で大半の戦闘能力を失っている。シャクネードが泳ぎを開始するが、自由はなかった。
「がぼぼぼ!? ごぼががばぼぼ!」
巨大プールではなく、さながら巨大洗濯機だ。それも左右上下に激しく揺さぶられては、いかにシャクネードといえども降参するしかなかった。
マスターであるコバンザの意識が途絶えた事により、シャクネードは消えるようにして逃げ帰る。
リンクがそこそこならば本来、こうはならなかった。それにも関わらずマスターを見捨てたのは、一重にアーキュラとの格の違いだ。
「なんでッ! あの子を怖がらせたッ! 怯えてたッ! あなた達のせいであの子は幸せになれないッ!」
もはや決着はついていた。しかし激情に流されたクーファはアーキュラの力を大きく引き出し、暴走させてしまったのだ。 力の奔流が続けば、クーファも衰弱してしまう。
アーキュラは迷っていた。止めるのは簡単だが、クーファ自身が気づかなければ意味がない。彼女の性格であれば見捨てていてもおかしくなかった。
「……お終い」
巨大プールの水が少しずつ水しぶきのように拡散して、暴走は静まっていく。膨大な水量がようやく消えてなくなった後、クーファは倒れていた。
水浸しの中、アーキュラはちらりと二人を見る。
「あいつ、生きてるかなー? あ、ギリギリ生きてるー」
「が、がはっ……!」
「でも危ないかもねー。ねー、クーファー? どうするー?」
「ぁ……」
指先すら動かせないクーファに答える術はない。うつ伏せになり、意識が途絶えるのを待つのみだ。
そんなクーファをアーキュラが拾い上げる。
「ひとまずあのサメ男も連れていくからねー? 死にそうだけどー」
あと少し解除が遅れていたら、コバンザは死んでいた。どのみち虫の息ではあるが、アーキュラはクーファに人殺しをさせずに済んだのだ。
「あっちだ! 何かいるぞ!」
迫る騎士団に対してアーキュラは悩んだ。魔物扱いされて討伐される可能性を考えてしまったからだ。
もちろん負ける要素はないが、マスターであるクーファはきっと望まないだろう。
「ホンット……手のかかるマスターなんだからー。なんでアタシもこんな子を選んだんだか……。サメ男の疑問はもっともだねー」
そうぼやく一方で、アーキュラはあの暴走について考えていた。暴走とはいえ、あの瞬間だけはアーキュラの力をほぼ引き出していたのだ。
そんな彼女は契約にすら至らなかった人間達を思い出す。時代を動かすほどの大魔術師であったり、世界に何人といない賢者。
どの人物もクーファなどより、よほど優れた存在だった。それなのに彼女は気に入らなかったのだ。
そう、彼らには何かが足りない。そして何より、彼らがクーファよりも劣るものがある。
「独学での召喚術成功。そして今のリンク率……。もしかしたらいつか100%以上に到達するかも?」
「オイ! 魔物か?!」
「違う違うー、アーキュラ」
「アー、キュラ……」
騎士達がしばし考え、その名を思い出す。有名な上位精霊だけあって、騎士達の頭の中にもその存在は刻まれていた。
しかし彼らにとって重要なのは敵か味方か、である。
「……我々に交戦の意思はない。話をしよう」
「はいはい、いい子ねー」
敵だった場合は最悪の選択をするしかなかった。水の上位精霊アーキュラとの交戦など、誰も望んでいなかったのだから。
* * *
夜の王都を疾駆するグランドシャークの一人、ギリーザ。彼もまたコバンザ同様、メンバーの目を盗んで逃走を試みていた。
戦闘能力においてはジョズーに次ぐ実力者であるが、騎士団に追われては敵わない。
曲がりに曲がり、何とか撒こうとするも少しずつ距離を詰められる。あちらに一人、こちらに一人。
退路を断たれつつあった彼の前に、一人の人物が立ちはだかった。
暗闇でその全体像はおぼろげにしかわからない。白いローブにフード、細身の体格。
表情まではわからないが追っ手と判断したギリーザは、即座に討とうとする。
「どきやがれッ!」
「……可哀そうに」
脳にまで響く甘美な声色だった。その心地よさで、ギリーザは立ち尽くしてしまう。
「あなたは罪を犯してしまった。それはとても許されない事です」
「なんだ、てめぇ……」
白フードの人物はギリーザの懐に入り、頬を撫でる。少し握れば折れてしまいそうな腕だと思いつつも、ギリーザは動けずにいた。
「助かりたいですか」
「ふざけんじゃ……」
「あっちだ! いや……誰かいるぞ?!」
二人の人影に気づいた騎士達が迫る中、白フードの人物はギリーザだけを見つめている。
ギリーザに思考の余地はほぼない。騎士団に捕まるか得体の知れない人物にすがるか。選択肢などなかった。
「助けてくれ……!」
「わかりました」
「オイ! そこの二人……」
騎士達が到達した途端、白フードの男とギリーザがかき消えた。不可解な現象といえど、歴戦の騎士達は警戒心を解かない。
攻撃の予兆と判断したからだ。しかしいくら待っても、夜の静寂が続くだけだった。
「……ルシオール隊長に報告だ」
うろたえず、小隊の隊長の男は速やかに次の手を打つ。首を捻りたくなる現象だが、隊長の男は思考を止めなかった。
あれではいかに厳戒態勢の王都でもどうしようもない、という思いはあったが。




