リティ、淡々と対応する
「号外ー! 号外―! ユグドラシアが冒険者ライセンスはく奪! 鉱山送りー! アンフィスバエナ隊、一斉摘発ー!」
ビラをまき散らしながら、男達が王都を駆けまわっている。彼らは王都の情報出版屋の者達だ。
民衆が情報を得る手段の一つで、その影響力は良くも悪くも計り知れない。
今回、それを手に取った者の反応は様々だ。
「信じられない……」
「明確な情報源を出せって、いつも言ってんだろうが!」
「オレが知ってる筋では、ユグドラシアのアンチ組織が結成されていてな……」
「あの蛇野郎、取っ捕まりやがったのか! ざまぁみろ! いつかこうなると思ってたよ!」
驚きのコメントを漏らすしかない者、情報を疑って憤る者、訳知り顔の情報通。この状況がもたらしたものは混乱だ。
この情報が事実だとすれば公開すべきではなかったと、鋭い指摘もある。
荒れる王都を素知らぬ顔で歩くリティも、配られたビラを手に取った。
「……私のことは書いてませんね」
「シッ! せっかく王様が配慮してくれたんだから、口に出さないの!」
「そ、そうでしたね」
そこにユグドラシアが一人の少女を虐待していた事実は一切書かれていなかった。
国王を騙した上での特権の悪用、王都内での蛮行、冒険者達からの評判。これらがさらりと書かれているだけだ。
与える情報としては足りないと考えるロマだが、あの国王なりの計らいだと解釈する。
これをやるにも徹底した情報規制が必要であり、割と苦労したのではとも思った。
特に傍聴席にいた者達に関しては難しいだろう。
「お金でも握らせたのかしら」
「何がですか?」
どこへともなく、ロマは不敬極まりない呟きを漏らした。
* * *
冒険者ギルド内でも、その話題で持ち切りだった。ユグドラシアを支持していた者達は、複雑な面持ちでビラを手に取っている。
リティをよく知る者達が多く、彼女を見るなり囲んで質問攻めだ。
「君、弟子だったんだよな。どう思う?」
「特に何とも思ってません」
「そりゃ薄情だなぁ……」
正直な気持ちを口にすれば、ユグドラシアの蛮行をよく知らない者から軽薄な反応をされる。
「弟子だった時もあんな感じだったのか?」
「はい」
「でも剣術は教えてもらったんだろう?」
「いいえ」
リティの淡泊な反応に、興味津々だった冒険者が歯がゆい思いをする。
鋭い者はその様子から察したらしく、追及をやめた。考えなくても、暴力を振るわれた冒険者がいる時点で明らかだ。
目撃者がいるとなれば尚更で、同時にリティの底知れぬ精神力とタフネスを賞賛する者も増える。
「アルディスさんが酔っ払った時も、その子に絡んだんだよ。あんな状態とはいえ、倒したんだよな……」
「何でも裁判中に殴られたらしいぜ。受け身をとって耐えたとか」
「かわして反撃したって聞いたぜ?」
尾ひれがあまりについているが、リティは訂正しようとしなかった。これ以上、騒動自体に関わりたくないからだ。
自分への評判よりもリティには気がかりな事がある。それはやはり依頼だった。
囲まれていたところをスッと抜け出して、掲示板へと向かう。
「実力はあるけど、本性なんてわかったもんじゃないな」
「あの人達を目指して冒険者になったのに、何だか力が入らないよ……」
「俺もしばらく仕事はいいかな」
悪くも、の影響が少なからず出ていた。ユグドラシアロスとも呼ぶべきか。
ユグドラシアを離れて結果を出した冒険者達とは別に、純粋に落ち込む者もいる。
そんな複雑なギルド内の様相にリティは何も思わなかったわけではなかった。
しかし、この場を晴らす手段などリティには持ち合わせていない。それより、やるべき事はやるしかないと思っているからだ。
「リティさん」
「クーファさん、久しぶりです」
「あの、なんだか、大変なことになったみたいで……」
「もう大丈夫ですよ」
クーファが申し訳なさそうにリティに声をかけた。ここ最近、彼女が冒険者ギルドに顔を出さなかった理由がその隣にある。
銀髪のヘアーに髪留め、純白のワンピースで綺麗に身なりを整えた少女がいた。少女はクーファから離れず、リティ達を観察している。
「その子は?」
「身寄りもないみたいで……私と同じです。だから、その。保護というか……」
「ご主人様。こちらの方々は?」
さすがのリティも、これには反応できない。ロマなど思考が停止している。周囲も止まる。
少女がご主人様と呼んだのはクーファだ。当然、あらぬ誤解も生む。
「ご、ご主人様?! あの子は奴隷か?」
「おいおい、あの歳で奴隷買いかよ……」
「末恐ろしいなぁ」
「ち、ちちち、違うんです! 何度も言ったのですが、直らなくて!」
クーファが少女の肩に両手を置いて、周囲に弁解している。当の少女はぺこりとお辞儀をした。リティが律儀に応える。
「リティ、このクーファという子は知り合いなの?」
「あ、ロマさんは初めてでしたね。私達と同じ3級冒険者で、召喚師です。あれ、そういえばアーキュラさんは?」
「こ、こういう時は、面白がって引っ込んでるんです……」
リティがよく見れば、クーファの足元に不自然な水たまりが出来ている。それが何なのかは問うまでもなかった。
「ふーん……人は見かけによらないものね」
「違うん、です……」
「ロマさん。クーファさんは優しいんですよ」
「あなたが言うならそうなんでしょうけど……」
「ご主人様、肩をお揉みしましょうか?」
クーファの心中などお構いなしに、少女は従順な姿勢を見せつけた。ここに涙目のクーファを置いておくわけにもいかないので、全員で場所を変える事にした。
* * *
「素性は一切わからないんですね」
「は、はい。実際、奴隷かどうかもわからないんです……」
デマイル邸に場所を移したのはリティの勘によるものか。彼女自身も、何かを嗅ぎ取ったのだ。
少女が逃げてきた奴隷であれば本来の雇い主がいる。ロマがそう結論づけたのがきっかけだった。
「ちょうど私が在宅中でよかったな。そして、その少女は何も覚えてないのか」
「そうなんです。どこから来たのかも名前も話してくれなくて……」
「ううむ。何はともあれ、その少女を連れて歩いたのは迂闊だったな」
「す、すみません……」
デマイルからもっともな指摘を受けたクーファが反省する。
誰が見ているかわからない。雇い主であれ関係者であれ、見つかれば騒動に巻き込まれるからだ。
「記憶喪失、の類かもしれん。それとも頑なに話したくないのか……。いずれにせよ、このままではいかんな」
「そう、ですよね……」
「それで君はどうしたいのだ? その子を雇い主に引き渡すか?」
「それは、嫌です」
「何故だ?」
クーファが下唇を噛み、堪えるようにして俯く。以前のクーファならデマイルといえど、貴族相手にまともに話など出来なかっただろう。
ましてや選択を迫られたとあっては、答えなど返せるはずもない。しかし今の彼女は顔を上げて、デマイルを真っすぐ見る。
「……この子を見捨てられません」
「それはつまり君が雇い主となるのか?」
「いえ、奴隷ではなくて……その。この子が、嫌な思いをしないで、暮らしてほしいです……」
「君は優しいな。しかし、それが何を意味するのか理解しているのか?」
デマイルはわざと意地悪く追及する。国王同様、彼も上流階級の人間だ。ただ笑顔で受け入れるだけが優しさとは考えていない。
問題が問題なだけに、クーファを甘やかすような真似はしなかった。もし甘い顔をして素通りさせれば、巡り巡ってクーファが不幸になると考えているからだ。
雇い主に見つかって最悪、殺されるかもしれない。そんな未来もあるのだから。
だからこそ、その真意を確固たるものにさせる必要があるのだ。ここで挫けるようであれば、クーファの願いなど絵空事である。
「わたしは孤児だったので……。その辛さはわかるんです。リティさんに会って、わかりました。わたしは……人の温もりで、少しずつですが成長できそうなんです」
クーファの独白をデマイル達は黙って聞き入る。物怖じしないその態度に、リティは感動すら覚えていた。
ついこの前までは悪魔のせいとはいえ、まともに口も利けなかったのだ。それが今は自らの意思を表明しようとしている。
「リティさんみたいに……なれるかはわかりませんが。わたしも誰も見捨てずに……誰かに与えていきたいと、思います」
「……ただの同情ではないのだな。雇い主を探して突き出す、というのが最良の選択だが?」
「この子がそれを望むなら、ですけど……」
クーファが少女を見るが、無表情で棒立ちするのみだ。その意思はくみ取れないが、クーファは自分で結論を出していた。
「でも、わたしとアーキュラなら……この子を幸せに出来ます」
「及第点ー」
アーキュラの登場にデマイルが大きくのけぞる。少女の形を成したアーキュラが、クーファに溶け込むようにしてくっついた。
「お、おぉ。ビックリした……」
「アーキュラがいれば、だったらちょっと減点だったかなー? マスターとアタシ、一心同体だもんねー」
胸を押さえながらも、デマイルはクーファの目を覗き込んだ。どこか頼りないが、育ちつつある。そう解釈したデマイルは膝を叩いて、彼もまた結論を出す。
「よし。それでは私もその子については黙っていよう」
「あ、ありがとうございます!」
「本来であれば許されんのだがな。奴隷の脱走は」
「デマイル様。騎士団の方々がお越しになってます」
デマイルが脅し文句を口にしかけた時、使用人が声をかけてくる。あまりにタイムリーなタイミングで、クーファも穏やかではない。
デマイルが腰を上げてエントランスに向かう。残された一同だがやはり気になるのか、緊張した面持ちで待っていた。
「……そうか。わかった」
「はい、それでは……」
やり取りを終えたデマイルが再び戻ってくる。その表情はやや強張っていた。




