リティ、ライバル認定される
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい! 怪我しないよう気をつけるんだよ!」
リティの朝は早い。世話になっている定食屋にて、日も昇らないうちに起床する。
剣士ギルドの修練所が開く前までの間、遊ぶわけにもいかない。予め冒険者ギルドで受けた依頼をこなすのが日課となった。
今回はミルク配達だ。これを街の数十件の家々に配って回る。一人が請け負うにはハードだが、リティの体力ならば問題にならない。
配り終えた頃には、人々が少しずつ一日の始まりに向けて動き出した。空になったミルク入れのケースは、冒険者ギルドに渡す。それで報告完了だ。
決して高いとはいえない報酬だったが、リティは満足していた。人の役に立てた事、何よりこれも冒険者活動の一環だ。
まだ夢には程遠い仕事だが、この下積みをリティは楽しんでいる。
「よっ! リティちゃん! 今度、うちも手伝ってくれよ」
「はいー!」
「リティちゃん、よかったらこれでもどうぞ。採れたてのモモルの実だよ」
「わぁ! どうもです!」
リティの元気と人の良さもあって、街にはすっかりと馴染んでいた。品物の運搬、引っ越し、店番。ペット探し。側溝の掃除。
6級向けの依頼を、リティはほぼすべてこなしている。中でも害虫の巣の駆除は、ちょっとした討伐依頼だなんて心を躍らせていた。
6級でこれほど精力的に活動する人間は見た事がないと、人々は語る。
「リティちゃん、うちの跡取りになる気はないかい?」
「お誘いありがたいです。でも私には冒険者になるという夢があるんです」
「そうか。そりゃ残念だ」
冒険者ギルドは冒険者の為だけに存在するわけではない。仲介料を支払ってまで冒険者ギルドに仕事を登録をするメリットがある。
まず単純に、自力での宣伝は人的にもコストがかかるからだ。冒険者ギルド設立以前は、どの街にも至る所に求人の張り紙が張られていた。求職側にとっても雑な景観の中、目当ての仕事を見つけるのも一苦労だ。
そんな本末転倒な状況を冒険者ギルドが仲介して綺麗にまとめた結果、街からほとんど張り紙が消えた。
この老人のように自営業の跡取りがほしい場合は、仕事を登録しておけば人材がやってくる可能性がある。
今回はリティが相手とあって縁がなかったが、時には互いにとって思わぬメリットが生じる事もあった。
「毎日、よく働くねぇ。体のほうは大丈夫かい?」
「まだまだ動き足りないくらいですよ!」
「すごいなぁ」
底なしのバイタリティとメンタルは、周囲を感嘆させる。この二ヵ月でリティを欲しがる商売人がずいぶんと増えた。
あのユグドラシアの悲惨な環境に適応していたとなれば、少々の理不尽など彼女は素通りする。あの手この手でリティを引き入れたがる者もいたが、あくまで彼女の目標は冒険者だ。
リティもそれは危惧しているようで、今日も足早に剣士ギルドの修練所に通う。
* * *
「おはようございます!」
「おう、相変わらず早いな」
修練所が開くや否や、真っ先に到着するのはリティだ。受付の男があくびをしてるというのに、リティだけは今日の訓練を待ちわびる。
あれから二ヶ月。当初は剣士の称号獲得と5級への昇級試験に向けて励んでいた。しかし思いの他、冒険者ギルドに登録されてる仕事が面白い。こればかりにかまけてしまい、気がつけば半分も講習を終えてない事に気づく。
おかげですっかり住民から可愛がられるようになったものの、前へは進んでいない。本末転倒とまでは行かないが、リティもさすがにまずいと思った。
本日も講習に聞き入り、その後は訓練だ。
「301、302、303……」
「素振りはもういい! 次! 受け!」
止めなければ力尽きるまでやりそうな雰囲気を察したのだろう。その回数はもはや訓練所内で超える者はいない。
その後も休む事なく、二人一組の"振り"と"受け"、相手はいつかのかけ声の男ビルデットだ。300を越えるというのに、年甲斐もなく負けじとリティの剣に振り下ろす。
その様相は、どう見ても打ち負かしてやろうという気概しか感じられなかった。
だがリティが押されず、ニッコリと笑っている。
「はぁ……はぁ……もう、ダメ、だ」
「無理をしなくていい、ビルデット。しかし、これでは続けられんな」
「私がやるわ」
名乗り出たのはロマだ。最終試験の仕上げで忙しい彼女が、ここで買って出たのはリティを知る為だった。
彼女は本当に初心者か。それを解き明かしたい。
男性に傾倒した風習を嫌う彼女にとって、同じ女である彼女が強いのは喜ばしい事だ。
しかし、その負けたくないという気持ちは同性だろうと変わらなかった。
「リティさん、行くわよ……はぁッ!」
ロマはわずか一年で最終試験に臨む逸材だ。その気迫たるや、修練所内を騒然とさせる。
以前とは違う、本気の一撃。受けていたリティが衝撃を受け切れず、倒れ込んでしまった。
「あ……ごめんなさい」
「いえ……」
我に返ったロマが、リティの手を引いて起こす。さすがに無茶だったと、教官ジェームスは己の判断を反省した。
止めるべきだったのだ。いくらリティが逸材の片りんを見せているといえ、経験の差がありすぎる。
仕方ないがパートナーは他の者に、と声を出しかけたところだった。
「もう一回お願いします」
さして驚いたり落胆する様子もなく、リティは"受け"の構えを取る。何を強がっている、と思いきや。
教官ジェームスは気づいた。ロマの"振り"に撃ち負けながらも、リティは完全に剣を手放していない。ロマに引き起こされた時も、剣だけは片手で持っていた。
考えてみれば、大怪我をしないほうがおかしい。だとすれば、ここはやはり止めるべきだと教官ジェームスは思い立った。
「やはり、止め……」
「お願いします」
声のトーンが先程と同じだ。それも教官であるジェームスへ許可を取るために言ったのではない。
ロマへ頼んだのだ。こうなれば剣を握って一年といえど、力も入るというもの。ロマも本格的に加減を忘れる。
負けず嫌い、だがこの場合は未熟な精神性の表れでもあった。
「たぁッ!」
先程よりも威力のある剣撃がリティの剣に打ち付けられる。
だが結果は違った。踏ん張りが利いた下半身。安定した重心はすべて、ロマの本気の一撃を受けるために万全だった。
リティの剣がロマの剣を止めて、しかも瞳がどこか虚空を見つめているようだ。ロマという人間ではなく、すべてを吸収するために注がれた視線。
それはユグドラシアにいた時に、何度も見せていたものだった。
あのアルディスをほんの少しでも畏怖させた、その集中力という名の異能。
「うッ……!」
「ハッ?!」
二度目を打ち込む事なく、ロマが怯むのも仕方なかった。直後、我に返ったリティ。
慌てて構えを解いて、頭を下げた。
「す、すみません!」
「なんで謝るの。よく受け切ったわね」
「で、ですよね」
ユグドラシアにいた頃の弱腰気質がまだ抜けていない。このままではいけないと、リティは改めて自分を奮い立たせる。
もう一度、構えて見せてロマに続きを促した。ロマもそれに答えて、加減なしの振りを連打する。
容赦のない連打をリティは歯を食いしばって耐えていた。
「そこまでだ! 止めッ!」
「?! はい……」
剣を振り続けるロマに危険を感じたのか、教官ジェームスは腹から声を絞り出した。訓練所内の見習いたちや他の教官の注目を集めてしまったからではない。
理由は単純で、リティのそれはすでに完成していたからだった。最終試験に挑む見習いの中でもトップクラスの振りを、何度も受け止める。
それは初心者どころか、すでに彼らと同レベルのところにいるからだ。
教官ジェームスもまだリティという少女を完全には計れていない。ただすでに次の段階へ進ませる決意はあった。
「リティ、振りが終わったら次は薙ぎ払いだ」
「なっ?! 教官! さすがに早いのでは!」
「実際にやらせて早いと判断すれば止める。それではリティ、次は君が振りだ」
「はいっ!」
教官の判断に口を挟める身分ではない。わかってはいたが、ロマの内心は穏やかではなかった。リティの剣を受ける為に、全身全霊を持って彼女も構える。
相対した途端、ロマは瞬時に引きたくなった。しかし年上と経験者というプライドが、かろうじてそれを思いとどまらせる。
「はぁっ!」
「うぁッ……!」
鋭く、重くのしかかる。安定させていたはずの重心を芯から打ち砕くような一撃だった。
衝撃が剣から手、腕。体全体に伝わる時間差が遅く感じられるかのようだ。
笑う膝を抑えて、悟られないように努める。自分の狼狽を知られてはならない。
そんなロマの胸中を知る由もなく、リティは容赦のない二撃目を放つ。
「ううっ……!」
ロマは悟った。三回目は耐えられない、と。今度は自分が倒される番だ。
この小さな体のどこからこんな力が出るのか。やはり初心者ではないのか。
そんな思考の余裕などない事は、次の一撃をもって証明された。
「あぅっ!」
「あ、ロマさん!」
「そこで止めッ!」
耐え切れずにロマが尻餅をついてしまった。剣を落として呆然としたロマの手を、今度はリティが取る。
素直に立ち上がったものの、リティと目を合わせようとはしなかった。
「リティさん……すごいね」
「すみませ……」
「だから、謝らないで! それに誤解しないでね、むしろありがとう」
「え?」
逸らしていた目をリティに合わせる。両手の拳を握りしめ、グッとポーズを取った。
「あなたのおかげで、私は思い上がらずに向上できる。一年で最終試験目前だなんて褒められてね……ちょっといい気になってた。あなたの事も初心者だからって、どこか下に見ていたと思う」
「は、はぁ……」
「年が近いライバルが出来て、やる気がみなぎってきた!」
「ライバル……」
リティにとって、それは初めて知る概念だった。ライバルとは共に同じ志を持ち、高め合う存在。そして最も負けたくないと思う相手。
ロマに対して、リティがそう思えるかはまだ微妙なところだ。
だがロマの元気な素振りを見て、ライバルとはそういうものなのかと理解した。
「ジェームス教官! しばらくリティさんとペアでいいですよね?」
「あ、あぁ。構わんが、そちらの担当教官は……」
「いいぞ。俺は形式には拘らん」
了承したのはジェームスらよりも年配の教官カドックだ。温厚な性格で、前線を退いた後は後進の育成に精を出している。
国の騎士団に所属していた経験を活かして、あえて上位職の騎士の登竜門である剣士ギルドに務めていた。
「ただし、最終試験の調整もある。程々にな」
「はい! どうもありがとうございます!」
「ジェームスよ、こちらのリティだったか。仕上がりを見て、この子も最終試験に合わせろ」
「はい?! しかし、さすがにまだ……」
「形式には拘らんでいいぞ。才あるものは早く巣立つべきだ」
彼は定年まで騎士として勤め上げたものの、その堅苦しい騎士道精神や生活にどこか疑問を感じていた節がある。
統制が生む強さはあるが、同時に失われるものもあるとカドックは考えていた。人は千差万別、騎士を辞めた者が大成した話もあるくらいだ。
その経験があるからこそ、カドックはあえて柔軟性を重視していた。
「ではロマにリティ、最終試験で待ってるぞ」
「え? それってどういう……」
「今は気にしなくていいの。さ、始めましょう」
意味深なカドックのセリフが気になったが、すぐに頭から払拭される。先ほどよりも気合いが入ったロマが、リティを威圧していたからだ。
そんなロマを受けて、リティはまた"集中"した。




