リティ、国王と対話する
「みゃっ! みゃっ! みゃーん!」
「ミャン!?」
しゅるしゅると走ってきたミャンの後ろから追いかけるのは騎士達だ。裁判の際に武器はもちろん、ミャンも預けていた。
リティも後ろ髪を引かれる思いで別れたとあって、再会は素直に喜ぶ。
「みゃんみゃんみゃん!」
「ミャン、勝手に出てきたんですか?」
「ハァ……ハァ……なんて、すばしっこい……」
鍛え抜かれた騎士二人ですら捕まえられないほど、ミャンは身軽だった。リティに巻き付いて、頭を擦りつける。
リティもたまらなく愛おしくなり、ミャンの頭を抱いてすっぽりと包み込んだ。
「すみません。脱走してきたんでしょうか」
「い、いや。気にしなくていい。こちらの落ち度だからな……」
「あんな狭い牢をすり抜けるとはなぁ」
要は脱走してきたのだ。幻獣ミャーンは見た目以上に柔軟で、狭い場所でも容易にすり抜ける。
実は物の出し入れ以外でも活躍できるのだが、リティがそこに気づくきっかけにもなった。
「リティさん、ご無事で何よりです」
「マームさん、デマイルさん、ナターシェさん。ご迷惑をおかけしました」
「なに、あのユグドラシアに信を置いた我々貴族の落ち度でもあるからな。これからは承認についても慎重にならねばいかん」
3級以上の冒険者となれば、貴族階級の者達に認められる必要がある。その承認によって2級以上への昇級に関わるのだ。
デマイルは伯爵なので、彼に認められた準2級ならば即2級へと昇級できる。
「だが、君は気に入った。もし準2級へ昇級した際にはすぐに承認しよう」
「ほ、本当ですか?!」
「今日の裁判で、君には惚れ直させられたよ」
「わぁぁ……私が、デマイル伯爵にッ!」
準2級昇級試験までは冒険者活動における実績さえ積めば、受験資格が得られる。しかしその上へ行くには、彼ら貴族は避けて通れない。
ユグドラシアは各国の王族や貴族を含めて、多数の承認を得られていた。しかし今回の件で冒険者資格をはく奪されたとなれば、すべてが破綻する。
冒険者ですらないのであれば、それらの承認も自動的に無となるのだ。
「アハハ……私、あっという間に追い抜かれちゃうかもなぁ」
「でも、ナターシェさんはすごく強いですから……」
「いいのいいの。才ある若人はどんどん上に行きなさい。ユグドラシアの件はちょっとショックだったけど、リティちゃんなら大歓迎だよ」
「若人って、ナターシェさんもまだぎゅふっ!」
「女子の年齢には高い値がついてるのよ、マーム様」
ナターシェに口を塞がれてもがくマーム。しかしリティは以前、冒険者カードに記載されている年齢を見た事がある。
この場には大勢の者達がいるので、彼女なりのプライバシーの保守だとリティは判断した。
「リティちゃん……立派になったね」
「おじさん、おばさん。せっかく見送ってもらったのに、心配かけちゃってごめんなさい」
「何を言ってるんだい。むしろまだ我々大人に出来る事があったとわかって安心しているよ。君はすごいけどまだ子どもなんだからね」
「そうそう、言っただろう。つらくなったらいつでも帰ってきなさいって……」
リティは目頭が熱くなったが堪えた。老夫婦のような一般の人間から貴族まで、リティは幅広く関わりを持てたが本質的には何も変わらない。
窮地を救ってもらえたという打算的な考えだけではなく、心の問題だった。
「私、今すごく幸せです。こんなにもたくさんの人が、私なんかの為に動いてくれたんですから……」
「それがわかれば、更に立派な冒険者になれるよ」
「はい、ナターシェさんに負けない冒険者になります」
「前もいいけど、後ろも気をつけてね」
遅れて登場したロマが、リティにプレッシャーをかける。リティが常に前進するように、ロマもまた追いかけてきているのだ。
また思い上がっていたかとリティは己を律して、ロマにも感謝の言葉を述べた。
「あなたが拘束されたと聞いた時は本当にもう……気が気じゃなかった」
「心配かけてしまいましたね……」
「あ、そうじゃなくて。なんていうか、その」
「だからこそ、私も動いたのだ」
ロマの言葉を遮るように、イリシスが割り込む。アルディス達の連行は終わったのか、今は彼女だけだ。
「イリシスさん。私の為に……?」
「それもあるが、バイダーとユグドラシアだけは捨て置けなかった。そして大変なのはこれからだな……」
「た、大変な事があるんですか?」
「……ユグドラシアの失墜により、良くも悪くも世の中が動くだろう」
「その通りだ」
国王が姿を現した途端、ほぼ全員が跪く。リティもワンテンポ遅れて真似をしたが、国王はまるで気に留める様子もない。
それどころか国王の視線はリティに注がれている。側に立つレドナーも同じだった。
「ユグドラシアが世界の底にて見つけた魔石のエネルギー効率は従来のものと比べて段違いだ。これにより発展しつつある産業も多い。
それだけではない。未知の魔物の生態が明らかになり、人類がそれらに対する備えを得た。更には採取された薬草による不治の病の完治……。
彼らは世の中を動かすほどの功績を成し遂げた……まさに人々にとっての英雄なのだ」
全員が国王の言葉に聞き入る。裁判場での往生際の悪さばかりが目立ったが、それとは別の話がある。
国王が言わんとしている事を深く考えたのはリティだった。
「リティといったか。ユグドラシアとは不幸な巡り合わせだったな。それで胸の内は晴れたか?」
「いえ……」
「もっと懲らしめてやりたいと考えているか?」
「いえ、あの人達には興味がありません」
「興味がない、か」
裁判場で見せた一国のトップの威厳が、ここでも全員に突き刺さる。怒りか落胆か。それを容易に探らせない大物がここにいるのだ。
やろうと思えば言葉一つで、この場にいる全員の人生を終わらせる力を持つ人物。そんな彼を相手にリティだけは物怖じしない。
「まるで他人事だな」
全員の内心が穏やかではない。王族と接した経験などまるでないリティだ。その気はなくとも、逆鱗に触れる可能性は十分ある。
たとえ本音ではなくとも、綺麗な言葉選びを求められる事もあるのだ。それが権力者ともなれば顕著になる。
もっとも、彼らもその言葉を本気で受け止めてはいない。しかし、それとこれとは別なのであった。
礼、節度、そして敬意を示すのも人として求められるスキルでもある。
どうしたものかと思案する者もいて、いっそリティの代弁を務めようかと躍り出ようと考えた。
「過程はどうあれ、リティ。お前が彼らと出会わなければ、落ちることはなかった。人々は彼らを英雄と称えて、明日への活力に出来たのだ。それをお前は終わらせた……と言えばどうか?」
「私を恨む人もいるかもしれません」
「そうだ。それを一身に受ける覚悟があるか?」
「わかりません」
「ほう……?」
周囲が心配する中、リティの目には魂が宿っていた。それは冒険の最中に見せるそれであり、ロマもよく知っている。
リティにとって雲の上の人物ともいえる国王との対話も、未知の体験の一つに過ぎなかった。
「これから先のことはわかりません。冒険も同じです。もし皆さんが私を恨んだのなら……その時は考えます。もしかしたら落ち込むかもしれません。でも……」
国王はリティの言葉を待っている。レドナーは口元を歪ませて、その真意を表情に出していた。
「それも冒険だと思ってます。私はまだ未熟なので未知のものに対してどうすべきか、今すぐには答えを出せません。ですから……わかりません」
「覚悟はないとも解釈できるな」
「皆さんがどう言おうと……邪魔されたくありません」
「それはどういう……」
今度はリティが場を凍てつかせる番だった。国王すらもすぐに言葉を出せないほど、硬直させている。
最初から愚問だった。リティが周囲をどう受け止めるかではなく、リティがどうしたいか。
彼女は最初からその視点でしか話していない。
「冒険だけは邪魔されたくないです」
国王は生唾を飲む。そして理解した。彼女の道に立ちふさがれば、どうなるか。
ユグドラシアが結果的にどうなったか。彼らの末路も、巡り巡って彼女がもたらした。
リティがここにいる者達と接点を持ち、そして彼らが動く。彼女がそうさせたのだ。
リティに自覚はないが、これも一つの力だった。ユグドラシアが軽視した、目には見えないとてつもなく大きな力なのだ。
国王はそれを実感して、これ以上の問答を諦めた。というより認めた。
「……そうか。あの裁判場で見せた胆力に偽りはなかったようだ。すまなかった」
「あ、謝らなくてもいいですよ! 私、ちょっと生意気でした!」
並みの精神ならば、あの場で平静を保てない。裁きを受けたダンデなど、成すがままに頷くしかなかったのだ。
そしてアルディスの拳を受けても尚、立ち上がる底力。これを見たからこそ、国王はユグドラシアに見切りをつけられたのだった。
「あの、皆さんが私を恨んだなら……もっと頑張ります。世界の底以上の未踏破地帯にいって、皆さんの役に立ちます。それが私に出来る事だと思います」
「ユグドラシア以上の英雄として名を知らしめると言う事か?」
「みゃん!」
「コラッ!」
勝手に代弁したミャンをリティが叱りつける。話の腰は折れたが、国王は満足していた。
彼女の素質以上に、一人でも優秀な冒険者がいてくれた事に感謝している。
「英雄になれるかはわかりませんが……。物語の主人公になれるくらいの立派な冒険者になりたいです」
「フフフ……物語の主人公か。言うは易く、だがな。なるほど。もういいだろう、レドナー。行くぞ」
「む? 陛下?」
「この娘もお前も、思い通りにはいかんという事だ」
胸の内を看破されたレドナーがバツの悪い表情を見せる。見世物として高みの見物を決め込んでいた彼も、英雄と共に落ちる冒険者そのものを期待していたのだ。
しかし現実にはリティがいる。どうしたものかと顎を撫でるも、今はそれだけだった。
「……何の事だか」
そう誤魔化すも、彼の中でリティの存在が大きくなっていく。もし彼女がユグドラシアのような冒険者の象徴になれば、と考えてしまったのだ。
彼女の素質にも気づいていただけに、今のうちにこの手で――などと力が入る。
「では、リティに皆の者。邪魔したな」
国王が去る横で、レドナーはいつまでも思案顔だった。




