リティ、英雄の終わりに立ち会う
アルディスは激情を抑えるのに必死だった。裁判場、王族、武器を預けているという制限がなければ惨事となっていたほどだ。
加えてイリシスという強者の存在が、彼に歯がゆい思いをさせている。その強者は英雄パーティだろうと微塵も恐れを見せない。
「ユグドラシアはご存知の通り、英雄と呼ばれるほどの実績を持つパーティです。ですが裏ではこちらのリティを弟子と称して暴力でいたぶっておりました」
「えー、お待ち下さい。この件に関しては、いくつかすれ違いがあり」
「では目撃者に証言をしていただきましょう」
「お、おい?!」
ズールが口を挟むも、イリシスは軽やかにスルーする。相手に主導権を握らせず、終始彼女のペースだ。
国王が許した独壇場という事実が、それを後押ししている。
最初に話し始めたのはリティがお世話になった店主だ。
「私達はトーパスの街で食堂を営んでいます。ある日、彼らが訪れたのですがリティちゃ……彼女にだけ注文を許さなかったんです」
「オイ、クソジジイ! いい加減なこと言ってんじゃねえぞ! 証拠出せや!」
この罵声が店主の発言を肯定しているようなものだが、沸騰したアルディスは気づかない。
ズールの制止もすでに意味がなくなっていた。
アルディスに怯える老夫婦が言葉を止めてしまうが、イリシスが傍らについて店主の肩に手を置く。
「りょ、料理がまずいという意見は、その、謹んでお受けします。しかし代金を踏み倒し……テ、テーブルなどを蹴り上げた所業は、その。いかがなものかと思いました」
「証拠出せっつってんだろぉ!」
「証拠は彼らの目撃証言が集まった先にある」
イリシスが淡々と述べると、次の証人が語り始める。トーパスではない隣の町の住人だ。
出身、性別、年齢が様々だった。この証人達を集めるために、イリシスは奔走していたのだ。
小さな情報を辿り、行きついた先で協力を仰ぐ。仕事の片手間、休日も返上して寝る間も惜しんだ成果だった。
リティという逸材をユグドラシアは潰すところだったと、イリシスは表面に反して内は激情で溢れている。
「そちらの少女……だったと思います。重い荷物を持たせて、後ろから蹴ってました。ひどい暴言を浴びせていたのも記憶しています」
「私の街に来たというから期待して見に行ったんですよ。でも一人、奴隷のように貧相でボロボロな身なりの少女がいて……。違和感がありましたね」
「前にユグドラシアに助けられた事があるんだ。そりゃ俺みたいな万年4級とは違って凄まじい強さでさ……。もう引退を決意したんだよ」
最後に語り出した青年の冒険者の声がどこか弱々しかった。助けられた恩を仇で返すようで気が引けているのだ。
しかし、それとは別の理由も彼の中にあった。
「そこの少女……覚えてるよ。あの爆風の中、すり抜けるようにして逃げてた。何の武器もスキルもない少女がさ……。
それを見て、もう一度だけ頑張ろうと思ったんだ。だから、なんていうかな……この場を借りて礼を言うよ。ありがとう」
「いえ……」
リティは曖昧な返事しか出来なかった。そんな場面など多々あったし、青年がいたとしても気にかけている余裕もない。
そんな事情もあって、覚えていない相手の礼を素直に受け取れなかったのだ。
「助けられたんならよぉ。俺達にも感謝するべきだよな?」
「も、もちろん! あの時はありがとう……」
「ほら、見ろ。俺達は英雄なんだよ。人助けなんて当然さ」
「特級ならば、リティを守りながら戦うことも出来たはずだ」
アルディスの怒りがいつ爆発するかというところで、ズールはずっと思案していた。
王族二名をちらりと見て顔色を伺うも、その意思までは読み取れない。ほとんど表情に感情を出してないところから、さすがは王族と称える。
「あー……いいか? それで、もしそれが本当だったとしてさ。俺達はどうなるわけ?」
「次の者、頼む」
「オイ、聞けよ」
スルーを決め込むことで、次第にズールの神経も逆撫でされる。証言が積み重なり、傍聴席も次第に賑やかになっていく。
そしてついに王都の者達の出番が来た。高級クラブ内にて、アルディスが後輩の冒険者に暴行を働いていた事。
その他、数々の店での悪行が明らかになる。これにより、国王が初めて動きを見せた。
「私は国王の権限をもって、ユグドラシアを支援した。アルディスよ、今の話がまことであれば貴様は私の顔に泥を塗ったも同然だ」
「待って下さいよ。オレ達よりもあいつらの話を信じるんですか? 証拠もないですよ」
「彼らが揃いも揃って共謀して、貴様らを陥れていると? そう解釈するのか?」
「そうですよ。だって……」
「なるほど。我が国民をそのように見るか」
ここで空気がまた一変する。年季相応、いや。一国を治める者の憤りが、この場にいるすべての者達に刺さった。
身を震わせて、二の腕をさする者や萎縮して縮こまる者。己の身を案じた者が席を立とうとする。
イリシス達が連れてきた証人達ですら、この場に来たことをやや後悔するはめになった。リティもまた、王という立場にある人間の格を感じている。
そんな中、ズールが反撃の狼煙を上げた。
「陛下、私達に至らない点があった事についてはお詫びのしようもありません。ですが、このような形で物量の証言を展開されては我々も弁解に難儀します」
「確かにな。しかし結果を見ればどうか」
「結果とは?」
「後進の育成だ。あれから随分と経つが私にはその成果とやらがまるで見えぬ」
「そ、それは、それについても」
「彼らを慕っていた冒険者の者達です」
付け入るようにイリシスが、冒険者達を紹介する。初めはユグドラシアについていっておいしい思いをした彼らも、すでに心変わりをしている。
度重なるユグドラシアへの不信が募り、離れて活動してみれば成果が出た者すらいた。
「直にユグドラシアの戦いを見る事が出来た点については感謝します。結果的に学べるところが見つけられなかったのは、オレの不徳でしょう」
「デシュルムを食材として持ち帰った時は……言おうと思ったのですが……」
「まぁ噂ほどでもなかったかなというのが僕の所感です。実力を見せつけたかっただけだと気づくのが遅かった」
「てめぇらッ!」
アルディスが椅子を跳ね飛ばし、テーブルを蹴り上げる。物騒な振る舞いに警備の騎士が身構えた。
幼い頃から結果を出して、英雄と持て囃され。苦労もせずに出世へ至った才能がもたらした弊害だ。
実力に伴ったメンタルが彼にはない。己の非を認めて謝罪して、心を入れ替えると誓う。そして行動する。
この事態を打開する術など、それしかなかった。しかし、彼にはそれを実行する度量もない。
「好き勝手に喚きやがってよぉ! 本当だったら何だ? オレ達は英雄だぞ! あの世界の底を制したんだ! てめぇらに同じ真似ができるか? 出来んのかよッ!」
王族や警備の者達、イリシスを初めとした強者がいなければ大半の者がパニックとなって逃げ回る事態になっただろう。
誰もがユグドラシアに注目する中、リティだけが正面の裁判長の席を見据えている。
それが癪だったアルディスが、リティの元へ移動した。すかさず警備の騎士がかけつけるも、アルディスの行動は早い。
「何、すましてんだよ。いい気味とでも思ってんのか? オイ……!」
「あなたと話す事はありません」
「あぁッ?!」
アルディスがついにリティを殴り飛ばした。その威力たるや、傍聴席すれすれにまでぶっ飛ぶほどだ。
悲鳴が上がる中、リティは間を置いて立ち上がる。
「な、何してるんだ?!」
「もういい! 中止したほうがいい!」
「うるせぇ! クソどもッ!」
吠えるアルディスに、また怯える傍聴席。王族の二人は静観を決め込んでいた。
レドナー同様、国王もまたリティという冒険者に興味を持ったからだ。
この状況下で平静を装い、恐怖の対象となり得るアルディスへ言葉を返す。
並みのメンタルではない。そんなリティに国王は底知れぬ何かを感じたのだ。
「揃いも揃ってそこのクソガキを擁護ってか? 実力じゃオレの足元にも及ばねぇクソガキをよ? 未踏破地帯がどんなところか想像できるのか? てめぇらの想像もつかねぇ魔物だっている」
「想像もつかない魔物……!」
アルディスに殴られた直後にも関わらず、リティはそのワードでときめく。
またアルディスがキレる――誰もがそう予感した。
「このクソガキ……」
「そこまでだ。もうお前は負けている」
アルディスの拳を止めたのはイリシスだ。英雄の拳を涼しい顔をして止めている様には、誰もが感嘆する。
イリシスの言葉の意味をそのまま受け止めたアルディスが、更に激昂した。
「どこがだぁッ!」
「すべてだ」
アルディスの猛攻をイリシスがいなす。格闘戦であればイリシスに軍配が上がる上に、今のアルディスだ。
怒りに任せて拳を振るって突破できるほど、甘い相手ではない。
「彼女はお前の感情を受け止めていない。その価値すらないと判断しているからだ。あの子の視界にお前はいない」
「クソザコの分際でぇ!」
「彼女は冒険だけを見据えている。そこに割り込みたければ、冒険並みに魅力的な存在となれ」
「意味不明なんだよッ!」
「もういい。実に見苦しい」
国王がユグドラシアを冷たく見据える。レドナーとは違い、彼は冒険者達を視野に入れて政策に取り組んでいる。
裏切られた失意をわずかなため息だけで止めたのだ。
「本来であれば極刑は免れんが、これまでの功績は無碍に出来ぬ。よって私が直々にお前達に判決を下そう」
全員が、裁判場内に冷たい風が吹いた感覚を覚える。裁判長ではない。国の最高権力者ならば、その資格は十分にある。
裁判長は何も言わずに国王にその役を譲った。
「ユグドラシア。名誉職の剥奪と共に、冒険者ギルドへ冒険者ライセンス失効を求める。すべての資産を没収の上、更に10年間の鉱山労働を課す。その後は国外追放とする」
「は? はぁ……?」
「ちょっとぉ! そんなのパパが許さないんだけど?!」
ガタガタと震えるアルディスのそれは怒りではない。現実を受け止められないが故の反応だ。
マティアス教の聖女であるクラリネが半狂乱で叫ぶも、国王は動じない。
「国王である私をたぶらかし、その権力を私欲の為に利用した。私はこれ以上なく憤っておる。極刑でも構わんと私の中で葛藤しておるのだッ!」
テーブルに拳を打った国王が激昂した。いかにユグドラシアといえど、国を敵に回せば無事では済まない。
国内の誰もが敵になり、街には入れない。魔物が闊歩する危険な場所で野宿を余儀なくされる。
食料はともかく、その他すべての補給が断たれるのだ。更に追手に追われる毎日となれば、アルディスに反抗の意思などない。
「……オレ達が消えたらもう冒険者は終わりなんだよ! オレ達以上に強い冒険者なんざいるのか? 冒険者ギルド本部? 偉そうにふんぞり返ってるが、しょせんは世界の果てで足止めをくらってるような連中だぞ」
静まった裁判場内で、アルディスがうわ言のように言葉を続けた。リティは相変わらず彼を見ようとしない。
「オレ達は成し遂げたんだよ……安全圏で無難な仕事をしてわずかな日銭で暮らしてる奴らよりも、おいしい思いをして何が悪い? オレ達が世界の底で見つけた魔石やエネルギーは? なぁ?」
「そ、そうだ。アルディス、お前の言う通りだ」
「私はねー! 聖女なのよー! わかってる?!」
「遠吠えは聞き飽きた。イリシス、そいつらを連行しろ」
レドナーが、つまらなそうにイリシスに指示を出す。彼女が騎士達と共にアルディス達の腕に魔道具"断手錠"をかけた。
腕を斬り落とされたかのように錯覚させるほど力を奪うそれは、アルディスといえども抗えない。
「あーあ! 冒険者終わったぁ! はい終了! オイ、クソガキ! 覚えてろよ! オイ! コラァァァァァッ!」
リティにそれが聴こえていないわけではなかった。実は殴られた瞬間、リティの中で何かが外れかけた。
自分の冒険を阻害する者に対する何か。誰もがアルディスがキレると悟った瞬間、リティのそれも限界だった。
想像もつかない魔物というワードが、リティをかろうじてこちら側につなぎ止めたのだ。
「冒険……出来る」
「さて、行くぞ」
去り際、イリシスは考える。あのアルディスに本気で殴られても尚、立ち上がったのがリティだ。
なぜ、すぐに立ち上がれたのか。おそらくそれに気づいた者はこの場において、わずかだろうとイリシスは予想する。
あの拳は完全に入っておらず、リティは寸前で威力を殺したのだ。ほぼ不意打ちにも関わらず、それが出来たのはアルディスの戦いを見ていたからなのか。それとも――
「……寒気がする」
誰に向けるわけでもなく、イリシスはぽつりと呟いた。




