リティ、愚者を見送る
イリシスに続いて入ってきた者達は、リティにとって大半が見覚えがなかった。
ロマの周囲にいるのは冒険者だろうかと思っていると、ようやく気づく。アルディスの取り巻きをやっていた者達だ。そればかりではない。
「おじさん、おばさん……?」
トーパスの街でリティが世話になった食堂の老夫婦の姿もあった。不安な面持ちでリティが見ると、より顔を曇らせる。話がしたいが今はイリシスに任せようと、彼女に視線を移す。
「な、なんだね。この者達は?」
「国王陛下、及びレドナー大公。裁判長並びに関係者の方々。神聖なる法廷の場にて、不作法をお許し下さい」
「……よいだろう」
「構わん」
国の二大トップがイリシスの登場を認める。聖騎士の名誉職を与えられ、国の象徴にまで昇華されつつある彼女だから事なきを得た。
もし彼女でなければ裁判は即中断となり、王族への不敬も兼ねて投獄の身となっただろう。
誰が言ったか。誰がやったか。バイダーがアルディスを利用したように、彼女は彼女で許されたのだ。
「こ、こ、これは問題ですねぇ!」
「黙ってろ」
バイダーに対するレドナーの一喝が、現時点での彼への評価とも言える。それがわかっているからこそバイダーはもはや動揺を抑えられず、呼吸も苦しい。
胸を押さえながらもイリシスを睨みつける。
「イリシスよ。やりたい事があるのなら始めろ」
「ハッ! 繰り返し申し上げますと、騎士バイダーはそこの冒険者ダンデ他数名を脅し、犯罪を強要させていたのです」
「何だと……」
さすがの国王も表情を歪ませた。レドナーは目を瞑り、かすかに笑う。
裁判場内が騒がしくなった。そしてもっともな疑問を国王が口にする。
「他数名とは? そこの冒険者だけではないのか?」
「はい。こちらにいる彼と同じ5級冒険者です。彼らも騎士バイダーに脅されており、ダンデに犯行を指示されていました。それも今度は殺人を……」
「ふ、ふざけるんじゃないねぇ! さっきから何の根拠もなく! そんな連中、僕はまったく知らないねぇ!」
「……入ってきていいぞ」
イリシスに紹介されたのはダンデと同じ5級冒険者だった。そしてその中には、あの青年の姿もある。
切り札であるノートを持つが、バイダーを見ようとはしない。
「な、なぜあいつが……」
「こちらの青年は騎士バイダーの悪行を事細かに記録しています。彼が持つノートがそれです。そして彼がアンフィスバエナ隊の者に襲われたとも証明できます」
イリシスが入口に向かって呼びかけると、ナコンダとゴフラを拘束した彼女の部下が登場した。
武器は取り上げられており、顔もはれ上がっている。
「お前達しくじっ……あ!」
「……何か口を滑らしたようですが続けます」
嫌味たっぷりにバイダーを一瞥したイリシスが、拘束された二人の元へ行く。
「ノートを持った青年は格闘士ギルドに駆け込みますが、その際にこちらの二人がギルドで働く5級冒険者のエイーダと交戦しています。結果的にはエイーダはあの毒蛇の剣の毒により倒れたようですが、駆けつけた我が隊の部下が無事に保護しました。彼女の体内から検出された毒が何よりの証拠でしょう。現在は王都の病院に入院しており、命に別状はありません」
「それはつまり、その二人が青年やエイーダとやらの口封じを考えたと?」
「彼が証拠を握っていたことは知らなかったようですが、尾行した結果でしょう。いずれにせよ、騎士として恥ずべき行為です」
バイダーはもはや平静さなど保っていられなかった。悪事が暴露された事よりも、彼がもっとも恐れている相手がいる。
その人物がバイダーに笑いかけたのだ。
「まずこのノートには騎士バイダーが不正な取引をした事がつづられています。その相手もすでにこちらで拘束済みで、この場に連れてきております。
すでに自白したので彼らを疑う必要はありません。特にこちらの男性は不法ルートでヴェスパの蜜を入荷していたようで、その際に騎士バイダーに賄賂を渡しております」
「そいつの妄想! 妄想だねぇ!」
「以前から密かにアンフィスバエナ隊の尻尾を探っていたのですが、このノートがあればもっと楽に進展していたと感心するばかりです」
そう言い終えたイリシスがノートの内容を読み上げていく。次々と明らかになるバイダーの不正に、裁判場内には驚きを通り越した雰囲気が漂っている。
以前から存在していた彼の黒い噂が、今この場にて白日の下にさらされたのだ。
呆けて事態を飲み込めない者、ため息をつく者、憤る者。それらの負の感情がバイダーに向けられた。
「前々からあいつらの素行は聞いていたが、ひどすぎる!」
「お前なんか騎士じゃない!」
「今すぐにでも投獄するべきだ!」
「静粛に」
裁判長が静めたのを確認した後、イリシスがリティの隣に来る。その際に悪事に加担しようとした冒険者達も一緒だった。
「……俺達はバイダーに脅されてました。あ、もちろん互いがそういう状況だとは知りませんでした」
「投獄される事になるが、後で便宜を図って出してやる……そう囁かれて安心していた部分もあります」
「父親は……殺人の罪で裁かれています。父親……デグーの名で調べていただければ、俺の素性と主張が間違いでないと理解していただけると思います」
「今、彼は勇気を出して自ら汚点としている身内について語りました。5級冒険者のような経験の浅い者に目をつける様は、実に卑劣としか言いようがありません」
イリシスがダンデの勇気を称えた。バイダーは何か言葉を探るが、頭がうまく回らない。
そして、この期に及んで思いついた苦し紛れの打開策を叫ぶ。
「僕が冒険者にいい顔をしないものだから共謀してハメようとしてるだけだねぇ!」
「今更、彼の主張に意味があるかどうかについては個々の判断にお任せします。次はこちらのリティの潔白についてです」
「そ、そうだねぇ! そいつらに関しては」
「彼女についてはすでにアリバイが証明されています」
イリシスが紹介した者達は冒険者やオレオン子爵、コックの男と様々だった。ほぼ全員、リティが依頼を引き受けた相手だ。
「知ってる者も多いでしょうが、王都内での彼女の活動は活発です。朝から深夜まで……それこそ他人に迷惑をかける余裕などないでしょう」
「そうだな! それに犯行があった日だって、オレが頼んだ食材を取りに行ってもらってるんだ!」
「孫の遊び相手もしてもらった上に討伐に出た日にゃ、何日も王都にいない事もあるだろうて」
「いいい、一緒に、そこの冒険者と、いたねぇぇ!」
苦し紛れと呼ぶのすら虚しくなるバイダーの遠吠えは、もはや裁判場以外には響かない。そんな彼を肯定するかのように、周囲が加勢する。
「誰がお前なんか信じるかよ!」
「いい子じゃないか! まだ若いのに大したものだ!」
「それにダンデと一緒にいたというだけでは証拠不十分です。むしろ騎士バイダーの怠慢と不当検挙のほうが問題といえるでしょう」
ダメ押しと言わんばかりに遅れて登場したデマイル伯爵とマーム。二人もリティの潔白を証明するためにやってきたのだ。
高名な貴族が味方についたとあって、もはやリティの疑いは晴れたようなものだった。さすがのバイダーも察したのか、うなだれて顔を上げようとしない。
「……騎士バイダー。処分は後ほど検討しよう」
「陛下! 不正にしても騎士として国を思ったからでですねぇ! 行き過ぎたと反省してますねぇ! 多少、手荒な真似をしなければ保てないものもありますねぇ!」
バイダーの遠吠えを真面目に聞く者はいない。一人、錯乱して喚き散らしてる状況だ。
「僕はアンフィスバエナ隊の隊長だねぇ! ヴェッヒ家の長男だねぇ! 騎士として認められたねぇ! 僕は騎士! 騎士だねぇぇぇぇ!」
「彼は少し落ち着いたほうがいい。連れていけ」
「ヒッ……!」
大蛇に睨まれた蛇だ。バイダーはレドナーに怯える。
「そ、そこのレドナーに、脅されたんだねぇ! 調べればわかるねぇ! そいつこそが冒険者を悪と見なしているんだねぇ! 僕はそいつに脅されだけだぁぁぁぁ!」
バイダーがいきり立った直後に、黒い甲冑騎士二人に組み伏せられた。レドナーの護衛を務めている二人だ。
床を舐めるほど頭が近くなり、バイダーは必死に暴れている。
「全部! 全部お前のせいだねぇ! クソガキ! お前が来てからケチがつきはじめたねぇ!」
顔こそ向けられないが、リティはバイダーが自分に対して言ってる事はわかっていた。しかし、それだけである。
「リティよ。恐らく彼と会話をするのはこれで最後になる。何か言いたい事はあるか?」
「ありません」
レドナーがリティに面白半分で問いかけるが、その答えも彼にとってつまらなかった。
食えない少女だ、それがリティに対するレドナーの評価となりつつある。
「どいつもこいつもこのバイダー様を舐めやがってぇ! 誰が蛇みたいだ! 誰が気色悪いだぁ! ガキの頃からどいつもこいつもどいつもこいつもおおぉぉ!」
唾をまき散らして、意味不明に喚く。この時、誰もが察した。バイダーがすべての意味で終わった、と。
「チクショアアアアッ! アアァァアアーーーーーーーーーーーーッ!」
先程まで批難を浴びていたバイダーだが、もう誰も何の言葉も投げかけない。
王族の席、裁判官の席、傍聴席。
立ち位置が同じであるはずの証人どころか被告人にまでも、誰もが二重の意味でバイダーを見下していた。
「アアアーアアアァァァアアアー………」
引きずられながらも裁判場からバイダーが運び出されると共に、その奇声も遠のく。
「彼の不敬はこの際、見逃そう。これ以上の量刑は無意味だ」
バイダーの乱心を含めて、ジョークとして流したレドナーが、周囲に度量を見せつける。この場において、誰もバイダーの主張を信じる者はいないだろう。
たとえ真実だろうと、皮肉な事に彼自身がもっともわかっていた事だ。誰が言ったか、彼の言葉には何の重みも意味もなかった。
「ケッ、どうしようもないな」
「どうしようもないのはお前達もだ。アルディス及びクラリネ、ズール」
「何……?」
ユグドラシアのメンバー全員が、このイリシスが暴露しようとしている事実を察した。アルディスの無言の恫喝など、彼女には通用しない。
元より戦ったとしてもいい勝負をする実力者同士だ。アルディスは平静を装うが、相手が相手とあって背中にじわりとした何かを感じた。




