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アルディス、憤る

 リティを魔の森に放置してから一週間。ユグドラシアは王国最北端の山中にあるガラデア洞窟の前にいた。

 明日に挑戦する予定のこの洞窟の前で、野営をしていたが雰囲気はどこかよろしくない。食事当番のバンデラが作ったシチューの味が、今一つというのが理由の一つだ。

 アルディスは味もそっけもないシチューを半分も食べずに残している。


「おい、バンデラ。これ、味付け狂ってんじゃないのか?」

「栄養価は完璧よ」

「だから味だっつってんだろ! 病人にでも食わせる気でいたのか?」

「胃に収まればいいじゃない」


 リティに押し付けていた食事も、今では当番制になっている。バンデラは魔法以外の事には無関心で、料理のそれも例外ではない。

 味にすら無頓着で、作業のようにそれを飲み込んで食事を終えていた。クラリネもドーランドもほとんど手をつけないシチューだが、ズールだけは平らげた。


「いやぁ! これうまいよ! 塩を振れば更に完璧なおいしさ!」

「ズール、無理すんなよ」

「アルディスもやってみろよ。結構いけるぜ?」

「これなら塩スープでもすすってたほうがマシだぜ……」


 渋々と塩を振りかけたアルディスを、バンデラは冷たく見つめている。何か言いたげなその視線に気づいたアルディスが、バンデラを睨んだ。

 だが、まだ何も言葉を発さない。アルディスとて、本気でケンカをしたいわけではないからだ。

 ユグドラシアは類まれなる才能を持つ者達が集まった最強パーティだと自認している。だからこそ、簡単に決壊させたくはない。

 アルディスとて、それだけは危惧していた。


「アルディス、このガラデア洞窟はすでに手がつけられている。未踏破地帯ではない」

「刺激がほしいか? ドーランド」

「ここでは何の経験にもならん。何故、立ち寄る?」

「何となくだよ」

「……何となく、だと?」


 アルディスのいい加減な決定に、ドーランドが唸る。己を磨いて、強者と渡り合う。未踏破地帯ではそれが成せる。

 彼にとって未知の資源などはどうでもいい。戦いこそが、彼にとっての楽しみなのだ。

 ユグドラシアもまた好奇の一つだった。彼らともいずれ相まみえたいと思っている。その為には、ユグドラシアと離れてはならない。

 この広い世界、別れてしまえば次に会える保証もないとドーランドは考えている。本来ならばそこまでの心配は過剰だが、ドーランドにとってはアルディス含めてそれほどの存在だった。


「憂さ晴らしも必要だろ? たまにはザコ狩りでもして楽しもうぜ」

「そんな事のために来たのか」

「はー、私が一番退屈じゃん」

「たまには楽が出来ていいだろ、クラリネ」

「いいけどさ……」

「ザコ冒険者の遊び場を荒らすのも楽しいぜ?」


 リティを騙して切り捨てた男だ。アルディスは、自身に迫る才を持つユグドラシア以外の人間に価値を見いだしていない。

 ある時は褒め殺して、ある時は突き放して、ある時は笑いものにして、ある時は犯す。玩具、奴隷、自身を賞賛していい気分にさせる都合のいい存在。

 気まぐれの怪物は、リティの故郷であるルイズ村では機嫌がよかっただけの話だった。


「はぁ、しょうもな……」

「チッ……」


 ドーランドが舌打ちをして、クラリネが気だるそうに横になる。リーダーであるアルディスの決定には従うが、不満は隠せない。

 アルディスのやりたい事はわかったが、その上でバンデラには思うところがあった。それは魔法以外で初めて関心を持った存在についてだ。


「憂さ晴らしなら、あの子でよかったんじゃないの?」

「あの子?」

「あんたが弟子入りさせた女の子よ。ついこの前、魔の森に捨ててきたでしょ」

「あいつで憂さ晴らしってか? 冗談だろ」

「弟子なら剣の一つでも持たせて、修業と称して痛めつければ憂さ晴らしにもなったでしょ」


 言ってる事は最低だが、理に適ったもっともな意見だ。

 だがアルディスは即答できずにいた。それが何故なのかはわからない。

 あるいはアルディス自身も認めたくないからこそ、心の奥底においやったのかもしれない。


「あんなガキが剣なんか持てるかよ。ストレス解消としちゃ今一だな」

「持てなければ、それを口実にあなたなら蹴りでも入れてたでしょ。なんで一度も剣を持たせなかったの?」

「珍しく魔法以外でベロが回るな。どうかしちまったのか?」

「あなたこそ、本当は気づいてるんじゃない?」

「何がだよ」

「あの子が怖かったんでしょ」


 バンデラが冷笑を浮かべて、アルディスを挑発する。それはユグドラシアの人間以外が口にすれば、即殺されていただろう。

 もちろんアルディスの怒りは、体の芯にまで達している。勢いよく立ち上がるものの、武器を抜いたりはしない。


「てめぇ、ケンカを売ってるならハッキリとそう言えッ……!」

「ケンカする? 私と?」

「アルディスもバンデラも落ち着きなよ! ここで争ったっていい事ないぞ!」

「ズール、引っ込んでろ」


 互いがぶつかり合えば無事では済まない。アルディスもそれがわかっているからこそ、攻撃まではしなかった。

 バンデラはアルディスに怯んだりはしない。


「あの子、私の魔法に巻き込まれないように安全地帯に逃げたのよ。ドーランドの無神経な気弾からも、あなたの技からもね。ズールが配置したトラップすらも、無意識のうちにかわしてた。普通だったらとっくに死んでる。ほとんど寝ないでこき使われても、折れなかったのよ。それに気づいてた?」

「だから何がだよ」

「あの子、私達の戦いをずっと見てたのよ。気持ち悪いくらいに、ずーっとね」

「暇だったからだろ」

「恐らく1、2級冒険者ですら私達の戦いを見たら自信を喪失する。それを戦闘経験もない子が冷静に観察してたのよ」


 ドーランドが黙って頷いていた。彼も少女の異質さに気づいてなかったわけではない。

 しかし、彼の興味はあくまで完成された強さだ。どれだけの資質があろうと、未発達ならば眼中にない。

 それ故にリティへのダメ出しも、まったくのデタラメではなかった。経験がないのは事実だからだ。

 現状に耐えて歯を食いしばり、己の可能性を試そうとすらしない。そんなリティに苛立ちを覚えて、辛辣な言葉をぶつける動機でもあった。


「もういいわ」

「おい、どこへ行く気だ」


 バンデラが立ち上がり、一行を離れようとする。アルディスの機嫌がいよいよ危うい。


「どこか。あ、もう戻らないから心配しなくていいわよ」

「は? ふざけるなよ」

「なに? 力ずくで止める?」


 バンデラの魔力が大気に浸透して、焼き焦がす。アルディスすらも牽制するそれは、脅しでないと判断させるには十分だった。

 アルディスが柄に手をかけるも、抜けない。そんな膠着状態の間に入って来たのは、またもズールだ。


「だから、やめろって! バンデラも本気じゃないよな?」

「本気よ。さようなら」

「いやいやいやいや! いいのかよ!」

「これ以上、あなた達といても何も得られそうにないから」


 今度こそ、バンデラは夜の闇へと消えていった。アルディスは何も出来ずに、夕食に使われた鍋を蹴り飛ばす。

 ドーランドは目を瞑り、クラリネはいよいよ寝入る。うろたえるズールが、頭を抱えた。

 腹が立ったはず、殺したいほどだったはず。しかし、寸前のところで思いとどまった理由が彼にもわかっていた。


「アルディス、もう一度だけ聞くぞ。"世界の天井"への挑戦はいつになる?」

「もう少し待て……。それに一人、欠けちまっただろうが」

「わかった、もう少しだけ待つ」


 "世界の底"を攻略した事により、有り余るほどの賞賛を受けた。欲しいだけ富を得た。誘ってその気にならない女はいない。

 これ以上、何を得るというのか。

 優越感を維持したまま、放浪しては各地で称えられる。高すぎる才を持つ故に、若くして偉業を成し遂げてしまった。

 これ以上、何をどうする。世界の天井、世界の果て、これらの未踏破地帯を制したところでまた賞賛されるだけだ。

 もう誰も自分に敵う奴はいない。誰も追いつけない。それでいいじゃないか。

 アルディスは心の底で満足してしまったのだ。


「怖い、なんて事はないよな?」

「何?」

「何でもない」


 ドーランドに胸中を射抜かれたかのようだった。その言葉の意味が二通りある事に、アルディスは気づいている。

 もしこのまま"世界の天井"に挑戦して失敗すれば、賞賛もどこへやら。王族も揃って手の平を返すだろう。

 実際、"世界の底"も楽に攻略できたわけではなかった。理解不能の魔物、生態、トラップ。死を覚悟したのは一度や二度ではない。

 ダンジョンへ潜って後悔するなど、生まれて初めての事だった。攻略できたのは運もある。

 だからこそ、怖い。


「びびってなんかいねぇよ」

「それならば、いいんだがな」


 もう一つの意味。それこそが最も認めたくないものだった。リティという少女を、アルディスは徹底していじめ抜いた。

 最初はそれこそ憂さ晴らしだったが、少しずつ苛立ちを覚えるようになる。

 蹴ろうが殴ろうが、食事を与えなかろうが。睡眠時間すら削ろうが、潰せなかった。

 ルイズ村で勧誘した時はほんの気まぐれだっただけに、ストレスは肥大化する。

 彼女が自分達の戦いを観察していたのは知っていた。


 これこそ認めたくはないが。


 射抜くような視線と表情に、アルディスはほんの少しだけ畏怖した。


 獲物になった気分だった。


 いつか自分がこの少女に追いつかれるのではないか。無意識のうちにそれを感じてしまったのだ。


 直接、手にかけるのすら憚られるほどに。


「あああぁぁ! クソがッ!」


 携えている剣を抜き、洞窟の入口に向かって振った。横一文字に連結する爆発が、崖に張り付いた洞窟の入口を崩落させる。

 上位職である魔法剣士が得意とする魔法剣、それを昇華させたスキルを使いこなすのがアークナイトだ。

 さほど魔力を消費せず、上位職のハイウィザードすら裸足で逃げ出すほどの威力を剣で放つ。

 これを各属性ごとに使いこなすのだから、人外と恐れられるのも必然だった。


「あぁー、つえぇ。つえぇよ。負ける要素がねぇ。さすがは俺だ」


 自分にそう言い聞かせたアルディスを、ドーランドは直視してなかった。何も言わずに横になり、眠りにつく。

 大惨事ともいえる洞窟爆破の爆音で目を覚ましていたクラリネだが、アルディスの仕業とわかるとまた目を閉じた。


「……だっさ」


 眠りを妨げられた腹いせか、はたまたアルディスへの本音か。

 やさぐれ天使クラリネはやさぐれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公を追放する役ってとことん性格が悪いことが多いですけど、この小説はみんな人間くさくていいなぁと思いました。いつも中立なズールにはちょっと共感するなあ
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