リティ、ロマと再会する
「リティ」
「あっ……ロマさん?!」
冒険者ギルドでリティに声をかけてきたのは、トーパスの街で出会ったロマだ。スカルブ討伐での負傷が癒えたのか、傷跡の類はどこにもない。
目立つ褐色肌はもちろん、より体のラインが引き締まっている。その様子から、彼女も切磋琢磨してきたとリティは理解した。
「ロマさん! 怪我は治ったんですね!」
「いつの話を……え? ねぇ、その生き物は? なんか長くない? ながっ!」
「ミャンです」
「みゃん!」
「名前じゃなくてね?!」
リティが腰に巻き付けているミャンに、ロマが手を伸ばす。そして顎を撫で、頭を撫でて。ミャンがロマの手に頬ずりをして。
「やだっ……かわいいっ……!」
「みゃんっ」
「なに、この生き物っ! もう……良すぎ!」
「幻獣ミャーンです。とてもかわいくて頼りになるんですよ」
リティは召喚師ギルドの事、王都での体験をロマに話した。ロマの反応は意外にも淡泊であったが、それはリティへの評価の証でもある。
要するにリティならそのくらいはやると思ったのだ。
「召喚獣ね……。いや、どれだけのジョブの称号を貰ったのよ。そんなにあってどうするの?」
「強くなったと実感してます。でも、まだまだ足りません」
リティはレドナーとの邂逅を思い出す。リティの自己評価通り、王都に来てから彼女の戦闘能力は飛躍的に向上した。
しかしそれでも、レドナーのような猛者がいる。人間も魔物も、世界にはまだまだ化け物がいるのだ。
冒険者としての活動期間を考えれば、リティも十分すぎるほどその領域なのだが彼女は満足しない。
「ロマさんは3級の昇級試験を受けるんですか?」
「えぇ。でもタイミングが悪いわね。次の試験まで時間があるみたい」
「気をつけて下さいよ。試験官がすごく意地悪いですから」
「ありがとう。でも助言はいいわ。あなた同様、自分の力だけで昇級してみせるからね」
出会った当初ほどではないが、ロマのリティへの対抗心は消えていない。リティもまた、それでこそロマだと感心している。
女性という枠組みを嫌い、自分の手で道を切り開こうとするロマの逞しさにリティは憧れているのだ。
「ロマさん。この後、予定がないなら冒険に行きませんか?」
「いいけど3級のあなたと4級の私よ。卑下するわけじゃないけどね」
「3級のネームド討伐ですよ。私がいるから4級のロマさんがいても、報酬は貰えます」
「3級……ね。いいけど、フォロー頼むわよ?」
随分と無茶をさせてくれるとロマは思った。ワンランク下の4級のネームド討伐もあったのだが、リティは目もくれない。
リティとネームド、3級同士といえども返り討ちに遭うケースは多い。それだけにロマに不安がない事もなかった。
* * *
場所は以前、リティ達の3級昇級試験の予定地だったダムシア渓谷から続く渓流だ。
釣りスポットとしても有名だが当然、普通の人間がそれを楽しめる場所ではない。
周囲の魔物はせいぜい5級だが、この川には厄介なネームドが潜んでいるからだ。
「悪食なる殺戮者……またすごいネーミングね」
「釣りをしている人を狙って川から襲ってくるみたいです。少しでも討伐をして数を減らせば、釣り人も幸せになれます」
「まずここを選ばない事から始めてほしいものだわ……」
釣り好きの冒険者や旅人が、命を賭けてでも釣りたい魚がいる。
自分にとっての冒険と同じだと共感したリティだが、理由はそれだけではない。リティがどこか焦っている事に、ロマも薄々気づいていた。
「ねぇ、そんなところに立っていたら危ないわ。少し距離を置いて、上がってきたところを狙いましょう」
「3級です。この距離で倒せないといけません」
「リティ、あなたどうしたの?」
剣を持ってリティは渓流に寄ってネームドを待ち構えていた。弓を持っているにも関わらず、あえて危険な真似をする理由がない。
ロマは止めようか悩んだが、4級の自分が口出しする問題ではないとリティに任せる事にした。
「来たッ!」
リティが後退して跳んだと同時に、川から化け物が上がってきた。巨大ワニと形容できる魔物は、全身が何層にも重なった鱗で覆われている。
強靭な爪、そして大口に生えた牙。捕えられてしまえば逃れようもなく、川に引きずり込まれてしまう。
「爆炎斬りッ!」
化け物ワニの頭頂部に、いきなり大技を当てた。さすがの威力とあってワニは脳震盪を起こして、わずかな間だけ動きを止める。
追撃に次ぐ追撃、リティの猛攻にロマは息を飲んだ。ミャンの口から巧みに武器を取り出しては使いこなす。
しかも決して雑な扱いではない。それぞれが、得意な得物の使い手と同等以上の力を発揮していた。
重戦士ギルド支部長が放ったスパイラルトラストといい、高威力のスキルの応酬でもはや討伐の手前だ。
「あっ……! 逃げられた……」
寸前、化け物ワニは体を転がして川に逃げ込む。あと少しだったのにとリティは忌々しく川を睨んだ。
ロマはやはり違和感を覚える。久しぶりに見るリティの実力は凄まじいものがあったが、自分が知る彼女の戦いではなかったからだ。
「リティ、少し落ち着いて。何か焦ってるの?」
「上を目指すんです。あのネームドくらい簡単に倒せるようにならないとダメなんです」
「確かにあなた一人でも倒せそうだったけどね」
リティが川を凝視していると、少し離れた位置から化け物ワニが側面から奇襲を仕掛けてきた。意表を突かれたものの、リティは難なく対処する。
蹴りで口を大きく開かせて、そこにスパイラルトラストを叩き込んだ。体内にスキルをねじ込まれた巨大ワニが絶命する寸前、川の水面が揺らぐ。
「リティッ!」
奇襲を仕掛けてきたワニを仕留めて安心していたリティだが、またも奇襲される。討伐して気が緩んだわずかな隙だった。
「あ、まず……」
ネームドは一匹だけとは限らない。中には仲間の危機に駆けつける種もおり、これをリンクという。
個々の力が弱くても、これにより大きな脅威となる事もあった。もっとも、この悪食なる殺戮者は個としても厄介ではあるが。
「はぁぁッ! やぁッ!」
ロマの剣スキル、多段返し。多段斬りの応用で、剣の往復を細やかかつ高速に行う事によって攻防一体となる。弾いて斬るのだ。
これは剣士ギルドでも教えておらず、ロマが独自に編み出したスキルだった。
その甲斐があって討伐とまではいかなくとも、化け物ワニをリティから引き剥がす事に成功する。
「今のうちに下がって!」
「はいッ……」
ロマの判断は正解だった。更にもう1匹の奇襲が始まったからだ。加えて先程、逃げられた個体と合わせて合計3匹が集まってきていた。
悪食なる殺戮者は水陸ともに活動可能だ。1匹が手負いにも関わらず向かってくる様が、このネームドの獰猛さを物語っていた。
「リティらしくないわよ! 落ち着いて……うぁッ!」
化け物ワニの牙が、ロマの防具ごと肩の肉をわずかに削ぐ。その刹那、リティの頭がクリアになった。
今、自分が何をしたのか。傷ついたロマを見て、我に返る。
「リティ! あなたは冒険をする為に頑張ってるのよッ!」
――リティさん。あなたは本当に冒険をする為だけに頑張ってるのね
――そうです。昔からそれだけが夢だったんです
いつかの会話が、二人の中で反芻する。そんなリティを見て、ロマは感心したはずだ。己の視野の狭さを改めたのだ。
一途に夢を追うリティを尊敬したロマだからこそ、今のリティは見ていられなかった。
闇雲に勝利を掴もうとして、焦っているのがわかったからだ。
「ロマ、さん……!」
負傷しながらも、ロマが化け物ワニの注意を引く。
そこでリティは初めてロマと共闘した時の事を思い出した。バルニ山にて、森の統率者を連携して討伐した時だ。
負傷してる上にロマのスピードでは、化け物ワニ達の猛攻をかわし続けるなど不可能である。
それでもロマは行動に出たのだ。すべてはリティの為に。思い出せばリティなら、すぐにこの状況を打開できると信じた。
「……てやぁぁぁッ!」
冷静に、リティはロマと化け物ワニの間に割り込む。ロマを背中で体当たりして遠ざけて、片手槍ごと化け物ワニに突っ込んだ。
ある程度の距離を取ったところでスパイラルトラストを、化け物ワニの喉の奥まで突き入れて仕留める。
流れるように、迫った残り2匹の強襲に対してリティは回転した。重さがある片手斧により、迫った巨大ワニ達の鱗をものともせずに砕く。
仰向けになって倒れた2匹の化け物ワニのうちの1匹の腹に、再び斧を振り下ろした。
「リ、リティ……あなた、そんなに……」
「残り1匹です! 冷静にいきましょう!」
ロマの前で、一瞬のうちに2匹のネームドを仕留めて見せたのだ。先程とはまるで違う動きに、ロマは見とれるしかなかった。
しかし残った1匹が素早く反転して起き上がり、ダッシュでリティに迫る。距離が近く、スパイラルトラストも間に合わない。
「リティ! あいつの大口の上から爆炎斬りを振り下ろして!」
返事をせずにリティは、ロマの提案を受け入れる。長い大口に爆炎が落ちて、化け物ワニの口が閉じられた。そこへロマが跳んで、ワニの長い大口の上に乗る。
「今よ!」
強靭な顎を持つ悪食なる殺戮者も、上からの圧力には弱い。すぐには口を開けずにいたところで、リティが片手斧の甲羅割りだ。
ロマを飛び越えて、化け物ワニに脳天への一撃を放って決着がつく。頭頂部からの血の噴水が、彼女達の勝利を彩るようだった。
「3匹……討伐できましたね」
「またリンクされる前に、すぐに必要部位だけいただきましょ」
鱗と牙と爪、それぞれの討伐成果を得る。肉は最悪との評判なので放置だった。すぐに渓流を離れて、日が落ちる前に二人は王都への帰路につく。
* * *
帰路の途中、二人は無言だった。それぞれに思うところがあり、なかなか言葉を出せない。
リティは己の行動を反省して、ロマを危険にさらした事を悔いていた。ロマは3級のネームドの脅威もだが、何よりリティの強さを思い起こしている。
「リティ、強くなったわね。また引き離されちゃった」
「ロマさんはやっぱり強いです。あの魔物相手なのに、私のために動いてくれたんですから」
「……ありがと」
リティの言葉で、ロマは過度な対抗心は捨てたはずだと律する。彼女もまた自分を見てくれているとわかっていたのだから。
リティが焦っていた理由を聞き出せずにいたが、今は彼女にとってはどうでもよかった。
「私、すごく強い人に出会って……それで強くならなくちゃって思ったんです。あのネームドくらいだなんて思い上がってました。ロマさんがいなかったらきっと……」
「あなたでもそんな風に思う時があるのね。でも役に立てたのならよかったわ」
「ロマさんがいてくれてよかったです。やっぱりロマさんは大人です」
「や、やめてよ。そんなに歳が変わらないって言ったでしょ。それにロマさんじゃなくてロマよ」
「いいんです。ロマさんはロマさんです」
互いの呼び方などどうでもいいとロマも思った。リティが自分をそう見ているのならば受け入れると、ロマは心に決める。
「私の場合、リティはリティね。対等でいたいからね」
「はい! 嬉しいです!」
「いつもの調子ね。これなら次の魔物討伐も任せちゃっていいかも」
「え? という事はまた一緒に戦ってくれるんですか?」
「ま、まぁいいけど」
リティはロマの手を握り、満面の笑みだ。気恥ずかしくなったロマは顔をそむけるが、口元は笑っている。
「あなたがどこまで強くなるのか、楽しみになってきたからね」
「どこまでも強く……いえ、どこまでも冒険したいです!」
ロマがリティを見ると、どこか見違えた。全身の風格というか、何かが変わったのだ。
リティは成長していた。レドナーとの一件は彼女にとって衝撃だったが、それ故に殻を打ち破らせてしまったのだ。
言ってしまえばレドナーはリティを攻撃すべきではなかった。なまじ実力差を見せつけるべきではなかった。
そういう意味ではユグドラシアのアルディスは最善の選択をしたのかもしれない。もし、彼女に稽古をつける真似をしていたら――
* * *
二人が冒険者ギルドに帰ってきた時には深夜に差しかかっていた。普段ならこの時間は落ち着いてるはずだが人も多く、騒がしい。
何かあったのかと気になる二人の耳に、冒険者達の会話が聴こえてくる。
「マジかよ。あのユグドラシアが?」
「あぁ、あの超高級ホテル"天竜閣"に宿泊しているらしいぜ」
「さすがに英雄は違うな……。ここにも来るのかな? アルディスさんのサイン欲しい……」
「なんといってもバンデラ様よ! まさか実物が見られるなんて!」
「男は黙ってクラリネだな、うん」
彼らの会話を聞いた途端、リティは握り拳を固める。その異様な様子にロマは戸惑うが、やはり何も質問できなかった。




