リティ、決意を改める
国のナンバー2なら「侯爵」はおかしいとの指摘を受け、レドナーの爵位を「大公」に変更しました。
レドナー大公。現国王と長らく王位を争っていた事もあり、彼のシンパは多い。王位は逃したものの、兄である国王に爵位と軍事大臣の座を与えられる。
持ち前の胆力と行動力で瞬く間に軍事拡張を実行して、自国の防衛力を飛躍的に向上させた。今や現騎士団を含めて、軍隊の行使は彼一人に委ねられているといってもいい。
「もういい。オーナーをお連れしろ」
「ハッ!」
強引に甲冑護衛に連れられる形で、オーナーは店の外に出てしまった。
リティが動かなかったのはシャールのおかげだ。彼がリティの腕を掴み、無言で抑制している。
それは単にレドナーが王族だからではない。常勝将軍、その呼称の意味に何一つ誇張がないからだ。
「君はリティといったか。等級は?」
「3級です」
「ほう、その歳で……。何故、冒険者になろうと思った? 実力があれば他に選択肢があったはずだ」
「冒険が好きだからです。どんなに苦しくても、私は自分の目で見て体で感じたいんです」
「そうか。ではこんなのはどうだ?」
リティの腹部に一撃が入る。直後、激痛で意識が飛びそうになり、膝をぐらつかせた。
呼吸が出来ず、脳が気絶を促すほどだ。しかし、リティは耐えた。踏ん張り、自分を攻撃した男を見上げる。
歯を食いしばり、戦意を見せつけたのだ。
「フーッ……フーッ……!」
「みゃぁぁん!」
「……素晴らしい。久しぶりに本気だったのだがな」
「あ、なたは……!」
騎士団、冒険者、貴族お抱えの私兵。この国における様々な武力をひっくるめても、レドナーを最強と呼ぶ者は多い。
かつてはレッドフラッグと共に王国軍を率いて、最前線にて反乱分子の戦意を削いだのだ。
彼を前にした者は反乱を志した己の愚かさを呪い、ある者は半狂乱となり死にゆく。一人の投降も許さず皆殺しにした蛮勇は、味方すらも畏怖させた。
そんな常勝を約束された男の前で尚も折れない姿勢を見せるのがリティだ。レドナーの好奇が高まる。
「なるほど、これは普通ではない。シャール、君のお気に入りといったところかな?」
「はい。かわいい後輩なので、この辺りで許してやって下さい」
「いいだろう。ウェイター、厨房へ案内してもらえるかな?」
「は、はい……」
ウェイターの声がやや上ずる。そして案内されるまでもなく厨房に侵入したレドナーに、シェフ達は声が出なかった。頭を下げて、行動で敬意を表するのが精一杯だ。
腹部を押さえながらも歩くリティをジェニファが支え、キャロンが回復魔法を唱える。クーファは席から一歩も動けず、蚊帳の外だ。
「私はね、こう見えても我が国の事を誰よりも考えているのだ。つまり自国を守りたいと思うのは至極当然だろう? 例えば……」
保存庫を開けて、食材を一つずつ手に取る。臭いを嗅ぎ、また次へ。意味がわからなかったが、誰も質問しようとはしなかった。
「これは国産食材。これも国産、これも国産、これも国産。国産、国産、国産……輸入! 国産! 国産! 輸入! 国産! 輸入! 国産! 国産! 輸入ッ! 輸入ああぁぁぁッ!」
輸入とした食材を床に叩きつけては叫ぶ。時に生肉をかじり、その味を堪能する。野菜に頬ずりして、葉をむしる。
シェフ達はもはや死を覚悟していた。互いに身を寄せ合い、何かに祈る。合わない歯を鳴らして、その奇行を見届けるしかなかった。
「なんだこれはぁ! なぜ、こうも輸入品があるのだ? このレストランは国産素材……即ち自国の育みを感じていない? 腐った輸入食材を使い……一体、何を企む? まさか……」
「申し訳ございませんッ!」
先手で土下座をしたのはウェイターだった。床に額をつけて、命乞いとも取れるポーズだ。
それは大袈裟でもなく、レドナーが彼の頭を踏み潰してもおかしくないほどの怒りを見せていたからだった。
「すべては……すべては甘えだったのです! 我々は自国を愛していると! そう信じてました! しかし……結果がこの惨状です……。我々は生半可な思い込みで愛していると決めつけていたのです。だからこうして行動が結果に結びつかなかった……」
「……ウェイター」
「私はひどく苦しいです……。愛していたはずなのに……。うああぁ……私、私は……」
「いい。立て」
指示通り、立ったウェイターは輸入食材を片っ端から踏んで回った。壁に叩きつけて、次々と食材が無残な形となる。レドナーがウェイターの手首を取り、首を左右に振った。
「未熟は恥ではない。大切なのはこれからだろう」
「わ、私に、これからを、与えて下さるのですか?!」
「君も大切な我が国の民だ。そんな民が苦しんでいるというのならば、手を差し伸べるのも私の務めだろう」
「レ、レドナー様……!」
二人の寸劇にコメントが思いつかないのはレッドフラッグやリティだけではない。シェフ達は圧倒されて尻餅をつき、アーキュラに至ってはやれやれのポーズだ。
レドナーがウェイターの背中をさすり、なだめている。そして本題であるリティのほうに、ぐるりと向き直った。
「このように、外部からの異物のせいで自国産が淘汰されてしまう。そうなれば生産者はどうなる? 路頭に迷い、飢えに苦しんで死に至る……」
「でもさっきは災害で作物がないからと言ってました。だったら隣国に助けてもらった事になるんですよ」
「それが甘えだと言ってるのだッ!」
「リティ、もうやめろ」
レドナーが握り拳を面台に叩きつける。大きく歪み、へこんだ面台が威力を示していた。シャール達の手前、リティは引くべきだと思っていたが体が納得していない。
レドナーのそれは明らかな横暴であり、誰も幸せになってないからだ。ウェイターの取り繕いにも気づいている。
「今より、このレストランを閉店とする。食事中の客にも帰っていただこう」
「ウェイターさん! 皆さん! いいんですか! 納得してるんですか!」
「黙れッ!」
レドナーの拳が再びリティを狙い打つ。しかし、今度は身を引いてかわした。当てるつもりだったレドナーが停止して、姿勢を正す。
手加減などしておらず、レドナーの思考が巡る。その上で、たった一撃で見切られたという結論を出す他はなかった。
「小賢しいな。久方ぶりに武器を手に取りたくなったわい」
「レ、レドナー様! 我々一同、心を入れ替えて改めますのでどうかここはご容赦下さい!」
「そうだな。これ以上、店を荒らすのは本意ではない。先ほども言ったが代わりの者を派遣しよう。それまで閉店としておけ」
「かしこまりました!」
不完全燃焼のリティだがシャールやウェイター達の手前、大人しくするしかなかった。その際に甲冑護衛の一人がリティを注視している。
もしリティがレドナーに襲いかかれば、彼が相手になっただろう。リティもその護衛の実力が生半可ではないと感じていた。
レドナー達が店を出ていった後、シャールが大きく息を吐いて床に座り込む。
「はーーーーっ! あぁぁ、クソッ! 死ぬかと思った……」
「シャールさん、皆さん。すみませんでした……」
「君、その胆力はどこから来るんだよ……。怖い者知らずだから、か」
「あの護衛も、冒険者換算で2級くらいの実力はあるからねー」
もし戦いになれば、無事ではすまなかったとジェニファは暗に伝える。しかし、彼らが恐れているのはその実力ではない。
レドナーという王族を敵に回す事だ。いくら王都内で冒険者ギルドが幅を利かせているとはいえ、彼の威光がまったく届かないわけではない。
「あの……そろそろ閉店するので……お代はお返しします」
憔悴したような表情のウェイターが、レッドフラッグにそう告げる。もはやどうする事もできず、この場は引き下がるしかなかった。
せっかくのコース料理を食べられずに、リティは腹立たしくもある。一方で着席した時から緊張のあまり、固まりっぱなしだったクーファ。
アーキュラが彼女を包み込んで、外に連れ出す事で事態は収束した。
* * *
冒険者ギルドにて、リティはレッドフラッグに対して改めて謝罪した。冷静になるほど、自分がどれだけの事をしたのかを理解したからだ。
それと同時に己の無力感とも向き合う。ユグドラシアと共にいたリティとしては、レドナーの実力は彼らに迫るかもしれないと予想していた。
「大事には至らなかったから、あまり気にするなよ。それよりも納得いかねぇって顔してるな」
「はい……。私、冒険についてもっと強く向き合わないといけないかもしれません」
「まさか、一撃を入れられた件か?」
「この先、冒険をするなら未踏破地帯にだって入ります。あの人よりも強い魔物だっているはずです。もし……あの時がそうだったら」
今は深く考えずに、とシャールが言いかけた時だった。わずかに感じるチリリとした感触。
それはリティから放たれている殺気に近いようなものだった。レドナーがレストランで見せたものと同質であるとシャールは理解する。
「私、もっと強くなりますね」
「おう……あまり気負うなよ?」
踵を返してリティが、依頼が張り出されてる掲示板に向かう。その背中がシャールにとって、巨大に見える。
一瞬だが恐怖が最高潮に達して、腹の底から叫びそうになった。
「はぁ……はぁ……。あぁ、落ち着け。オレ……」
「シャール、どうしたの」
「いや、なんでもない……」
幻覚の類か。それがシャールには、リティの未来像のように思えて仕方ない。これが実力差として反映されるとしたら――
「ねー、クーファー。あんた、スープも飲まなかったよねー?」
「だって、こうきゅー、レストラン……こうきゅー」
孤児だったクーファにはレドナー以前に、レストランそのものがプレッシャーだった。そんな愉快なやり取りで、シャールの思考は中断される。
むしろ今はそれでよかったのかもしれないと安堵するのであった。




