リティ、山賊を理解する
元傭兵ザキール。各地の紛争地帯に首を突っ込んでは雇われ、高額の報酬を手にしていた。
その介入は節操がない。昨日の敵に味方として雇われ、寝食を共にした昨日の味方の命を奪う事に何の抵抗もない男だ。
その礼のない戦い方を重ねるにつれて、いつしか敵ばかり作るようになる。殺された者の友人、家族、それが大きな力となってしまった。
元々傭兵は戦争が終われば用済みとされ、追われる身になる者も多い。ザキールはその典型者で、山賊に落ちるのも必然だった。
「冒険者って奴らは何もわかってねぇよ。命のやり取り、自身の生死。あまりに鈍感すぎる」
「命ってやつは確かに重いな。だが、それをお前が語るな」
「語れるんだよッ!」
シャールに向かって矢が飛ぶ。アジトの上、すなわち崖からの援護射撃だった。が、それがシャールに命中する事はない。
ハルバートを振るっただけで、山賊の浅はかな策をねじ伏せる。キャロンの魔力感知にて、シャールはそこに仲間がいるのはわかっていた。
崖上に放たれた炎弾に貫かれる伏兵達が、次々と落ちていく。奇襲をあえて受けるのがレッドフラッグだ。
「チッ! マジかよ、こいつ……!」
「いいぜ、何でもやってこいよ。それがお前らなんだろ? 数少ないお仲間もまとめて、かかってこい」
「余裕ぶっかましてんなぁ……確かにそこらの冒険者とは違うようだな」
ザキールがじゃらりと鎖鎌を持ち、振り回す。その回転による攻撃は伸縮自在で近距離、中距離とせわしなく変化する。
リティはその武器の使い方にやはり感動していた。弓矢ほどの飛距離はないが槍以上のリーチを確保しつつ、攻防一体の攻めが可能。
しかもあの鎖は捕縛にも使えると、胸を高鳴らせている。
「つあぁッ!」
「おっと」
回転する刃をシャールがのらりくらりとかわす。その威力は地面を削り取るほどだ。
並みの冒険者ならば逃げの一手の後、追いつめられて狩られる。ザキール自身もその事実を知っているからこそ、強気に攻められた。
が、シャールにかすらせる事すら叶わないのが現実だ。しかも手下込みである。
「うわあぁ! ザ、ザキー……」
ザキールの鎖鎌の攻撃範囲に、シャールが手下を誘導して斬らせたのだ。人間の命に頓着がないザキールの性格を利用していた。
「チキショウ! 邪魔な連中だ!」
「ぎゃあッ!」
「もういい! 役立たずは死ね! てめぇらみたいなのが戦場にいるから、こっちもやりにくいんだよ!」
「ぐぅッ……」
ヤケクソになったザキールが、手下を巻き込んで処刑する。その回転の勢いは衰えず、シャールの首を狩ろうと死角から奇襲した。
シャールはそれをかわそうとせず、振り向いてハルバートを鎖鎌へと差し出す。
鎖鎌がハルバートにぐるりと巻き付き、シャールの武器は封じられた形になった。
「咄嗟の判断にしちゃ上出来だが、終わりだな!」
これも鎖鎌の真骨頂だ。捕縛した武器を引き寄せようと、ザキールが手前に力を入れる。敵、武器、隙あらばあらゆるものを捉えられるのも強みだった。
しかしそれが可能なのは、相手の力量が自分と同等以下の場合である。
一向に引き寄せられない事態に焦ったザキールは、シャールの汗一つかいてない様相に目を向いた。
「どうした? 欲しいなら奪えよ」
「クッ、うぉぉ……!」
「そいつはいい武器だが、こうなっちまうと脆いよな。もっとうまく使えばよかったんだが……」
シャールは片手でハルバートに巻き付いた鎖鎌を引く。逆にザキールが引っ張られて、シャールの元へ到着してしまった。
意地でも鎖鎌から手を離さなかった結果である。地に伏したザキールは、ここでようやく自身の命の危機を察した。
見下ろすシャールが笑っているものの、殺気しか感じられないからだ。
「た、助け」
言い終える前にザキールが腹を蹴り上げられ、宙に浮いたところで続け様にシャールが踵落としを放つ。悶える暇も与えず、今度は頭を踏みつけた。
この暴力のみでザキールは地を血で汚して、震えている。彼の後悔は遅かった。
「どんな汚い事をしようが、正々堂々とお前らみたいなのをねじ伏せる。効くだろ?」
「こ、降参、する……」
「それってつまり白旗をあげたってことか?」
「あ、あぁ、だのむ……」
「これを見ろ」
シャールがハルバートを反対にして刃を下に向ける。反対側に備え付けられていたのは赤旗だ。
それがパーティ名であるレッドフラッグの由来であると、ザキールは気づいた。だが遅い。
「好き勝手に命を冒涜しておきながら、保身だけは立派なんだよな。散々、命乞いを否定してきたのがお前らだよ」
「なんでも、ずる……」
「お前らの白旗を否定する。それがオレ達の赤旗だ」
シャールのハルバートがザキールの首を刎ねようとした時、水球が包み込む。ザキールの体が宙に運ばれて、水球に閉じ込められる形となった。
溺れるザキールが脱出を試みようとするも、洗濯される衣服のように激しく転がされる。
「あぼぼぼぼごぼおぼ……!」
「ん、クーファか? 何のつもりだ?」
「わ、わかりません……」
処刑を邪魔されたシャールの機嫌がいいはずがない。その瞳にクーファは粗相をしそうになるほどだ。
山賊よりも恐ろしいシャールに、クーファは自身の行いの説明をする。
「あ、謝ってるから……」
「……言ったよな。こいつらの命乞いを聞くなってよ」
「すみません……」
「あっさり謝るのかよ……まぁいい。この状態を維持できるんだろうな?」
「は、はい。頭だけ出してもらえれば息は出来ます……」
ザキールが水球から頭を出して、激しく呼吸をする。しかし次にまた脱出を計れば同じ目にあう。クーファが言わずとも、それは理解していた。
「シャール、いいの?」
「キャロン、不服だろうがちょっと考えがある」
「また二人の為とか?」
「そうだな」
ジェニファとダイドーは無言で見届けている。リティにその真意はわからなかったが、己の中にある結論はシャールとほぼ変わらなかった。
ザキール達のような者達は他者を何とも思わず、私欲のために命さえ奪う。殺された者達の中には自分のように夢を持つ人間もいたはずだと考えていた。
よって彼らは人間ではないと、リティはそう結論を導き出したのだ。
「クーファさん。この人は魔物と変わりません」
「でも、魔物は、あ、謝りません」
「降参する時にお腹を見せる魔物もいます。でも私は殺します。何故なら、生かしておけば誰かの命が奪われるからです」
「でも、でも……」
「いいんだ、リティ」
リティも口論を望まず、シャールが口を挟んだところで言葉を引っ込めた。シャールとしては上出来の結果だと内心、満足している。
想定内としてはリティもクーファと同じ結論を出すと思っていたからだ。その点、リティについては心配なかった。問題はクーファだ。
「じゃあ、アジト内を物色するからお前らはここで待ってろ」
「私も……」
「いや、オレ達だけでやる」
シャールは彼女達への刺激を考慮したのだ。何せ悪党のアジトにはろくなものがない。囚われの身となり、凌辱された娘がいる事も珍しくないからだ。
冒険者という観点で見ればそれも勉強だとシャールは考えるが、そこまでは踏み切れずにいる。
「君達には綺麗でいてほしいからな」
「え……?」
その言葉通りの意味だった。それは単なるシャールの趣向でしかない。
そそくさと洞窟内に入ったレッドフラッグ一行を追いかけようとしたリティだが、追い返されてしまった。
「気づかってもらえるのはありがたいですが、過保護な気がします」
「みゃん……」
ここまで来ると子ども扱いだと、リティの不満は募った。
* * *
レッドフラッグのアジト捜索では幸い、いかがわしい物は発見されなかった。
奪った品々や食い散らかされた食料など、またも鼻をつまんだメンバーである。毎度の事とはいえ、慣れるものではないなとシャールは苦笑した。
一通り持ち帰る品を荷台にまとめて、帰還を開始する。襲われた人間の遺品を必要としてる人や今後の仕事に繋がるものがあるかもしれないからだ。
「お嬢ちゃん、ありがとな……」
「え、はい?」
「君のおかげで命が助かったんだ……」
「い、いえ」
道中、水球から頭を出したザキールがクーファに話かけている。そんなやり取りを他のメンバーは黙って聞いて移動していた。リティもザキールの観察をやめない。
「君みたいな優しい子を見てると、故郷に残してきた娘を思い出す……」
「娘が、いるんですか?」
「食べさせてやるために傭兵なんてやってたんだがな……いつしかこうなっちまった……」
その話にクーファは真剣に聞き入ってる。貧乏な村出身だった事、出稼ぎで傭兵をやっていた事。
誰にも頼らずに孤児として生きてきたクーファのような人間にとっては、他人など信用できるものではない。しかし性根まで腐らなかったクーファだからこそ、他人に感情移入してしまう。
本来ならばそれは悪い事ではないが、この場に限っては悪手だとリティは考えていた。
「王国に捕まれば俺は死刑になるだろう……でもな、最後に……最後に一度だけ……娘に……」
「何人兄妹なんだ?」
唐突なシャールの横やりに、ザキールは言葉が続かない。クーファにシャールの意図は掴めなかったが、アーキュラはあくびの真似事をしていた。
「ふ、二人だ」
「妹はいくつだ?」
「じゅ、16になった頃か」
「上の姉は?」
「18……」
「二人はいつもどんな会話をしてた?」
「え、それはだな……」
しどろもどろになるザキールに、シャールは顔を近づける。その睨みは嘘を見抜こうとしているだけではない。
よりによって姉妹なのだ。そうなればシャールにすれば、別の興味も沸く。もちろん嘘でなければ、という前提だが。
「姉妹なら何かしら会話してるだろ。それとお前の妻は二人にどう接してるんだ?」
「や、優しい妻だよ」
「そんな優しい妻を放っておいて傭兵か? なんで無理にでも故郷へ帰ってやらなかった?」
「金がないからな……」
「下の妹だって、もう19だろ。手に職をつけて一家総出で頑張る選択だってあったはずだ」
「そうだ、そうする! だから故郷に……」
「さっきと妹の年齢が違うじゃねえかッ!」
「ぐふあぁッ!」
シャールにワンパンを入れられて、ザキールは水球に再び押し込まれてしまった。鼻血が水中に流れ出るが、すぐに排出されてしまう。
何気にすごいと感心したシャールだが、今は突っ込まない。代わりに叩き込んだのは拳だ。
「お前……嘘でも姉妹なら会話内容くらい考えておけよ。ましてや年齢を間違えるなんざ話にならねぇ」
「がぼぼあぼ……」
「大体、なんでオレが適当にでっちあげた家族設定がことごとく当たってるんだよ。ましてや姉妹だぞ……」
「シャール、その辺でよくない?」
「止めるなよ、キャロン。これ以上に大切な問題なんかない」
仮にそうだとしても、何をどうするのか。無口ながらもダイドーすら考えた事で、他のメンバーも同感だった。
一方、嘘に騙されて感情移入しかけたクーファは瞬きを繰り返すのみだ。
「クーファさん、誰でも殺してきた人達ですよ。嘘くらいつきます」
「わ、わたし、まだまだ……ですね」
「てめぇ、姉妹ってもんが何もわかってねぇッ!」
シャールが水球にハルバートの柄を突っ込んで、ザキールをひたすら突く。彼を生かして捕えたのは、二人の為だけではない。
ザキールに他の山賊の情報を吐かせるという理由もあった。その際に彼らが生きる為にどれだけ平然と嘘をつけるか、リティとクーファに教えたかったのだ。
しかしこうなってしまえば、もはや何の為なのかもわからない。
「姉妹ってのはいろいろあるんだ。優秀な姉にべっとりと甘える妹……これもいい。嫁入り前の姉に寂しさと嫉妬を感じる妹も有りだ」
「さ、二人は気にしないで移動しようねー」
ジェニファに促されてリティとクーファはこれ以上、気にしない事にした。訳の分からない自論を展開するシャールを止める者はいない。
この調子では国に引き渡す前に死ぬかもしれないと思った面々だが、口にする気力がある者はいなかった。




