リティ、下水道で戦う 後編
広い下水道にて、各自がネズミ討伐に勤しむ。出口という出口はすでに封鎖されており、ネズミに逃げ場はない。
それは同時に冒険者達にも絶対殲滅の義務が与えられた事になる。このような小型の魔物が人のテリトリーに及ぶのは珍しくはない。
しかし、大抵のものはさしたる脅威にもならない上にすぐに討伐される。それでは何故、これほどまでに繁殖したのか。
「ええい! お前達、何をやってるかねぇ!」
「わ、我々の出番がないほどに彼らの活躍が……」
王都内という守るべきテリトリーを疎かにした元凶が部下を叱咤していた。そんな彼らが冒険者達に活躍の場を奪われて、思うように動けない。
アンフィスバエナ隊の前を跳躍してソードラットに蹴りを放ったのはエイーダだ。足場が制限されている下水道内にて、縦横無尽に立ち回っている。
片手を床について回転蹴りをネズミ数匹に浴びせて仕留める様は、呆けているアンフィスバエナ隊を見とれさせた。
リティも壁蹴りで対岸の床に着地したりと、もはや曲芸ですらある。
「さすがだな、リティ。私も負けてられん」
「オリガーさん。俺達もやりましょう!」
張り切るオリガー達も、エイーダと並んでネズミを逃がさない。その身体能力と技術に見とれるのがアンフィスバエナ隊、感心するのが冒険者達だ。
それはベテランパーティであるレッドフラッグも含んでいた。
「すごいな……。いろんな格闘士を見てきたが、あれはポテンシャルが段違いだ」
「シャール、私達いらなくない?」
「お前は何かとさぼろうとするな、キャロン。ダイドーを見ろ」
レッドフラッグの壁、ダイドーが巨躯を構えてネズミの逃げ道を封鎖している。上位職剛戦士のダイドーにソードラットが阻まれていた。
見えないトラップにでも引っかかるかのように、冒険者達が漏らしたソードラット達が斬られていく。
それを見たリティが戦いながらも、シャールに問いかける。
「すごいです! あれ、どうやってるんでしょうか?!」
「まさにネズミ一匹通さねぇって感じだろう? あそこはあいつに任せよう」
「はいはーい! 歌って踊って戦ってぇ!」
軽快なリズムと共に踊り始めたのは同じレッドフラッグのジェニファだ。やや露出の多い衣装で舞うその姿に、冒険者達が興奮する。
「うおおおぉぉ! ジェニファちゅああああん!」
「た・た・か・うぅ! ぼーけんしゃッ!」
「そぉのっ手にぃ!」
「な、なんでしょう?」
ジェニファに対して異様な盛り上がりを見せた冒険者達の動きが機敏になる。何かに燃え盛る彼らはジェニファを中心として、ネズミ達を討伐していく。
その中にはオリガーもいて、真面目な彼からは想像も出来ないほどの熱狂ぷりを見せていた。
「オ、オリガーさん?」
「ジェニファは名誉職を除けば、もっとも狭き門と言われている歌舞手だ。あの歌と踊りは周囲を元気づけて、底力を爆上げさせる」
「そ、それってどうやるんですか?!」
「なろうと思ってもなれない奴が多い。なんていうか、人を引きつけるモノってのが必要らしくてな」
「君はぁ、いいと思うよー?」
戦ってる最中に突然、間合いに入られたリティが驚く。唯一、ジェニファが味方という点を除けば不覚をとったのだ。
しかも周囲に冒険者達をはべらせる様は、リティがどう見ても異様だった。ジェニファがリティの周囲を周ってから、ポンと肩を叩く。
「あっちの子も魅力的だねぇ」
「エイーダさんもですか?!」
「そ! スカウトしちゃおうかなー? そして二人でユニットを組んだら面白そう!」
「いいね、いいね。女の子同士が仲よくしてるところは素敵だねぇ」
シャールが得物を壁に立てかけて、完全にさぼり状態だ。臭う下水道にて、完全にリラックスしている。
「ホントそういうところが気持ち悪いわ……」
「ねー、あたしとキャロンちゃんもそういう目で見られてるのかなー? 脱退を考えちゃうよねぇ」
「そのおかげで手を出されずに済んでるんだけどね……」
襲いかかるネズミを倒し続けるリティが、間の抜けたレッドフラッグの会話を聞いている。ユグドラシアとは違った空気をまとう彼らは、リティにとっても興味深かった。
いつか本気の彼らを見たいとすら思っている。そんな中、エイーダに異変が起きた。
「あっ……!」
「おっと、すまないねぇ」
エイーダがバイダーに足をかけられて、汚水に落ちかける。その腕を取ったのはジェニファだ。
舞いながらもしっかりとフォローする様は、バイダーを舌打ちさせるのに十分だった。
「大丈夫ー?」
「ありがとう、ございます……」
「このまま踊っちゃおうか?」
「え?!」
「いやー、チョロチョロされると討伐の邪魔になるものでねぇ?」
ケケケ、と笑わんばかりのバイダーの表情が歪んでいる。これには誰もが反感を持つが、中でも凄まじい形相になったのはシャールだ。
立てかけてあった得物、ハルバートを持つ。まさかバイダーを、とリティは思ったがシャールは彼を無視した。
「さ、とっとと討伐しようか」
「うぅッ?!」
彼から放たれた烈気はバイダーを慄かせる。その討伐の中に、まるで自分も含まれているとすら錯覚させたのだ。
下水道の奥からネズミを追い回して登場した冒険者達が現れる。その前に立ち、シャールがハルバートを一振りしただけで終わった。
さっくりと真っ二つに裂かれたネズミ達。尻餅をつきかけた冒険者達。
いかに愚かなバイダーといえども、気づかないはずがない。彼がその気になれば、いつでも自分を始末できるという事実に。
「手を繋いで合わせてー? まずは簡単な動きからね!」
「は、はい?!」
「それぇっ!」
そんな張りつめた空気を打ち破るかのようなエイーダとジェニファの踊り。否、戦い。
キャロンが弾丸のような炎の玉をネズミ達に浴びせて、シャールがハルバートを振るう。
クーファとアーキュラによる溺流、ダイドーの壁。これらにより、リティの動きは更に精度を増す。
負けていられないと思ったからだ。同じ冒険者として、同じ志がある者として憧れもした。
すごい冒険者はユグドラシアだけではなく、ここにもいるとリティは改めて感動したのだ。
「私だってッ! ミャン!」
「みゃーん!」
ミャンの口から弓と矢を取り出したと同時に矢を放つ。対岸にいるネズミ達を的確に撃ち抜いた後は、体術で近接戦。
遠距離にまで対応したリティを評価するのはシャール達だけではない。冒険者達も言葉が出ないほどだ。
あらゆる武器を使いこなし、適所に応じて使い分ける。3級という枠では収まらないとすら考える者もいた。
「へへぇ! すごいなぁ! こりゃ先輩として、もっといいところを見せないとな? バイダー隊長?」
「クッ! こ、この冒険者風情めぇ……!」
シャールに皮肉を浴びせられたバイダーは、ムキになって双剣でネズミを追撃する。彼が嫌うのは召喚獣だけではない。
冒険者も、外から来た存在として嫌悪している。外から来る者を未知数として、忌み嫌う。そういった国への脅威を危惧するという大義名分はあるものの、根底は違った。
「僕は王国騎士団アンフィスバエナ隊の隊長バイダーだねぇ! 冒険者など及びもつかない過酷な訓練を受けて、育ってきたんだねぇ! それを……それをどいつもこいつも軽んじてぇ! どいつもこいつも僕をッ!」
やけくそになったバイダーはもはや独走状態だった。部隊を率いる立場など、すでに頭にない。己の無双だけを考えてネズミを討ち続ける。
冒険者を忌み嫌う。それは裏を返せば恐れでもあった。元々揺らいでいる自分の立場が、有能な冒険者によって完全に崩されるのが怖かったのだ。
そんな彼がまたも暴挙に出るのも必然だった。
「ぐあッ!」
「邪魔だねぇ!」
「オリガーさんッ!」
オリガーの背中を蹴ったバイダーのブーツは物騒だった。つま先に鋭利な刃がついており、全身をくねらせた際の武器にもなる。
刺されたオリガーが床に倒れかかるところを、リティに支えられた。
「すまない……私が未熟なばかりに……」
「今のはあの人のせいです!」
「いや、ダッガム支部長も認めていた事だ……。油断、とな」
ミャンに転ばされた時のダッガムの結論だ。真面目なオリガーはそれを忠実に受け入れていた。
文字通り味方に背中を刺されても尚、それは揺らいでいない。リティはオリガーという人物に敬意を表した。
寺院を継ぐ、その志とメンタルは本物だと思ったのだ。
「バイダー、さん」
「リティ、あっちにネズミが固まっている。頼む」
「でも」
「頼むぜ」
バイダーからリティを逸らしたのはシャールだ。自覚はないが、リティの怒りは殺意にまで昇華されつつあるとシャールが判断したからだった。
バイダーがどんな人間だろうと、騎士団の人間を手にかければ国から裁かれる。
リティを大器として認めたからこそ、シャールは彼女に冷静になってほしかった。
「キャロン、彼に回復魔法をかけてやってくれ」
「はい。どーぞ」
「本当にすまない……」
「みゃあぁぁん……!」
ミャンが牙を見せて、リティに代わってバイダーに怒る。それにバイダーは鼻で笑って見せて、挑発的だ。
「そろそろネズミ退治も終盤だな。ここらで追い上げるか」
シャールはあくまで討伐に集中している。彼を恐れていたバイダーもそれを確信して安心していた。
シャールが報復に出ると思っていたからだ。もし彼が襲いかかってきたら、と考えなくもなかったがそこは隊長権限だ。
いつものように報告をでっちあげればシャールを法廷に上げられる、と楽観的だった。
「やり……ますかぁ!」
「うひぃっ?!」
ハルバートの柄がバイダーの足を引っかける、この瞬間までは。
「うああぁ!」
バイダーがバランスを崩して体が向かった先は汚水、即ち奈落だ。着水音が響く前に離脱したシャール。
この場にいた者達が異変に気づいたのはその後だった。
「あーあ……」
ジェニファが手で鼻と口を覆う。これから起こる惨事を考えれば、当然の仕草だった。
バイダーが汚水から手を伸ばして、頭を見せる。そんな彼に対してシャールは大袈裟に、わざと驚いてみせた。
「すみませーん! そこにおられるとは! いやぁ、すみませんねぇ!」
「う、うぎぎぎ……」
最初に反応を見せたのは彼を転落させたシャールだ。鼻をつまんで彼から逃げる。
ワンテンポ遅れて同じく走ったレッドフラッグのメンバー達、そして冒険者達。
「うぷっ!?」
「あっちにまだネズミがいそうだぞ! 続けぇ!」
バイダーが自身にまとわりついた汚水で嘔吐しかけて、シャールが先陣を切って逃げた。
散り散りになった者達の中にはバイダーの部下もいる。後でとんでもない叱責と暴力が待っているとわかっていても、その臭気に耐えられなかったのだ。何かを叫んでいるバイダーの言葉など届くはずもない。
「ハハハ、やりすぎたかな?」
「い、いいんですか?」
「さぁ?」
「みゃん?」
とぼけたシャールの真似をしたのは、何故かミャンだった。確実に良くないが、これはこれでいい。リティは少しだけ気が晴れる想いがした。




