リティ、下水道で戦う 前編
エイーダが称号を獲得して正式に5級へ昇級した。これにより討伐依頼を受けられる。
そんな間がいいタイミングで、冒険者ギルドにて大規模討伐依頼が出された。下水道に巣くったソードラット討伐だ。この魔物の等級自体は5級だが、数が尋常ではない。
下水道、つまり王都地下を根城にしているという事で一般人への被害が出る前に全滅させよとの依頼だ。
冒険者ギルド内に集まった冒険者達が、先導役の登場を待っている。
「大規模討伐依頼、つまりたくさんの冒険者が参加する討伐依頼ですね」
「わたしなんかが場違いな雰囲気……。あそこのパーティも、有名どころだよ」
「エイーダさんは強いですから、自信を持って下さい」
実戦経験がないエイーダにとって、数多の冒険者が集まる場では緊張気味だ。
リティの褒め言葉に嘘偽りはなく、彼女の実力は5級に収まらないとすら確信している。
あの厳しいダッガムが称号を授与しただけあって、そこらの同級では相手にならない。
「エ、エイーダさん。私も、き、ききき、き、きんちょ、してます、から」
「クーファさん、だっけ。3級でも歯の根が合わないくらい緊張するものなの?」
「この子はヘタレだからねー」
「わひゃい?!」
アーキュラの登場に、エイーダが跳び上がる。クーファの背中にくっついていたところで、ずるりと移動してきたのだ。得体の知れない存在に、エイーダはコメントできない。
「アタシ、水の精霊ねー。あんたみたいな打撃オンリーの格闘士なら完封できちゃうかなー?」
「完封するの!?」
「アーキュラさん、脅かしちゃダメですよ」
「むふふー」
悪戯好きなアーキュラと、真面目なエイーダの食い合わせが心配になるリティだった。
一方で、ゆるい雰囲気の彼女達を睨む輩も少なくない。5級のネズミ討伐ごときに冒険者達が群がるのは理由がある。
何せこの仕事は国からの依頼なので、チャンスでもあるのだ。活躍をして目立てば、何らかの恩恵がある。国に媚びを売って損はないと考える者が大半だった。
「なんだ、あのガキどもは?」
「5級のネズミ相手だからって気楽に構えてるんだろう」
「お前ら、知らないのか? あのピンク髪のリティとかいうガキは、ネームドの深き底の暴掘主を討伐したってんで有名だぞ」
「何だって?!」
冒険者ギルド内でも、リティの知名度は割と高い。パーティ戦でも全滅しかねない2級のネームドを討伐したとあっては、嫌でも目立つ。
当の本人は気にせず、ミャンの頭や顎を撫でている。そんな彼女の前に以前、会った事がある男が現れた。
「よっ、君も来たか」
「あなたは確か3級昇級試験の案内を教えていただいた……」
「シャールだ。無事、3級になれたみたいだな」
「はい。おかげ様で感謝してます」
とあるパーティのリーダーがリティに声をかけたとあって、周囲が利かせていた睨みが消える。"レッドフラッグ"、1級冒険者で構成された討伐専門のパーティだ。
彼らは魔物だけでなく、盗賊を初めとした人間討伐も行う。国からも何度もそういった不届きな連中の討伐を依頼された実績もある。
中でも反王国勢力殲滅に貢献した実績は、王族からも高く評価されていた。
そんなパーティのリーダー、シャールのホウキのような逆立った金髪ヘアーはリティにインパクトを与える。
「シャールがあのガキに話しかけてるぞ?」
「実は妹とか?」
「お前、聞いてこいよ」
「嫌だよ……あいつら、超怖いらしいじゃん。泣き喚く盗賊に笑って止めを刺すような奴らなんだぞ」
冒険者達がレッドフラッグに関する情報を口々に語る中、ようやく今回のまとめ役が登場する。
それはリティも知っている人物だが、彼女のテンションを下げるには十分だった。
何せ依頼の張り紙には騎士団先導の元、としか書かれていなかったからだ。
「集まってるねぇ。今回の討伐は冒険者諸君と僕達、アンフィスバエナ隊との共同戦線だからねぇ。僕の言う事はよーく聞かないといけないよねぇ」
バイダー達の登場で盛り上がる者はいない。元々、不審な噂ばかりが目立つ人物である。
王国騎士の下りで、イリシス率いるシルバーフェンリル隊を期待していた男衆が落胆した。そんな空気を察したのか、バイダーはより意地悪く唇を歪める。
「僕達だって暇じゃないんだよねぇ。これも上からの命令だから仕方なくやってるんだよねぇ。ま、冒険者諸君は後ろからついてくるだけで構わないからねぇ」
「へい、勉強させてもらいまーす」
皮肉としか思えない言葉の主はシャールだ。彼もバイダーをよく思っていない。
良くも悪くも人間相手には容赦しない彼にとって、バイダーは絶好の相手だったのだ。つまりこの場合は悪くも、のほうである。
* * *
王都の下水道は途方もなく広い。こんな場所に無数のネズミがはびこっているのだから、少数の冒険者では話にならなかった。
魔法トラップ、魔道具、魔法そのものとやりようはあるが何せ上は王都だ。
地盤にでも影響されてはたまらないという事で、その案はボツとなった。
「相変わらずくっさい場所だねぇ! なんで僕がこんな事を……ったく」
「バイダー隊長、ソードラットは賢い魔物です。後手に回ると不利に……」
「うるさいねぇ! 誰に口答えしてるかねぇ!」
「申し訳ありません!」
理不尽な八つ当たりを見せつけられて、誰もいい気分はしない。見かねたシャールが手を叩いて、全員の注意を引く。
「そこの優秀な部下の言う通りだ。5級だからといって甘く見るな。近接が苦手な後衛を狙うくらいの知能はある」
「そ、そうなんですか!?」
「だから繁殖されると面倒なんだ。今回は一匹残らず殲滅するぞ。まずは区画ごとに分かれて……」
バイダーそっちのけで、シャールが主導権を握った。ポカンと口を開いていたものの、バイダーはすぐに鼻息を荒くする。
優秀な部下とされた男を片手で突き飛ばして、シャールの横に立った。
「ここは足場が狭いからねぇ。足を滑らせれば、汚水にダイブだからねぇ」
「だそうだ」
シャールは軽く流したが、落ちれば洒落にならない。冒険者達はそれを再確認して流れる汚水を見る。
風呂に入ったところで済む問題ではないと、各々が胸に刻むのであった。
「さっそく来やがったな」
子どもの頭部ほどのサイズだが、その背中には小さな刃が生えている。高速で下水道の奥から姿を現して、侵入者達に対して敵意を示した。
やるか、と気を引き締めたところで我先にとバイダーが動いた。
「諸君はそこで観戦してるんだねぇ! 一蛇斬ッ!」
バイダーの体がしなやかに曲がり、果敢に挑んでくるネズミ達をかわす。その関節の可動は、リティの常識を超えていた。
腕、足、腰、すべてがぐにゃりと曲がりつつ細い双剣でネズミ達を切り裂く。その姿はさながら蛇のようだ。
「な、なんですか! あの動き!」
「代々、奴の家系に伝わる軟体剣技だとよ。生まれつき、体が柔らかいらしくてな。あいつに追われて逃げ延びた奴はいないらしいぞ」
「シャールさん、詳しいですね」
「いや、聞きかじり」
「ハッハッハァー! どうねぇ、僕の実力はぁ!」
確かに誰もが目を見張るほどの実力だった。しかし相手は5級のネズミである。
バイダーの実力はともかく、この場において無双を実現できない者はいない。彼らとしては、先走っていい気になっているとしか思えなかった。
「ア、アーキュラ!」
「はいはいー。あ、汚水は気にしないでねー。混ざらないからねー」
「あ、溺流ッ!」
アーキュラから放たれたそれは、召喚師ギルドの支部長戦で見せたアクアロードとは威力がまるで違った。
泳ぐ、のではなく流すのである。捕らわれたネズミ達が成す術なく腹を見せて、溺死していく。
ギルドの書物の中にあった異世界に流れる川の名前をとって、溺流だ。
「す、すげぇ?!」
「オイオイ……反則だろ?」
シャールも含めて、その威力に誰もが驚愕する。クーファは更なる特訓と勉強により、リンクとスキルの精度を高めたのだ。
その努力の源はリティだった。クーファの中でリティの言葉は未だ根づいている。
彼女のおかげで悪魔から解放されて、クーファは前へ進めたのだ。そんなクーファにとってリティは目標でもあった。
早く彼女と並び立ちたい。そしていつか一緒に冒険をしたいと強く願っている。
「クーファさん、すごいです!」
「リ、リティさん。わたし……」
「あ、汚水に」
「ひゃー!」
気を緩めたところでコントロールが鈍る。溺流が汚水に着水しかけたのだ。
やはりまだまだ未熟、そう認めたのは本人だけでなくアーキュラもだった。
「やー、こりゃたまげたなぁ。俺達レッドフラッグもぼちぼちやりますか。ダイドー、キャロン、ジェニファ。やるぞ」
「……おう」
「魔法非推奨なら私、いらないでしょ?」
「キャロンは休んでいていいよー!」
クーファの溺流に呆気に取られているバイダーの脇を、レッドフラッグが抜ける。
続いた他の冒険者達も、溢れんばかりのネズミの群れに挑んだ。名立たる冒険者を含めた勢力とあって、殲滅速度が尋常ではない。
そんな彼らに交じってリティを先頭にエイーダやオリガーなど、格闘士ギルドの面々が参加した。
「あの、バイダー隊長?」
「ハッ?!」
「我々もやりましょう」
「当たり前だねぇ! クソッ! これだから召喚獣はッ!」
部隊の実力を誇示する当てが外れたバイダーが、慌ててネズミ討伐を再開する。が、彼らの出番はなかなかない。
狙ったネズミがことごとく先に仕留められ、完全に右往左往する形となった。




