リティ、格闘士ギルドの真実を知る
バイダーが指定した一週間という期間はあまりに短い。その間に格闘士ギルドの存在意義を示せなど無理な話、というのはダッガムが一番よくわかってる。
故にダッガムのやる事は変わらない。唯一の嬉しい誤算といえばリティだ。
初日でダッガムに本気を出させて、2日目にしてスキルなしの彼と渡り合っていた。
「いいぞッ! 実に的確だ!」
「そりゃっ!」
かけ声とは裏腹に、リティが放つ攻撃はダッガムの巨体を揺るがす。もはやスキルなしで応戦するには無理があるとさえ、彼は考えていた。
そんな境地でダッガムは一つの結論を思い浮かべる。元々3級としての実績もあるリティを認めないわけにはいかない。
が、彼にそれを出来ない理由があった。
「ふぅ……文句のつけようがない」
「ありがとうございます!」
「称号を……」
そう言いかけて、ダッガムは言葉を飲み込む。彼の脳裏に浮かんだのはかつての教え子だった。
未経験ながら学び始めて、数ヵ月で格闘士のすべてをものにした神童だ。当時、在籍していた教官達も含めて満場一致の称号進呈だった。
「いや……もう少し練り上げてからだな」
「はい……?」
てっきり称号を貰えるとぬか喜びしたリティ。ダッガムは片手で額を抑えて、何やら悩んでいる様子だった。見かねたエイーダが、口応えを試みる。
「支部長、後学の為にリティさんの至らない点を教えて下さい」
「それはだな……」
「オレもそう思います! その子の動きはすでに達人の域です!」
「私はこのギルドに2年以上在籍しているが、最終試験をただの一度も見た事がない! 我々が至らないのであれば認めます! しかしその子は何故です?!」
エイーダに続いて他の見習い達が珍しくダッガムに意見をしている。彼らはリティという鬼才に当てられたのだ。
嫉妬すらわかない彼女の才覚は、今まで押し込まれていた鬱憤を吐き出させる原動力になっていた。
「黙れ! ワシが認めんと言っている! それがすべてだ!」
「しかしこのままではバイダーの思うツボです。支部長、この際なのでハッキリ言います」
「何だ?」
「わたしはこのギルドが好きです」
思わぬエイーダの言葉に、ダッガムが身を引いて押し黙る。彼自身、行き過ぎた指導をしている自覚はあった。
それだけに見習い達が相次いで辞めてしまったのは事実である。だから在籍している者達も、自分を快く思っていないと考えていた。
しかしダッガムは嫌われても構わないと思っていたのだ。
「エイーダ、何だと?」
「確かにわたしが至らないせいで、今は足踏みをしている状態です。苛烈な指導を行き過ぎていると感じた人達もいました」
「そうだな。だがワシは」
「だからこそ、わたしはここで強くなりたいんです。わたし、最初はすごくいい加減な理由でここを選んだのですから……」
エイーダが俯き加減で、言葉をやや濁す。ダッガムは額の汗を拭い、彼女の言葉を待った。
見習い達はエイーダの事情を知っている。彼らはエイーダの成功を願っているのだ。
「わたしの家は貧乏で、兄妹達に食べさせていくのも大変です。それだけに武器なんて買えるわけがありません。だから……格闘士にしました」
「そんな動機で……」
エイーダは称号を獲得しておらず、5級への昇級試験を受けられない。今は6級の依頼をこなす毎日だ。かなりのハードスケジュールだが、支部長はそんな事情を知らない。
「そんな動機だからこそ、激しい指導風景に圧倒されました。見学はしたのですが正直、止めようと思ったのです……。そして終了後、泣きながら辞めるとあなたの元に来た人がいましたね」
「あの時の事か! み、見ていたのか?!」
「はい、偶然……」
リティはダッガムがその人物に何をしたのか予想する。投げ飛ばしたのか、叱責したのか。しかし、どちらも外れだった。
「あなたは登録料を返しました。一言、『すまなかった』とだけ言って……」
「そ、それは本当なのか?!」
「支部長! どういう事です!」
この事実は見習い達も知らなかった。ダッガムは何も言わずにただ立っているのみだ。
リティはダッガムの行動の意図を考えたが、やはり答えは出ない。しかしこの建物が古めかしくて傷んでいる理由がわかった。
そんな調子だからこそ修繕費すらまかなえないのだと、リティは納得する。
「支部長、あなたはきちんと見習い達と向き合っています。わたしがこのギルドにしようと決めたきっかけなんですよ」
「……そうか」
「それがわかっているからこそ、応えたいんです。行き過ぎていると思える指導も、すべては愛情の裏返しなのだと……わたしはそう感じました」
ダッガムは観念した様子で、リティ達を見据える。全身の力を抜いた彼は指導者ではなく、一人の人間だった。
人間としてすべてを話そうと、ダッガムは気持ちを切り替えたのだ。
「愛情、か。そんなものがあれば、あの子は死なずに済んだかもしれんな」
「あの子……?」
「ワシが特別、目をかけていた少年がいてな。そこのリティほどではないが、目まぐるしい成長を見せた。この子ならすぐにでも冒険者としてモノになる……そう確信したのだ」
「そ、その子は今?」
「死んだよ。称号を与えた数日後に、変わり果てた姿となって発見された」
誰もが言葉を失った。エイーダも予想外に重いエピソードを受け止めきれていない。まるで自身の事のようにショックだったのだ。
「ワシの指導が間違っていたのか、彼の判断ミスなのか……わからんがな。わからんがそれ以来、どうにも教え子の訃報を聞く度に力が入ってしまう。もっと強く、誰にも負けぬように鍛え上げねば、と」
握り拳を作るダッガムが、震えている。気がつけば背中を見せているので表情はわからないが、おそらく泣いているのだろうと全員が思った。
「不出来であれば命を落とすだけだ。ならばいっそ辞めてもらったほうがよい……。しかし、ワシには教え子を一人前にする義務がある。その義務を果たせずして、何が支部長か……」
辞めていった者達への謝罪の意味を知ったリティは複雑な思いだった。どう声をかければいいのか、必死に考えている。
リティにわかったのは、このダッガムという人物が凄まじく真面目という事だ。真面目すぎるが故にうまくいかない。
言い換えれば不器用なのだが、リティにそこまでの結論に到達できていない。とても声をかけられる様子ではないが、リティは思い切った。
「ダッガムさん、私は3級の冒険者です。ここで学んだスキルを使って魔物とも戦います。だから自信を持って下さい」
「だが、お前には称号を与えていない」
「だからこそです。称号を与えられないような私が頑張れば、きっとダッガムさんの自信に繋がります。私はダッガムさんの教え子なんですから」
「ッ……!」
リティの前向きな宣言に、ダッガムはまた涙をこぼした。しかし、その姿は決して見せない。
何故、自分のような人間のために。ダッガムはリティの本質をおぼろげながら理解した。
自分が爆連撃を浴びせてしまったのは、彼女の本気に当てられたからだ。たとえ称号を与えられなくても、今もこうして本気で前へ進もうとしてる。
しかも自分だけではなく、他人の事すら考えていたのだ。
「な、生意気なッ……お前が、そんな事まで……」
「私は冒険者ですから冒険をします。ダッガムさんは今まで通りでいいんです」
「その通りです」
エイーダがリティに相づちを打つ。続いて見習い達も続き、彼らもこれまでと変わらない胸中を明かした。
エイーダ他、残った見習い達は未だ辞めずに食らいついている。その理由は様々だが、いずれもダッガムへの不信がない事だけが一致していた。
「わたしはまだ6級ですが、やれる事はやります」
「ギルド歴こそエイーダのほうが長いですが、4級の私が気張ってこそです」
いずれもリティよりも下の等級だが、実力は着実についている。それを彼らも実感しているのだ。
そんな彼らを、ダッガムはまだ見る事ができない。零れる涙を抑えられないからだった。
「馬鹿者どもが……ひよっこの分際で……」
「知ってしまった以上は、なにが何でも認めさせますよ。もしそうなれば、3級への昇級も見えてきますからね」
「優しくする気はないぞ……ワシは今までと変わらん!」
ダッガムは涙を拭いてから、見習い達と再び向き合った。握り拳に仁王立ち、やる気は十分だ。リティや見習い達もまた同じポーズを取る。
「では組手を再開するぞ! 誰からだッ!」
「わたしです!」
「いや、オレだろう!」
「私だな!」
「もう一度お願いします!」
「リティ、お前は今やったから後だ!」
我先にと志願する見習い達にダッガムは変わらぬ厳しさを見せる。しかし、よりやる気を見せた彼らへの笑みが浮かびそうになるのを堪えていた。
* * *
「……それで、あの土地が手に入るのも時間の問題というわけですねぇ」
「そうか……」
ガウンをはだけさせた男がベッドに腰をかけて、跪くバイダーを迎えている。寝息を立てている美女を横目に、男はにやけた。
「あそこは以前から欲しかったのだ。だが、朽ちかけのギルドが目障りで仕方なかった」
「あの冒険者ギルド本部の息がかかっていたとあっては、我々騎士団も苦労するのですよねぇ。そうでなければ強引にでも事を進めるのですがねぇ」
「あのギルドに価値がないとなれば、さすがの冒険者ギルドも黙るだろう。なるほど……」
ボリボリと胸をかいて、男は立ち上がる。テーブルに置かれているワイングラスを手に取り、それを察したバイダーがそそぐ。
「よくやった、バイダー」
「そ、それで名誉職の件は……」
「考えておこう」
「ありがたき幸せですねぇ!」
バイダーは踊り出したいほどのテンションを抑えていた。栄えある王国騎士団の中でも、アンフィスバエナ隊は王都周りのみを任された自警団紛いの役割しかない。
それには多々理由はあるが、一重にバイダーの不徳だった。年々減らされる割り当て資金、強くなる風当たり。
これらをバイダーは名誉職を得るという手段によって解消しようと考えたのだ。そうなれば、この大物に媚びを売るのも厭わない。
「僕が名誉職となれば、騎士団内でも一目以上に置かれますねぇ。あなた様への忠誠心もより高まりますねぇ」
「フ……せいぜい身を粉にして働くがいい」
「ハハーッ!」
バイダーの頭にはもう一つの構想があった。城内で行われた隊別対抗試合にて、自分を負かしたイリシスへの復讐だ。
大勢の前で恥をかかされた屈辱を晴らした未来を想像して、バイダーのテンションは上がる一方だった。彼の脳内で、イリシスは滅茶苦茶な事になっている。




