リティ、格闘士ギルドで訓練する
「今日は6人か」
辞めると宣言していた見習い達の姿がない。こんな事は日常茶飯事なのか、ダッガムは大した感情を見せなかった。
ダッガムが運営する格闘士の始まりは早朝だ。本来であれば教官もいてそれなりの賑わいがあるのだが、今はガランと広い。
泊まり込みの訓練も可能なはずだが、それをやっている見習いもほとんどいない。こんな状況だがダッガムのやる事は変わらなかった。
基礎トレーニングの後は格闘士スキルの練習、組み手とシンプルな構成だ。ダッガム一人なので、すべてを彼が管理する事になる。
「リティ! お前はビギナーではないから、今日から組手に参加してもらうぞ!」
「はぁい!」
「みゃん!」
「それは置いておけと言ったはずだッ!」
「みゃぁぁん……」
ミャンが拗ねながら、するするとリティから降りていく。端でマスターを見守る形に落ち着いた。
ミャンが巻き付いてない状態が、かえって不自然な状態となったリティ。軽く体を動かしてから基礎トレーニングに取りかかる。
そして気合いが入った基礎トレーニングを終えた頃には、見習い達は汗だくになっていた。
「いつも言ってるが、格闘士は体そのものが武器だ! 全身に神経を集中させろ! 毛先まで感じ取れッ!」
「はぁい!」
一際大きな声なのがリティだ。そんな状況で、リティは見習い達を観察する。弓手ギルドの支部長の発言の真偽を見極めるだめだ。
少なくとも昨日、辞めた見習い達は長い事いるのに称号習得には至ってない。あのエイーダも同様だがリティが見る限り、一番動きが洗練されていた。
「リティ! 集中できとらんぞッ!」
「すみません!」
周囲への観察がバレたとリティは思った。彼女はばれないようにやったつもりだったが、ダッガムは恐ろしく目ざとい。
それは熟練者としての力を示すのに十分な出来事だった。あのダッガムも他の支部長同様、2級以上の実力者だとリティは見定める。
一通り、基本スキルの訓練が終わると数分の休憩をはさむ。次からは一人ずつ、支部長との組手だ。
リティはここで疑問を持った。剣士ギルドではロマとペアで訓練をした事があるが、ここでは支部長との一対一のみ。空気を読んで黙ろうかと考えたが、リティは質問する事にした。
「他の方々とではなく、支部長とですか?」
「弱い相手との組手になぞ、何の意味もない! ワシが体に叩き込んでくれる! ではエイーダ!」
まだリティに反論の余地はあったが、これ以上の口ごたえはやめた。流れを阻害するだけでなく、支部長を怒らせても仕方なかったからだ。
「どうした! まだへっぴり腰だぞ!」
「はぁッ!」
「ぬっ!」
支部長とエイーダの激しい組手が始まる。エイーダの回し蹴りはダッガムにガードされるも、確かな重みがあった。
その一瞬だけリティは見た。支部長の表情がかすかに和らぐ。しかしすぐに厳しい形相に変わり、エイーダを拳一つで弾き飛ばしてしまった。
「なっとらん! 何故、このような結果になったのか考えろッ!」
「回し蹴り後のフォローが出来てませんでした!」
「良しッ! 次!」
その後の見習い達は散々だった。リティが見る限り、そう悪くない範疇に止まるがダッガムはあれから頬を緩めない。
中には初撃を防げずにダウンする者もいて、ダッガムの叱責が増す。
「そんな様なら、もう辞めてしまえッ!」
「う……うぅ……」
「どけッ! 次! リティッ!」
「……はいッ!」
リティは3級だが、格闘に関してはビギナーだ。だからといってダッガムに勝利を譲る気がなかった。
リティはダッガムに言いたい事がある。しかし、普通に言うよりは、実際に結果を出して見せたほうがいいと思った。
少なからず存在するダッガムへの不満、それがリティを突き動かす。
「かかってこいッ!」
ダッガムが構えた瞬間だった。リティが跳躍と共に、ダッガムの頭部に向けて蹴りを放つ。ダッガムはガードをするも、その重さまでは予想できなかった。
腕が押されてガードを崩されかける。それどころか、腕にダメージさえ残りかねない。
「うぐぉッ!」
「やぁぁッ!」
ダッガムはあえて体を傾けて、衝撃を和らげる。その隙を着地したリティが、また蹴りで追撃した。
連撃に次ぐ連撃はダッガムに反撃の余地を許さない。体格も遥かに自分のほうが上であるはずが、小さな少女に押されている。
粗削りではあるが、リティのそれは見習いの域を超えていた。パワー、スピード、何よりたった一度のスキルの訓練でここまで昇華させたのだ。
成長を実感する暇もない。ダッガムの中で、リティに対するわずかな恐怖が生まれた。
「はぁッ!」
リティが間合いを詰めた途端、ダッガムの頭の中に敗北の二文字が浮かんだ。そうなった時のダッガムの対応はもはや無意識だ。
「おのれぇぇぇぇぇッ!」
「えッ……」
それを受けた時、リティは爆発が起こったかのように錯覚した。一つ、二つ、三つ、四つ。全身が何かに爆撃されている。
それはダッガムのスキルだった。見習いとの組手に放ったそのスキルは――
「爆連拳ッ!」
もはやリティにガードを許さない。小さな体が滅多打ちにされて、その威力で宙へ浮く。
格闘士どころか、それは武闘士のスキルだった。
ダッガムのパワーから放たれたそのスキルを、丸腰のリティが防ぐ手立てはない。リティが気を失いかけた時、視界の端に何かが走った。
「みゃーんッ!」
「うぉッ……!」
ミャンがダッガムの足元を縫うように走り回る。スキルの最中に意表を突かれたダッガムは、あえなく転倒してしまう。道場の床に、その巨体を打ちつけた音が響いた。
「うぐあぁッ!」
「た、助かった……?」
「みゃん! みゃんみゃーん!」
ふらついて膝をついたリティの元へミャンが駆けつけた。リティの至る所を舐めて、献身的な姿を見せる。
ここでリティは、ようやくミャンに助けられたとわかった。本来ならミャンを叱らなければいけないところを堪える。
「ミャン……ありがとう……」
「みゃん!」
「う、うぬぅ……」
腰をさすりながらダッガムが立つ。観戦していた見習い達は激震を予感した。絶対に怒られる、キレる。投げ飛ばされる。
そんな未来を想像して微動だに出来なかった。来たる嵐を覚悟するだけだ。
「ワシは……そうか。やってしまったか……」
「ミャンがすみません! 私が未熟なばかりに」
「召喚獣がマスターを助けたのだろう」
「召喚獣……知ってたのですか」
「その手の知識は疎いから、さすがに調べた。道場に得体の知れない生物を上がらせるわけにはいかんからな」
ダッガムは道場に腰を落とし、まだ腰をさする。リティも爆連撃のダメージが残っており、うまく立つ事が出来なかった。
あのまま最後までスキルを終えていたら、と。リティはダッガムという男の底力を思い知った。
「ワシの油断だ……それにすまなかった。今、ワシは貴様に武闘士のスキルを放ってしまったのだ。未熟、不徳……やはりいかんな」
「あの、そこまで思いつめなくても……。私は生きてますよ」
「今のワシの愚かな姿は、見習い達もしっかりと見ただろう。もはや言い逃れは出来ん」
荒々しさはどこへやら、ダッガムは座り込んだまま立とうとしない。その落ち込んだ様子に、リティはかける言葉を失った。
そこへエイーダが来て、ダッガムの前で正座する。
「支部長、そんな事を仰らないで下さい。一体、どうされたんですか?」
「エイーダ……。お前はもう称号を習得する実力を身につけている。与えないのはワシの弱さなのだ」
「私が?!」
「おやおや、精が出ますねぇと言うつもりで挨拶に伺ったのですがねぇ?」
道場の入口に寄りかかっていたのは、召喚師ギルドに来た王国騎士団アンフィスバエナ隊の隊長バイダーだ。
部下を数人ほど引き連れて、土足で上がってきた。
「待てッ! 靴を脱げッ!」
「おっと、これは失礼」
わざとらしく間違えたかと思えば、バイダーは靴を脱いで揃える。彼の登場に、ミャンが唸った。
リティはミャンを抱き寄せてなだめるが、威嚇は収まらない。
「みゃぁんッ!」
「ミャン!」
「また一段と数を減らしましたねぇ。さすがは"武鬼"と恐れられたダッガム支部長のギルド……いやはや、素晴らしい」
それが嫌味である事はリティにもわかった。しかし当のダッガムが何の感情も出さないので、リティも黙る。
ダッガムはようやく立ち上がり、バイダーの至近距離にまで寄った。
「何用だ」
「いえ、様子を見に来たんですよねぇ。このギルドがしっかりと役割を果たしているかどうか、ねぇ」
「訓練中だ、帰れ」
「数年もの間、称号習得者を出さずに見習いの数は減る一方。このギルドはどこの誰に役立っているんですかねぇ?」
「貴様の知ったところではない」
「いーえいえ」
バイダーはつかつかと往復して、もったいつける。その長身で挑発的なポーズを取り、ダッガムに改めて向き直った。
「ところが冒険者ギルド本部に所属する、とある方が言ったんですよねぇ。冒険者ギルドは我が国に根を巡らせるが与えもする、と。つまりですねぇ? これは裏を返せば、与えていただけないギルドに価値はないという事なんですよねぇ?」
「支払うものは支払っている。何が目的だ」
「単刀直入に申し上げますとですねぇ。このギルドを取り壊しに来たのですよねぇ」
「断る」
「ろくな人材も育てられず、活躍もない。僕が上に掛け合えば結果はどうなるかねぇ?」
バイダーが細い舌をちらつかせる。その蛇を連想させる仕草に、エイーダ達は嫌悪した。バイダーが最後まで言わずとも、その意図はリティ以外が察する。
「断ると言ったら?」
「もちろん相応の恩恵は与えますからねぇ。まさかそれでも断ると?」
「断る。貴様は信用できん。己に囁かれている黒い噂を知らんわけではあるまい」
「根も葉もない噂話を信じてしまいますかねぇ。ま、それはいいとして断るのならば……」
バイダー達が一斉に武器を抜く。ダッガムのみが身構えて、見習い達は恐怖で縮こまった。
リティはこの状況でどうすればいいか、必死で考えている。彼女としては戦いは望まないし、それが正解だった。
「やるのですかねぇ? 我々、王国騎士団と?」
「こんな横暴がまかり通るものか!」
「冷静に話し合いに来た我々に激高してあなた達が襲いかかってきた……こちらは正当防衛と。いくらでもやりようはあるのですがねぇ?」
「待って下さい」
リティが声を上げると、バイダーは細く鋭利な目つきを向ける。ミャンをなだめつつ、リティはバイダーと一定の距離を保った。ミャンが落ち着かないからである。
「バイダーさんは、このギルドから称号を持った冒険者が出ていないから壊すという事ですよね?」
「そうそう、君は確か一度会ってるねぇ?」
「はい、召喚師ギルドで会いました」
「それで何が言いたいのかねぇ?」
「私が必ず称号を習得して、活躍します。他の方々も同じです」
「ハッ……」
軽く笑うバイダーに、青ざめる見習い達。エイーダだけはこのやり取りを冷静に見届けている。
「何をほざくかと思えば……。そんなもの、そこの支部長が今すぐ称号を与えてしまえば済んでしまう話だねぇ? インチキだねぇ?」
「ダッガムさんはそんな事しません。このギルドが素晴らしい事を証明できるまで、待っていただけませんか?」
「それをこちらが受け入れるメリットはあるのかねぇ?」
「ないです。だからお願いなんです」
「クックックッ……バイダーよ、さぞかし怖かろうな」
バイダーが返答する前に、支部長が不敵に笑った。ダッガムがまたバイダーに接近して凄む。
「何ですかねぇ?」
「こいつらが育って活躍すれば、アンフィスバエナ隊の立場がますます危うくなる。事実、他の隊の役回りを知らんわけではあるまい」
「な、なにをほざくかねぇ?!」
「冒険者ギルドはこの国にも根づいている……貴様が言った事だ。根づけば根づくほど正規軍の端から暇になる……わからんでもないな」
「言わせておけば……!」
バイダーも負けじと睨むが、動じないダッガムにやや気圧される。無意識のうちに、このまま戦っても無傷では済まないと悟ったのだ。
バイダーは大きく舌打ちをしてから、武器を収めた。
「一週間だけ待っててやるねぇ! それでも何の成果がなければ、その減らず口を閉じてもらうだけじゃ済まなくなるねぇ!」
バイダーが急ぎ足で道場から出ていくと、部下達もそれに続いた。その姿が見えなくなった事を確認してから、ダッガムはまた床に腰を下ろす。
「フー……まったく、小物めが」
「ダッガムさん、あの人は何なんですか?」
「知らんでいい。奴には関わるな。それよりも二言はないだろうな?」
「はい」
ダッガムが口元だけで笑うと同時に、見習い達は身の危険を感じた。流れで自分達も巻き込まれてしまったのだ。
いっそ先日の見習い達と同様に辞めてしまおうかとすら考える者もいる。そうなれば怒りの矛先は自然とリティに移ろうとしていた。
「皆さん、絶対に強くなれます! 私も協力しますから頑張りましょう!」
「みゃん!」
見習い達が、リティの屈託のない笑顔に脱力させられる。何の根拠もない無責任とも取れる言葉だが、彼らの負の感情が浄化されつつあった。
それは支部長と互角に戦ったリティだからともいえる。何より言葉だけではない、3級という実績を持っていると彼らは再認識した。




