リティ、ジョブギルドを巡る
召喚師ギルド内にて朝食まで済ませたリティとクーファが、カタラーナと別れの挨拶をする。
今回の件について、カタラーナは自身が引き金になっていると考えてサポートすると決めた。そんな彼女が二人に頭を下げる。
「偉そうなことを言った割にあまり協力できなかったわ。セイラさん達がいなかったら、ちょっとやばかった」
「いいんですよ。これから学べばいいんですから」
「リティちゃんはブレないわね」
やりたい放題の彼女も、今回ばかりは反省したようだ。それどころか、二人に逆に学ばせてもらったと感謝さえしている。
特級にまで登りつめて冒険者を極めたといっていい彼女だが、ふとビギナー時代を思い出した。
幼くして射撃のセンスを認められながらも、上には上がいるという経験を何度も繰り返したのだ。時には諦める決断を迫られた事もある。
しかし、彼女はここまで来た。やがて見下してきた者達は少し先に始めただけの無能とまで言い切る。こうした人格まで形成されたのは、幸か不幸か。
カタラーナ自身もそれを自覚してないわけではないが、自重する気もない。だからこそ、慢心せずに肩を張って今日まで頑張ってきたつもりだった。
「生半可な奴は嫌いだけど、二人は大好きよ。特にクーファちゃん、あなたはすごい」
「そんな事……」
「理不尽な環境下だろうと、今日まで諦めなかったもの。私は素直に尊敬します」
「そんけい、だなんて……」
褒められて顔を火照らせるクーファ。言葉以上にカタラーナは尊敬どころか嫉妬もしていた。
悲惨な環境で生き残って悪魔にも耐えて、水の上位精霊と契約をする。己と比較しても、才能という点においてはまったく及ばない。
それはリティに対しても同じだった。出世ペースでいえば、自分の遥か先を行ってる。抜かれるのも時間の問題だろうと内心、自嘲するが決して表には出さなかった。
「私も頑張るから。二人も負けちゃダメよ」
「はい!」
「が、がんばります……!」
特級になった事で無意識のうちに慢心していた自分への戒めだった。カタラーナは言葉以上にリティ達に感謝していたのだ。
自分はまだ後輩に助けられる程度の存在なのだと、我に返る事が出来たのだから。
* * *
カタラーナと別れた後、リティは冒険者ギルドを訪れた。依頼を漁りたい衝動を抑えて筆を取り、紙を用意する。
「リティさん、それは……?」
「故郷の村の両親に手紙を書いてるんです。3級になった事と王都についた事、ミャンの事。伝えたいことがたくさんあります」
「りょうしん……」
リティはそこで自分の発言を後悔した。孤児だった彼女の前で迂闊な発言だったとして、慌てて筆を止める。
しかしクーファに落ち込む様子はない。それどころか、手紙を凝視していた。
「あの、いいんです……」
「でも……」
「あまりよく覚えてませんし……。リティさんの手紙、見たいです……」
クーファの過去は想像よりも重いとリティは察した。
少し悩んだ後、リティはまた書き始める。そのスラスラと進む筆を、クーファはただ黙って見ていた。
そんなクーファに何かしてやりたいと思ったリティは、書き終えた手紙を早々とハルピュイア運送へと預ける。
「クーファさん。これからジョブギルドに行きませんか? 王都には召喚師ギルド以外にも、たくさんのギルドがあるんですよ」
「リ、リティさんはまさか、その。まだ、ジョブを……?」
「はい、いろんなジョブを勉強してより強くなるんです」
クーファは少し考えた。アーキュラがいる以上、クーファが他のジョブを習得するメリットは薄い。
しかしクーファはアーキュラに相応しいマスターになると決めたのだ。具体的にどうすればよいのかわからない以上、リティのように挑戦するのも悪くないとクーファは決意した。
「はい、ジョブギルドに……いきます」
「ではまずは騎士ギルド……はダメですね。クーファさんは剣士の称号を持ってません。では弓手ギルドにしましょう」
弓手のスキルはいち早く欲しいとリティは思っていた。飛び道具があれば切り抜けられた窮地は、それなりにあったからだ。
弓が最適かどうかはわからないが、リティとしては非常にシンプルな動機でもある。
「面白そうですよね」
「で、できるかな……」
聞く者が聞けば激怒しかねない発言だ。弓手ギルドはアトラクションではない。彼らにリティ達を楽しませる義務などないのだ。
むしろ現実を見せつけて諦めさせる権利すらある。クーファの不安のほうが却って健全だ。
* * *
「……ウソだろ?」
数分前にリティ達を迎えた教官が血相を変えている。彼は、まるでアトラクションか何かと勘違いしている節すらあるリティを快く思ってなかった。
射撃のセンスは剣とは要求されるものが違う。剣などと違って防御もなく、当てる事のみがすべてだからだ。
つまり当たらなければ無意味、そんなシビアな世界でリティは的に高確率で当てて見せた。
「一発、外しちゃいました……」
「そ、そうだ。止まってる的なら百発百中で当てられないとひゃおぅっ?!」
奇声を発した教官の足元に矢が刺さっていた。どこからか、弧を描いて飛んできたのだ。その原因となるクーファが弓を構えている。
矢が明後日の方向へと飛んだ事にすら気づいてなかった。
「お、おい! どうやったらこうなるんだ?!」
「え……あ、あ、すみません!」
「クーファさん、持ち方はこうして……」
「はい……」
憤る教官をよそに、リティがクーファを指導する。姿勢や持ち方を正して何度もチャレンジをした末に、ようやくまともに飛ぶようになった。
的への命中は先が長そうだと教官は考えるが、リティは熱心だ。そして悪戦苦闘の末、ついに的すれすれではあるが命中に成功させる。
「あ、当たりました……」
「やりましたね!」
「やったねーわーぱちぱちー」
「みゃーん!」
「う、ううむ……」
教官が唸ったのはクーファの素質に対するリティの指導力だ。お世辞にも素質があるとはいえないクーファに、リティは根気よく教え続けた。
たった一発を当てただけなのに、リティはとてつもなく褒める。
見込みがない者には早めに告知し続けて十数年の教官だが、リティを見ていると自分が間違っていたのかとすら考えた。
しかし、そこは歴戦の教官だ。己を律して、クーファに残酷な事実を突きつける決心をした。
「君は召喚師だろう? そこの精霊を見る限り、そちらの才能を開花させていると思える。だったら何も弓に拘る必要は……」
「はい……うれしかったです」
「は?」
「自分でもこうして何かが出来るようになるって……改めてわかりました」
「そ、そうか」
クーファの境遇や心情もわからない教官に、その発言の意図はわからない。が、殊勝な態度が彼の中で大きな評価点となって別の意味で考えを改めた。
「ここは他のジョブギルドと違って、一般開放も行っている。射的は自由に行ってもいい。もちろん有料だがな」
「は、はい」
「少しでも弓の魅力を知ってもらえれば嬉しい。いつでも待ってるぞ」
その後、大した上達は見せなかったがクーファは満足した。生きる為に必死だった時と比べて、何かに取り組めた喜び。
何よりこうした時間を過ごせた事が、彼女の糧になる。それが自信へと繋がったクーファが、新たな意欲を見せた。
「リティさん……。格闘士ギルドも行ってみたいです。カタラーナさんのあの動き……素敵でしたし……」
「いいですね」
リティとしては称号獲得まで走りたかったが、今日はクーファのために何かをしようとも決めている。
試験前にカタラーナが見せた格闘術、あれは紛れもない格闘士の称号を持つ者の動きだった。
射撃の腕が伸び悩んだ時に格闘士ギルドの門を叩いたエピソードを、カタラーナは二人に話したのだ。
「今なら……何でもできる気がします」
そのモチベーションを粗末に扱うわけにはいかないと、リティも張り切る。
* * *
「この根性足らずどもがぁッ!」
「うぎゃああぁっ!」
「ひぃぃっ!」
古めかしい道場のような建物に入るなり、飛んできたのは大の大人だ。それも二人が壁に叩きつけられて、のびている。
投げた主がのしのしと大股で歩いてきて、倒れている二人にビンタをして起こす。
「貴様、いつになったらそのへっぴり腰が直るッ! 何故、直らないか考えろッ!」
「は、はいッ……」
「そっちの貴様はあくびをかいておったなッ! そのあくび一つが命取りになると心得よと言ったはずだッ!」
「すみませんっ!」
「たるんどるわぁぁぁぁ!」
二度目の遠投による結果が、道場の床に激震を走らせる。さすがのリティも面食らった。
これまでのギルドとは毛色が違う上に、一つの感想を抱く。王都のギルドの支部長はどれも普通ではない、と。
しかし、このくらい厳しくなくてはとリティは気を引き締めた。それに今のクーファなら、と隣を見るが――
「クーファさん?」
「あまりの恐怖に立ったまま気絶してるねー。マジうけるー」
「みゃん……」
クーファの口から抜けかけている魂さえ見えた気がしたリティは、そっと出直す事にする。やはり物事は段階を踏むべきだと、リティ自身も勉強になった。
あのイフリートと契約した支部長と戦ったのに、と思わなくもなかったが。
名前:リティ
性別:女
年齢:15
等級:3
メインジョブ:剣士
習得ジョブ:剣士
重戦士
召喚師




